Neetel Inside 文芸新都
表紙

親の七光り
復活の軍神

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「数は?」
 アイオン。表情が真剣だった。だが、声は落ち着いている。
「お、およそ四万との事です。ですが、もっと多く居ると見た方が良いと、クライン様が」
「国境の守備はクラインだな?」
「そうです。早く援軍に行かなければ」
「慌てるな。国境は関所と山岳がある。守るだけなら、難しくない。クラインなら持ち応える。あいつは臆病だからな」
 アイオンが顎に手をやり、眉をしかめた。
「問題は、誰が行くかだ。ハンスさん、俺が行った方が良いですか」
「いや、ラムサスとローレンに行かそう。アイオン、お前はここに居ろ。万が一が有り得る」
 切り札、アイオンはそういう男らしい。しかし、俺が内通者とは疑わないのか。
 いや、それよりも、エクセラが自ら攻めてくるのか。俺が軍権を握っていた時は、こんな事は無かった。神王が行くなと言ったからだ。俺は戦がしたかった。だが、行くなと命令されたのだ。
 となれば、誰が軍権を握った? ルースは内政権を握っているが、軍事の方には疎い。と言うより、これから学ぶ所だったはずだ。一体、誰が軍権を握ったのか。
「ラムサス、エクセラでお前以外に有能な将軍は?」
 アイオンが目を見てきた。
「居ないはずだ」
 そう、居ないはずだ。だからこそ、誰が軍を動かしているかが分からないのだ。
「しかし、エクセラから攻めてくるとはな。俺がガキだった頃以来の話だ」
 父カルサス、戦神の時代だ。この発言の裏を返せば、グロリアスは父の軍からも国を守りきった事にもなる。落ち着いているのも道理という訳か。
「ここらでお前の真意を見極めるのも良いだろう。エクセラ軍を叩き潰せば、ひとまずは信用して良い事にもなる」
 当然、現時点でも俺は疑われている。だが、アイオンの言うとおりだ。エクセラ軍を叩き潰す事で、信用は手に入る。
「監視にローレンだな。奴は反乱軍の中でも疑心暗鬼中の疑心暗鬼だ。ま、窮屈かもしれないが、仲良くやれ」
「ラムサス、軍はいくら必要だ。お前の騎馬隊だけでは心許ないだろう。必要なら、私たちの兵を貸すぞ」
「必要ない。俺の騎馬隊だけで十分だ」
 地の利を味方に付ければ、どうとでもなる。俺の鍛えた騎馬隊だ。エクセラでも最強を誇る。それに、他の兵が混じると動きにくい。隊列が乱れ、阿吽の呼吸が生み出せないのだ。それなら、最初から俺の騎馬隊だけの方が良い。
「ローレンに多く兵を付けるか。ラムサス、お前には悪いが、ローレンの指揮下に入ってもらうぞ」
 小僧の下か。だが、仕方あるまい。
「あぁ、構わん」
「よし、すぐに準備を整え、出立しろ。私とアイオンも、戦の準備に入る」
 戦だ。そう思うと、自然と気分が昂ぶった。

