Neetel Inside 文芸新都
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見つからない、離れない
見つからない、離れない 9

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 本を読むのをやめて、なんとなく柔軟体操をしていると、ドアが開く音がした。
優奈が戻ってきたようだ。
「あ、流子・・・」
何だか疲れているようだ。
「ありがとね、待っててくれて」

 柔軟体操をしっかりと終えて、そろそろ帰ろう、と思った時に優奈が口を開く。
「刑事さんに話してないことがある」
「それは、私だってあるけど」
少なくとも、自分の趣味や好きな色について話した記憶はない。

「実はね、隣の部屋に・・・その、あれがあるんじゃないかな、って少し前から思ってたの」
あれ、というのは人間の死体を指すのだろう。
朝、優奈は言っていた。何か変わった事が起きればいいのに、と。
あれは、これから変わった事があるから、覚悟しておけよ、という意味が含まれていたのかもしれない。
「そう・・・」
流子は、あたかもそんなことは知る由もなかった、という風に答える。

「て言ってもね、そんな確定的に死体がある、って思ってたわけじゃなく、あるのかなー、ぐらいだった。ほんの5%くらい」
5%もあれば、相当な確立ではないか。
二十回、隣の部屋を訪れれば、一回は死体があるのだ。

「その、302号室の相生さんって、大学生らしいんだけどいっつも携帯をいじってるような人なのね。あ、もちろん生前の話なんだけど」
今時、珍しいタイプの人間ではない。
携帯電話さえ持っていれば、友人や恋人といつでも意思の疎通ができるなどと勘違いをしている節がある。

「それで・・・このアパートってさ、結構、隣近所の生活音とか聞こえるんだ。まぁ、家賃も安いし、そこは文句言えないんだけど」
流子は黙って聞く。
「二週間前くらいから、つまり相生さんが旅行に行ってから・・・まぁ実際は行ってなかったみたいだけど・・・静かになったんだよ、当然」
そう言う事か、と流子は結論を聞く前に納得する。
「たまたまいつもより早く眠くなって、九時ごろには布団について眠った日にね、起こされたんだ」
「隣の部屋から聞こえる着信音で?」
流子が口を挟む。
うん、と優奈が頷く。優奈の顔から水のようなものがポタリと落ちる。
「その時から隣の部屋の音を意識しだしたんだけど、時々着信音がなってるんだよね。いつも携帯いじってる人が、旅行に携帯を忘れていくなんて思えないなー、て思ってさ。もし忘れたとしても、途中で気付いて取りに戻るんじゃないかなー、って思って」

 優奈は泣いていた。
声も震わせず、表情も変えず、ただ涙を落とすだけだったので、流子は気付くのが遅れた。

「それで、隣から匂って来た時になんとなーく、思っちゃった。着信音が聞こえたくらいで、隣の部屋に死体があるかもしれないなんて思うのは、私が変なのかも知れないけど」
きっと、変、というほど特異なものでもないのだろう。
ただ可能性に気付いてしまっただけだ。
一度可能性に気付いてしまえば、その可能性に気付いた原因などは問題にならなくなる。
「刑事さんに話せなかった。死体があるのに気付いててどうして通報しなかったんだ、って怒られるかもしれない、って思って・・・」

「相生さんは、いつ頃からこのアパートに?」
流子は聞いてみる。
「え?えーと、最近だよ。一ヶ月前くらい、かな?」
一ヶ月前に住み始め、二週間前から旅行に行った、ということは、相生聡子は二週間ほどしかこのアパートで過ごしていない事になる。

「一ヶ月前から二週間前までの間で、今回のような、変な匂いを感じたことはなかった?」
「うーんと、そういえば、一回あったかも。でもその時は相生さん、肉を腐らせちゃった、って」
「そう・・・分かった」

 優奈は依然として涙を流し続けている。
とても自然に涙を流している。
きっと、今冗談を言えば、優奈は泣きながら笑うのだろう。

「そろそろ、行くね」
流子は面白い冗談が思いつかず、つまらない事を言う。
「うん、今日はごめんね、変なことに付き合せちゃって」
「いや、中々面白かった」
優奈は、よく分からない、というような顔をした。

「それじゃ流子、また明日ね」
「明日は土曜日だよ」

       

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