Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.26/明けない夜の始まり/ポン助

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 午後一の編成会議中に桐生の携帯が鳴った。着信画面には『川田』と表示されている。桐生は会議室の隅に移動し、電話に出た。

「・・・・・・もしもし」
「おう、俺だよ。いよいよ今夜は祭りだな」

 川田の声には押さえ切れない興奮が滲み出ている。桐生は微かに眉を曇らせた。

「悪い、その件で詰めの会議中なんだ。後でかけ直すから」
「お、そうか。じゃあいいんだ。お偉いさんに話つけてくれた礼がしたかっただけだからよ」
「すまん。落ちついたら連絡するよ。その時は嫁さんも一緒に鮨でも食おう」
「ああ、加奈子も喜ぶだろう」

 桐生は電話を切り、席に戻った。
 桐生と川田は大学時代の友人で、共に社会学を学び、報道関係の職に就くことを望んでいた。卒業後、桐生はテレビ局に就職が決まり、川田はフリージャーナリストの道を選んだ。順調に出世を重ね、現在は在京キー局の編成局に所属している桐生とは裏腹に、川田は思うような仕事ができず、芸能人のゴシップネタを週刊誌に売って食い繋いでいる状況だった。
 2週間前、大物政治家のスキャンダルを掴んだと、川田から桐生に連絡が入った。川田の話を精査していくと、政界全体を巻き込む事件の引き金に成り得るスクープだった。
 桐生は看板報道番組での緊急特集として、このスクープを取り上げることになったと川田に伝えた。その放映日が今夜だった。

 夜になり、地球温暖化に関する特集がテレビから流れている頃、桐生は局長室に呼び出されていた。桐生が局長室に入った時、部屋の主は真剣な顔でパソコンに向かっていた。その後ろにある大きな窓には、桐生の姿と局長の見ている卑猥な画像が写っている。窓の向こうにある筈の闇は、桐生には見ることができなかった。
 局長は画面から目を離さないまま話し始めた。

「処理、終わったそうだよ」
「そうですか」
「それだけかい? 冷たいもんだね」
「・・・・・・」
「まあ、いいや。現場から上がってきた資料、第4会議室に置いてあるから。後々使えそうなネタは拾っといて、原本は明日の朝までに廃棄しといてね」
「分かりました」
「あんなネタ、流せる訳がないのにねぇ」

 局長は鼻で笑った。桐生は一礼して、局長室を出た。

 第4会議室には各種記憶媒体、プリントアウトされた紙の山、そして使い込まれたパソコンが長机の上に置かれていた。パソコンからハードディスクを取り外し、邪魔な本体を机からどかすと、影に隠れていた携帯電話が桐生の目に入った。発売されたばかりの機種だったが、乱暴に扱われたのか電池パックが外れている。桐生は手に取った携帯電話に、しばし目を落としていた。
 普段は電池パックで隠れる場所にプリクラが貼られていた。大学時代の桐生と川田、そして加奈子が笑顔で写っている。『10年経ったら、また3人で撮ろうね』と酔った加奈子が言っていたのを、桐生は7年振りに思い出した。川田は携帯を買い換える度に、ここにプリクラを貼っていたのだろう。体格のいい川田が小さな携帯電話にプリクラを貼る姿が頭に浮かび、桐生は激しい苛立ちを覚えた。

「・・・・・・負け犬が」

 桐生は絞り出す様に呟くと、脇に転がっていた電池パックを携帯電話に嵌めた。それを机の隅に押しやり、桐生は資料の整理に戻った。

       

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