「ギリ、戦だ。エクセラを叩き潰す」
「ほう、もう攻めてきたのですか。三週間前、戦をしたばかりだと言うのに」
 確かにその通りだ。度重なる戦は国力を削ぐ事になる。軍費に税が流れる。
「蓄えがあるのだろう。あれだけ広く、民も多い国だ」
「そうでしょうな。所で、我らは単独で動けるのですか」
「いや、ローレンの指揮下だ。だが、構成は俺たちの軍だけだ。グロリアスの兵は混じらん」
「ローレン、あの天才ですか」
「あぁ、そうだ」
 武芸に関しては天才だった。戦術については分からない。何と言っても、経験が物を言う分野だ。あの歳では、まだロクに戦の経験も無いだろう。
「すぐにでも出立されますか」
「あぁ。兵たちにも準備を急ぐように伝えてくれ」
「分かりました」
 ギリが駆け去っていく。エクセラ軍。今日からはもう敵だ。容赦なく叩き潰す。向かってくる者は斬り殺す。
「ラムサス、本当にお前の騎馬隊だけで良いんだろうな」
 ローレンがやって来た。
「あぁ、それで良い」
「なら僕から言う事はない。国境の守備はクラインさんが担当しているらしい。クラインさんなら持ち応えてくれるはずだが、早駆けする。援軍は早いに越したことは無い」
 ローレンの言う通りだ。特にエクセラは大軍だ。時間が経てば経つほど、兵力差は士気に影響を与える。
「出立は?」
「一時間後には出る。僕の軍は、歩兵・騎馬・弓兵とバランスよく編成する。数は六千だ」
 俺の軍と合わせて七千だ。相手は四万、もしくはそれ以上だ。
「地の利を味方に付ければ、追い返す事ができるはずだ」
「国境の兵力は?」
「六千。クラインさんは慎重な人だ。守る事に関しては上手い」
 ならば、俺たちに出来ることは一刻も早く援軍に向かう事だ。
「僕は戦の準備をする。先に隊列を組んで、待っていてくれ」
「あぁ、わかった」
 誰かの指揮下に入る。始めての経験だ。俺は初陣の時点で、総大将だった。
「エクセラ軍か」
 敵として戦うのは始めてだ。そして、誰が総大将なのか。だが、叩き潰す。これは誰であろうと変わらない。
 デンコウに跨り、俺は確かな昂ぶりを抑えていた。

     

「今日はここまでだ。炊事の準備、見張りを立てろ」
 ローレンが指示を出す。 
 早駆け、と言っても、騎馬と人が混じっていた。どうしても、人の速度に合わせなければならない。
「滞るな、やはり。間に合うだろうか。クラインさんなら大丈夫だと思うが」
「これ以上、進軍を早めれば、現地に着いた時に歩兵が疲弊しきっている状態になってしまう。今のペースで進むしかない」
「わかってる」
 グロリアス本拠地から国境まで、通常の進軍で七日といった所だった。早駆けで、それを五日まで縮められる。騎馬なら三日だ。ローレンの焦りはよく分かった。
「クラインさん、耐えてください。あと三日で、たどり着きます」
 ローレンが呟く。
 こうして見ると、エクセラはやはり強大なのだ、と思う。俺がエクセラの将軍だった頃は、反乱軍が国境に現れても、ここまでの焦りはなかった。万が一、本国まで攻め入られても、簡単に押し返せるのだ。兵力差がある。だが、グロリアスは違う。関所を突破されたら、一気に侵略される可能性がある。最後は兵力なのだ。だが、それを覆すのが兵の質であり、将軍の能力だった。
「今日はもう眠るぞ。戦地に着いた時、疲れていては話にならんからな」
「わかってる」
 もう陽は落ち、半月が雲から顔を覗かせていた。

 次の日の朝、クラインから、連絡が届いた。
「一刻も早く、援軍を」
 投石器を用い、関所が破壊され始めている、という事だった。破壊されてしまえば、守る意味がない。山間まで退いて、そこで敵を迎え撃った方が効果的になってしまう。
「投石器の数は?」
ローレン、声は落ち着いている。
「およそ、二十。火矢でいくつか燃やしましたが、敵の消火活動で思うように効果が上がりません」
「関所の兵は、どうなっている」
「弓兵が中心です。騎馬には強いですが、盾を持っている歩兵が迫り来ると、対処しきれません」
 騎馬なら、馬上から射落とすだけで良い。的も大きい。騎馬には弓矢が効果的だ。だが、歩兵には効果が上がらない。重装備であれば、それはさらに顕著になる。
「どうする、ローレン」
「進軍の速度をこれ以上、上げるのは無理だ」
 その通りだ。歩兵・弓兵が疲れきる。援軍の意味が無くなるのだ。
 俺ならば、騎馬隊だけを先行させる。少数でも援軍が来れば、兵の士気は回復するのだ。それに騎馬なら兵器を踏み潰せる。強奪も可能だ。
「あと二日、二日だけ耐えてくれ」
 何も策を講じないのか。
「き、騎馬だけでも援軍を」
「ラムサスが居る。僕が先行すると、ラムサスが反乱を起こした時に対処できなくなるし、ラムサスを先行させれば、挟み撃ちでクラインさんは戦死するしかなくなる。分かってくれ」
 なるほど、疑われているわけか。それにローレンには頼りになる副官は居ないようだ。
「出来るだけ、出来るだけ急いでください」
「わかってる」
 兵が駆け去る。
「ラムサス、本当にお前以外に有能な将軍はエクセラに居ないんだろうな」
「居ないはずだ」
 それに兵器ぐらい、誰にだって扱える。有能・無能のレベルではない。
「クラインさんなら、兵器を出してくる前に何とかするはずだ。それが出来ていない」
「何が言いたい」
「相手の将軍は兵器を出している所か、関所をも破壊し始めている。つまり、お前の言っている事が嘘という事になる」
 だが、本当に心当たりがない。ローレンの言っているように、クラインがそれをやれる人間ならば、確かに相手は有能だ。だが、誰だ。検討もつかない。
「まぁいい。とにかく駆ける。あと二日だ」
 微かな、胸騒ぎがする。

