Neetel Inside 文芸新都
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見つからない、離れない
見つからない、離れない 8

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「おかけください」
体格の良い刑事に促され、優奈は椅子に座る。
「申し遅れました、私は小野と申します」
刑事が椅子に座りながら言う。

「はぁ・・・」
丁寧な喋り方だが、どこか威圧的で、少し恐ろしい。
流子と一緒に話をするほうが、時間も節約できるはずなのに、何故わざわざ一人一人聞くのだろう、と優奈は不満に思う。
第一に、こんな大男と二人きりというのはなんだか心細い。
刑事だというのに、一緒にいて心細くなられては心外だろうが、心細いものは心細いのだから仕方がない。

「では質問させて頂きます。草薙様からは、貴女に招かれてここにいらっしゃったと伺いましたが、間違いございませんか?」
「はい、間違いありません」
「草薙様をお部屋に招かれるということは、以前からございましたか?」
「はい、何度も」
「学校から直接、お二人でこのアパートに向かわれたのですか?」
「そうです」

「何時頃に学校を出発なさいましたでしょうか?だいたいで結構です」
「えっと・・・」
何時ごろだったか。時計を見なかったので良く覚えていない。
「四時頃、だったかな」
優奈は首を傾げながら言う。
「なるほど」
小野刑事は相変わらず威圧的な視線を送ってくる。
瞬きすらしていないのではないだろうか。

「学校を出てから、どれくらいの時間でアパートに到着なさいましたか?」
いつもは、学校から家まで歩いて二十分ほどかかる。
今日は流子の自転車に乗せてもらったので、それよりも早く到着したはずだ。
「二十分はかからなかったと思います」
「二十分。つまり、このアパートから学校までは距離的にかなり近い、と考えてよろしいでしょうか」
「はい。それに今日は自転車だったんで、いつもより早く着きました」

「今日は、と仰いますと、いつもは徒歩で登校なされていて、特別今日は自転車をお使いになった、という意味でしょうか」
しまった、と優奈は思った。
自転車の二人乗りが刑事にばれるのは、けして歓迎すべき事ではない。
「あの・・・流子の自転車に二人乗りしてしまいました・・・私が乗ろうって提案したんです・・・」
「・・・危のうございますから、次回からお気をつけください」
「すいませんでした・・・」
優奈は、心の中で流子に手を合わせた。

「アパートに到着して、すぐにお二人で貴女の部屋に向かわれましたか?」
「はい、そうです」
「失礼ですが、部屋で最初に何をなさいましたか?」
何でそんなことまで聞くんだろう。本当に失礼だ。
「うーんと、まずはオセロをして、その次にチェスをしたと思います。私の部屋にボードがあるんです」

「何時間ほど、それらでお遊びになったのですか?」
こちらの不満に気付いているのかいないのか、小野刑事は先程からと全く同じ調子で質問を繰り返す。
「そうですねぇ、一時間くらいかな」
優奈は適当に答える。

「それらをおやめになって、何をなさいましたか?」

「・・・隣の部屋を見に行こう、と流子に提案しました」
たらりと、冷や汗が流れ落ちた、気がした。
気のせいだった。

「それは、どのような理由からですか?」
「最近、隣の部屋からなんだか変な匂いがするので、調べてみようかな、と思って・・・」
「失礼ですが、何故お一人の時調べに行かれなかったのですか?」

「えっと・・・調べに行こうと思ってたんですけど、何だか面倒で後回しにしてしまってて・・・それで、流子と一緒に今調べに行けばいいかな、って思いついて・・・」
恐くて行けなかっただけのくせに。
優奈の中の声を絞り出す以外の全ての部分が、一斉にそう言った気がした。
小野刑事の丁寧な喋り方は、どんな些細な嘘も絶対に見逃さない、というような機械的な冷たさを感じさせる。

「なるほど」
小野刑事は、自分の話に不審を抱かなかっただろうか。
表情からはまるで読み取れない。

「それで、どうなさいましたか」
「管理人さんに頼んで、302号室を開けてもらいました。それで、情けない話なのですが、部屋の中を見た途端に貧血を起こしてしまって・・・」
「そうでございましたか。いや、あの状況では無理のないことでございます。けして情けなくなどございませんので、ご自分をお責めになることだけはおやめください」
「ありがとうございます・・・」
少しも感謝せずに優奈は言った。

 はぁ、と深いため息をつく。
早く部屋に戻りたい、と優奈は思った。
流子は、待っていてくれているだろうか。

       

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