Neetel Inside 文芸新都
表紙

コスモスの名付け親
#5 安楽椅子の哲学者 -急-

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 明日になれば、もっと楽しいことが起こる。
黒峰はそう言った。今日がその日だ。
それはつまり、俺にとっては、もっとおぞましいことが起こるという意味。
黒峰の言うことに虚偽はないとすれば。
機関。コスモス。コスモスの鍵。
それらの繋がりは、鎖となって、俺を締め付ける。
機関?何者なんだ。悪い輩を裁いて正義の使者気取りか?
笑わせるな。そんなの陰湿ないやがらせに変わりはないじゃないか。
子どもの遊びにしたってデキが悪い。
「・・・・くそっ」
ここで気付く。
ここまで考えさせられてしまっているのも、黒峰の、思う壺。
俺の世界が壊されていると、自分で認めてしまっている証拠。
なんで?何故こんな目に会う?
俺はただ、俺の日常が送れればそれでよかったんだ。
望んでしまったからか?姉さんを?
あの人のことを考えてしまったからか?
教えてくれよ、誰か。誰でもいい。
姉さん。こんな鍵なんて・・
「どうして俺に・・・」
問いにならない問い。
気持ちは暗く、足取りは重く。

バン!

朝登校すると、教室からは聞き覚えのあるヒステリックな怒号。
「どうせあんたなんでしょ」
見れば相川が、雪村を問い詰めている。
彼女としては、どうしても犯人を見つけねば気がすまないらしい。
「あんたなんでしょ!謝りなさいよ」
雪村は黙りこくっている。どうにもならない。
何か答えれば、それはまた相川に油を注ぐことになる。
周囲の人間は、またいつもの、「あの態度」
そう、一瞬、俄かに、日常に戻ったのではないかという感覚すら覚えた。
だが違う。
確実に、
このクラスは、
おぞましい何かに侵されている。
「何か言いなさいよ!」
驚いたことに、相川も若干涙目になっている。
そのおぞましい何かは
「何か・・・」
相川を飲み込んで
「言いなさいよ・・・」
そして、
クラスの連中をも併呑する。

「バカじゃないの?相川って」

不意に、その光景を眺めていた群衆のほうから、声がする。
静まった水面に、一石を投じるような発言。
誰が発したのかはわからない。

「・・・誰よ。今言ったヤツ・・」
相川はおろか、雪村さえもあっけにとられている。
その一石は、ある波紋を呼んだ。
「そうだよな・・・」
今度は別の方から声がする。おそらくさっきとは違う人物。
さっきは女子の声。今度は、男子の声。
「そうだよ・・。雪村があんなことするわけねーだろ」
「そうだな、相川のほうがおかしいって」
声は、四方から、飛んでくる。
「そうよ。なんで雪村さんばかり責めるのよ」
「そうそう。最初は自分が悪かったくせにね」
波紋は、余すところなく波及して、
「雪村をいじめてたからバチが当たったんじゃねーの!?」
黒い、濁流になる。
「何を言ってんのよ・・あんたら・・」
相川の声が震えている。
いままで奴らをせき止めていたダムが、そのうねりで決壊したように。
無関心を装っていたクラスの連中は、一斉にいきり立つ。
最初の一声が誰のものか、認識した者は少ないだろう。
だが、俺はその数少ない一人。
おそらく最初に発言したのは・・・・黒峰。
「悪いのは相川だ!」
これが今の、クラスの総意。
今度の、スケープゴートは、彼女。

