Neetel Inside 文芸新都
表紙

今日から家族
静良のいる日々(仮)-5

見開き   最大化      

 何時の間にか寝入ってしまっていたようだ、船を漕ぐ程度に収めていたつもりだったが。
 珍妙な夢である。入学式の最中に意識不明になったというのに、見る夢もまた入学式の最中とは、何だか損をしているような気分だ。
 しかし、夢の中で「これは夢なんだ」と理解出来ることは、実に稀ではないだろうか?
 夢というものは、その世界に居る間は、それが現実だと疑わない。夢は、夢から覚めて、初めて「夢だったんだ」と理解する。
 にも拘らず、今僕は、この世界が夢であると理解出来ている。これは中々に希少ではないだろうか?
 ちなみに、何故、この世界が夢の世界だと気付けたか?

「ほう、女か。些か驚いたことを認めよう、確かに何の不思議でもないがな。私は女性一同に詫びて然るべきかもしれん、無意識の内に『男に決まっている』という何の根拠も無い先入観を抱いていたようだ」
 それがどうした、そんなものは何の不思議でもない。女は星の数ほどいるという格言を知らないわけじゃないだろう? その言葉は、全世界の恋に破れた男達の心の支えにも成り得る格言だ。
「しかし偶然とはあるものだな。友よ、あの者はどうやら貴殿と同じ名字を持っているらしい、名は体を現すとはよく言ったものだ。羅生門を筆した作者もまた、貴殿と似たような名字ではなかっただろうか? 貴殿の名字は、優秀な者に与えられる名字なのかもしれないな」
 ああそうだろうよ。僕が優秀なのかどうかは知らんが、日本にいる以上は同じ名字を持つ人間なんて腐るほどいるし、あの場にいるのだから、あの女はそれはそれは優秀なのだろうさ。
 そんなことは、問題ではないのだ。
「しかしそれにしても、貴殿の名字は珍しい方にカテゴライズされると私は踏んでいたのだが。もしやあの女は、貴殿の親戚か何かじゃないのか?」
「……」
 問題なのは、その性別でも、その名前でもない。

 それが、静良であることが問題なのだ。

「僕の深層心理には、何が眠っているんだ」
「いきなり何を言い出すのかね」
 常に突拍子の無いことばかりの豪流院が、いざその被弾者となるとうろたえることが滑稽だったが、それは後々に楽しむとしよう。
 こんなのは、夢に決まっている。
 だって、静良だぞ?
 自分の年齢だって解ってないんだぞ?
 今朝なんか、僕が支度をしている間にトーストに齧りついていたんだぞ?
 その静良が、だ。

 何故この場所で、挨拶をしているんだ? 新入生代表として?

「質問に答えるのだ、友よ。あの女は、君と何かしらの関わりがあるのではないかね? 先ほどまで振り子のように首を縦に振り回していた貴殿が、今はこの通り覚醒……覚醒というには、些か動揺しているようだが。とにもかくにもその豹変っぷりには、何か裏があるのではないかと私は睨むぞ」
「家族だよ」
 本人は名探偵の真似事であろうが、僕には粘着性を帯びたタイルカビにしか見えない笑みを浮かべたまま、豪流院が固まった。
「何?」
「静良は、僕の家族だ」
 いい加減現実を受け入れなければと、僕が投げやりに豪流院に事実を告げた。夢ですらコイツのネバネバしたニヤケ面を見せられるくらいなら、ここで起こっている出来事を現実だと割り切って、夢の世界にもう少し希望を持ちたいね。

 壇上に目をやれば、既に新入生挨拶は始まっているらしく、静良がその桜色の形の良い唇を上下左右に開閉しながら、何かを喋っている。……アイツ紅なんか塗ってやがる、学生のクセに。
 耳には入ってきた。ただ、それはただの音であり、意味のある単語として認識するほどの脳の使用率は残っていない。
 豪流院も横で何かを問い詰めているが……以下、前述に帰す。

 アイツ、同じ学校に通う予定だったのか。
 それほどの学力があったのか? それとも、芥財閥が裏で金を動かしたのだろうか?
 ──いや、それは無いはずだ。それならばわざわざ、新入生代表なんて目立つ場所に立たせることは無い。そこから根元を掴まれる可能性だってある。それに芥財閥が静良にそこまでする理由が無い。
 特別待遇入学か? いや、それも多分無い。例え静良が中学時代何かしらの部活をやっていて、その能力を評価されたにしても、それではどうしても新入生代表に選ばれる理由にはならないからだ。
 試験を、受けたのだろう。
 そして、合格したのだろう。それもトップ合格で。
 アイツは、自分で「孤児だ」と言っていた。である以上、生活だって楽ではなかったのだろう。もしかしたら、自分を養ってくれている場所で働いていたのかもしれない。
 その合間合間で、血の滲む努力をしたのだろう。この秀逞学園とは、ただ頭が良いだけで入れる場所ではないと思う、自分で言うのも難だが。
 静良の挨拶が、終わった。
 一礼をして、手元の便箋を畳み、舞台裏へと歩いて行く静良。

 凛々しかった。

「──何だよ……格好良いじゃないかよ」
 見送ることしか出来ない僕は、ただそう嘯いた。
 何故かは解らないが、とても悔しかった。

 その後、舞台上では相変わらず市長だとか教育委員長だとかの挨拶が進められたが、どれもこれもぱっとしたものではなかった。

 この日。
 舞台上で一番格好良かったのは、静良だった。

       

表紙

六月十七日 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha