Neetel Inside 文芸新都
表紙

コスモスの名付け親
#4 安楽椅子の哲学者 -破-

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「イリタニ・・・君?」
校舎の東棟。
普段は移動教室がなければ、めったに訪れないような場所。
そのため空き教室がこぞっていて、よからぬ輩のたまり場になっているとも聞いた。
「イリヤだ。入谷京介。二度と間違えるな」
「じゃあ、“京ちん”でいいわね」
彼女は、黒峰は俺の反応を確かめずに、俊敏に角を曲がる。
「は?」
ここのところ、頓狂な返事が得意になっている。
「は?じゃないわよ。あだ名よ、あだ名」
何故そんな屈辱的な烙印を押されなければならないんだ。
「それとも、コードネームっていったほうがいい?そっちのが楽しいものね」
返事はしなかった。この手のヤツは相手にしないほうがいい。
直感と経験則でわかる。だが、彼女と対峙せねばならないのも事実。
「あたしは黒峰アゲハ。黒い羽って書いて、アゲハって読むのよ。素敵でしょ?」
アンビバレンスが、俺の歩調を崩す。俺のそんな曖昧な態度は裏目に出て
「ここよ、京ちん」
烙印は、押された。

薄暗い空き部屋。夕闇がうっそうと密になっている。
「京ちんのでも開くのかもね」
彼女はコスモスの鍵を取り出して、部屋の錠にあてがった。
それは、ここの部屋を開くためのものだったのか?
果たして俺の鍵も同様に機能するのか?
まだその時じゃない、と思って、疑問は飲みこんだ。
中に案内されても、状況はよくならない。
空気が淀んでいる。一刻も早く抜け出したかった。
「そこに掛けていいわよ」
指定された椅子に座ると同時に、心拍数が上がっていくのがわかった。
冷静になれ。事態は・・・・深刻だ。
「疑問は・・二つある」
彼女は飴を舐め続けている。
「まず一つ目」
あんたの質問は不味いの。飴のほうが美味しいの。とでも言うように。
「入谷真奈美を知っているか?」
「さあ・・・誰なの?それ」
「俺の姉だ。去年屋上から飛び降りて死んだ」
認めたくない事実ほど、口には出ないものだとばかり思っていた。
だが今は、コイツと対峙しているこの瞬間は、
単に事実を枚挙する要領で、新聞記事でも読み上げる感覚で、姉の死を語れた。
「知らないわ」
「じゃあ次だ」
疑問は二つある、と言った時点で、二つ目のほうに重きが置かれていることは、
容易に想像がつくはずだ。
「あれをやったのは・・・お前か?」
猥褻な写真の山。それら全て、相川を辱め、陥れるためのものに他ならない。
「知らないわ」
「ふざけるな!」
自分でも驚くほどのボリュームで搾り出されたその声は、夕闇を貫通した。
はっとなって気付く。
「へえ・・・・」
黒峰はニタリと口を広げた。
何を言っているんだ・・冷静になれ・・ここで怒鳴っては、黒峰の思う壺じゃないか。
「何をそんなに怒ってるの?」
「オマエがやったのかって、そう聞いてるんだ」
椅子が軋む音がする。
「オマエがこの前俺の鍵に向けていた視線。今回も鍵は写真の傍にあった。
 そして何より・・オマエはあの状況で笑っていたよな?疑う余地は手に余るんだよ」
「じゃあ、次はこっちの質問ね」
噛み合っているようで・・・そうではない。会話に齟齬が生じている。
「京ちんはなんでその鍵を持ってるの?」
「オマエがイエスと言うまで、その質問にも答えられない」
こんなの時間の無駄かもしれない。こんな不毛な押し問答・・・
彼女はくわえていた飴をゴミ箱に放って、また新たな飴を取り出した。
「人と話している時ぐらい・・・舐めるのをやめたらどうだ?」
彼女は二重の意味でナメている。
「いやよ。退屈だもの。舐めてたほうが楽しいじゃない」
「オマエの都合じゃないだろ、そこは」
「・・・・・・」
沈黙が、ある程度二人の間に横たわってから、
「・・・・・・」
「・・・・はあ、仕方ないわね」
口を開いたのは黒峰だった。
「・・・・機関のためよね」
機関?いや、今はいいか。
「あれをやったのは、あたしよ」
すんなりと白状したな。
