Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第三話「オールモスト・グロウン」

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 キーボーディストを勧誘しに行ったガクショクとSGが川原に到着した頃、グレッチは酒をすべて飲み干し更なるアルコールを渇望していた。ついでにつまみも欲しがり、何かないかと勝手に冷蔵庫を開けて、醤油しか入っていないことに絶望した。
「ああだめだ、我慢できない。酒とつまみ買って来る」と、グレッチはついに立ち上がった。
「あ、じゃあオレもビールと、あとポテトチップスうす塩、それからショートホープ買って来てくれ」漫画を読みながら赤髪がそう言うと、
「ダメだ、欲しいものがあるならいっしょに来い」
「何でだよ。動くの面倒くせえよ」
「他人に任せようっていうその精神が良くない、お前はもてないな」眉間にしわを寄せてグレッチは言った。いきなり決め付けられて、赤髪は少しむっとする。
「まあ察しの通りもてねえよオレは。だがよグレッチ。立場逆ならお前も買ってきてもらいたいって思うだろ。この漫画面白えんだよ。触ったものをバクダンに変える殺人鬼が出てきてさ……」
「つべこべ言わず、酒が飲みたきゃ来い」
「はいはい、まったく強引だな」
 重い腰を上げた赤髪とともにグレッチは、来るときに発見したコンビニへ向かった。すぐ近くだ。
「SGはキーボードをうまく勧誘できんのかな?」
「さあね。あいつがどんな話術を持ってるかによるんじゃないか。まだ見ぬキーボーディストより今は酒だ」
 コンビニまでやって来るとグレッチは、ワイン、焼酎、ちくわ、サラミ、柿の種など、多様な酒とつまみを買い、赤髪もさっきグレッチに注文した品物を自分で買った。
 会計を済ませると赤髪は、さっそく駐車場でショートホープを吸い始める。グレッチも酒とともに買ったチェリーに火を点けた。
「お前も煙草吸うのか、グレッチ」
「ああ」
「早死にするぞ」
「そのために吸ってるんだよ」
「そうか、じゃあ頑張れ」
 などと二人が気だるげな会話を交わしていると、携帯電話で会話中の女の子が駐車場へ入ってきた。やけに声がでかい。
「そう、今コンビニの前まで来たよ。追加って何、レスカ。シゲキックスと……あと何……え!? ルートビア? ここら辺のコンビニじゃ置いてないなあ。ドンキ行かないと売ってないよ。……そう! ないの。……ああ、シゲキックスだけでいいの? そう。じゃあ分かった、うん」
 電話を切ると彼女ははぁー、と息を吐き、「輸入品はなかなか売ってないんだよなあ。探すの面倒くさいよね」と、いきなり話しかけてきた。
 無言のまま紫煙を吐き出した後で赤髪は「そうだな」と答えた。
「だよね。あ、もしよかったら火くれない?」
「いいけど未成年だろお嬢ちゃん」と赤髪が茶化すと、
「違うよ! アタシはこれでもハタチだよ!」
「え!?」「マジかよ」グレッチも驚いた。
 近くで見ると分かるが、身長はどう見ても百五十以下だ。顔も、高校、いや中学生と言ってもなんとか通用する幼さである。
「アタシちゃんと免許持ってるんですけど! なんなら見ますか!」怒り心頭といった様子でパーカーのポケットを探る少女。掲げた免許証の生年月日は確かに二十年前の春だ。
 赤髪はライターを取り出し、「信じられねえが事実か……。ほら、火だ」
「どうも」むすっとしたまま彼女は口に煙草を咥え、点火する。次の瞬間、むせた。「がっ……げほっ、ごほっ!」
「大丈夫かよお嬢ちゃん」
「おっ……お嬢ちゃんじゃないよ! げほげほッ! アタシは『紅恋』のドラマー・ガラナだ!」涙目になりながらの自己紹介を聞いてグレッチはまた驚く。
「ドラマー?! 足、バスに届くのか?」
「届きますッ! こっちから話しかけてなんだけど、さっきからあなたたち失礼じゃないの! 人の気にしてることを!」
「いや、ごめん、ちょっと意外だったんで。へー、でもバンドやってるんだ。実はあたしたちもそうなんだよ」
「あ、そうなの? 何て名前?」
「結成したばっかだが『スマッシング・レッド・フルーツ』っていう名前だ。覚えときなガラナ」得意げに赤髪が名乗る。
「へえ! いい名前だね、気に入ったよ」同じ音楽仲間と認識し、ガラナの機嫌が直ってきたようだ。「じゃあさ、アタシたち今対バン探してるんだけど、もし良かったら一緒にやらない?」
「何? 胎盤?」
「同じとこでライブやる相手ってことだ」グレッチが解説した。
「そういうことか。おお、もうライブの話か、嬉しいじゃねえの! んで、ガラナのバンドはどういうのやってんだ?」
「単純明快なパンクだよ。でかい音出して怒りをぶちまけるやつ。なんでもいいからさ、魂から音出してトびたいんだよ。それだけ」
「おお、いいじゃねえか。オレもそういうのやりてーわけよ」
「だろうね……見たところあなたたちも結構な熱い魂の持ち主だね? 何か持っているんでしょ、腹の中にさ。むかつき、欲望、あきらめ。そういうものを一緒にぶちまけよう。よーし、じゃあここのライブハウスでやってるからさ、見学しに来なよ」と言って、ガラナはポケットからくしゃくしゃのチラシを出した。
 「シロウマ」というライブハウスだ。ここからだと駅の反対側だが、そう遠くはない。
 チラシによるとシロウマでの次のライブは明日だ。紅恋の他にも「Madonna Brigitte」「魂狐」「YODAKA」というバンドの演奏が予定されている。
「うん、暇だから多分行かせてもらうよ。暑い夜になりそうだな」
「明日は熱帯夜だからな」グレッチは煙草を消し「じゃあそろそろ帰るよ。また明日な、ガラナ」
「ああ。期待しててよ、明日は」と、不敵に笑うガラナが店内へ入ったのを見送り、二人はコンビニを後にした。
「しかしグレッチ」夜道を歩きながら赤髪は言った。「ガラナ、あれで二十歳って、ゲームかよ、って話だよな。『このキャラは十八歳以上です』みたいな」
「ゲーム? 何のゲームだ?」
「いや、なんでもない」



