Neetel Inside 文芸新都
表紙

親の七光り
戦の意味

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 ローレンとクラインが、さかんに軍を出していた。
 斥候(少数の偵察隊)を出し、エクセラ軍の兵糧隊の動きを常に監視している。敵に動きがあれば、即座に軍を出す。今頃、エクセラ軍は飢えに苦しんでいるはずだ。奇襲戦で雨が降ったおかげで、水には事欠かないが、食料が欠乏してくる。食料が欠乏すれば、戦どころではなくなる。そろそろ、潮時だろう。ドーガの怒りも頂点に達する頃だ。
「ランドが、死んだのですか」
 ギリだ。俺の軍は、関所で待機という事になっている。
 ローレンは、先の奇襲戦で俺を信用したようだった。俺はエクセラから反乱軍にやって来たのだ。あいつは、それをエクセラの計略だと疑っていた。その疑いを晴らすためではないが、俺はエクセラ軍を叩き潰した。
「あぁ。守りきれなかった」
「ラムサス様が気を病む事ではございません」
 はたして、そうなのか。そういう事で済ませていいのか。俺は強い。強さには絶対の自信がある。だが、ランドは死んだ。強い奴は生き残り、弱い奴は死んでいく。それが戦だ。戦はそういうものなのだ。だから、みんな調練を積む。個々の力を上げる。将軍も兵法を学ぶ。そして勝利する。単純な事だ。だが、ランドは兵ではないのだ。
「ランドの連れてきた騎馬隊から、もう事情をお聞きになられましたか」
「あぁ」
 ランドは、神王に陳情したようだった。かつての主を討ちに行く、と。反逆者は殺さなければならない、そう陳情した、と騎馬隊は言っていた。だが、ランドは、俺に忠節を尽くした。ランドは騎馬隊に、俺への忠義を必死に説いたらしい。そして騎馬隊は、ランドの言葉に心動かされたのだ。
「ランドは立派に忠義を果たしました」
「あいつは民だった」
「ですが、ラムサス様の従者です」
 従者だったら、死んでいいのか。
「あなた様が死ねと仰れば、我らは死にます。それが従者です」
 俺も今まではそう思っていた。将軍なのだ。従者の命を全て握っていて当然だ。だが、本当にそれで良いのか。
「ギリ、俺は強いのか」
「強いです。私はあなた様が最強だと信じております」
 だが、ランドは守れなかった。
「確かに俺は、人を簡単に殺せる」
「ランドを守れなかった。つまり、自分は弱いと感じておられますな」
 さすがにギリだった。俺の心の奥底をよく読んでいる。だからこそ副官にした。俺の精神的な支柱と言っていい。
「ラムサス様、ランドは何故この戦場に騎馬隊を連れてきたのでしょうか」
 わからない。本人は死んでしまったのだ。
「私はランドと同じ従者です。だからではないですが、ランドの気持ちが分かるような気がします。ランドは、ラムサス様のお役に立ちたい、この一心だったと思います」
「どういう事だ」
「死んでも悔いはない、という事です」
「どうかな」
「ですが、誰しも死にたくありません。そのためにも、戦は終わらせるべきです」
 戦を終わらせる。考えた事もなかった。俺は戦が好きだ。それを終わらせる。だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「神王は、エクセラは、世を平定すれば、間違いなく今以上の独裁政治を実施します。民は困窮する事になりましょう。今は欲を抑えていますが、神王はそういう人間です。これでは、戦が終わっても意味がありません」
 これも考えた事がなかった。確かに、今のエクセラは神王の独裁政治だ。だが、国は豊かである。何しろ人が多い。父カルサスが国を拡げた。それが、今のエクセラに恩恵をもたらしている。
「ハンスは、良い政治をするだろうか」
「さぁ、まだ分かりませんが、統治者としては中々のものをお持ちだと思います」
「戦を終わらせる、か」
「戦好きのラムサス様には禁句でしたかな」
 ギリが笑う。
「いや。目が覚めたようだ。ランドが死んでから、俺の中で何かが引っかかっていた。だが、今それが無くなったような気がする」
「ランドは、大切な事をラムサス様に伝えたのです。そのためにも、エクセラを打ち倒すべきです」
「お前、実はエクセラ追放を嬉しく思っているだろう」
「さすがにバレましたか。ラムサス様には忠誠を誓っておりますが、エクセラには誓っておりません」
「おまえという奴は」
 互いに笑う。父は、何を思ってエクセラを拡げたのか。こうなる事が分かっていて、エクセラを一大国家に築き上げたのか。そうだとしたら、俺は父が築き上げた物を壊さなければならない。
 戦を終わらせる。俺は戦が好きだ。だが、終わらせる。もう一度、ハンスとよく話をした方が良い。そう思った。

