Neetel Inside 文芸新都
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見つからない、離れない
見つからない、離れない 6

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 殺人事件。まるで冗談だ。
「警察がそう判断した理由を聞いてもいいですか?」
それくらいの権利はあるだろう。
こんな石像に聞かれるだけというのも癪だ。

「はい、勿論構いません。まず二つの遺体ですが、一つは管理人の方の証言により、302号室の住人の相生聡子(あいおい さとこ)様であると考えられます。遺体の付近から、相生聡子様の物と思われる携帯電話も見つかっております」
優奈もそう言っていた。
「もう一つの方、こちらは男性なのですが、まだ確認できておりません。いずれ判明するものと思われます」
小野刑事がここで言葉を切る。
「問題は、その二つの遺体の状況にございます」

「まず、相生聡子様と思われる遺体についてですが、両手首が切断されていました」

 両手首、切断。
その二つの言葉を関連付けようとすると、頭の中で抵抗が生まれる。
もしかすると、先程自分が見た遺体は本当に誰かに殺害されたのかもしれない、と流子は一瞬信じてしまいそうになった。
危ないところだった。
流子は、先程見た光景を思い出そうと試みる。
302号室の部屋の状況は鮮明に目に焼きついていたようで、すぐに思い出せた。

「しかし、私が見た限りではどちらの遺体も手首は・・・」
小野刑事が頷く。
「はい、そう、お思いになるのも無理はないと存じます。相生聡子様のものと思われる手は、切断面のごく近い場所、遠くから見れば完全に切断されているなど分かりようもない位置に置かれておりました」

 そういうことか。
しかし、手首を切断したのはあの部屋ではないと思う。
遺体付近の床が綺麗過ぎたからだ。
死んだ後に手首を切ったのだとしても、出血は相当な量になるだろう。
拭き取ったとしても、あそこまで綺麗になるとは思えない。
血というのは、物凄くしつこい汚れになる。
つまり、死体の手首を切断し、わざわざ死体をあの部屋に運び、手を切断面に近い位置に置いた、ということになる。

「もう一つの男性の遺体、こちらはどこかを切られたりなどしている様子は御座いません。ですが、酷く腐敗しておりました。匂いの原因はこちらの遺体にあった模様です」

 匂いによる苦情を優奈から受けたという話を、管理人から既に聞いているらしい。
身元不明の死体の腐敗が激しいということは、手首を切られた死体より先に死んでいると考えられる。
身元不明の男性が手首を切った、というのは考えにくくなる。
二週間ほど前から相生聡子は部屋を空けた、と優奈から聞いている。
今の季節、二週間で死体がそこまで腐るものなのだろうか。
手首を切断された死体と同様、こちらの死体も部屋に運び込まれたとも考えられる。

「それと、ドアの内側に、粘着性の弱いテープのようなものが目張りをするように張られておりました。それがなければ、もう少し発見が早くなったと思われます」
管理人がドアを開けたときに聞こえた、ばり、という音は、どうやらそのテープが原因のようだ。
部屋自体の密封性が高かったのではなく、何らかの意思が介入していたらしい。
もちろん、それが密封性を高くしたい、という意思だったかどうかは不明だが。

「302号室の真下に位置する部屋は、現在空き部屋となっているでしょうか?」
流子は聞く。
当然、警察はもうこの事を管理人に尋ねているはずだ。
小野刑事は少し、ほんの少しだけ驚いた顔をする。
流子には、驚いた顔をしたように見えた。
サービス精神からくる表情の変化かもしれない。
「・・・302号室の真下、管理人の方によると202号室に当たる部屋は、現在お住まいの方がございます。なお、302号室の窓の鍵は閉まっておりました」

 流子は頭の中で、状況を整理する。

 302号室の部屋は鍵がかかっていた。
 管理人を呼んでその鍵を開けた。
 中には死体が二つあった。
 死体の一つは、管理人の証言により302号室の住人の相生聡子と判明。
 相生聡子は手首が切断されていた。
 相生聡子の手は、切断面に近い位置に置いてあった。
 もう一つの死体は男性で、身元がまだ分かっていない。
 身元不明の死体は腐敗が酷く、相生聡子より先に死んでいると考えられる。
 よって、身元不明の男性が相生聡子の手首を切る事はできない。
 ドアには、内側から粘着性の弱いテープで目張りされていた。
 部屋の外側からそのテープを張るのは、物理的に不可能に思える。
 そのテープのせいで発見が遅れた。
 302号室の窓の鍵は閉まっていた。

 と、いうことは。
 と、いうことは、だ。

 小野刑事が、ゆっくりと頷きながら言う。

「草薙様のお考えのとおり、今回の件は、俗に言う密室殺人、ということになるかと思われます」

 密室殺人。
密室殺人だって?
密閉された室内で人を殺すと書いて密室殺人。
いよいよ、冗談めいてきた。

「民間人の私に、事細かに教えてくださってありがとうございます」
皮肉に聞こえたかもしれない。
「はい、我々は最低限度隠さねばならない情報以外は、極力民間の方に公開いたしております。民間の方の、特に貴女の様な聡明でいらっしゃる方のアドバイスにより、捜査が進展した、という前例もございますので」
冗談にしてはつまらない、と流子は評価した。

       

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