Neetel Inside 文芸新都
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 さて、次は琴美さんだが…。
 昨日とは違い、俺は躊躇いもなくドアをノックした。そして声をかける。
「もしもしもおーし?」
 なんという閣下。制服さんの悪い癖ですよ。
 ふざけた事を考えながら俺が自重せずにノックを続けると、中で物音がした。
 そしてがちゃりとドアが開く。
「あ」
 あいかわらずの無表情だったが、今日の彼女は制服だった。
 灰色のセーラーに赤いチェックのリボン、プリーツスカート。K女学院の制服だ。その証拠に、胸ポケットにKという小さな刺繍があった。
 正直言って…可愛い。
 俺がぼうっと見惚れていると、漆黒の瞳がこちらをじっと見詰めていた。
 吸い込まれそうだったが、なんとか正気に戻る。
「あ…すみませ、その…ご、ごはんです」
「……」

 彼女はこくりと頷いた。

*

「あれ、もう食べないんですか?」
 琴美さんのツナマヨホットサンドは、一口齧り付いただけで、皿に戻されていた。
「…うん、あの、食欲ないの」
「そうだったんですか」
 もしかして、朝は食べない派?
 でもいくら女の子だからって何も食べないのは良くない。今度からは何かスープでもつくろうか。
「じゃ、俺もう行きますけど」
 俺がエプロンをはずしそう言うと、鳴子さんも立ち上がると乱れた髪を直しながら笑いかけた。

「麦くんが一番早いのね。いってらっしゃい。気をつけてね」

 こうやって送り出されるのは久しぶりで、なんだか喉に熱いものがこみあげてくるようだった。
 兄は相変わらず何も言わないが、俺の作ったホットサンドとブラックコーヒーを素直に食している。
 琴美さんは…何かを言いた気な目を向けてじっとこちらを見ている。いってらっしゃいって言ってくれたら完璧なのにな。はは、俺もなんか変だよな。こんなことを思うなんて。

 家族って、こんなだったんだな。 

「いってきます」

 小声でそう言うと、俺はスニーカーを足に引っ掛け、玄関を急ぐようにして飛び出す。なんだかむずむずして収まらなくて、俺は立ち漕ぎで自転車を走らせた。


 道はイマイチよく分からなかったが、前のアパートからそう遠くはなく、それに同じ市内なので。何となくある土地感だけを頼りに、学校を目指した。多分30分くらいで着くはずだろう。明らかに前よりは時間がかかるが、仕方ない。
 俺がゴチャゴチャ考えつつ慣れない道を走っていると、後ろから声をかけられた。

「おい!ムギ!」
「?あ?」
 振り向くと、友人がチャリで追いかけてきていた。耶麻智尋(やまちひろ)。活発派で人に好かれるタイプで、俺より確実に主人公に向いてるキャラだ。音楽が好きで色々楽器をやったりシンセをいじったりしている。今もウォークマンを付け、毛糸の帽子、マフラーという出で立ち。ちなみにハルヒの着うたをくれたのはこいつだ。
「ヤマ、はよ」
「ムギおまえ何でこんな道にいるんだよ?反対側じゃね?」
「ああ。お前はこっちだったっけな。まー、話せば長い事ながら」
「なに、何かあったの」
「…急に引っ越してさ」
「みじけーじゃん」
「それがさあ」
 ヤマが俺の隣に並ぶ。
 …何から話そうか。
 あ、もしかして学校行ったら一人一人に言わなくちゃいけねえのかな。

 うんざりして溜息を吐くと、もう冬も近いのか、白っぽい息がふわと浮かび俺の眼鏡を曇らせた。

       

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