Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
禍根

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 教室にはクエストを選んだ生徒達が次々と魔法陣へ乗っている最中だ。
 マイナス加算のシステムがある為、ある種の保険もあるのだろう。既に現時点で充分と思われるポイントを所持している者でもより高得点のクエストを受けようとする。
 結果として、アリスやシーナのような出遅れた組は過酷なクエストを受けざるを得なくなってくるのだ。
「これにしましょう。廃屋調査、125ポイント」
 若干足りないのではとユウトは危惧する。
 進級を考えるならここで150ポイントくらいを取っていかないと、期限に間に合わない計算になるからだ。
「アリス、今からでも考え直してもらいに戻らないか」
 シーナとスーシィは二人ともレベルの高いメイジであることに変わりはないし、事実何度も助けられていた。
 アリスの中で、その二人が外れた計算はなかったに違いない。
「無理よ……」
 信じられないものを聞いたような気がした。
 アリスは魔法陣へ歩いていく。
 適当に他の同級生と組むことも出来るが、あまり風当たりのよくないアリスに加えて今は全員が早急に良質のクエストを漁る時間でもある。
 そうこうしている内に、目当てのクエストが消えることの方が問題だった。
「わかった。行こうアリス」
 足取りの重いアリスに声を掛けるユウト。
 シーナとスーシィが何故突然アリスを突き放したのかは理解できないが、そのうち説明してくれるだろうと思った。ユウトは一先ずクエストに専念しようと気合いを入れる。
「廃屋調査」
 魔法陣を管理するメイジにそう告げる。メイジはどこからともなく、何やら木箱を渡してきた。
「現地についたらお開けなさい」
そう言われると、二人は怒濤のごとく光りに飲み込まれる。
 窓の外では冷たい水滴がほつりほつりと降り出していた……。

 教室の外ではシーナとスーシィが寄り添うように並んで歩きだしていた。
「とにかく使い魔が必要だけど、シーナ」
 シーナのポイントカードは0と表示されている。
 前回のハルバトで崖から落下したときにシーナのポイントはマイナスを刻み続けていた。
 学園側の不備ということもあり、マイナス値は戻されたものの、今までのポイントは差し引いて0になってしまっていたのだ。
 クエストは今日もいれて後三回で終わる。シーナに必要なポイントは一回で170ポイント以上だ。
「こうなってしまった以上は進級を諦めないといけないかもしれません……」
 視線の先には掲示板、そこには新たなルールが追加されていた。
『高得点クエストは一人での遂行を条件とします』
 多人数でクエストを出来ない上に、高いポイントを狙わなくてはいけない。さらに使い魔がいない場合はポイントがマイナスになる。
 シーナにとっての悪条件は出揃ったと言えた。さっきはうまく説明する口実が思い浮かばず、シーナは頑なにアリスを拒否してしまった。
「まって、ルールが出てきた」
 浮かび上がる新たなルール。まるで、誰かがシーナのことを見ているかのようなタイミングだった。
「……これなら、まだ一つだけ可能性があるわね」
 スーシィの言葉にシーナはわずかに頷いた。

