Neetel Inside 文芸新都
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 ここ、フラメィン学園では聖誕祭(グロイア・デオ)を境に一年を締めくくる。
 国境を越えて世界に白い粉が舞い落ちる神秘の日だ。
 ここから一ヶ月も経てば、アリスは晴れて最上級生(メィンメイジ)の二学年ということになる。
 世界の賢者たちがこの日だけ天候を操り、晴れにしているというおとぎ話がある。しかし、実際はマナの周期現象らしい。
 学園の一室、ユウトの部屋に差し込む光りはその目蓋を優しく叩いた。
「んぁ……」
 昨日のシーナたちの一件で、ユウトはあまり寝付けなかった。
 ベッドをおもむろに這い出ると、蒼剣セイラムがぎらぎらと輝いている。
「そうか、もう五年目か……」
 シーナと出会う前、その記憶が嫌でも思い出されてくる。
 ぱんぱんと顔を打ち付けて、ユウトは蒼剣を丁寧に布で巻いた。
「ユウト、起きてるんでしょ!」
 ノックもなしにどんと入ってくるのはアリスの一人しかいない。
 ユウトは相変わらず挨拶のないアリスに苦笑しながら蒼剣を背中に背負った。
「ちょっと、そんなもの部屋で振り回して穴でも空いたらどうすんのよ」
「あ、ああ」
 すぐにお説教モードになるアリスはここのところ得に酷い。
 何かあったのだろうかとも思うが、ユウトには全く心あたりがなかった。
「いくわよ」
「行くって?」
「今日、聖・誕・祭っ」
 いよいよクラスからの雪辱というか、汚い戦いが始まるようだ。
 アリスは階段をとんとん降りてエントランスまで来る。
 ユウトが使い魔だと思わせないほどにそこはメイジだらけで、使い魔も多数の種類がいた。
「俺みたいな人間の使い魔って他にもいるのかなぁ」
「なんかいった?」
 首を振るユウト。どうやら喧騒で声が聞き取りづらいようだった。
 下手に話し掛けてはアリスの機嫌を損なうだけなので、ユウトは黙ってアリスについていくことにした。
 人混みのエントランスを抜けると、今度は石畳と芝生だが、ここにもこれでもかというほど人が溢れている。
「凄いな……」
「毎年こんなもんよ、多分」
「?」
 人の波を交わしながら建物の裏へと回っていくアリス。
 完全に裏手に来た頃に見知った顔があった。
「リース!」
「ユウト……」
 普段と違う学園の様子が二人を興奮させているのか、リースとユウトは手を握りあってはしゃいでいる。
「久しぶりに見た気がするよ」
「うまくやってるか?」
「うん……」
 行くわよ、とアリスの呼びかけにリースは片手を上げてユウトを見送った。
「何処に行くんだ?」
「観戦席よ」
「観戦席?」
「今年は生き残り形式の集団戦だから観戦席があるらしいわ」
 受付でわざわざそう言われたらしい。魔法が周囲に被害を及ぼす危険を危惧してのものだ。
 学園側の裏に突き当たると、途端に景色が上空へと移った。
 観客席というよりは廊下に椅子が置かれただけ。
 普段より窓が広くなっており、下のグラウンドがよく見える。
「きっとラグランジェルとかいうやつが一番凄いことになりそうね」
 他人事のように言うアリス。その案を持ちかけたのはアリス自身である。
「告白される側はたまったものじゃないな」
 人数が多くなるほどその告白内容へ強制力をもつと言われるフラムの呪術。
 果たしてルーシェは誰に告白するつもりなのだろう。
『――あ、テスト也、テスト也』
 学園全体から聞こえるかのような音。魔法で増幅している音の主はフラムだった。
『本日は聖誕祭、グロイア・デオの記念として告白大会を行う。馬鹿げておるだろうが、お主たちも知っての通り、メイジは短命であることがほとんどじゃ。恋愛、喧嘩、強いては日頃の鬱憤を晴らすも良し。この機会にワシからのささやかな助力を大いに活用するが良い』
 そう言ってフラムは両手を天へと掲げる。上空に現れた巨大な炎の塊は蛇のように曲がりくねって文字を生み出す。
『ここに指名された者はまずワシの元へ呼ぶぞ』
 どういう手品か、フラムが書きだした文字が出終わるとフラムの元に様々な生徒が召還される。
「知らない生徒ばかりね」
「そうだな」
 学園より少し高い位置に炎で縁取られた空間に次々と名前が連なる。
「アリスは誰かに告白しないのか?」
「――ッ、私が?」
 アリスは一瞬遠い目をした後に窓辺へ向き直った。
「いつかしてみたいわ」
 アリスがそう言って空に目をやった頃、見知った名前が書き連ねられた。
【使い魔:イクウラユウト】
「はぁっ?」
 アリスは目を丸くして身を乗り出す。
「お、俺?」
 ユウトも身を乗り出すが、間違いなかった。
 【イクウラユウト】とはっきり書いてある。
「はは、誰か間違って俺を指名しただけだろ」
「…………」
 アリスは怒るも慌てるでもなく下を睥睨する。きっと誰かのいたずらに違いないと。
「ユウト、ちゃんと顔を覚えて帰ってきなさい」
「え――」
 アリスの顔には静かな怒りの様子が伺えた。
 ユウトは全身の重力が軽くなったかと思うと、次の瞬間フラムの眼前に召還されていた。
「まじで俺なのか……」
 数多の男子生徒が列挙される中、フラムは一息ついて拡声の魔法を使う。
『では、諸君、今並べた者を巡り争う気概のある者は後方に整列せよ』
 ぞろぞろとグラウンドにいた生徒たちが動き出す。
 しかし基本は女生徒、それも謙虚に並び始めている。そして一対一。つまり、争いなど起こらない構図だ。
「(そうだよな)」
 男子から女子にこの場で告白しようと思えばフラムと戦闘。まずそれはあり得ない。そして男子を巡って女子が争うというのはなかなか起こらないことなのかもしれない。女子は色々と裏があるというスーシィの話が現実味を帯びる。
 つまり戦う相手が一人もいないとなれば、ただの告白となるのだ。
 ユウトはとりあえず、誰に呼ばれたのか後ろを振り返ってみた。
「?」
 誰も来ない。
「あの、ユウトって――」
 後ろから自分の名前を言う声が聞こえる。
 見ると、フラムの隣りに薄黄色の髪を結わいた少女が立っていた。
 フラムはユウトを指さしながら髭を撫でている。
「あっ!」
 少女は何か探していた物を見つけたように顔を綻ばせてユウトに駆け寄ってきた。
「ユウト……?」
 ユウトには目の前の少女に覚えはなかった。何故なら彼女はルーシェだったからだ!