     

 関所が見えてきた。深夜。星も見えず、雲が空を覆っている。当然、月明かりも無い。
「一雨くるかもしれないな」
 空を見上げ、呟く。
 雨、士気を低下させる要素の一つだ。季節も冬に差し掛かっている。寒さの中の雨は、体力と気力を奪うのだ。
「灯りは消させているのか、ローレン」
「当たり前だ」
 援軍は相手に悟られないほうが良い。それに今は夜間だ。これを利用する手は無い。
「夜間でよく見えないが、関所はまだ健在のようだな」
 目を凝らすが、よく見えない。だが、破壊はされているようだ。
「今は戦闘中じゃないみたいだ。関所についたら、クラインさんに詳しい状況を聞く」
 エクセラ軍、総大将は誰なのか。

「ローレン殿か、お待ちしていた」
 出てきたのは、壮年の男だった。なるほど、粘り強そうな顔をしている。
「クラインさん、状況はどうなのですか」
「関所はもうご覧になられたと思うが、かなり破壊されている。投石器が強力なのです」
 確かに、関所は半壊状態だった。
「所で、隣の偉丈夫はどなたです。エクセラ軍の将軍にそっくりですが」
「その将軍だ。名はラムサスという」
「ほう、あのローレン殿を打ち破ったお方ですな」
「変な言い方はやめてください。馬の差で負けただけです」
「それは申し訳ない。しかし、あの攻めは強かった。車輪の陣形ですかな。守りに徹していても、削り取られていく。たまったもんではありませんでした」
 この男の守りも堅かった。本当なら、もっと派手に押し込めたはずだった。
「クラインさん、エクセラ軍は?」
「関所の前に陣を取っています。しかし、あのエクセラ軍は手強い。睨み合っているのがやっとですよ」
 手強い。有能な将軍ということだ。だが、心当たりが無い。
「迂闊に出ない方が良いでしょうか」
「いえ、敵は油断しておるはずです。奇襲するのも良い手だと思います」
 クラインの言うとおりだ。
「夜間での戦闘は?」
「まだしておりません」
 奇襲した方が良い。相手は油断しきっているはずだ。昼に戦闘、夜は休む。これが習慣になりつつある。見張りは立てているだろうが、即座に対応するのは無理だろう。それに今は敵が優勢だ。油断に拍車をかけている。
「騎馬だけで奇襲をかけよう。ラムサス、お前の軍も出てもらうぞ」
 良い判断だ。騎馬は素早い。奇襲に最も適した兵科なのだ。
「わかった。陣形は?」
「僕の軍が左翼と中央、お前は右翼だ。前衛だけで構成する」
「わかった」
「クラインさんは、敵の動きを見ていてください。状況に応じて、兵を動かすようにお願いします」
「了解しました」

