Neetel Inside 文芸新都
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 リンとの婚儀を挙げて二年、デンコウに子が出来た。俺が結婚してしばらくした後、デンコウも妻を娶ったのだ。
「父に似て、立派な馬に育ちそうね」
 リンが目を細めて、嬉しそうに言う。むろん、俺も気持ちは嬉しかった。デンコウの子ならば、俺の子でもあるからだ。
「私たちの子はいつ作るのかしら」
「興味がない。それに、戦が近い」
「戦と房事は関係ないでしょ?」
「女のお前には分からん事だ」
 アイオンが戦略を立てていた。目標はイドゥン。エクセラの最重要拠点だ。ここさえ落とせば、エクセラを倒せる。天下を取れる。
「戦、戦って、いつもそればかり」
 すまん。口には出さなかった。リンと結婚して、もう二年だ。さすがに情の一つや二つは湧いていた。それは俺にとって、不思議な感覚でもあった。
「とにかく、子は戦が終わってからだ」
「そう……」
 今、子を作るわけにはいかなかった。俺が幼くして父を亡くしたように、俺も死ぬかもしれないのだ。乱世。俺は乱世に翻弄されていた。それを苦に思ったことはない。それが普通だったからだ。だが、グロリアスに来て、ハンスに会って、考え方が変わった。平穏は良いものだと感じた。それに俺のことだ。子が出来れば、男女問わずに武芸を叩き込むだろう。これも乱世だからだ。そんな思いを、子にさせようとは俺は思わなかった。
「戦が始まれば、今のような生活はできなくなる。一戦、一戦が国の存亡を賭けることになる」
「あなたは、それに毎回出ていくの?」
「そうなるだろう」
 グロリアスには、新たな人材がほとんど居なかった。ローレンが頭抜けているだけで、後は平凡なものだった。懸命に育ててはいるが、それでも俺から見ればどれも平凡だ。だから、今居る人材で勝負するしかない。今しかないのだ。アイオン、バリー将軍、ラルフ将軍、ローレン、これらの人間を中心に、今のグロリアス軍は形成されている。時は、人の生を奪っていく。バリー将軍、ラルフ将軍はすでに老齢だ。時の命を奪われるかもしれない。この二人が抜けた時の穴は、計り知れないほど大きいだろう。だから、今しかない。
「リン」
 すまない。口には出さない。いや、出せないのか。
「はいはい。それじゃ私は、デンコウの子の面倒を見てくるね」
「あぁ」
 リンの背中を、俺はじっと見つめていた。

 翌日、軍議に召集された。
「時は熟した。今こそがエクセラを倒し、我らが天下を取る時だ」
 ハンスが言う。俺が結婚してからというものの、ハンスは活力を取り戻していた。
「アイオン、戦略の説明を頼む」
「えぇ。まずは……」
 アイオンが戦略を説明していく。
 イドゥンは山岳要塞だった。最も注意すべきなのは、敵の騎馬隊の逆落としだ。これはどの兵科でも止める事が出来ない上、こちらの士気を根こそぎ、もぎ取る力を持っている戦法だ。ただ、使いどころが難しく、それを誤れば自滅する可能性もあった。
 こちらの兵力は十五万。グロリアスの全兵力の半数に値する数字だ。内、前衛が十万と決まった。それを三隊に分ける。俺、ラルフ、ローレンが指揮官に決まった。
「俺が若造二人の面倒を見ることになるのか」
「ご老人こそ、戦場に出ない方が良いんじゃないんですか」
 ローレンとラルフ将軍が火花を散らしている。しかし、こういうのは悪くない。気合も入る。
「後衛指揮はバリー将軍と俺が取る。総指揮官は俺だ」
 アイオンが言う。妥当な線だろう。
 続いて、戦略の説明がされた。所々に計略が混じっているが、最初はぶつかり合いだろう。そこで互いの兵の質を見極め合う。最後はやはり、兵の力なのだ。計略はそれを手助けするだけの物でしかない。
「よし、各自、準備に取り掛かれ。出陣は五日後だ」
 戦が、始まる。

       

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