     

 ドーガが軍を引き上げた。
 シビレを切らして特攻を仕掛けてくるかと思っていたが、少しは成長したらしい。俺の知っているドーガは、なりふり構わず攻め上げてくる将軍だった。
 そして、俺とローレンもグロリアスの本拠地に帰還した。国境の守備は引き続きクラインで、兵力も増強した。追い返したといっても、エクセラは強大だ。すぐにまた攻めてくる可能性がある。
「ラムサス、話とはなんだ」
 ハンスの部屋だ。戦をする意味、それを聞こうと思った。
 ハンスはグロリアスの統治者だが、部屋の中身は質素だった。食事も衣服も豪華ではない。神王はその真逆だ。
「お前たちは何故戦う」
「唐突だな」
 目を見てきた。ハンスの目は安らぐ。そう思った。
「エクセラは世を平定するために戦をしている。お前たちは何故だ」
「お前たち、とは他人事のようだな。ラムサス、お前もグロリアスの民だぞ」
 思わず、目を伏せる。だが、そんなつもりで言ったのではない。
「私たちは、自由を勝ち取るために戦をしている」
「自由?」
「そうだ」
「どういう意味だ」
「エクセラは世を平定する、とは言っているが、実際は支配するためだ。あの国は独裁政治、いや、恐怖政治で国を治めているのは、お前も知っているだろう」
 恐怖政治。投獄や処刑など、暴力的手段で反対者を弾圧、目的を達成する政治だ。確かに神王は、自分に反対する人間をことごとく処刑していた。だが、政治そのものは無茶な事はしていない。ルースが内政権を握っているからだ。というより、ルースが神王の要望を、民に受け入れられるように工夫していた。それは父の代からで、軍事はカルサス、内政はルーファスと言われていた。
 神王の思想は危険だった。俺の父、カルサスと、ルースの父、ルーファスが病死してから時代は変わった。戦国時代から、世を平定する時代に変わったのだ。そして、俺とルースが実権を握った。その時、神王が俺とルースに説いた思想。
「意に沿わない者は殺せ。それが神王の思想だ。ラムサス、お前もそう言われたのではないのか」
「あぁ。だが、俺はそんな事はどうでも良かった。戦が出来れば、それで良かったのだ」
「良かった、とはどういう事だ?」
「縁故の者が死んだ。そして、戦は終わらせるべきだ、と考えた」
 ランドは俺のために死んだ。あいつは民だった。そして、苦しむのはいつも民だ。戦の時も、平時の時も。少なくとも、エクセラはそうだ。
「お前の言うとおりだ。確かに戦は終わらせるべきだろう。だが、ここで我らが降伏するわけにはいかん」
 確かにそうだ。グロリアスが降れば、エクセラが世を平定する。つまりそれは、神王の独裁政治を許す事になる。今でこそルースは重宝されているが、用が無くなれば左遷、いや処刑も有り得るだろう。そうなると、神王はやりたい放題になる。諌めをする者は居なくなり、神王を担ぐ者が次々と現れる。そして民が苦しむ。グロリアスは、降伏するわけにはいかない。
「だから戦う。エクセラがグロリアスを飲み込むと言うのであれば、それに立ち向かう」
「ハンス、エクセラを滅ぼすべきだ」
 ハンスの目に力が入った。
「そしてグロリアスが、お前が世を平定すればいい」
「ほう、意外だな。私はてっきり、グロリアスに降伏しろ、と言われるかと思っていた」
「神王は民の事など考えていない。世を平定した後、何をしでかすか分からん」
 ハンスがため息をついた。
「私が世を平定する、か。そんな器ではないと思うがな。アイオンらは私を担ぎ上げてはいるが」
「俺がその器にしてやる。エクセラを攻略する。俺はその方法を知っている」
 ハンスならば。俺はそう思っていた。

