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恋愛小説集「銀魂vs小島信夫(最終回)」
「銀魂vs小島信夫」(多分最終回)

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 猛暑日が続く中、皆さんいかがお過ごしでしょうか。私は日常的に子どもたちにディスられているあまり、「娘にディスられたら更新する」という当初の決めごとをすっかり忘れてしまっていた。「今日から筋トレ始めるぞ!」と決意した人のうち、一年間続けた人の割合は3.7%という検証結果があるそうだ。つまりはそういうことなのだ。

 前回の更新時に、ご飯時に子どもたちが観ているアニメが「ハイキュー!!」だという話を書いた。今でも「ハイキュー!!」視聴は続いているが、それを上回るペースで「銀魂」を観るようになった。娘がふいに「銀魂観たい」と言い出したのがきっかけだった。初回スペシャルのアニメオリジナル回では随分と時代を感じてしまった。次の視聴までに間が空いたので、それきりかと思ったが、視聴再開してからは娘も息子も気に入り、OP曲もED曲も口ずさんでいる。娘の「うちの銀魂の推しキャラは誰でしょう」というクイズに、それまで登場したキャラ全員を言ってみたが、どれも外れだった。「正解は新八」とのことで、メインキャラの一人なのに完全に私の頭から抜け落ちていた。眼鏡が本体の人。

「銀魂」のアニメ開始は2006年とある。私はその頃客足の少ないゲームセンターで一人店番をしていた時代で、仕事中に読書、執筆、テレビ視聴などができた。その時代には勤務日に観れる夕方アニメのうち「ガンダムSEED」「鋼の錬金術師」「ガンダムSEED DESTINY」「コードギアス」「銀魂」「電脳コイル」といった作品を観ていたことを覚えている。

 昔の経験やら読書やらが思わぬところで今に繋がる、といったことはこれまでも経験しているが、まさかの銀魂との邂逅で、思わずDOES「曇天」を聴きながら筋トレしたりしている。

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 上記記号は別に話題を変えるためではなく、尻の穴を記号で表現しただけである。特に意味はない。

 小島信夫「美濃」を読み始めた。
 大滝瓶太氏という作家のポストで「小説でやっちゃダメなことを全部やっている」でおなじみの小島信夫『美濃』」と紹介されており、そういえば未読だったなと思って手に取った。奇しくも「銀魂」アニメ開始の2006年に小島信夫は亡くなった。遺作となった「残光」の支離滅裂な内容とその不思議な魅力に惹かれ、その辺りに小島信夫の小説を読み漁っていた。2006年に観たアニメを18年後に子どもたちと一緒に視聴し、その頃読んだ作家の本を今また読み始める、といった偶然に導かれ、ふとある考えにたどり着いた。

*

 娘と「青春っぽい会話キャッチボール」という遊びをしていた。ゴムボールでキャッチボールをしながら、青春時代の二人っぽい会話を交わすというものだ。お互い男子高校生という設定だ。
「五郎、お前のこと気になっている子がいるってよ」
「え、何々急に、誰? どこのクラス? 可愛い子?」
「田中んちの犬、オス13歳」
 私はボールを叩き落としたり、泣き崩れたり、笑顔を急に真顔にしたり、といったリアクションをする。

「パパは学生の頃彼女とデートしたことある?」
「バレンタインデー何個貰った?」
「ホワイトデーのお返しはどれくらいしたの?」
「初めてできた彼女ってママなの?」
 そんな煽り言葉にいちいちダメージを受けながら、私は小島信夫を少しずつ読み進めた。作家の評伝を書こうとしている故郷の旧友とのやり取りを書きながら、肝心な所に行き着く前に紙面が尽きたり、関係のない話になったり、取り留めのない話が続くように見えながら、何かしらそこには書かれない深刻な軋轢が見え隠れしたりする。
「美濃」の連載は1977年に始まっている。小島信夫は62歳。2006年に亡くなるから、晩年と呼ぶには早すぎるが、この頃から「残光」に繋がるような作風は既に萌していたわけだ。

 事件らしい事件や劇的な展開もないが、私がその頃読みふけっていた後藤明生にしろ古井由吉にしろ阿部昭にしろ、いわゆる「内向の世代」と呼ばれる作家群にはどこかしら似たところがあった。今も同じものを読んで当時のように熱中できるかというと疑問だが、少なくとも「美濃」を面白く読んでいる。何が面白いかと言われたところで説明できるものではないので早々に諦める。

 そこでふと気付いた。彼女と青春を過ごすとか、海までデートとか、花火大会で告白とか、そんなことに私は興味を持てなかった。モテなかったのは事実だが、興味を持てないのもまた事実であった。私がいわゆるサスペンスやミステリー小説といったものをあまり読まないのも、最終的に伏線が全部綺麗に回収されたり、意外などんでん返しに度肝を抜かれたり、犯人捜しをする、といった読み方に興味が持てないせいだ。
 
