Neetel Inside 文芸新都
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今日から家族
静良のいる日々(仮)-6

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「説明を要求する」
「何の説明だよ、藪から棒に」
 豪流院の目が、僕を射抜いた。珍しいことに、あのローションのような笑みは浮かべていない。

 入学式が終わるなり、胡乱な目をしている僕を豪流院は学生食堂へ拉致した。「何の真似だ」とも「手をギュッと握るな気色悪い」とも言う暇も無かった。
 食堂へ着くと、有無を言わさず僕を着席させ、二人分のカップコーヒーを自販機で購入し、自販機の横に添えつけてあったシロップを鷲掴み持ってきて、片方のコーヒーを僕の目の前に置いた。
 そして上へ戻る、だ。
「あの胡乱な入学式の最中私の興味を引いたものは、どう索引しても一つしか該当しない。貴殿とて解っているだろう? それとも解っててしらばっくれるつもりかね?」
「──僕にも解らないんだよ、さっぱりな」
「それは、何のつもりだろうか?」
 山ほど積み上げられたシロップを次から次へとコーヒーへ注ぎ込みながら、豪流院が僕に言った。お前こそ何のつもりだと問いたい、せっかくのコーヒーの風味が台無しである。
「つもりも悪阻も無い、僕にも解らないんだよ。何故静良があの場に居て、あの場で挨拶をして、あの場で退場したのか、ほんの数パーミルだって理解出来てないんだ」
「家族とは、どういうことかね?」
「それこそ知るもんか」
 見ているだけで胸焼けを起こしそうなコーヒーを啜り上げながら、豪流院が大型犬のような唸り声を上げる。
「要領を得んな。今朝言っていた『家を早く出たい理由』とやらに関係が?」
「関係するも何も、まんまその通りだよ。いきなり『家族になります』と言われて、僕が『はいはいよろしくねー』とでも言うと思うか? 拒否権が無かったから容認したものの、数日そこらで環境に馴染めるほどカメレオンに師事した記憶は無い」
 しるしると音を立ててコーヒーを飲めば、甘い味が口の中に広がった。コイツ、元々糖分が入っているコーヒーにあれだけシロップを入れたのか?
「つまり、あれかね」
 豪流院がカップを振り、シロップをコーヒーに馴染ませる。

「許婚というやつか?」

 盛大にコーヒーを吹いた。
「何たる無礼! 何をする、友よ! 貴殿がコーヒーを相手に吹き付けることに悦を感じる性癖を持ち合わせていたとしても私は何の嫌悪も抱かんが、その被癖者になるとなれば話は別だぞ!」
「ええい、その勘違いを早急に直せ!」
 どちらの勘違いかなど問うまでも無い、どちらもだ。
 許婚?
 どこをどうすればそのような結論が出るのだ。大きな子供達向けのシミュレーションゲームか、アホじゃないのか。
「これはけしからん、コートに染みが出来てしまう。貴殿にクリーニング代を要求することはしないが、金輪際このような行為は控えていただきたい。少しばかり離席する、水を得られる場所で染み抜きをせねばなるまい」
 チョコレートよりも甘くなっているのではないかというようなコーヒーを一気に飲み干すと、豪流院が慌しく席を立ち、水道を発見すべくどこかへと去っていった。

 半分ほどにまで量が減ってしまったコーヒーを啜る。
 どういうことか、だって? こっちが聞きたいね。
 家でも持て余しているというのに、それが同じ学校だ。流石にそろそろ「どうでもいい」で済ませられる問題ではないのかもしれない。
 それに、良い機会なのかもしれない。今までは若干避けてきたが、そろそろ静良としっかり向き合って、静良が何を思って家に来たのかを問い詰めるべきなのだろうか。
 そもそも、初日にそうすれば良かったのだ。あの時は父さんからの絶対命令として服従こそしたものの、やはりこのまま右も左も解らないままこの生活を送るのは、御免蒙りたい。

 ──ねぇねぇ、彼じゃないの?──
 ──絶対そうだよ、一緒に居た奴だ。でもあの眼鏡君はいないみたいだ──
 ──……どうする? 場所、聞いてみようか……?──
 ──聞いてどうするの?──
 ──……んーそれは……ちょっと解らないけど……──

 さっきから、他人の声が耳を突く。
 琥珀色の液体を眺めていた瞳を前へ向けると、女が三人で姦しいとはよく言ったものである。女生徒が三人、こちらを見て何かしらひそひそと話し合っていた。新入生だろう、学年の単位を表すカラーの線が一本だ。
 えっと……左から順番に女A、女B、女Cでいいや。
「あの、えっと……」
 女Aが、こちらに話しかけてきた。
「何?」
「君、新入生だよね? カラーの線一本だし!」
 女Bがずずい、と出てくる。快活そうな娘だ、多分この三人組の中のリーダーなのだろう。
「あのさ、入学式の時に一緒にいたあのデッカい奴、どこにいるか知らない? あの眼鏡の!」
「ちょっと、いきなりそんなこと言って失礼だよ。まずはちゃんと自己紹介しよう?」
「あー、そっかそうだな。ゴメンよ君、私の名前はねぇ……」
 女Bが名乗り上げ、続いて芋蔓式に女Aと女Cが名乗った。
 名乗っている間に思い出した。
 この娘達、入学式が始まる前に豪流院を見てた娘達だ。
「……っつーわけでヨロシク! んで、君の名前は?」
「芥。芥統也、よろしく」
 別に隠す理由も無いので、無難に名乗った。今ここに、いかにも「貴様に名乗る名など無い!」などとほざきそうな男は不在である。尤もこのかしまし娘達は、その無礼千万男を捜しに来たようなのだが。
「芥? 芥って、あの新入生代表の芥さんと一緒の芥?」
「あっ! そいやアタシら、あの娘と一緒のクラスなんだよ! さっきクラス表で確認したんだ」
「……凄く……格好良いよね……」
 女Aが桜色に染まった頬を抑える。豪流院なのか静良なのかハッキリした方がいい。性別的に、まっこと遺憾ではあるが豪流院を薦めるところだ。
「静良と、一緒のクラスなのか?」
「そうよ。私達みんな同じクラスなんだけど、クラス表の中に芥さんの名前もあったわ」
「何組?」
「政治経済学科のBクラス! でも政治経済って、二クラスしか無いんだよなー。教室も隣同士だし」

 心の中で苦笑した。
 ──学科まで一緒かよ。

「そうか、有難う」
 カップコーヒーを飲み干して、くずかごに放る。角にぶつかりはしたものの、無事カップはくずかごの中に入った。
「豪流院なら、そこらへんにいると思う。水道の水でコートを叩きまわしてるんじゃないか? 近くの水飲み場を探してみればいい」
 そう言い残して、僕は政治経済学科の教室へと歩を進めた。
 どの道、遅かれ早かれ向かわねばならない場所だ。ならば早めに向かった方が良いだろう。豪流院も、しばらくはかしまし娘達に束縛されるだろうが、それを待たずとも時期に顔を出すだろう。アイツと接触した後の姦ABCの反応を見るのも、密かに楽しみではある。
 僕は僕で、やることをやるとしよう。

 静良と、接触するのだ。

       

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