     

 ハンスは、俺の目を見続けている。言え、ハンスは目でそう言っている。
 秋が終わり、季節は冬を迎えていた。暖炉で炎が揺れている中、俺は口を開いた。
「エクセラは確かに一大国家だ。兵力もあり、国が豊かなのは間違いない。だが、エクセラに忠誠を誓っている者は、ほとんど居ない」
 そう、エクセラの支配は人々の心までは浸透していない。一部の権力者達が声をあげ、人々はそれに従っているだけだ。今はそれに対して不都合は無い。ルースが上手くやっている。不都合が無ければ、不満の声は挙がらない。人々は大衆に倣う。小さな不満なら、口をつぐむ。だが、これはあくまで表面上の支配でしかない。神王と民の利害が、ルースの力によって一致・均衡しているからに過ぎないからだ。脆く、いつ崩れてもおかしくない絆で成り立っているという事だ。
「エクセラは、他の国を吸収して、あそこまで大きくなった。中には降伏した国もある」
 むしろ、降伏した国の方が多い。父カルサスの名声は、世界を蹂躙していた。戦神、それが父の異名だった。戦国時代後期は、無血開城した国が多数を占めているのだ。
「民は馬鹿ではない。特に、吸収された国の民はそうだ。無念に苛まれ、再起を願っている者も少なくないはずだ。それを神王は、恐怖で抑えつけている」
 ここに付け入る隙がある。そして、エクセラの政治の行く先が見えている者も居るはずだ。そういう者たちは、みな辺境に飛ばされている。神王のそういう嗅覚は、犬をも凌ぐ。
「そいつらと決起すれば」
「無駄だ」
 ハンスが言い放った。目は閉じている。
「それならば、アイオンが立案した事がある。だが、駄目だ」
「何故だ」
「我らがそれを叫んだ所で、誰がついてくる。エクセラと我らでは、強さが、国の大きさが違う。すぐさま反乱分子として駆逐され、処刑される。それを恐れて、人々は俯いたままだ。アイオンが先を見通し、私もそう思った」
 確かにそうだろう。だが、今は俺が居る。戦神カルサスの息子、ラムサスが。エクセラの軍神だった俺が居るのだ。
「ハンス、俺がエクセラで何て言われていたか知っているだろう」
「軍神だ」
 ハンスの顔が、はっとした。
「そうか、お前を筆頭にすれば」
 俺は頷いた。そう。エクセラには戦神が居た。だからこそ、人々は戦わずして国を明け渡した。しかし、もうその戦神は居ないのだ。その息子である俺も、反乱軍に居る。俺は親の七光りだった。だが、それでも人々は、俺を戦神の息子として見る。親の七光りを逆手に取れば良い。
「俺がエクセラを糾弾すれば、人々は立ち上がる」
 エクセラで名の知れている将軍は、俺ぐらいのものだ。新たな軍神としてドーガが台頭したが、奴には人望がない。民がドーガを認めるのは、当分先の事だ。恐怖で抑え付けようとすれば、人々は俺に付く。そして何より、ドーガは戦に負けたばかりだ。奴が何を叫ぼうと、説得力が無い。
「今は、エクセラの内政権を握っているルースが上手くまとめているが、それは中心部の話だ。辺境の方までは、まとめきれてはいない。そしてその辺境に、不満を持つ者、行く末を案じている者たちが集まっている」
 俺がそいつらに火を付ける。そしてこれは、俺にしか出来ない事だ。
「ラムサス、お前はグロリアスの英雄になるかもしれん」
「そんな事はどうでもいい。だが、エクセラが世を平定する事は許さん」
 ランドのような者を、二度と出してはいけない。ハンスが、グロリアスが世を平定すれば。
「アイオンを呼ぼう。この戦略、かなりの見込みがある」
 俺は頷いた。

     