「開門ッ」
 ローレンが叫ぶ。門が開ききったと同時に、一気に駆ける。敵の陣を踏み潰す。
「デンコウ、抑えろ。まだだ」
 デンコウの息が荒い。兵たちも、久々の戦で気が漲っている。
「ギリ、遅れるなよ」
「はっ」
 門が開く。 
「いけぇッ」
 駆ける。デンコウ。先頭だ。陣、かがり火が焚かれている。見張りが慌てて駆け去った。
「遅いッ」
 背を向けた見張りの首を刎ねた。血を頭から被る。
「奇襲成功だ、一気に本陣まで攻め入るッ」
 ローレン、馬を並べてきた。白馬。デンコウに怯まずに向かってきた、あの白馬だ。
「かつての味方だぞ、ためらいは無いのか」
「無い。もう俺はグロリアスのために剣を振るう」
「なら、僕が言うことはないッ」
 ローレンが鞭を入れる。本陣。敵は完全に浮き足立っている。武器こそ持っているが、状況を把握していない。
「相手は大軍だぞ、慌てずに陣形を保持しろッ」
 ローレンが叫ぶ。その通りだ。暴れるだけ暴れて、相手が態勢を整えてきたら退く。そのために陣形は崩してはならない。
「ら、ラムサスだぁーッ」
 敵。俺の顔を見たのか。
「そうだ、我が名はラムサスッ」
 言った敵を輪切りにする。
「軍神ラムサスだッ」
 一人、二人、四人、敵の首を斬り飛ばす。蜘蛛の子を散らすように逃げる敵を、容赦なく叩き斬る。
「ラムサス、敵が状況を把握し始めた、戻るぞッ」
 ローレン。確かに敵が陣形を組み始めている。相手は大軍だ。兵力差で押し潰される。
「ラムサス軍、下がれッ」
 指示を出す。固まる。反転、駆ける。
「何ッ」
 目の前に、敵軍。三千程度だ。だが、いつの間に。後ろには陣形を整えた敵軍。まずい、挟み撃ちだ。どうする、ローレン。
「我が名はドーガ、エクセラ軍の新たなる軍神だッ」
 立派な顎鬚を蓄えた、色の黒い大男だった。

     

