No11/MATSURI/黒世改

「年越しだ、年越祭りだヒャッホイ!」と家を飛び出したところで電話がかかってきた。姉だ。「小さいリンゴ飴を買ってきて」と頼まれた。「それから、あと最低二時間は帰って来ないでよ」「なんでだよ」「察しなさいよ」
 そうして電話が切られた。俺は理解した。きっと姉は男を連れ込もうとしているのだ。そうに違いない。最近、一年くらい付き合ってた男と別れたばかりだというのに(なんでも、鬱陶しくなったから振ったとか)。どうでもいい。そんなことはお構いなしに、俺は友達と年越しをした。除夜の鐘を聞きながら賽銭入れたりおみくじ引いたり酒を飲んだりナンパしてフラれたりした。友達と別れたとき、思い出したようにリンゴ飴を買って帰った。家は真っ暗だ。両親は実家に帰っている。誘われたが、俺と姉は断った。理由を問われたとき、俺は友達と出かけたいからと言い、姉もそうだと言った。姉の理由が男だということは明らかだったが、親は文句を言わなかった。
 玄関には姉以外の靴はなかった。男は来てないのだろうか? 姉の部屋の前まで来た。鍵がかかっている。俺はノックをしてみる。ノックノック、コンコンコココンゴンゴン開けろやゴラ。しばらく待っても開く気配はない。電話をかけてみる。出ない。男とエロいことに夢中になってるんじゃねーのかと考えた俺は聞き耳を立ててみる。物音一つしない。寝てるのか? ……なんだか腹が立ってきた。せっかくリンゴ飴を買ってきてやったのに。ちょっとイタズラでもしてやろうかと、俺は庭から回って窓から中を覗き込む。薄暗い部屋の中心。そこで、全身真っ赤な姉が目に入る。俺は息を漏らした。姉が血まみれなのだ。窓には鍵がかかっている。庭の石でぶち割る。中に入る。姉を見る。ピクリともしない。俺は呆然としている。部屋を見回す。別段変わりない姉の部屋だ。だけど、完全にここは密室だった。頭の中で色んな推理小説が駆け巡る。姉のミステリ好きに影響された俺の頭に「密室殺人」という単語が過ぎる。現場を荒らしてはいけないというのを聞いたことがあるので、俺は出来るだけ何にも触れないようにする。心臓がドキドキすぎて痛い。リンゴ飴を買ってきてと言った姉の声が脳内でリピートされる。リンゴ飴は赤い。姉の身体も赤い。俺はリンゴ飴の赤と血の赤で頭の中が赤くなって、気がついたらリンゴ飴にかぶりついていた。俺は泣きそうになった。でも泣かなかった。リンゴ飴を噛み砕きながら姉を見る。うつぶせの姉の側に、小さな犬の置物が転がっているのを発見した。その犬は姉の元彼からもらったもので、捨てたいけど捨てられないというようなことを言っていた。その犬の背中に、赤字で『MATSURI』と書かれている。血文字のようだ。姉の右手人差し指も赤く濡れている。ダイイングメッセージか? 俺は考える。何だ? 姉は何を言いたいのだ。単語が俺の頭でぐるぐる回る。
 犬。MATSURI。元彼からもらった犬。男。二時間。密室。犯人は姉が連れ込んだ男か? そうとしか考えられない。いや、もしかしたら姉の元彼かもしれない。姉に振られた元彼が、姉を恨んで殺人を犯してしまったのだろうか。元彼が犯人だということを示すために、この犬の置物をダイイングメッセージに残した? 犯人はもう逃げたのでは? だとすれば急いで警察に知らせなければならない。俺はポケットから携帯を取り出そうとした。
 いや待て。俺は自分に言い聞かせる。何か、ひっかかりを感じた。
 手の中のリンゴ飴と、犬と、その背中のMATSURI――閃いた。
「……くだらねえ」
 俺は犯人に向かって、話しかける。
「犯人よ、貴様はこう言いたいのだな? 小さなリンゴ飴――小さなリンゴ――ミニリンゴ――『Mini Apple』――『MA』。血文字の『MATSURI』。そして犬だが……ふん、新年だというのがヒントになってるんだろうな。干支で犬とは戌。戌の字は元々は『滅』を表している。滅ぼすという意味だろう。それら三つを組み合わせると……おそらく『MATSURIからMAを滅する』と言いたいんだろうな。……強引すぎる。まあいい。すなわちTSURI。つり。釣り。……つまりこれは――ドッキリってことだろう?」
「お見事」姉の口が動いた。
「男を連れ込むように思わせたのも、すべてはミスリードだったわけか」
「あんまり慌てなかったわね。つまんない。あんた、窓弁償しなさいよ」
 起き上がろうとする悪戯好きの姉の頭に、俺は食いかけのリンゴ飴を叩き付けた。
sage