 アイオンに戦略を話した。だが、反応は良くないようだ。眉をしかめ、頬杖をついて目を閉じている。何か考えているのか。
「戦略自体は良いと思いますが、問題点がいくつかありますよ」
 アイオンが目を開いた。ハンスは黙ったままだ。
「まず、ラムサスが出た所で、エクセラは強大です。ドーガでしたっけ? 新しい軍神さんは。そいつが出てきて、妨害してくるでしょう。これに対策が必要です」
 否定はできなかった。十分に有り得る。いや、確実にそうしてくるだろう。
「まぁ、これはローレンが潰すとして、一番の問題が」
 アイオンが俺の目を見てきた。
「ラムサス、エクセラの内政権を握っている奴は有能なのか」
 間違いなく有能だ。ルースが内政を取り仕切っているからこそ、エクセラは上手く行っているのだ。
「あぁ」
「それなら、無闇に行動しない方が良いだろう」
「なんだと」
 思わず声が出た。
「いいか、ラムサス。軍事と政治は別だ。お前の戦略は、どっちかというと政治的戦略だ。考えてもみろ、神王は無能だ。どうしようもない程のな。神王は後先、何も考えず、気に入らない者を辺境に飛ばしているだろう」
 そうだ。だからこそ、そこに付け入る隙がある。俺がエクセラを糾弾し、そいつらと共に決起すれば。
「有能な人間が、そいつらを野放しにすると思うか。大体、本当に不満を持つ者、行く末を案じている者たちばかりが辺境に集まってるなら、お前が手を貸さずとも、すでにそいつらで反乱を起こしているはずだ」
 正論だった。
 確かに、神王は何も考えずに気に入らない者たちを左遷・処刑していた。処刑する時は、一族皆殺しだ。遺恨があってはならない。神王は周到な人間だった。欲の塊でもある。だが、それでも、エクセラ国内での反乱は記憶に無い。
「それなのに反乱が起きていない。その内政権を握っている有能さんが、抑えを送り込んでいる証拠だ」
 ルース。さすがに父親の教えを受け継いでいるか。俺が父から戦のやり方を教わったのと同じように、ルースも。
「内政権を握っている奴と、お前は面識がないのか」
「いや、俺の友人だ」
「接触は図れそうか?」
 無理だろう。ルースは神王に忠誠を誓っている。俺にエクセラ追放の旨を伝えてきたのもルースだ。あの時、あいつは俺の言い分など聞き入れなかった。
「難しいと思うが」
「なら、仲間に引き込むのも無理だな」
「アイオン、どうする」
 ハンスが口を開いた。しばしの静寂。薪がぱちぱちと音を立てている。
「同時決起しかないですね。しかも、事前から示し合わせておく必要がある」
 内通。謀略ということだ。戦のように正面からのぶつかり合いでは無い。俺がエクセラに居た頃は、謀略はルースの役目だった。敵に誤報を流すのが主で、時には暗殺などもやっていたようだったが、詳しい事は知らない。
 しかし、内通は謀略の中でも難度が高い。敵軍の中から、寝返りそうな人間を識別・誘い込まなければならないのだ。先のアイオンの話からすれば、ルースは反乱分子に監視を送っているという事になる。そいつらの目をかいくぐらなければならない。ルースの事だ。その類を見抜くのが上手い人間を送り込んでいるだろう。果たして、そいつらの目を盗む事が出来るのか。
「ラムサス、お前がエクセラを追放される前、異動などはあったか?」
 記憶には無いが、俺は軍事以外の情報はほとんど持っていない。ルースが全て管理している。
「公な異動は無かったはずだが」
「信憑性が無いな」
 アイオンが目を閉じる。
「ハンスさん、先の作戦での情報はまだありますか」
 先の作戦。俺がエクセラを追放されるキッカケとなった戦の事か。ハンスらの軍を囮にし、アイオンらが大挙して攻め寄せる。かなり大規模な作戦だったはずだ。
「まだあるが、それがどうかしたのか」
「そいつを元に、敵軍を洗いましょう。そして、寝返りそうな奴に密書を送る」
 なるほど。先の作戦は大規模ゆえ、下調べを綿密に行っていたという事か。確かに、アイオンらが攻め寄せるはずだった区域は、兵数は多いものの、問題を抱えている指揮官が多かった。主に左遷された者たちだ。
「ラムサス、当然お前にも手伝ってもらうぞ」
「わかっている」
 飛躍の時が来ている。俺にも、ハンスにも、グロリアスにも。それを生かす。俺はそのためにここに居る。そう思った。

