Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.49/影電話/焼けてない/

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 夏祭りの出店でくじを引いたら、影電話が当たった。真っ黒な長方形に、一つだけ付いた黒い通話ボタン、ねずみ色のディスプレイ。店のおじさん曰く、自分の影と電話ができるらしい。胡散臭いことこの上無いが、何か仕掛けでもあるのかと思い、試してみることにした。

 僕は神社を抜け住宅街の道路に出る。電灯に照らされ、影が足下から伸びている。電話の影がはっきり映っていると通話状態が良いらしい。僕はボタンを押し、電話を耳にあてた。
「もしもし」『おう、聞こえてるぜ』突然、言葉が返ってきた。電話を落としかけた。思わず手が震えてしまう。「えっと、君は、僕の影?」『当たり前のことを聞くなよ。お前のじゃなかったら一体オレは誰の影だって言うんだ』「そうじゃなくてさ、影と話ができるなんて、思ってもみなかった」『オレもお前と話せるなんて驚きだぜ。よろしくな相棒』
 影はひとりでに動き、ぐっと親指を立ててみせた。
「自分で動けるんだ!」『動ける。誰も知らないだけさ。影には影の世界があるんだよ』
 立ち尽くす僕をよそに、影はジャンプしたりポーズを決めたり、好き勝手に動き始めた。僕は新たな発見に感動しつつも、誰かに目撃されたりしないか気が気でなかった。

 すると案の定、遠くから人が来るのが見えて、僕は咄嗟に影電話をジーンズのポケットにしまった。その人物は僕の方へと向かってきて、徐々に顔が見えて、一瞬、心臓が跳ねた。
「あれ、長谷川くんじゃない。どうしたの、こんなところで」
「こ、こんばんわ。山田さんこそ、どうしたのさ」「見ればわかるでしょ。コロナの散歩」
 彼女の手にはリードが握られていて、その先にはペットである犬のコロナがいた。茶色い毛をした柴犬。僕は犬が苦手で、人懐っこく擦り寄ってくるコロナは余計に苦手だ。

 彼女は山田和美と言って、中学でのクラスメートだ。特別仲が良くも悪くもない、ただの同級生、という程度の関係である。もっとも、それは僕が望んでいる関係ではない。

「山田さんは、夏祭りには行かないの?」淡い期待を胸に、僕は山田さんに訊いた。
「うーん、わたしはいいや。なんか人込みとか苦手なんだよね」
 期待は一瞬にして打ち砕かれる。密かに落胆していると、影電話が振動した。
「ちょっとごめん」山田さんに断って、僕は影電話を取り出した。
『チンタラやってんじゃねえよ、そこは強引に行け! こんな風に!』
 何のことかと思って影を見ると、あっ、と思わず大きな声が漏れそうになって、慌てて飲み込んだ。僕の影は、あろうことか、山田さんの影の、腰に腕を回しているのだ。
『言ったろ、影には影の世界がある。お前が知らない間にコッチはもうこんな関係なのさ』
 そう言うと、僕の影は、ぐっと山田さんの影を抱き寄せた。そして山田さんの影は、なんてこった、僕の影の、首に腕を回しやがった! 畜生、なんで満更でもない雰囲気なんだ!

「どうしたの?」僕が言い知れぬ敗北感に苛立っていると、、山田さんは怪訝そうな顔で僕に訊ねた。「ずっと下ばかり見て……あ、長谷川くん、コロナ苦手だったっけ。ごめんね」
 そう言って山田さんの視線が足下に向かいそうになったので、僕は「ああっ!」と叫んで空に指を向けた。考えるよりも早く体が動いた。「え、何、どうしたの?」山田さんはつられて空を見る。けれど僕には何のアイデアも無かった。すがるように影を見る。二つの影が絡み合っている。舌打ちが漏れる。ああくそ、これは一体どうすれば――とパニックに陥っていると、突然、どぉん、と大きな音が鳴り、夜空に花火の模様が大きく描かれた。
「綺麗……」うっとりとした表情で、山田さんは次々と打ちあがる花火を見つめている。
 僕は、ぐっと拳を握り締め、息を大きく吸った。行くなら、行くなら今しかない!
「山田さん、よかったら、僕と一緒に夏祭りを回ろう!」
「え? ああ、うーん、今日はちょっと無理かな、コロナ連れてるし。また今度ね」

 終わった。あまりに呆気ない幕切れだった。放心していると、再び影電話が振動した。
『残念だったな、相棒。まあこんなこともあるさ。お前の分も楽しんでくるぜ』
「楽しんでくる?」『今日泊まってくるから。和美の家に』一瞬、ごくりと唾を飲む。
「ちょっと待て、そんなのダメに決まってるだろ!」自然と声が荒くなる。「大体、君がいなくなったら、僕はどうなるんだ! 影が無いなんておかしい、居てくれなくちゃ困る!」
『安心しろよ』影はいかにも自信ありげな声で答えた。『代役はもう用意してある』

 程なくして山田さんは帰った。彼女の足下からは二つの影が寄り添うように伸びていた。

 僕の足下には、人懐っこく擦り寄ってくる犬の影だけが残った。

       

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