琴美さんに軽い拒絶を受けたあの後、俺は「そうですか」と済むはずもなく、リビングに降りテレビを観ている兄貴に問い詰めた。
問い詰めるというほどの勢いはなかったが。
すこし探りをいれるのだ。それだけだ。そう思いながら。
「兄貴、聞いていいか」
そっとリビングのドアを開けると、ソファにどかりと座った兄貴の後姿が見えた。
「おーちょうど良かった。コーヒー入れろ」
そう吐き出しながら、ばさりと無造作に読んでいた雑誌をテーブルにおく。
そこにはのみかけのビールもあった。
「……」
何故ビールを全部飲まない。この俺様兄貴様が。
俺は額をビキビキいわせながら笑顔でコーヒーを黙って入れ、何から話そうか考えた。
「兄貴、あのさ」
「ああ?」
「あ…あーっと。えーと」
「気味が悪い。はっきりしろ」
「兄貴が家出るときって、…琴美さんはまだ家にいる?」
俺がそこまでいうと、すぐに何か察したらしく兄貴の眉がピクリと動いた。
そしてこう言った。
「そんなもの、お前に関係ないだろう」
なん…?
一瞬どういうことか分からなく、俺は必死で頭を動かした。
それは、もしかして、俺の考えが当っていることを物語った返答のように聞こえる。
しかも、その上で「関係ない」呼ばわり――した、のか?
俺を。
「俺の考えが正しいなら…琴美さんを放って置けないに決まってる!何で言ってくんないんだよ」
「お前は関係ない、ひっこんでろ」
「はあ?!なんで!」
「お前は首を突っ込まなくていい。相手は年頃の女の子だ、デリケートなんだよ。俺と鳴子で話し合って色々決めてある」
「……兄貴と鳴子さんは、知ってたんだ」
「どうでもいいけどお前、勉強してるのか?もうすぐ模試だろうが」
「ま…」
「あ?」
「…またかよ」
「何が」
「また俺だけ知らなかったのかよ?…はは、なんだよ…あの時は俺も小学生だったからだ、と思ってた」
両親が離婚した時もそうだったのだ。
俺は蚊帳の外、何も知らない幸せな子供のまま。
誰の辛い時も、俺は何も気付かない。
気が付いたら、皆苦しんだ後。
「今も似たようなもんだろ。お前みたいな子供に話してどうする」
ものすごく頭がしんとしたかと思うと、スパークして、かっとなる。
何故か強く握った拳が震えた。
家族の問題のはずなのに、どうして何も伝えてくれない?
なんで毎回毎回蚊帳の外なんだよ!
それとも俺が鈍いお幸せな脳みその子供だからだっていうのか?
俺は琴美さんに飯やら掃除やら…なんだってしてきたじゃないか。
ばっかみてー俺!ただのお手伝いさんやるのに俺はここに居たって言うのかよ!
「…俺は兄貴の子供じゃないんだぜ!!関係ないって言うなら偉そうに指図すんじゃねーよ!!」
バンッ!
俺はリビングの机に拳をおもいきり叩き付けた。
そんな俺の真剣な反抗に、兄貴は微動だにせずに、冷たい目を向けた。
「失せなクソガキ」
熱い頭に冷たい液が筋を作って流れる。
――頭にビールをかけられたらしかった。