     

 ラムサス。良い友人だと思っていたが、まさか神王の命に背くとは。
「おい、ルース。次の戦はいつ出来るんだ」
 ドーガだ。私はこの男が嫌いだ。声が不快で、何より不潔だった。無造作に髭は伸び、顔も汚らしい。野蛮で、頭の無い愚図でもある。
「懸命に内政を整えている。急かすな」
 だが利用できる。利用できるものは全て利用する。それが父ルーファスの教えだった。
 ラムサスとは幼少の頃からの仲だった。私は麒麟児と謳われ、周囲から持てはやされた。ラムサスも持てはやされていたが、あいつはそれを鬱陶しがっていた。
 あいつは私に、親は親、自分は自分だ、と一度だけ言ってきた事がある。くだらない持論だ。私は単純にそう思った。何故親を利用しない。私は親を利用する。あいつと私の最大の違いは、親を利用するかしないかだった。
「親の七光りが。お前の親父なら、もっと上手くやれるんじゃないのか。あ?」
 クズが。人より抜きん出ていると、こういう無能との付き合いが一番の苦痛だ。
「内政を学んでから物を言え。戦しか出来ない無能が吠えた所で、何も変わらん」
「なんだと、もう一度言ってみろ」
 青筋を立てている。単細胞が。サルは山で毛繕いでもしていろ。
「用が無いなら出て行け。邪魔だ」
 全身を震わせている。悔しいのだろう。こんな細身で、鎧を着込んだ事もないような男に馬鹿にされているのだ。
「女男が。死にたいのか」
 容姿を引き合いに出す。知恵が浅い証拠だ。
 確かに私は女のような姿だった。きめ細かな肌、腰まで伸びている艶やかな髪。衣服も女官が着るようなローブだ。
「ラナク、この猿を追い出せ」
 あとはラナクに任せれば良い。
 ラナクは寡黙な従者で、ラムサスが鍛えた武人だった。いつも私の側に居て、警護の任についている。体躯はラムサス、ドーガに劣るが、技量はドーガに勝る。
「ルース、俺が出世したら、てめぇは打ち首だ」
 負け犬の遠吠えだろう。
 とにかく今はやる事が多くある。神王が無茶ばかり言うのだ。今日も、税率を今の五倍に跳ね上げろ、と言ってきた。そんな事をすれば、民は反乱を起こす。それしか抵抗手段が無いからだ。知恵が浅い愚民どもだ。これに対しては、商業を発展させて金の回りを良くするしかない。税率を変えずとも、金が入ってくる。それで神王は満足するはずだ。
「ルース様」
 ラナクだ。ドーガを追い出して、すぐに戻ってくる。優秀な従者だ。
「なんだ」
「ラムサス様は、本当に」
 ラナクの師匠はラムサスだ。未だに追放されたのが信じられないのだろう。それ所か、反乱軍に寝返ったという話だった。
「あいつはもう私たちの敵だ。気持ちを切り替えろ」
「はっ」
 ラムサスはエクセラの軍神だった。誰もが親の七光りだと影で馬鹿にしていたが、有能だった。武芸も一流だ。だが、あいつは我が強すぎた。神王の命令を鬱陶しがっていた所もある。割り切れば済むことを、割り切れなかった。あいつはエクセラ向きの人間ではなかったという事だ。友人という事で、不快感は多少あるが、敵ならば仕方が無い。滅ぼすまでの話だ。
 反乱軍の参謀、名は知らないが、能力はあるのだろう。父の代から国を守り続けている。こちらから攻め入っても、地形の問題で追い返されるのがオチだ、とラムサスは言っていた。実際にドーガが攻め入ったが、無様に敗軍として戻ってきた。使えない奴だ。
 反乱軍は自ら動く事はほとんど無かった。度々、数千で攻め入ってきてはいたが、お遊びのようなものだ。こちらを油断させる布石に過ぎない。本命は別の所にあるはずだ。
「ラナク、辺境に左遷した者らに不穏な動きはないか?」
「今はまだありません」
 辺境には諜報員を送っている。監視役もだ。何かあれば、すぐに情報を持ってくるように言いつけてある。私が反乱軍の参謀なら、反乱分子を巻き込んで一斉蜂起を狙う。ラムサスが居るのだ。あいつを利用して、一気に飛躍を狙う。
「敵は、確実に反乱分子どもと接触する。警戒を強めるように伝えておけ」
「はっ」
 エクセラが世を平定する時は近い。平定したら、神王を殺す。そして私がエクセラを治める。だからこそ、こうやって信用を得ているのだ。信用を得れば、たやすく近づける。殺す機会を得られる。これは、まだ誰にも話した事のない野望だ。そして、これからも話す事はないだろう。
「ラムサス、お前が思っているほど、私は間抜けではない」
 蝋燭の火が、微かに揺らめいていた。

