Neetel Inside 文芸新都
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「は…?稲生さんが結婚!?」

 そう言って前のめりになり目を見開いて驚いたのは、ヤマではない。中学生だというのに短めの髪にくるくるとしたパーマをかけ、キリリと凛とした目を持つ彼女は、俺の友人の一人。
 入江橙子(いりえとうこ)という。胸がでかくてナイスバディー。少々タラコ唇。
 正直一番こいつには言い辛いことだったわけだが――

「そーそー!ムギの兄貴。トーコ知ってんのかよ?」
 登校中俺が説明した事を、教室に入るなりがヤマが橙子に言ってしまったのだ。一番気を使って報告しないといけない相手に。
 俺は外人がやるように首を振りつつ手のひらで目を隠しながらハアと溜息をつきたくなる。
 ちらりと横目で橙子をみると、案の定鬼の様な形相でぶるぶると小刻みに肩を震わせていた。
 橙子は俺の兄貴が何故か盲目的に好きなのだ。
 去年俺の家に遊びに来た時に会っただけなのだが、一目惚れらしかった。
 それ以来写真が欲しいだの、好きなものはなんだだの、髪の毛が欲しいだのとまで言ってくるミーハー女に成り下がっている。
 髪の毛など何に使う気なのか。黒魔術か何かか?

「キイイイ!!なんということ!私の王子様があああッ」
 ヒステリーよろしくそう叫び、橙子は自分のパーマを掻き毟った。かと思うと俺の肩を勢い良く掴んで問い詰める。
 恐ろしすぎて一瞬だけ押し付けられたでかい胸の感触などわかりはしない。

「麦!!どんな女なのよ!その相手!」
「え…いい人だよ優しくて可愛い感じ?漫画家さんらしい」
「いやあああッ…漫画家なんて情緒不安定で経済不安定で駄目な人間がなるものって西原○恵子が言ってたわ!松本零○なんかパンツも洗わないって言ってたし――」
 またよく分からないイメージソースを取り出してきたな。それにしても漫画に詳しい。こいつ女のクセにいやにコアなオタクなんだよな…。

「しかもなー、俺らのいっこ上の美少女の娘さんがいるらしいぜー?どうするよ?」
 ヘッドホンを肩に乗せながら、にこりと人好きのする笑顔を向け、くったくなく言う。
 ヤマ、お前ってやつは…。
 でっかい声で言わなくてもいいことを。
 案の定、橙子は「子持ちですってエエエ?!」と叫び、周りには「芸能人で言うと誰似」だの「襲うんじゃねーぞ」だの「オナニーには気を使う羽目になる」だの。なんだ最後の切実な意見は。教室はやんやと騒がしくなり、俺は早くもうんざりしはじめた。

 だが、その騒動を静めるように現れたのは俺が一番信頼し尊敬してやまない、何て言えねーけれども――そんな友人。
 冬のボーズほど寒々しいものはない。本人も寒いからなのか感触を楽しんでるのか癖なのか知らないが、自分のボーズ頭を撫でながら気だるげにこちらへ来た。
「信男、はよー」
「おう、ソルト。騒がしいな」
 そう言いながらも彼は三白眼をそちらに向けることはせず、自分の席へ一直線に向かった。
 ああ、信男は俺のことをソルトと呼ぶ。麦などと呼ぶのは本人曰くださいらしく、俺の苗字である塩川の塩でソルトらしい。
 フルネームは戸賀信男(トガノブオ)。ボーズで背が高く目つきが悪く人相は恐ろしいものである。
 俺は信男についていくようにして質問攻めから逃れる。信男を怖がってる奴ばかりで、誰にでも話し掛けるヤマですら怖がって近づかない。しかし、付き合ってみると怖くはなく、かなりおもしろいのだ。独特の妙な空気をもった不思議な男。まあ、細かく言うと不思議ってレベルじゃねえんだが。

「助かった、サンキュー信男」
「あ?何言ってる」
「いやいやハハ…」

「そんなに可愛いのかその子」

 三白眼を俺に向け、信男はそう言った。

 …ほらな、こいつ、変だろ?
 無関心な様子をしていて、ちゃっかり聞いていたらしい。濃すぎる俺の周囲のキャラクターに、俺はもう少し慣れなければならないな…そう思った。
 俺の唯一の特徴である眼鏡を押し上げながら。

       

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