Neetel Inside 文芸新都
表紙

恋愛小説集「銀魂vs小島信夫(最終回)」
「森鴎外vs夏目漱石」

見開き   最大化      

 森さんが今日もお酒目当てに僕の家にやってきた。
「みりんじゃない酒を出せよ金之助」
「なんで酒飲む前から酔っぱらってるんですか」
「ライオンは鍛えなくても強いんだよ、分かるか?」
「分かりません」

 森さんは書きかけの僕の原稿を勝手にひったくって読み始めた。
「人妻の太ももに……」
「そんなこと一文字も書いてねえ!」
 原稿を取り返そうとしてもみくちゃになるうちに、森さんの胸に手が触れてしまった。禿げ上がった中年男性の森さんが頬を赤く染めた。

*

 違う。
 違うんだ。
 本当にただただ恋愛小説を書いてみようとしたんだ。
 最近「ホリミヤ」を見たから、「堀さん」みたいなノリで「森さん」を出してみようと思ったんだ。
 そしたら森鴎外が酒を求めて夏目漱石の家に乗り込んでくる話になったんだ。
 そういうことってあるよね。
(みんな):あるある。
 名前が悪かった。違う話にしよう。前回の図書館の司書さんを膨らませよう。

*

 復興した図書館に再び通うようになった私は様々な光景を見た。図書館に通うようになって賢くなったカラスたち、サイボーグ司書さんに憧れて少しずつ自分を機械化していく読書家たち、本の整理を楽にするため、自立歩行するように改良された書籍たち。

 ある日、書庫の本を借りる行列に並んでいた時のことだ。サイボーグ司書さんが、転送された書籍をお腹を開いて取り出すのをいつものように眺めていた。しかし私の前の利用者の番になって、彼女の様子がおかしくなった。腹部だけでなく、彼女の身体全体が膨れ上がっていく。いつか怪獣を倒す時に巨大化したように、彼女が図書館のカウンターの中で巨大な球体へと変化していった。彼女の名残りを留めた顔が困惑の表情を見せている。

 私の前にいた中年男性が叫んだ。
「耐えられないだろう! 伝説の奇書『埴輪死霊』! その本は終わることがない! 機械風情が人類の生み出した想像力に勝てるはずがないだろうが!」
 どうやらサイボーグ司書の存在が許しがたい過激派による、伝説の奇書とやらを利用したテロだったらしい。しかし男が叫んでいる間に、司書さんの身体は縮んでいき、元の綺麗な彼女の姿に戻った。お腹の蓋を開けて一冊の黒い書籍を取り出して、何事もなかったかのように男に手渡した。
「そんな、どうして? データをパンクさせたはずなのに」
「消せるインクを用いて本に完結部を加えさせていただきました。書き込みは既に消去しております。この本にかかっていた呪いも解けていますので、ごく普通の未完本としてお楽しみください」
「完結したの読ませてくれない?」
「お断りいたします」
 何事もなかったかのように彼女は業務を再開した。テロリストは何故か嬉しそうに帰っていった。

「ああいうこともあるんですね。大変ですね」私は頼んでいた本を受け取るついでに、彼女に話しかけた。
「いろいろな本がありますから」
「さっきの丸々と膨れた姿、面白かったですよ」
 本当は「可愛かったですよ」と言いたかったが、そこまでの勇気はなかった。
「処理は終わりましたよ?」少し頬を膨らませて怒ったような表情で彼女は言った。

*

 確かに前回登場したサイボーグ司書さんが膨らんだ。

 冗談抜きで恋愛小説を書いてみよう。
 以下のルールを定める。

・キックボクサーのジャクリーンは登場させない
・サイボーグ司書さんも出さない
・森鴎外と夏目漱石のソフトBLも書かない
・曲がり角を曲がったら土の中を泳ぐサメとぶつかるなどの展開も書かない

*


 冬場は暇になる業種だったので、定時より30分早くあがることにした。あがる時間と駅までの帰り道が同じなので、一緒の部署の彼女と帰るようになってから一か月くらい経っていた。派遣アルバイト時代から数えれば、その会社に勤め始めて一年半くらいになる。彼女が同じ部署に配属されてからは三ヵ月ほど。道すがら、彼女が聞きたいという仕事のことを話しながら帰っていた。駅に着いたら方向は反対なので別れることになる。まだまだ話したいことがあったので、私は「一駅分歩く?」と提案してみた。彼女は頷いて、私たちは一駅分のつもりで歩き始めた。

 道に迷いに迷って、六時間歩くことになるなんてその時は考えもしなかった。クリスマスイブの、夕方から深夜にかけての、長く長く歩いた話。


*

 彼女はその後妻となる。

*

 娘は身長が高い方で、彼氏君は低い方だ。まだ付き合う前に、「ちっちぇなー」と頭をポンポンしたりしたこともあったそうだ。
「パパがほら、ママの頭の上にあご乗せるやつ」
「その後パパが殴られるやつ?」
「そうそう、あれもやりかけたことあったよ」

*

 長く歩いて疲れ切った果ての信号待ちの間、私は前に立つ彼女の頭の上にあごを乗せてみた。
「あご置きじゃないんですけど」
「ちょうどいい高さだったから」
 信号が青になるまで、そのままでいた。

(了)

     


       

表紙

山下チンイツ [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha