Neetel Inside 文芸新都
表紙

文藝SS漫画化企画(原作用まとめページ)
砂場

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 夕焼け空に時報が流れ込む。
 子供達はそれを聞いて公園を去っていく。ああ俺にもこういう時期があったなぁと思い出に浸りつつ、胸ポケットからすっかりくたびれた煙草を一本取り出して口に咥える。冷え切ったベンチが妙に沁みる。
 とうとう会社をクビになってしまった。大した事件は起こしていない。ただ単に仕事が出来なかっただけだ。
 そんな俺に最後に投げかけられた言葉は「おつかれさん」だ。
 酷いものだ。必要なければ切り捨て、明日から何をすればいいかも分からない不安定な人間に労いの言葉をかける。よくそこまで出来の悪い人間を嫌えるものだ。平等だとかそんな事を言っているが、実際そんなものあったもんじゃない。
「明日から…どうしようかな…。」
 首に絡みつくネクタイを解くと、それだけで十分開放感に満たされている俺がそこにいた。そんな自分が少し悔しい。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 明日からの事に頭を抱えていると、突然土を掘る音が聞こえ始める。もう子供達は帰路に着いている筈だ。こんな陽の落ちかけている時間帯に居る筈が無い。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 だが、俺の目の前に存在する砂場では、六歳か七歳前後の坊ちゃん刈りの短パン少年がいて、ひたすら小さなシャベルで砂場を掘り続けている。
 目の前でそんなことをされれば当然興味をそそられるし、それに心配にもなってくる。
 俺は咥えていた煙草をベンチに擦り付け放り、少年の背後へゆっくりと近づく。
「何をやっているんだい? キミ。」
 小さな背中は一度びくりと震えてから、やがてゆっくりと首を回し、小さな瞳が俺を捉えた。
「こんな夕方に一人でいるのは危ないよ。おうちに帰らなくちゃ。」
 少年は戸惑った表情でただひたすら俺を見つめている。両手に持ったシャベルは強く握り締められていて、少年の足元は随分と掘り下げられている。
「…してるの。」
 消え入りそうな程小さな声が静寂の中にポツンと現れる。
「ん? もう一度言ってもらえるかい?」
「大切な物を掘り出してるの。」
「…ここに埋められちゃったのかい?」
 少年は一度首を縦にコクンと振った。
 この子はイジメられていて、大切な物をこの中に埋められてしまい、夕暮れまでひたすら掘って探す羽目になってしまったのだろうか。だとしたらイジメる側もとんでもない奴だろう。大切な物を失くした時の喪失感は計り知れないものが在る。それを知っている者なら絶対にそんな行為はしないだろう。
「それは酷いね…。見つかりそう?」
「もう少し掘れば、出てくると思うの。」
 そう呟くと少年は、再び小さなシャベルで砂場を掘り始める。
 なんだか少年が不憫に思えてきて、ここに埋めた奴に多少の憤りを感じていた。
「じゃあ、俺も手伝うよ。二人いればもっと早く見つかるかもしれない。」
 その言葉を聞いた少年は、目をかっと見開いて俺を強く見つめる。
「本当にいいの!? 大変だよ!?」
「良いよ良いよ。暇してるんだ。」
 実際会社をクビになったおかげで時間だけは有り余っている。こういう慈善的な活動をするのもたまには良いだろう。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 掘り進めて行くに連れて、白い何かが見え隠れするようになる。きっと少年の大切な物なのだろう。目的のものが発見された喜びが、俺の手を早める。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
「よし、もう手で掴める。今取り出してやるよ。」
「本当に…ありがとう。」
「いいっていいって。」
 少年の笑みに多少達成感を覚えながら、勢い良くそれを引き抜いた。

 俺の右手の中で、濁った白をした頭蓋骨が笑っている。
「…!?」
 脳内がパニックに陥る。何なんだこれは。少年の大切な物を探していた筈なのに何故頭蓋骨が現れる? いや、それ以前にここで殺人事件が起こったのにこんな悠長な事をしていて良いのだろうか。まずは警察を呼ばないと…。
「ありがとう。」
 背後から、少年の嬉しそうな、悲しそうな声が聞こえた。俺はその声に得も言えぬ恐怖心を抱きつつ、ゆっくりと振り返る。
 少年は、いなかった。
 代わりにそこには、一人のずんぐりとした体型の男性が仁王立ちしていた。
「…え?」
 男性の振り上げた右手には、タオルの巻かれたカナヅチが握り締められている。
 ぶぅん。という鈍い音と共に、俺の意識は闇に沈んでいった。

   ※

 目を覚まして周囲を見渡す。夢だったのだろうか。俺は安堵に胸を撫で下ろす。
 何の気も無しに砂場の方に視線を移す。
 なんだろうか、この不思議と湧き上がる喪失感。
 その砂場の不思議な魅力に引き寄せられ、俺は砂場の前にしゃがみ込む。手には、いつから持っていたのか分からないが、小さなシャベル。
「掘らなくちゃ…。」
 じゃり。
「埋められた物を出さなくちゃ。」
 じゃり。
「大切な物を掘り出さないと。」
 じゃり。
 じゃり。
 俺は取り付かれたように小さなシャベルで砂場を掘り進めていく。けれども、一向に『大切な物』は出てくる気配が無い。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。
 じゃり。

 ほりださなくちゃ。

   【完】

       

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