「えっと……? 君は確か――」
「ルーです! 一緒に戦ったでしょっ」
「えっでもあれはドラゴン――っ」
 ユウトは咄嗟に口を塞がれる。
「ん――っ」
 唇がルーシェのそれと重なり合い、ユウトは抵抗もできないまま首に腕を回されていた。
 周りから息を呑む声が聞こえる。
 大胆とか、そういう次元じゃない。周りには学園のほとんどの生徒がいる!
『――Flables explizt!(爆発の火)』『Melva Explizm!(奔流)』
 突如爆風が吹き付け、ユウトとルーシェはグラウンドごと吹き飛びそうになる。
 それはユウトたちに向けて放たれた魔法だった。フラムは片手でそれを制している。ノンスペルの防壁などフラム以外には出来ない。
「まてまて、取り乱すではない。並ぶ時間は過ぎたのじゃから今のキスに問題はないのじゃぞ」
 フラムの見据える先には白髪のアリスと蒼髪のシーナがいた。
「異議あり」「右に同じ」
 その後方にはアリスたちのクラスメイトが連なっている。
「ほっほ、よろしい」
 アリスはきっ、とユウトを睨みつけて言った。
「どうでもよくなり始めてたけど、気が変わったわ」
「…………」
 シーナも今までにない冷淡な目を向けている。
 後ろに連なるクラスメイトたちは狼狽しながらもユウトを指さした。
「お前、そ、その女子と、ど、どど、どういう関係なんだ。お前の主人はアリスだろうッ?」
「いや、主人がアリスだからって恋愛は自由だろ」弁明してくれるクラスメイト。
「そうじゃなくて、私たちを裏切ってることが問題なんじゃない?」
「そうだそうだ」
 気がつけば周りの生徒たちは一波乱とはこのことかと言わんばかりにグラウンドを退散していた。
「そんな……まさか当事者に、なるなんて……」
 ユウトの声もむなしく、フラムの手によりユウトの身体が空中へ遠ざけられる。
「ほっほっほ、最後まで力を証明出来た者がこやつを自由にしてよいぞ」
 およそ俯瞰図のようになったところでクラスメイトの数が見て取れる。
 少なくみても200人ほどもいる。そばに控える使い魔もあわせれば300以上だった。
「そんな大勢で恥ずかしくないの?」
 ルーシェの言葉ももっともだとユウトは思った。
「プライドの問題ね、誰一人として戦ってもない相手に負けを譲るほどお人好しじゃないってことよ」
 今まで戦う気配すらなかったアリスの説得力は薄い。
 それでもクラスメイトたちは頷きあっている。
「それならこっちだって考えがあるんだから」
 ルーシェは杖を真上に掲げると何やら長い詠唱を唱え始める。
「lelqu maz kuadolp …」
 クラスメイトたちの中で詠唱中にルーシェへ魔法を放つ者がいた。
 しかしその魔法は何かに弾かれるように消失する。
「マナの濃度が……」
 フラムが対峙するかの如く、周囲のマナの密度が高くなる。
 中級以下の魔法は原型を保てない空間と化すのだ。
「く、息苦しい……」
 クラスメイトたちの大半はその重圧に耐えかねるように膝をつく。
「..Relift!(解除)」
 周囲の重圧が消え、ルーシェを中心に巨大な煙幕のような白煙が舞う。
 空間密度の均衡が一気に同じになったため、蒸気が発生したのだ。
「くぅ……」
 マナによる爆風と水蒸気は誰も抗うことができない。
「あれは……」
 ユウトの目からみてもはっきりと今確信する。
「イノセントドラゴン……ッ!?」
 白い身体に金の目。その翼はしなやかに曲線を描き、本来のドラゴンとは一線を画した壮麗な姿が浮かび上がる。
「な、なんだよあれ、あれがあいつの使い魔なのかっ?」
 見たこともないドラゴンというだけじゃない、対峙するだけでマナの絶対量が違うと悟ってしまうほどにその身体からにじみ出るマナの量は計り知れない。
「クルルル」
 怖じ気づいた生徒たちを嘲け笑うようにドラゴンが鳴く。
「ワシでも難儀かの……」
 そばにいたフラムがユウトの前でそんな言葉を漏らした。
 ドラゴンの黄色の眼がマナの変調によるせいか翆と碧を時折見せる。
 その時ユウトの脳裏に三年前の光景が浮かんできた。
「(そうか、あの時のは……)」


       

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