Neetel Inside 文芸新都
表紙

数学教師栗栖トリ
第三話A

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黒板に達筆で「ちぃんちぃん」という文字が書かれてから、早くも2ヶ月が経とうとしている。
未だ、誰一人としてあの「ちぃんちぃん」の真意を読み解いた者はいない。

ちなみに以前、栗栖の肉棒ショットガンを直で眼球に喰らい、集中治療室送りとなってしまったマサは、その後退院し、転校した。今では元気に他校で生活しているようだ。
それにもう一人、栗栖の愛を至近距離で顔面に受け止めてしまった生徒は救急車で運ばれたまま、行方が分かっていない。どこへ逝ってしまったのか。

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時が経つのは早いものだ。
「時は金なり、矢のごとし」
というのは全く、よく言ったもので、すでにこの肉棒高校は体育祭、当日を向かえていた。

ーーーーそう。今日は体育祭なのだ。
肉棒高校1、2年は学校の体育館、およびグラウンドで女生徒の黄色い声援を受けながら競技を行う。

だが3年生は違う。
最後の体育祭という事で、この学校では競技場を丸一日貸し切り、そこでバスケ、サッカー、バレーの競技を行う事となっている。これは都内の高校では、他のどこの学校も行っていない行事で、この肉棒高校の一つの特色となっている。

朝、いつも通り生徒達が学校へ登校してくる。栗栖もクネクネと腰を変な風に折り曲げながら出勤してきた。いつ、誰に通報されてもおかしくない状態だ。
校舎の玄関前には観光バスが3台。窮屈そうに並んでいた。しかしこのバス達は間もなく、うら若き肉棒高校3年生、総勢182名を乗せて、いや、彼らのときめく心を、希望を乗せていくのだ。

栗栖はフラフラと千鳥足で、3年6組のバスに乗り込んだ。入り口のステップに足がつっかかり、危うく運転席に倒れ込みそうになってしまった。
間一髪のところで両手を壁に付け、体勢を取り直す。
バスの運転手が不安そうに栗栖の事をまじまじを見つめている。

「どうしたんですか。先生・・・。そんなフラフラになって・・・」

栗栖はよくぞ聞いてくれましたとばかりに、目を精子色に輝かせ、運転手の顔を見つめた。
5秒程の間、まるで骨董品に値段を付ける古物商のような目でその運転手を見つめ、突然、ものすごい早口でこう言った。

「昨日ね、夜、帰り際に猫がいたんだよね。道に。んふぅうん。んふぅ。それでさそれを追いかけていったんだけどいつの間にか自分がどこにいるか分からなくなっちゃたんだよね。それでさ。うん。うん。悔しいからさ。近くにあった電柱でチンコバッティングして朝を待ったんだよね。うん。そうなんだ。んふぅんふぅ」

とにかくものすごい早口だった。
あまりの早さに、聞き取れた単語は、「帰り際」と「悔し」と「チンコバッティング」の3つだけであった。
どこをどう組み合わせて文を作っても、その文を常人の理解の範疇に収める事は出来なかった。

運転手が目を丸くしているのを、確認すると、栗栖はさぞ愉快そうに笑い、股間をまさぐりながらバスの奥にそそくさと消えていった。まるで妖怪のようだ。
この時点で運転手が言い知れぬ恐怖と不安を感じていたのは言うまでもない。
さらに、突然、栗栖がものすごい叫び声をあげ、バスの後部座席で眠りに落ちた。

やがて生徒達が朝のホームルームを終えて、バスに乗り込んで来た。しかしバスに足を踏み入れた瞬間、生徒達の顔が曇った。
その鼻に悪臭を捉えたのだ。数学の時間のあの臭い。そう。精子だ。
生徒達は、皆、隣のバスに乗せてもらおうかと相談し始めた。
だがすでに隣の4、5組のバスのドアは閉まり、中では既にどんちゃん騒ぎが始まってしまっているようだ。無理もない。
生徒達はここは我慢だとばかりに皆で目を合わせ、車内へと歩を進めた。
精子・・・臭いはするのだが、どこにも栗栖の姿が見えない。
さらに奥へと足を踏み入れると、そこには・・・居た。精子にまみれ、白目を剥いて栗栖が倒れていた。寝ているようだ。天使の寝息とは程遠い寝息を立てて栗栖は寝ている。
生徒達は思わず、ここで殺人を犯そうかと考えたが、こんなバカハゲオヤジのために自分の人生を棒に振る事は、損得の上で、とうてい出来そうにも無かった。我慢した。

悪臭バスが、発車した。

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6台のバスが「寺田国際記念競技場」に到着した。
生徒達が次から次へとバスから降りて来た。そしてクモの子を散らすように一目散にホールへと走っていくのだった。ホールには準備室(更衣室)があるのだ。

栗栖はぼんやりとした視界の中でその光景を捉えていた。

ーーーーーーまだ自分はバスの中

その事に気付くまでに、数秒を要した。

そんな栗栖を置いて、生徒達が満面の笑みとともに、各自、ホールへと走っていく。いかにも楽しそうな面持ちだ。

少なくとも、彼らはここに競技をしに来ている訳ではないのだ。
無論、女の子に声援を受けるためでも、何か自分のくだらない自己顕示欲のために来ている訳でもない。

全ては思い出。高校最後の、最高の思い出を作りに来ているのだ。
もちろん、言うまでもない事だが、楽しかった思い出など、社会に出て生きていくためには、なんの役にも立たちゃしない。そんな事は皆が分かっている。
確かに、彼らが社会人になった時、皆が社会の歯車の一部として生きていく事になる。
だが、忘れてはいないだろうか。彼らは社会の歯車の一部である前に、人間なのだ。
心を持った人間。
友人達と、恋人と、両親と作って来た様々な思い出。
その一つ一つが、人間である者、全ての者にとっては宝物に等しい価値を持つ。
そして今、高校の友人達と作れる宝物が、ついに最後になろうとしているのだ。
そんな最後を前にして、誰が沈んだ気持ちでいられるものいか。

栗栖はそんな事を頭の中で思った。ふと、そんな自分が懐かしい気がした。


ーーー自分は・・・何をしているんだ・・・こんな下半身裸で精子まみれなんて・・・

栗栖は、自分の過去、未来について思考しようとした。自分は何者で、どうしてここにいるのか。

だが、一瞬で忘れた。
忘れたという表現が適当かは分からないが、彼の精神はまた元に戻ったのは確かだ。
本当の自分が消えていく。そんな感覚を確かに自覚しながらも、変化してゆく自分を止める事は出来なかった。

栗栖の目の奥が精子色に輝き始めた。同時に彼の股間が隆起した。
口元にまるでピエロのような笑みを浮かべて、バスを駆け下りた。運転手は完全に怯えている。
栗栖は夏物の淡い青色のYシャツを一枚羽織り、ストライプ柄のネクタイもきっちりとしめていた。もちろん下半身は素っ裸だが。
栗栖もホールに行こうと考えた。確か、開会式があるはずだ。
そう思ったが、極度の疲労がたたったのだろう。
チンコバッティングは恐ろしい程の体力を要したようだ。栗栖は意識を失いかけた。
さすがにアスファルトの上で寝ていては、ひからびてしまうと思い、かろうじて芝生の上に倒れ込んだ。





       

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