「駆け抜けるッ」
 ローレン。無茶だ。敵をしっかり見ろ。陣形は三段、敵の眼はこちらを見据えている。強行突破は無理だ。
「ローレン、早まるなッ」
「挟み撃ちで戦死するよりマシだッ」
 小僧が。小さくまとまり、突っ込んだ方が効果的だ。今の陣形で突っ込んだ所で、大きな岩に水をぶっ掛けるのと同じだ。砕け散るしかない。
「ラムサス軍、固まれッ」
 騎馬が集合する。グロリアスの兵は混じっていない。迅速な動きだ。
「ローレンの部隊と合流するぞ、遅れるなッ」
 駆ける。ローレンの部隊はすでに突撃している。敵とぶつかる寸前だ。
「ローレン、右翼を中央に寄せろ、壊滅するぞッ」
 馬蹄、金属音、喚声。声がかき消される。
「くそっ」
 ローレン軍と合流、敵とかち合う。
「殺せッ、前へ進めッ」
 剣を鞘から抜く。敵。胸を貫く。次、斬り殺す。
「乱戦だ、不利だぞ」
 矢、身体をひねってかわし、放ってきた敵をこちらの弓矢で射落とした。
「ギリ、ギリはどこだッ」
 槍、叩き斬る。間髪いれず、その敵の首を斬り飛ばす。
「ラムサス様、ここにッ」
「右翼の兵に伝えろ。こちらの軍と合流しろと。乱戦だ、固まって対処した方がいい」
「はっ」
 ギリが駆け去る。敵が弓矢を構えていた。ギリを狙っている。
「させるかッ」
 即座に弓を引き、その敵を射落とす。背後を見る。敵が陣形を整えている。すぐにでも突っ込んでくる態勢だ。挟み撃ち。これ以上ない最悪の状況だ。
「エクセラめ、いつの間に背後に回った」
 深夜。奇襲に最も適している時間帯だ。だが、それは敵にも言える事ではないのか。さらに、星も月明かりもない。これ以上ないほど視界が悪いのだ。そして、奇襲に夢中すぎた。聞かなければいけない、敵の馬蹄。それを聞き逃していた。
「敵の将軍、ドーガと言ったか。あの民殺しが将軍に上がるとは・・・・・・神王め、何を考えてる」
 ドーガは気性の荒い男だった。気に入らない事があると、すぐに民を、部下を殺す。だが、戦は上手かった。武芸もそこそこ出来る。だが、出世には縁がなかった男だ。民を殺す軍人など、出世するべきでもない。だが、将軍になっている。神王は何を考えているのだ。
 不意に、敵、ドーガ軍の背後から喚声が聞こえた。
「クラインかッ」
 敵。二人だ。まとめて首を斬り飛ばす。血しぶきが宙を舞う。
「押し込めぇッ、クラインが背後から援軍をよこしたぞぉッ」
 これで士気が上がる。俺たちも挟み撃ちにされているが、ドーガ軍も挟み撃ちになったのだ。クラインめ、良いタイミングで兵を出す。
「ラムサァスッ」
 このイガイガした、耳障りな声。
「ドーガかッ」
 黒馬。額に大きく斜めに傷が刻み込まれている。戦慣れしている馬だ。速い。こちらに向かってくる。
「反乱軍に寝返るとはなッ」
 戟(げき)。槍と剣が合体した武器だ。三日月の刃が、穂先の両脇についている。突く・斬る・薙ぐの三動作が可能な武器で、殺傷力も高い。
「ドーガ、貴様が将軍に上がるなどッ」
 剣で受け止める。重い。ローレンとは全く違う。ローレンは稲妻のようなキレと清廉さがあった。
「親の七光りの次は、反逆者かッ」
「うるさいッ」
 切り払う。デンコウ、飛び込め。黒馬に怯むな。
「貴様の墓場はここだ、ラムサスッ」
 火花。駆け抜ける。反転。その瞬間、矢が飛んできた。
「ッ」
 首をひねる。ドーガではない。右の敵。すぐさま射落とす。槍。
「ちぃッ」
 避けきれない。受け流すしかない。その瞬間だった。敵が馬から転げ落ちた。背には矢だ。
「不用意だぞ、ラムサスッ」
 若い声。ローレン。
「ドーガが居る、こいつの首をここで落とすッ」
 駆ける。デンコウ、突っ走れ。
「あの髭男か。僕もやるッ」
 白馬も駆ける。かつて刃を交えた者同士が、一人の敵に向かう。
「貴様のようなガキが将軍とは、反乱軍も堕ちたなッ」
 瞬間、火花が散った。

     

