Neetel Inside 文芸新都
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今日から家族
静良のいる日々(仮)-7

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 見つけるのに、そう時間はかからなかった。
 何故なら、学生食堂と政治経済学科の教室はそれほど離れた場所にあるわけではなく、そして当人は当人で、自分に当てられたものであろうデスクに座り、デスク上のコンピュータを操作して教材を眺めていたからだ。
「静良」
「──ああ、統也か」
 モニタから目を離した静良が、こちらを見て目を若干見開いた。
「丁度良かった。教材の確認が終わったら、探しに行こうと思っていた所だった」
「何のつもりだよ」
 部下の失敗の理由を聞く上司のような振る舞いで、静良を問い詰めた。静良は、失態を責められている猫のようにキョトンと首を傾げる。
「ん、質問の意図が解らないな。どういうことだ?」
「何でここに入学すること、黙ってたんだ? 隠すことも無いだろう」
 静良が、いつか玄関先でしたように眉を顰めた。
「隠していない。言おうと思ったら、君がさっさと出て行ってしまったんじゃないか」
「何もあの場で言うこと無いじゃないか。お前が家に来てから数日の時間があった」
「その時は、君が秀逞学園に通う予定であることを知らなかったからな。そのことだって、今朝君の制服を見て初めて知ったんだぞ? それで君が私を責めるのであれば、私だってそのことで君を責める権利はある」
「いや、別に責めてるわけじゃないけどな……」
 我ながら、少し口調がきつかったかもしれない。責めるつもりは無く、ただ、何故黙っていたのかを問いたかっただけであり、しかもその理由も至極正当なものであって、僕はすっかり居心地が悪くなってしまった。
「冗談だ」
 唇を少しだけ持ち上げて、静良が言った。
 ──あ。
 コイツ。

 笑った。

「本当は朝、君の制服姿を見た時にでも言えたんだがな。ちょっとばかり驚かせてやろうと悪戯心が芽生えてしまったんだ。気を悪くしたのなら謝る」
「──いや」
 予期していなかった静良の表情を目の当たりにして、思わず顔を背けてしまった。

 ──何だ、コイツ。
 出来るんじゃないか、そんな顔。

「悪かったと言っているじゃないか、そうヘソを曲げるな」
「挨拶、見てたよ。格好良かったぞ、頭が良いんだな」
 僕がそう言うと、静良が少しだけ頬を紅潮させた。
「運が良かっただけだ。緊張したぞ、君の家を訪問した時よりも緊張した」
「比べ物にならないだろう? 僕一人と全校生徒じゃ、僕の立つ瀬なんか無い」

 ──出来るんじゃないか、そんな顔も。

「あのような場は、これっきりにして欲しいな。慣れないことはするものじゃない、実はまだ動悸が治まっていないんだ」
「どうかな。静良がこれから優秀な成績を残していったら、卒業式にでもまたああいった機会があるかもしれない」
「それは大変だ、是非に成績を下げないといけないな」
 言いながら、遂に静良が、その宝石のような蒼眼を細めた。
「──二度目、だな」
「何が?」
「君と、こんな風に眼を合わせて、会話らしい会話が出来たのは。初日に玄関で繰り広げた会話が最初だ」
 ──。
「ああ、すまない。言わなくてもいいことを言ってしまったな、今のは忘れてくれ」

 僕は。
 やはり、静良という人間を、誤解していたのかもしれない。
 静良は、芥財閥に指示され、僕の家族になりに来た。
 そして芥財閥総帥である芥正義は、実子である僕ですら、血も涙も無いような人間なんじゃないかと思う。人間であることすら疑う時だって、ある。
 でも、だ。
 それに雇われた静良までもが、冷徹なわけではない。

 ──出来るのだ、こんな風に悩むことが。

 静良は言った、「家族になりに来た」と。
 そうだ、別に静良は僕を「監視しに来た」わけじゃない。
 ──もう少し、距離を短くしてもいいのかもな。

 窓の外から、聞き覚えのある声色の奇声が聞こえた。どうやら接触に成功したらしい。
 ──次にあの姦ABCが、どんな顔をしているのかが楽しみだ。無論、このようなイベントは、無いに越したことはなかったのだが。
「そろそろ、僕は自分の教室に行くよ」
「そうか。帰る時にまた落ち合おう」
「いや、その必要は無い。僕は豪流院と帰るよ、静良は静良で勝手に帰宅してくれ」
「……ん、そうか」
 その会話を最後に、僕は教室の出口へと歩を進めた。教室を出たところで姦ABCと鉢合わせ、顔面蒼白の姦ABCは僕の顔を見て何かを言おうとしたが、結局何も言わないまま教室の中へ入っていった。
 ご愁傷様、である。

 自分の教室には、既に豪流院が我が物顔で席に着席していた。
「おお、友よ、新たな発見だ。貴殿のその口に含んだものを相手に吹き付けることで悦を見出す性癖について、私なりに考察実験を試みてみたぞ。丁度良いところに、異性三人組が私に接触を図ってきてな、これは好都合とばかりに口に水を含んで吹き付けてみたのだ。まるで全長三メートルのタランチュラと遭遇したかのような絶叫を上げて逃げていった。私の主観では八十五フォンは観測出来たはずだ。喜びでこの数字は出ないであろうからな、おそらく嫌悪の類であると推測する。つまり友よ、やはり貴殿のそのリビドーは特殊なケースにカテゴライズされるものであることが証明された!」

 今ここで、三人の娘達の恋物語が幕を閉じた。

       

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