信じられない。
何が起こっている?昨日まで相川におびえていた奴らが。
たった一つの仕業で。コスモスの見えざる手で。
黒峰の・・・一手で。
盤面がひっくり返ったように。たった数日でこうも変わるのか。
わからない。なぜこんなことが起こるのか。
わからない。何故俺は怒りに震えているのか。
「謝るのは相川のほうだろ」
「雪村に謝れよ!」
声は縦横無尽に飛び交い、飛び交いながらも「相川」という照準は外さない。
「黙りなさいよあんたら!あんた達には関係ないでしょ!」
相川は懸命にもがく。
砂時計の上界から、落下しないように。
「雪村はクラスメートだぜ!?謝れよ、相川!」
「だ・・黙り・・なさい・・よ・・」
「そうよ!謝りなさいよ!」
「謝っちゃえよ!」
相川の健闘も虚しく
「謝れよ!」
「謝れ!」
「謝りなさいよ!」
世界は、反転して、
「謝れ」
「謝れ」
「謝れ」
「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」
「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」
「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」
「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」「謝れ」
相川を、
下界へ蹴落とす。

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 そこへ行ってどうするかなんて考えていない。
そんなことは後から考えればいい。とにかくこのままでは駄目だ。
早く・・可及的速やかに・・何とかしないといけない・・・
俺の持つ少ない手札の中で、最高のカードを切らねば、黒峰に負ける。
取り返しのつかないことになる。
追ってくる焦燥感。忍び寄る恐怖感。
「そんなことをして、あの時と同じになったらどうするんだ?」
うるさい。
「オマエに正義を語る資格があるのか」
うるさい。
「姉さんを殺したのはオマエだろ」
うるさい!黙れ!
今は・・・そんなこと・・関係ないだろ・・・

校舎東棟。
例の部屋にたどり着く。
息が上がって、体がだるい。全身が溶ける。
そのまま床に崩れてしまいそうな、そんな感覚。
冷静になれ。事態は深刻。俺が行くんだ。
きっとこの部屋は、俺の鍵でも開くんだ。
いや、空けてみせる。そうでなくては・・・
「こんなことって・・・聞いてないわよ!」
中から声が聞こえる。黒峰の声では・・ない。
「どうして!どうしてこんなことに・・・」
だが、聞き覚えのある・・
「どうしてって、あたしは依頼されたことをこなしただけよ」
今度は黒峰の声。ということは、今は中に依頼者もいる?
「ちょっと痛めつけてって、言っただけじゃない!これじゃあ、今度は・・・
 相川さんが・・・一人ぼっちになっちゃうじゃない・・」
トーンが低くなる。
か細い声は、夕闇に包まれて、どこかへ。
「それは、あなたが悪いのよ」
黒峰が声を鋭くする。
「この事態を予測できなかったことがじゃないわ。それもあるけどね。でも」
「・・・・・」
依頼者のほうは、黙ったままだ。
「あなたには、覚悟が足りなかっただけよ。人に罰を与える覚悟がね」
ゴミ箱に飴が入る音が聞こえた。
「せっかくこっちは親切心で鍵を渡してやったっていうのに。
 それで受けた依頼をこなした後に泣き言を言われるんじゃ、面白くないわ。
 楽しくない。興が冷めるわ」
「・・・・・」
「あんたって」
それ以上言うな、黒峰。頼む。それ以上・・
「無能ね」

ガラッ!

我慢できなくなって、部屋の戸を開ける。
「あら、京ちんじゃない」
そこにいたのは、黒峰と、黒いフードを被った奴だった。
こいつはコスモスの一員か?いや、今はいい。問題なのは・・・
部屋の隅に目を向ける。
そして・・・もう一人。
今回の・・依頼者なんだろう。認めたくはないが。
「い・・・入谷君・・?」
彼女は泣きはらした顔でそこに佇んでいた。
「どういうことだよ」
できるだけ、怒りを殺して、冷静を装って。
「説明してくれないか?」
やさしく、声をかけた。
彼女から、できるだけ納得のいく説明をもらえるように。
「説明してくれよ・・委員長・・・」

安楽椅子の哲学者は、
もはや悠長に
世界を外からは眺めていられない。
安楽椅子から引き剥がされた彼は、
ゆっくりと、
その足で立って、
そして
世界に立ち向かう。

       

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