Neetel Inside 文芸新都
表紙

恋愛小説集「銀魂vs小島信夫(最終回)」
「バレー部vs文芸部」

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 食事時の「ハイキュー!!」視聴がぐいぐい進む。私は前回書いたように運動部部活ものへのアレルギーがあるので、決して私自身がはまっているわけではない。OPの映像で、目をつぶったままジャンプする日向に向けて、ドンピシャに影山がトスをあげる。強烈な日向のスパイクが相手コートに突き刺さる第四話の名シーンの再現である。その直後影山と日向は同時にガッツポーズをする。それに合わせて私も同じポーズをする。毎回する。最近は息子も合わせ始めた。

 子どもたちの通う小学校では、天気予報の暑さ指数が一定値を超えるとプールが中止になる。夏休みに入ってからの予定のうち、ここまで五回中一回しかプール授業は実施されていない。するとどうなるか。体力の余った子どもたちが、「ハイキュー!!」効果でボール遊びをやりたがる。外は暑すぎるので家の中で遊ぶ。幸いうちは一階だし、防音マットも敷いてあるし、軽いゴムボールもある。

 そういえば熱中症アラームが出ているのに、近所のテニスコートで頑張ってテニスしている方々がいたが、物凄く静かであった。声を出す元気がないのだろう。それほどまでしてどうして炎天下の中で運動をするのだろう。もはやプロ野球中継も観なくなり、スポーツと縁のなくなっている私には理解できないことである。「ハイキュー!!」視聴もあくまでアニメとして観ているだけであり、実生活とリンクさせているわけではない。

 子どもたちに交互にパスをあげていたら、娘の方がどんどん私に寄ってきた。負けじと息子も近づいてくる。我先にボールに触れようと迫ってくるのだ。思わず「ネットのこっち側にいるやつ全員もれなく味方なんだよ!」と「ハイキュー!!」に出てくる田中の名台詞を引用してみる。続いて第一期第九話の名場面を再現しようとした。一度はバレー部を抜けたエース、旭が、セッターにトスを要求する場面だ。
「菅! もう一本!」もちろん私にトスをあげるセッターはいない。私がスパイクを打とうとしてふりかざした手は鴨居に当たった。子どもたちが爆笑していた。私が第九話を観ている最中に流した涙はうまいこと隠して子どもたちには気付かれなかった。

 いやもう全然、影響とか微塵も受けてない。

*

「中年同士の絡み合いしか書かない文芸部部長オムニバス」
 眼鏡をかけて知的で一見大人しいけれど、えげつない中年男性同士の絡みの小説しか書かない文芸部部長を出せば、後はどう料理しても構わないというコンセプト。

*

 今日も文芸部の部長の平下は、中年同士が絡み合う小説を書いてBLだと言い張っている。
「お前がそんなんだから、新入部員が怖がって『サイボーグ文芸部部長』ものシリーズを書き始めるんじゃねえのか」
「あれは私の指示だ。喜んで書いてるぞ」
「部長がおかしいと部員もおかしくなるんだな」
 平下とは幼稚園時代からの幼馴染で、偶然高校まで同じになった。今年からバレー部の主将になった俺も遅くまで学校にいるので、自然と二人で帰るようになった。小学校の集団登校以来だな、と思う。「別に送ってくれなくてもいいのに」と平下は言うが、まだまだ田舎のこの街で、人通りの少ない時間帯に女子高生一人で帰らせるのは危ない気がして、一緒に帰っているのだ。本当は嬉しい気持ちを押し隠している。

「高波、今度の試合は?」
「来週の土曜日。来てくれんの?」
「私が見たいのはそれぞれのチームの顧問とコーチだ」
「確かうちの監督と同級生繋がりの練習試合だから、同年配だと思うぞ」
「了解。必ず行く」
「俺の応援もしろよな」
「何言ってるの? もちろんするよ」
 そんな台詞を聞いてどぎまぎしてしまう。
「執筆の調子はどうなんだ?」と話題を変えてみた。
「そっち系の雑誌で連載を勝ち取ったぞ。見せたくても見せられないがな。『文章だけで編集長を失神させたら勝ちコンテスト』で優勝したおかげだ。『人類に読ませられる範囲に抑えてください』と泣きながら懇願されたので、かなりおとなしめになってしまっている」
「やっぱりおっさんとおっさんの話か?」
「おっさんとおっさんとおっさんとおっさんの話だが?」

 平下は年齢を偽って中学時代からそっち系の雑誌に中年同士が絡み合う小説を投稿し続けている。俺の知りたくない世界を書き続けてその筋では有名人になっている。まさか読者は作者が大人しい見た目の女子高生だとは思わないだろう。俺は平下の書くBL小説の題材になっていないことに安心していた。

「新ジャンルに挑戦しようと思っているんだ」と平下は唐突に言った。
「なんだ、おっさん同士の文芸バトルとか?」
「読みたくないおっさん同士が絡み合う小説を無理やり読まされてもだえる男子高校生の話を」
「やめてください」
「その男子は書き手の文芸部部長に向かって、『俺が本物の恋愛を教えてやるよ!』とか言い出すの」
「まさかの純愛小説?」
「部長は純愛をなぎ倒す勢いでおっさん同士の絡み合う話を量産していく」
「それって平下の話?」
「違うよ。私は本物の恋愛を知ってるもの」
「そっか。ん? どういうこと?」
「試合、頑張りなよ」
「おお」

 試合を取材した結果、平下は巨大化したバレー部のコーチたちが体育館を壊しながら愛し合う小説を書き上げた。ネット上にアップされたそれはすぐに新ジャンルとして定着した。

 それから十年が経ち、細かい経緯は省略するが、俺と平下は家庭を築いて幸せに暮らしている。宇宙からの侵略者を撃退するために平下は今日も巨大化する。宇宙からの怪獣に自作のBL小説を読ませて失神させて撃退するために。

 テレビ中継が妻の強烈なアタックを映した。渾身のBL小説が怪獣の目に刺さり、断末魔のような咆哮が響き渡っている。巨大化する際に彼女は、高校時代の制服をヒーローコスチュームのように着ている。「この格好の私が好きなんでしょ?」と彼女は言うのだ。それは誤解だ。俺は彼女の書くBL小説以外の全てが好きなのに。

(了)

     


       

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