「ぬう」
 ドーガがよろめく。俺とローレンの一撃だ。受け切れるわけがない。
 雨が降ってきた。曇り空だったのだ。だが、この雨で足場が悪くなる。長居はしていられない。
「ローレン、早々に決めるぞッ」
「わかってるッ」
 駆ける。金属音。くそ、ドーガめ、よく持ち応える。
 背後で喚声。ついに陣形を整えた敵が突っ込んできた。背後の敵は大軍だ。飲み込まれる、踏み潰される。
「ローレン、クラインは何してるッ」
 駆ける。矢が飛んできた。それを手掴みし、射返した。やろうと思えばこれぐらい出来る。集中力は研ぎ澄まされている。
「崩してくれているはずだッ」
 だが、何かが足りない。もう一押し、あと五百の兵が居れば。
「ドーガの首を取って、戦意を落とすしかない。急ぐぞッ」
「僕も同じ考えだッ」
「反逆者とガキ、おあつらえの相手だッ」
 黒馬が駆けてくる。あの気性、デンコウ以上に攻撃的だ。さすがにドーガの馬だ。
 戟。だが俺じゃない。ローレンだ。あいつは体躯に恵まれていない。まずい。
「ぐぅ・・・・・・ッ」
 受け止めた。だが、押されている。かろうじて姿勢を保っているが、崩される。
「ドーガッ」
 剣を振り上げる。ローレンを助けるのだ。
「反逆者は下がっていろッ」
 戟の柄尻が飛んできた。胸を押される。手綱を掴み、踏みとどまった。
「チィッ、ローレン、距離を空けろッ」
 近距離は俺がやる。ローレンは矢で牽制させた方が良い。逆に首を取られる。
「僕は反乱軍最強なんだッ」
 何を意地になっている。ドーガは相性が悪すぎる。下がれ。
「小僧が、言う事を聞けッ」
 馬蹄。地鳴りだ。背後から大軍が押し寄せてきている。時間が無い。土煙が見えている。
「くそっ。ギリのおかげで右翼がこちらと合流したが、いかんせん押しが弱い」
 いや、相手が強いという事だ。ドーガめ、よく訓練させている。この乱戦でも落ち着いているのだ。
「クラインの軍に騎馬があれば」
 騎馬は全て奇襲に出した。クラインが率いているのは歩兵と弓兵だった。一方のドーガは騎馬隊だ。騎馬と歩兵では、圧倒的に騎馬が有利なのだ。簡単に蹴散らされてしまう。弓兵は乱戦では役に立たない。
「全ては俺の不注意だ」
 そう、ドーガが背後に回っている事に気付いていれば、もっと違った結果になっていたはずだ。
 雨が鎧を打っている。深夜と相まって、さらに視界は悪くなっていた。
「ガキが、この俺様を討とうなど十年はえぇッ」
 ドーガが押している。ローレンでは無理だ。体躯に差がありすぎるのだ。ドーガは俺よりもデカい。力もあるはずだ。ローレンは巨人と戦っているようなものだ。線の細い、技術で攻めるタイプのローレンは、ドーガとは相性が悪すぎる。
「ドーガ、貴様ッ」
 ローレンを助けるつもりで、割って入った。剣を振り上げる。
「ラムサスかッ」
 剣と戟が交わった。鍔迫り合い。
「お前の父は確かに偉大だった。だが、お前はどうだ? 何も苦労せず、何も功績をあげず、こぼれ落ちて来る熟柿をその手に取るように、軍を譲り受けただけだ。貴様のようなお坊ちゃんには、今の立場がお似合いなんだよッ」
 つ、強い。その昔、手を合わせたときは、これ程強くはなかった。いつの間に、ここまで腕を上げた。
「ラムサスッ」
 ローレン、ドーガの背後だ。槍。稲妻のような速さ。突ける。
「ガキは引っ込んでいろッ」
 瞬間、俺の剣を跳ね上げ、戟の柄を払った。ローレンの槍が虚空へと吹き飛ぶ。まずい。
「ローレンッ」
 戟。間に合わない。
「僕をなめるなッ」
 白馬が下がった。あの馬だ。俺の剣を避けたように、また下がった。あの馬、勘が良すぎる。
 その瞬間だった。
「ら、ら、ラムサス様ぁーッ」
 左から土煙を舞い上げ、騎馬隊が突っ込んでくる。あの騎馬隊。
「俺の、俺の鍛えた騎馬隊だ」
 いや、それよりもさっきの声。
「あ、あなた様のき、騎馬隊をお届けにっ」
 あのオドオドしている男は。
「ランドかッ」

     