 一方、川原では、
「天使と交信?」黒い服の少女と対峙したガクショクとSGは、思わずそう聞き返していた。
「そう。ここにはビルがないから。音が届きやすいと思って」
「……そうなのか。じゃあ邪魔してしまったかな?」SGが言う。
「そんなことないよ。何か用? あ、ていうかそっちの君、よくここ通るよね」彼女はガクショクを見て言った。
「うん。学校が近くだからね。君はいつもここにいるけど、学生?」
「私は絶賛不登校中。一応現役女子高生だよ」
「てことは、暇?」
「うん」
 彼女はまたキーボードを鳴らす。タイピングの初心者がやるように、右手の人差し指だけで。ドの音が川原に響いた。
「もし良かったら」ガクショクが本題に入る。「俺たちのバンドでキーボードを探しているんだけど、やってくれないかな? 好きなように弾いてくれて構わないからさ」
「そうなの。どういうバンド?」
「世界をぶち壊すバンドだ」SGが唐突に大きなことを言った。「名前は『スマッシング・レッド・フルーツ』。オレがギター、このガクショクがベースだ。あと、ギターもう一人にドラマー、ヴォーカルも確保してある。暇なら一緒にやってみないか」
「……」
 彼女は黙り、茜色から藍色に変わりつつある空を見て何かを思案している。
「……バンド。そのほうがいいのかもしれない。空の高いところまで届きそう」
 そう呟いて、彼女は頷く。「いいよ。やるよ、キーボード」
「おお、やってくれるか、ありがとう。ところで君の名前は?」
「『なぞの黒服少女』でもいいけど、ネットでは『クロノ』って名乗ってる……まあ本名なんだけど」

 クロノはその後、天使の話を始めた。ネットや高校生の間で流行っている噂だ。
 この街には天使が住んでいて、心から気に入った音楽を奏でる者の所へ降りてくるのだという。
「気持ちを全部吐き出して、『その人自身』って言ってもいいような音楽を演奏すれば、会えるんだって」
「それはいい」SGは笑いながら言った。「まさしく。オレたちがやろうとしているのがそれだ。天使が本当に
いるのかは知らないが――いるのだとしたらクロノ、会える日は近いぞ」
「期待してる。天使を本当に見れたら」クロノは昇り始めた月を見て言った。「世界が変わる気がするよ」




 その後、引き続き交信を行うと言うクロノを残してSGの部屋に戻ると、グレッチと赤髪が泥酔し、ゴミの中に埋もれて寝ていた。二人は買って来た酒をすべて飲み干していた。
 赤髪は翌朝起きると、「おい! 曲ができた。題して『ショートホープ』」と叫び、音程がメチャクチャな喚き声を発した。「あがががががが」としか聞こえない。声は酒のせいでガラガラだ。しばらく彼が歌っていると額を押さえながらグレッチが起きて、「頭に響くだろバカ!」と一喝し、自分の叫び声でまた頭を抱えた。

 ともあれ、メンバーが揃った。何かが始まる予感を全員が持っていた――自分がバンドに加わったことすら知らないヒッピーを除いて。

       

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