『ピピッ――』
 巨大な塔のような石造りが目の前に広がる。
 アリスとユウトは地肌に冷たいものを感じながらそれを見上げた。
「廃屋ってレベルじゃないぞ……」
 見えるのは塗装の剥げた石垣の門。入り口は壁かと思うほど大きな鉄柵で出来ている。その向こうの建物の窓は所々割れていて、薄気味悪さが際立つ建物だった。
 うす暗い情景にうっすらと霧が生えてくると、その外観はますます異様な雰囲気に包まれていった。
 ザァザァと雨の勢いが増していくのが分かる。アリスはマントをたくし上げると、帽子のようにして叫んだ。
「急ぐわよ!」
「ああ」
 門の扉をくぐり、ばちばちと大きくなる雨音と水しぶきの音を感じながら、石畳の上を滑るように走る。
 入り口の扉にはわずかな隙間が出来ており、完全に閉まっていないそこへ体当たりする。
 がこんと勢いよく開いたものの、アリスは脚をもつれさせてユウトの腰にしがみついた。
「うわあっ――!」
 したたかに床へ打ち付けられると同時に、屋内はほとんど真っ暗な有様で扉から聞こえる雨音だけが響いている。
『ピピッ――』
 びくっと震えた感覚がユウトの腰回りから伝わってきた。
「アリス?」
 アリスのスカートに煌な光りが灯っている。ポイントカードが鳴ったらしい。
 アリスは先ほどの焦りを打ち消すように急いでそれを取り出した。
「何か、メッセージが書いてあるわ」
 ユウトとアリスの顔が浮かび上がるほどの光りで描かれたその文字は、
『このクエストは時間無制限のクエストです。試験期日に間に合うようクリアを目指してください』
 というものだった。
「…………」雷鳴が轟き、沈黙が流れる。
「………………つまり、これは仲間がいないと厳しいレベルのクエストなんじゃ?」
「べ、別にこれくらい……」
 そう言うものの、アリスはどこか怯えた表情が見え隠れする。
「h...hyeli isscula!(火花よ)」
 アリスの杖先に光りが灯る。
 それでもホールの中は隅まで見えなかった。時折アリスの光りがちらつくので、尚更に不明瞭な明るさが辺りを照らす。
「ん、んぅ……」
 ユウトはここが何処かに似ていることを思い出す。
 一度訪れたことのあるような、そんな既視感がユウトの胸に引っかかった。
「アリス、進もう」
「わ、わかってるわよ……」
 いつもなら率先して先を行くアリスが、ユウトの後ろについている。
 アリスは時々頭を振って前へと進んでいた。足取りもわずかにおぼつかない。
 階段の中腹のところで、アリスはついに脚をもつれさせた。
「きゃっ――」
 驚きと同時にアリスは杖の照明を消してしまう。暗闇の中、体が宙に浮くのを感じる。
 アリスは窓の外に映る雨へと自然に視線を向けた。次の瞬間に来る衝撃を予想して、体に力を入れようとするが、入らなかった。
 その瞬間、何かがアリスを空中で抱き止める。
「おい、アリス。しっかりしろ!」
 大きな腕に抱えられて、アリスは窓をバックにユウトの顔を見る。ぼうとした意識は徐々にはっきりとしたものへと切り替わっていく。
 ユウトは気を配っていたのだ。嬉しさの後、すぐに恥ずかしさがこみ上げてきた。
「んぐっ、放しなさい!」
「ば、ばかっ、この体勢で暴れたら落ち――」
「「あああぁぁ――――」」
 アリスは空中でユウトが受け身になったのを感じてすぐに詠唱を行った。
 レビテーションの魔法がすんでの所で間に合う。
 そのまま二人は抱き合ったまま、闇の中を漂った。
「はぁ、何とかなったな」
「……そ、その――早く降りなさいよ」
「魔法を掛けてるのはアリスだろ」
 アリスの吐く息が聞こえる。ユウトはアリスが落ちないように抱きしめているとほのかに甘い香りが鼻腔をついてきた。
「暗いから、下まで見えないと魔法を解けないわね」
「……そうだな、もう少し体勢がよかったら俺も手を伸ばせるんだが……」
 この小さい体にどんな呪いのスペルが刻まれているのか、ユウトは思い耽る。
 アリスは杖を持たない手をそっと下へ伸ばした。それはすぐに床に触れて、アリスはその手を引く。
 もう少しこのままでいたい、そんな気持ちがアリスに何もさせないでいた。
「急にどうしたんだ、怖いのか?」
「えっ」
 アリスは何のことだかわからない。ユウトに抱き留められて、自分が今までどんな気持ちでいたかなんて全部吹き飛んでしまっていた。
「な、なにが?」
「?」
 ユウトは呆然と自分の言葉を反芻する。確か、階段を落ちるまでアリスはどこか落ち着きのない感じだったはずだと。
 小さく息を吐くとアリスは凜とした声で言った。
「もういいわ」
 しかしそれが合図だった。アリスは途端に魔法を解き、ユウトの体はそのまま地面へ落下した。
「アリ――ズはっ」
 肺の空気が見事に押し出され、ユウトはアリスを抱えた腕の力を弱めてしまう。
「よいしょ」
 這い出たアリスはユウトに向かって手を差し出した。

       

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