 何故、ランドが。あいつは戦にも出た事がない。武芸、いや、武器の扱い方だって知らないはずだ。それが何故。
 だが、崩せる。あの騎馬隊が側面から突っ込めば、ドーガ軍を潰走させる事ができる。
「ドーガ、覚悟しろッ」
 デンコウの腹を蹴る。好機だ。これでドーガの首を取れば、一気にまくし立てる事ができる。ランドの救援、勝利の架け橋。
「ちぃ、裏切り者が出やがったかっ」
 戟と剣。交わった。鍔迫り合い。だが、ドーガの腰が入っていない。明らかに迷っている。戦い続けるか、撤退するか。揺れている。気の迷いは、命を奪う。
「ローレン、槍を拾えッ」
 討ち取れる。ローレンが槍を拾い上げた。白馬が駆ける。やれ、貫け。
 敵兵。ローレンを挟んだ。だが、一瞬で敵兵二人は馬から転げ落ちた。ローレンの稲妻の突き。そんなものでローレンを止められるものか。
「こ、この俺がっ」
 ドーガが呻く。力は強い。だが、終わりだ。
「首は貰ったぞ、ドーガッ」
「ドーガ将軍ッ」
 その瞬間だった。目の前を矢が掠めた。身体が反応していた。ギリギリで避けた。だがそのせいで、姿勢が崩れる。ドーガに押し切られる。
「親の七光りが、反逆者がッ」
 戟で吹き飛ばされた。まずい、ローレン。
「串刺しだ、髭男ッ」
「バカがッ」
 閃光。槍が真っ二つ。戟で断ち斬られた。
「ローレンッ」
「ドーガ将軍の首は取らせんッ」
 目の前。大男だ。俺、いやドーガ以上にデカい。斧。振り上げている。手綱を目一杯引いた。
「デンコウ、立てぇッ」
 棹立ち。斧が振り下ろされた。空振り。腰に手を回した。弓矢。即座に引き絞り、矢を放つ。左目に突き刺さった。
「ぐぬぁっ」
「邪魔をするなッ」
 剣を薙ぐ。首を飛ばした。ローレン、ローレンは無事か。
 距離を取って、弓矢で応戦している。待っていろ、すぐに加勢してやる。
「ら、ら、ラムサス様ぁっ」
 ランド。来た。ついに騎馬隊がドーガ軍に突っ込んだ。だが、ランドは戦の経験が無い。馬もかろうじて乗れる程度だ。その証拠に、馬の首にしがみついている。
「ローレン、騎馬が突っ込んだッ。ドーガには、もう構うなッ」
 背後を見る。敵の姿がはっきり視認できた。大混戦になる。クラインと合流するべきだ。ドーガの首は欲しいが、時間が無い。奴も本隊と合流するだろう。
「ラムサス軍、固まれッ。クライン軍と合流するッ」
 即座に集まる。
「駆け抜けろッ、目の前の敵軍は殺せッ」
 騎馬が駆ける。同時にランドの方へ向かった。ローレンの方に目を向ける。指揮を執っているようだ。もうドーガは居ない。
「ドーガ軍、本隊と合流しろッ」
 イガイガした声。ドーガだ。限界だと判断したのだろう。これ以上踏みとどまれば、クラインとの挟み撃ちで戦死するしかない。本隊が来る前に壊滅する事になる。
「ら、ラムサス様」
「ランド、よくやった。詳しい話は関所で聞く」
 目の前、敵だ。
「うわぁっ」
 ランドが頭を伏せた。剣を薙ぎ、敵の首を斬り飛ばす。
「安心しろ、俺が守ってやる。ついてこい」
 デンコウの速度を緩める。ランドの速度に合わせるのだ。敵が本隊へと向けて駆けていく。それを弓矢で射落とし、剣で斬り殺す。周りを見渡す。血しぶきが嵐のように舞っていた。ランドの連れてきた騎馬隊のおかげで、敵は大きく混乱している。
 クライン軍が見えた。合流だ。
 その瞬間だった。
「ラムサス様ぁっ」
 ランドが叫んだ。顔面蒼白だ。何があった。
「うぐっ」
 血を吐いた。まさか。背後に目をやる。ドーガが、ドーガが弓矢を構えていた。
「裏切り者には死だ」
 矢。さらにランドに突き刺さる。ランドが馬から転げ落ちた。
 俺の中で、何かが切れた。

     