「でも、正確にいえば、そういう依頼を受けたの。そしてそういう依頼を
 受ける機関に所属しているの。誰か恨んでいるヤツを痛めつけるっていうね。
 見合った報酬をもらってね。依頼をこなすのよ。“ぎぶあんどていく”ってやつね」
機関!そんな機関が、この学校にある?だが今ここで嘘をつく必要は・・あるか?
「この鍵は複数あるのよ。どこに出回ってるか、どこまで出回ってるかはわからない。
 でも、その鍵を手にした人にだけ、そしてその鍵はここを開けるものだと気付いた
 人にだけ、機関に依頼をする権利があるの」
「この部屋は、機関の拠点ってことか」
「そういうことね」
「最近の事件も、その機関の仕業なのか?」
「質問は二つって、言ったわよね?」
成程―――。ギブアンドテイクってやつか。
存外抜け目ないな、この女。もらえるだけ情報はもらおうと思ったんだが。
「俺のこの鍵は、さっき話した姉さんからもらったんだ。死ぬ前日にな。
 だがそんなふざけた機関と姉さんが関係してるとも思わない。
 きっと、たまたま入手したんだろ」
それは、願望に近かった。そんな機関と姉さんの間には、何もないはずだ、
という、淡い願望。願うのが、クセになりつつある。
だが、それなら何故、姉さんは俺に鍵を渡したのか・・
「京ちんが、誰かに頼りたいふうに見えたからじゃない?」
俺は、心情が顔に出てしまうタイプなのか?
姉さんの真意なんて、黒峰。オマエにさとられるほど浅いものじゃないんだよ。
「・・・・・・」
「機関の名前は“コスモス”」
「・・・・何だって?」
「ここ最近の事件も、機関にそういう依頼が来たから、やっただけよ」
先ほどまで黙秘を決め込んでいた点に関して、急に饒舌になり始めた。
何を考えているんだ・・・この女・・・
「依頼・・ということは、今回のこれにも依頼人がいるんだな」
「機関の掟っていうのがあってね」
黒峰はまた、飴をゴミ箱に放って、新しい飴を取り出す。
「依頼人に関しては、依頼を受けた者が第三者にリークすることは禁じられてるのよ。
 破ったら“おしおき”されちゃうわけ」
「おしゃべりだな。現時点でも“おしおき”されて文句は言えないと思うが」
こっちとしては、おしゃべりになってもらったほうがいい。
できるだけ、多くの情報を。やっと手繰り寄せることができた、姉さんの糸。
できるだけ、動揺をさとられないように。
「なんか、楽しくなってね。やっぱり人生楽しいほうがいいわよね」
「何がだ」
「京ちんとの会話が、よ」
本当に・・・何を考えて・・・
「京ちん」
俺の思考を遮るように、黒峰は言った。
「コスモスに入らない?」
答えの分かっている質問ほど、無駄なものはない。
「何故?」
「京ちんとやれたら、楽しそうだからよ」
こいつ・・・・本当に・・・
「質問を変えよう。じゃあ何故オマエは、そんな機関に所属しているんだ」
「それは」
黒峰は取りも直さず答える。
「楽しいからよ」
本当に・・・
「お前は・・楽しいか楽しくないかしか・・考えられないのか」
落ち着け、冷静に、なれ、ここで、怒鳴っては、
「今回の依頼を受けたのも・・楽しいからか?」
黒峰の、思う、
「そんな・・そんな下卑た思考で!」
壷・・・
「クラスを壊したのかっ!!」
黒峰。コイツは俺と同じ思想の持ち主なんかじゃない。
コイツは日常を壊すしかことしか考えていない。
世界を蹂躙することしか考えていない。
それがどんなに大切なものか、わかっていやしない。
コイツと会った時に感じた寒気にも似た、背中に張り付く嫌悪。
あれは、間違いなんかじゃなかった。コイツは・・
「当たり前じゃない」
黒峰は平然としている。
「だって、人生楽しいほうがいいもの。依頼を受けるのは楽しいのよ。
 だから正直言って“テイクアンドテイク”よ。こんなに楽しいことはないわ」
コイツは・・
「でも、京ちんは、一つ、わかってないみたい」
黒峰は・・・
「明日になれば、もっと楽しいことが起こるのよ」
俺の・・・敵だ・・・

       

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