 もちろん、全く読まないというわけではないし、そういう物を好む人を否定するわけではない。ただ、それよりも小島信夫の「残光」的な作品に惹かれる、というだけだ。限られた時間の中では、興味が持てない物より興味を持てる物に優先して触れていく、というだけだ。

 一度観たことのある「銀魂」を観る。初読であるが「残光」の一部であるような「美濃」を読む。初めて触れる作品に接した時よりも脳に余裕が生まれ、考えが進む。私に恋愛経験が少ないのは、幼い頃から恋愛系の漫画や小説や映画を自分から遠ざけていたせいなのかもしれない。興味を持てなかったから、架空の経験としても蓄積されなかった。蓄積されないものは発揮できない。恋愛経験という土俵に上ることすらしなかった。土俵とは違う道のりを淡々と歩んでいた。

 だから正直に言うと、別に羨ましくはないのだ。仲良さそうに歩くカップルも、一夏の劇的な体験も。非日常下で起こる劇的な幸福よりも、日常でささやかに続く幸福を望む。そんな考えにたどり着いた。いや、きっとずっと前にたどり着いていたことを今更言語化できた、というべきか。

 ここでタイトルコール。
「恋愛小説集」
 私は本当に恋愛小説を書きたかったのだろうか。書こうとしていたのだろうか。私は誰かに恋するわけではなく「恋愛小説」という物に恋する振りをしていたのではないだろうか。経験してこなかった恋愛を創作として疑似体験する、というお題目を唱えながら、その実ちっとも恋愛小説を書いてこなかったのは、読者諸兄がご存知の通りである。今更私が恋愛ものを創作したところで、それは偽物であり、付け焼刃である。蓄積するべき器を持って生まれなかったというだけで、本人的には不幸でも何でもない。娘にディスられて傷ついているのは、演技である。息子に煽られて、必死に話題を逸らそうとするのも、そうすれば息子が面白がるからである。決して、決して本当に心を痛めているわけではないのである。

*

 書かなければ、と私は思い込んでいた。恋愛小説を書いてこなかったからこそ、書かなければ、と。それでは私はミステリーやサスペンスを書こうと思うだろうか。良質なアイデアが湧いた際には書いてみてもいいだろう。しかしそれを仕事にしようとか、生涯書き続けよう、とは思わないだろう。今のような自分や家族を切り売りするような書き方はあくまでスタイルの一つであったはずが、いつの間にかメインになってしまっている。鳴り止むことのない耳鳴りをかき消すために書き続けている「耳鳴り潰し」という日々の記録があるのだが、そこから拾い上げることが増えてきた。そこに私の恋愛が記録されることはない。起こっていないから。だから恋愛ネタを拾い上げられない。書けば嘘になる。書けばリアリティがなくなる。書けば書くほど命は吹きこまれなくなってしまう。

 そんなわけで私は、自分が恋愛小説を書けないという小説を書くことで、それが私流の恋愛小説である、と言い張ることにする。

*

 まるで最終回みたいだ。今ここに書いたようなことを、今後はnoteの方で書こうと思っている部分があるので、そんな流れになってしまっている。私が本当に書きたいものは恋愛小説ではないと気付いてしまった。本当は始める前から気付いていた。次に書くものはあれやこれやと考えているが、恋愛がメインである話は一つもない。とりあえず今日もまた子どもたちと「銀魂」を観て、小島信夫を読み進める日常を続けていくつもりだ。
 しかし息子は「『おいしい給食』のシーズン2をもう一回観たい!」という。
 いやそっちかよ。

 市原隼人演じる、給食マニアの教師「甘利田幸男」が、給食前に校歌を熱唱する。ノリノリになりすぎて最後はいつも拳を机にぶつけてしまう。その場面を息子が真似る。学年主任の女性教師がその一部始終を廊下から覗き込んでいる。やがて二人は恋愛関係っぽくもなるのだが、完全に成就するわけではないことを、既に私は知っている。第一話の最後で、シーズン1で給食バトルを繰り広げた生徒「神野ゴウ」が、甘利田の現在赴任している中学校に転入してくる。私はそれを観ながら、キックボクサーのジャクリーンがサメに追いかけられながら好きな男子生徒を想う場面を想像してしまっている。おっさん同士のBLしか書かない文芸部部長も後ろに並んでいる。書かないと決めた、と既に書いたにも関わらず。

(了)

     


     

※絵は全てDALL-E3による生成物です。

「恋愛小説集」は最終回っぽいですが、新都社から消えることはないと思うので心配しないでください。最近では企画アンソロ「新都 妖怪百鬼夜行」に「ぬらりひょん」で参加しています。
https://neetsha.jp/inside/comic.php?id=25326&story=47

       

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