Neetel Inside 文芸新都
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恋愛小説集「銀魂vs小島信夫(最終回)」
「漂着者vsアホウドリ」

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 船が難破して漂着した島には、人はいなかったが鳥はいた。大量のアホウドリがいた。ねぐらとしている丘を、地面が見えないほどに埋めつくすほどのアホウドリを、私は捕らえて焼いて食べた。身に着けていた荷物に濡れずに火打石が残っていたのが幸いした。人の住めるような洞穴を見つけて入ってみると、先住民の白骨死体が転がっていた。昔どこかから漂着してきた人なのだろう。壁面には「鳥は渡っていく」という文字が刻まれていた。アホウドリは一年中住み着いているわけではないようだった。私は捕らえたアホウドリを干物にして保存食を蓄えていった。

 人に襲われた経験がほとんどないせいか、アホウドリたちは自分のすぐ近くで仲間の鳥が絞め殺されていても、逃げやしないのだった。最初のうちにはあった罪悪感も、殺し続けるうちに薄れてきた。私はアホウドリの羽毛を身に着け、アホウドリを食べ、アホウドリが渡っていなくなると、アホウドリが帰ってくるまでアホウドリの干物を食べて命を繋いだ。

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 ここで作者である私から注釈をしておく。この話は吉村昭の「漂流」という小説に影響を受けて書かれている。江戸時代、船の作り方も制限されていたために、華奢な船での航海を余儀なくされた漁師の多くが遭難の憂き目にあった。アホウドリの大量に繁殖する島に流れ着いた漂流者の実際の記録を元に書かれたのが「漂流」である。複数の漂流者が協力したり亡くなったりしながらも、流れ着く難破船の欠片をかき集めて船を作り、島を出るまでが書かれた名作である。

 今回の話はそれをヒントに書いているが、簡潔にするために、アホウドリの名前を知っていることにした。先住者の書き置きがあったことにした。この時代の漁師の識字率に関してのツッコミはご容赦願いたい。

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 アホウドリたちとの生活を続けているうちに、私の心もややアホウドリ寄りのものになってきた。助けの船は来ることもなく、たまに流れ着く船の残骸を集めてみても、一隻の船になるほどの量は集まらなかった。大体私に、島を出て次の島なり陸地なりを目指せる船を設計できる技量などなかったのだ。

 だからアホウドリを娶ろうと思い立ったのもごく自然な流れだった。ある時私はいつものようにアホウドリの群れから一羽を選んで絞め殺す代わりに、とりわけ美しく見えた一羽のアホウドリを鶏姦した。つまりは穴にちんちんを出し入れした。アホウドリは何するんですかというような顔を一瞬したが、殺される際のように、すぐに何もかもを受け入れた様子であった。その一羽を絞め殺すことはとてもできず、ぼろきれを首に巻いて目印としてから解放してやった。他のアホウドリを殺して食べた。

 そのような日々が続いた後、例の一羽が卵を産んだ。産卵の時期であるから珍しいことではなかった。彼女は私に向けて卵を指し示した。
「俺の子か?」と私は彼女に訊ねた。そうよ、という風に彼女はこくんと首を動かした。
 次々と雛の孵る時期に、私と彼女の卵も孵化した。何の変哲もないアホウドリの雛に見えたが、真っ先に私の元によちよちと駆け寄ってきたのだった。

 正直に書こう。私は彼女以外のアホウドリも抱いた。目印をつけるものもなくなったので、手あたり次第抱いた。そんなにもちんちんがもつはずもなかったので、ただ抱きしめるだけの時も多かった。生き延びるためにアホウドリの虐殺を続けていたつもりが、あまりにも取り込み過ぎたアホウドリの肉は、もはや私を人間から遠ざけているようだった。

 別れの季節が来てしまった。しかし私は一縷の望みを持っていた。漂着物の一つに長い縄を見つけた時に、それを使った島からの脱出計画を思いついたのだ。私は懇意にしていたアホウドリたちを集め、長く伸ばした縄の上に立たせた。縄の中央に立つ私は縄を握りしめて叫んだ。
「飛んでくれ! 俺を引っ張って飛んでくれ! この島から出してくれ!」
 アホウドリは分かったような分からないような顔をしながらも、やはり例の何もかもを受け入れる表情をして、それぞれが縄を足で掴んだ。懇意にしていたアホウドリだけではなく、島の全てのアホウドリたちが協力してくれた。上空に浮かびあがる縄を私は掴み、空へと飛び立った!

 しかし私の考えは甘かった。いくら鳥頭とはいえ、私一人を数年生かすために大量の命を差し出し続けてきたのだ。アホウドリの中にも知性は芽生えていたらしく、私は恨まれていたのだ。人の住む陸地が見えて私が歓喜の声をあげた途端、アホウドリたちは縄を離した。遥か上空から私は、多数のサメの泳ぐ中へと落とされてしまったのだ。迫りくるサメに怯えていると、首にぼろきれを巻いたアホウドリと、彼女と私の子どもらしき二羽だけが、少し戻ってきて私を見つめた。しかし彼女らも群れを追って去っていってしまった。

 以来私はサメたちと暮らしている。陸へはまだまだ帰れそうにない。

(了)

     

挿絵はDALL-E3による生成画像です。

       

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