「ドーガ、貴様ぁッ」
 反転。デンコウ、駆けろ。殺してやる。ドーガを殺してやる。
「ラムサス、何をやってるッ」
 小僧の声。ドーガを殺す。
「バカがやって来た。自分の感情も処理できないカスが、将軍とは笑わせる」
 ドーガが大軍の中へ消えていく。ふざけるな。
「逃げるのか、ドーガッ」
 叫ぶ。笑い声。それが余計に熱くさせる。デンコウ、駆けろ。稲妻の如く、稲光の如く。矢の嵐。全て払い落としてやる。
 だが、デンコウが棹立ちになった。
「何やってる、突き進め、デンコウッ」
 鞭を入れる。だが動かない。もう進めない。デンコウはそう言っているのだ。
「くそッ」
 敵軍が陣形を組み始めた。攻めてくる。それを見て、一気に冷静になるのが自分でも分かった。
「ラムサス、退けッ。関所まで下がれッ」
 ローレン。くそ、くそっ。
「ドーガ・・・・・・ッ」
 馬首を回す。これほどの無念があるのか。目の前で、ランドが殺された。
 ランドは、俺が幼少の頃からの従者だった。気が弱くて、いつも俺の出方を伺っていた。そのくせ、やる事なす事、全てが丁寧で、間違いが無かった。そして、あいつはどんな時でも、俺の味方だった。神王に謀られても、あいつは俺の騎馬隊を連れてきた。俺を助けに来た。戦もした事がないのに。武器も使った事が無いのに。馬で駆けた事だって、今回が初めてだったかもしれない。あいつは気性の穏やかな、滅多に走らない、歩く馬が好きだった。
 ランドの死体。主を失った馬は、立ち尽くしたままだった。
「ランド、お前の魂は俺が継ぐ」
 ランドの腰から短剣を取り、胸にしまい込んだ。その昔、ランドが護身用で身につけた物だった。
「お前の主は、勇敢だった」
 ランドの馬の手綱を引く。デンコウと共に関所に向けて駆ける。すでに反乱軍は、弓矢を構えていた。防衛戦だ。追い返す戦が始まるのだ。

「ラムサス、お前正気か。僕は目を疑ったぞ」
 ローレンが絡んできた。
 ひとまずはエクセラ軍を弓矢で追い返した。大混戦の直後だ。思うようにドーガも軍を動かせなかったのだろう。弓兵も奮戦した。エクセラ軍は元の場所まで下がり、陣を組んでいた。
「ランドが殺された」
「縁故の者か」
「そうだ」
「戦には死が付き物だ。弱いものは死んでいく」
 わかっている。そんな事は分かりきっている。だが、感情がそれを許さない。
「あいつは民だった。兵ではないのだ」
「なら何故、戦場に来た」
 分からない。ランドの連れてきた騎馬隊に聞くしかないだろう。だが、大体予想は付く。ランドは主人想いだった。あいつが自発的に行動したのだろう。
「まぁいい。ラムサス、ここからが正念場だ。エクセラ軍を本国まで追い返す」
「分かっている。奴らは大軍だ。それだけに、兵糧が命綱だ。そこを狙った方が良い」
「僕もそう思っていた。詳しい話は軍議で挙げる。お前にも出てもらうぞ」
 ランドが殺された。気持ちを切り替えようとしても、中々そうはいかなかった。人間は弱い。肉体をいかに鍛えようとも、精神は脆弱なのだ。たった一人の死でこうも脆くなる。軍議の事など、正直な話、どうでも良い。
 軍議が終わった。
 ローレンの騎馬隊が糧道を断つ事になった。その兵糧を、クラインが火矢で燃やす。当然、ドーガは妨害に出てくる。そうなったら、ローレンは逃げる。ドーガにとっては、かなり鬱陶しい事になるだろう。だが、これは大軍相手には効果絶大の戦法だった。ドーガは気が短い。勝負を焦ってくるはずだ。そして関所に突撃をかましてくる。そうなったら、奪った投石器と弓矢で迎撃する。これが俺の役目だった。俺の騎馬隊は、しばらくは任務が無い。
「デンコウ」
 厩。ランドと離れてからは、自分でデンコウの世話をするようにしていた。
「俺は戦が好きだ。何故なら、自分の強さを遺憾なく発揮できるからだ」
 デンコウの身体をゴシゴシと洗う。戦の後は、血生臭い。それを落とす。
「だが、ランドは死んだ。弱かったからだな。それを考えると、俺は戦をする意味を考えなければならない。そう思う」
 戦。強い奴は良いだろう。自分は特にそう思った。負けるはずがない、死ぬはずがない。自分の強さに自信があるからだ。だが、ランドのように弱い奴はどうする。死ぬしかないのか。上の人間のために、命を捨てるしかないのか。それは違うはずだ。人にはそれぞれ生きる道がある。
 エクセラは、神王は、兵の命など石ころ同然だと思っている。そして俺も、そう思っていた。だが、これは違うのではないのか。
 俺の中で、何かが変わろうとしていた。

       

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Neetsha