Neetel Inside 文芸新都
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三題噺コンテスト会場
No.05/犬と呼ばれた男/豆腐屋02

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「それで、今でも彼女とは電話を取り合っているんだ、で、その時の話がだな…」

背後からの突然の轟音で、中村の話は中途で寸断された。耳の奥でくわーんと音がする。ちょうど、プールの中に勢いよく飛びこんだような、そんな感じだ。背中を預けている立木が、重く揺れた。心地良いリズムだ。
それが晴れると、代わりに突撃銃の乾いた発射音が辺りを支配した。俺の応射だ。正確に、冷酷に敵兵を撃ち抜く。銃の重さは全く感じない。言うならば、一つの牙だ。
薄暗い森林。時刻は日の沈む一歩手前。
「頼む!何を話したんだ?って言ってくれよ」
孤立無援のこの状況にあって、ここ一週間、中村の口は閉じていない。
「上からの命令だ。撤退時刻の日没までここを死守するぞ。」
中村はむすっとした顔をした。

こいつと話しているのは中々に楽しいし、暇つぶしになる。
最前線配属から一週間。ここまで生き残った者同士、通じるものはあるようだ。
こちら側の一方的敗走。半強制的に噛み殺される、戦場という名の地獄。
犬同士の殺し合い。銃声、悲鳴、硝煙の香り。銃痕、鮮血、血、血、血。
こういう時でも、中村は平気な顔で喋くっている。たいがいの兵は、恐怖で震える。よくある症候群。そういう兵はたいてい一週間で死ぬ。だが、こいつは違うらしい。
「俺と彼女が出会ったのは、お祭りの花火大会の夜でさ、その花火がまた綺麗で…
結婚式も打ち上げ花火の下でって、約束したんだ」
またか、と思った時、顔が急に険しくなり、声のトーンが変わった。
「…よりによってプロポーズのその日に、国防軍の召集だよ。
おめでとうございます、何が誇りだ。俺はお前等の犬なんかじゃない…!」
驚いた。中村は、軽機関銃の銃口を後ろに向け、乱暴に掃射した。
障害物を背にした銃撃。標的を視認しないため、当然、命中は見込めない。

しかし。

後方遠くで小さな呻き声が。当たった。中村の銃弾が。声からして、死んだだろう。
「中村、一体どうしたんだ?」
言ってから、さらに驚く。中村がみるみる青ざめていく。
「今の奴、死んだのか…?」
「ああ、死んだよ。声の出方からすると即死だ」
呼吸が荒い。平静のおしゃべりはどこかへ消え去っていた。多量に汗ばむ顔。
「あぁ、あああぁ…、一瞬だ、一瞬なんだぁ…偶然で、ぽっと死ぬんだ」
感情の暴走。恐怖の圧迫。よくある、極限状況における症候群。
「最後に電話したのは、一週間前だ…俺はぁ、もう駄目だ」
どうやらこの地獄の一週間、心の支えは彼女の思い出だったようだ。
「そんな物は、ジンクスだ。ちょうど日没、撤退時刻だ。帰還するぞ。」
中村を彼女の元に帰してやらなければ。そう思った。しかしその時、俺は気付いた。
「中村、その無線と機関銃を捨てろ。そうしたら、この茂みを一直線に走れ」
中村はよく飲み込めないという顔をした。何か言おうとするのを制し、俺は声を張った。
「いいから、早くしろ!」
中村は、それを聞いて察したのか、装備を捨て始めた。そう、俺達は生きては帰れない。
囲まれているのだ、既に。日はもう沈んでいるが周囲の草木の暗がりに気配がある。
だが、中村一人なら逃げ切れるだろう。辺りは暗いし、逃げ足が速い事は俺が知ってる。
そうして、中村は、無線と機関銃を残し、走り去った。
「お前は、犬なんかじゃない」
俺はというと、突撃銃を構えた。不思議と、銃の感触が今までと違うように感じた。
出来るだけ、目立つ。犬と呼ばれた男の、最後の一噛みだ。

ようやく茂みから脱出し、後ろを見上げると、そう遠くない位置に爆発炎が上がった。
それが、日の沈んで間もない空に映えた。ちょうどお祭りの、花火のようだった。
涙が、頬を伝って流れた。

       

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