     

 敵の洗い出しが終わった。後は密書を送るだけだ。
 ラムサスは、グロリアスの英雄になるかもしれない。あいつでなければ、この戦略は成立しない。名声。人々の心に訴えかける、最大の武器だ。
 私は、人に恵まれている。グロリアスの統治者となっているが、私自身は凡人だった。ただ、人よりも多く経験を積んでいる。それだけの事だ。幼い頃から、戦を、政治を間近で見てきた。父も祖父も、凡人だった。人の才を見抜く。あえて言うなら、これに長けているぐらいだ。
 アイオンもローレンも天才だ。クラインは努力の天才で、人一倍、辛酸を舐めている。そして、ラムサス。あいつの過去は知らなかった。聞いても、鼻で笑うだけだったのだ。だが、それで良い。話したくないのであれば、それで良いのだ。ラムサスはラムサス。今はグロリアスの将軍の一人だ。
「星は見えないだろう」
 外に出た。ラムサスが、独りで夜空を見上げていたのだ。
 山の冬は厳しい。夜になると、それはさらに顕著になる。
 ふと、遠くに目をやった。どの山も、頂上は雪が積もって白く染まっていた。吐く息も白い。空は雲が覆っている。雪が降る雲だ。
「ハンスか」
 声色が虚しかった。隣に立ち、空を見上げた。目をこらしても、星は見えない。
「ハンス、ここは安らかな国だな。民も穏やかな表情をしている」
 ラムサスの息も白い。
「エクセラはそうではなかったのか」
「あぁ。殺伐としていて、権力者たちは足の引っ張り合いだ。民の表情は明るかったが、心の底では笑っている者は居なかっただろう。グロリアスの民を見て、俺はそう思う」
「お前も、そうだったのか?」
 腰を下ろす。下は草地だった。霜が降りていて、かすかに湿っぽい。
「俺はそんな事に興味は無かった。戦が出来れば、それで良かったのだ」
 ラムサスは立ったままだ。まだ、空を見上げている。
「俺の父は偉大だった」
「ほう」
 風が吹く。身の芯まで凍えるような冷たさだ。
「人はみな、俺をその父の息子として見てきた」
 親の七光り。私には縁の無い話だった。父らが凡人だったからだ。だが、ラムサスは違う。偉大な父、それはラムサスに重く圧し掛かった事だろう。だからこそ、人一倍努力して、結果を出さなければならない。そうしないと、人に認めてもらえない。そして、結果を出しても正当な評価をして貰えない。それが、偉大な親を持つ子の宿命だ。
「ギリだけは違ったがな」
「副官か?」
「あぁ」
 ラムサスの顔が笑った。
「あいつは俺の従者だが、親友みたいなものだ。分け隔てなく、何でも話せる」
 辛い境遇だったのだろう。素直にそう思った。だが、強い。だからこそ、強い。
「そしてランドもそうだった」
 縁故の者だ。ローレンから聞いたが、そのランドという者が殺された瞬間、ラムサスは単騎で敵陣に突撃したという。心の中に激情を秘めている。だが、その事について責める事はしなかった。
「ハンス、今回の作戦、必ず成功させるぞ」
「あぁ」
 ラムサスが去っていく。その背は、哀愁を漂わせていた。
 飛躍の時。今がまさにその時だ。ラムサスが機会をもたらし、アイオンやローレン、クラインが、みんなが成功に繋げるのだ。
 戦。戦をする意味は、人によって違う。平穏をもたらすため、自らの出世のため、快楽のため。
 自分にとっての戦の意味、それは何なのか。私は夜空を見上げ、独り考えていた。

       

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Neetsha