Neetel Inside 文芸新都
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「終わったこと……?」
 ユウトはそれが疑問だった。それはアリスの死を容認していることであると理解が及ぶとユウトは大きな感情の揺れを自覚せざるを得なかった。
「つまり、もうアリスは死ぬってこと?」
 ルーシェの手が立ち上がったユウトの手を掴む。ルーシェはユウトの感情の波を繊細に感じ取っていた。スーシィの持って来た椅子が地面に音を立てて倒れる。
「いい? ユウト」
 スーシィは眠そうに眉間を揉みながら考える仕草をし、徐に椅子を立て直す。
「私の考えは最初から一貫しているの。あの魔法神秘は人為的なものの範疇を超えている。もっと言うならそれは神か、それを侵した存在でしかなし得ないようなレベルの魔法。そんなものを作った奴を相手にすると一体どれだけの規模のメイジが必要かわかる?」
 ユウトは首を振った。
「もし仮にあの魔法を掛けた人物がまだ生きていて、恐らく生きているでしょうけれどそいつを殺さなくてはならなくなった場合。ユウトが何万人いたところでそいつを殺すのは無理なのよ」
 ルーシェは大きく頷いた。
「それってもう人間じゃなくなってるっていうこと?」
「そういう可能性もあるわね。でも問題はそこじゃない、まずアリスの掛けられていた魔法について説明するところからね」
 スーシィは黒板を魔法で運んで来るとそこに書かれた数式を全て消していく。そして無地になったところに何やら人形を書いた。
「簡単にいうなら今のアリスは誰かとコントラクト(契約)している状態よ」
 その人形の横に一回り大きな人形を書く。その2人を線で繋いで大きな人形には杖をかき込む。
「この契約の主を仮にマスターと呼ぶとしましょう。マスターが魔法を使った時、アリスは強制的に自身の魔力を引き抜かれる。魔法神秘を通してどれだけ離れていようともマスターには絶対的な奉仕を行っているのよ」
 一般的な使い魔とのコントラクトと決定的に違うのだと付け加える。
「普通は距離が開けばそれだけ契約は弱くなる。何故なら気持ちの面で繋がらないと契約にならないでしょう? もし、距離に関係ない契約があるとしたらそれは呪いか、魂の束縛といってもいいくらい」
 ユウトは初めて知るそれに驚くが、何故魔力が抜かれるタイミングが分かったのか気になった。
「減り幅よ」
 スーシィがそれに答える。黒板にはアリスの人形の下に丸い円が描かれてその円がピザのように8つに切り分けられていった。
「この円の欠片1枚がアリスが一度に放出できる魔力の絶対量。ルーシェのように特別な種族でもない限り自分の魔力を瞬間的に全て放出するのはいかなメイジとて不可能よ」
 そしてその円の下に同じ大きさの円を書き加える。
「これが生命マナ、命の根源、アストラル体よ。このマナは基本的に切り分けされないけれど、濃度が存在する。普通は年齢と共に濃度が下がっていって生まれたときから絶対量も決まっている。魔法使いの才能の部分ね」
 スーシィはそこに100/100と書き込んだ。
「アリスは自然と外に漏らす魔力が1日に1欠片ある。加えて意図的に行使する魔力が1欠片。欠片の回復は生命マナが20消費されて2欠片回復するとしましょう。失われた生命マナは1日に30回復する。アリスの今のレベルだと2欠片も使えばもうその日一日は何も出来ないくらいに疲れ果ててしまうでしょうね」
 ユウトはアリスがメイジとして未熟なことに納得する。つまり魔力を使うというだけにも熟練度は存在するのだと理解できた。
「でも、アリスには生命マナそのものを供給するマスターが存在する。この深刻さがわかる?」
 ユウトは何となくわかってきた。補充先がなくなれば魔力は枯渇する。それだけではなく、少しの魔法を使うだけで多大な疲労が襲ってくるはずだった。
「遠見の魔法を授業で使っていた……」
「アリスは得意系統以外は燃費が悪いから特に辛いでしょうね……それでなくても例えばこの生命マナが1日に20誰かに奪われているとしたらどうなるか見てみましょう」
 黒板はもはや書き殴った後ばかりになった。
「単純に1日の回復量が20マイナスされるとアリスは1日に10しか回復できない。そうなればアリスはもう普通に生活するだけで全力疾走した後のようになる。仮に2欠片の魔力を使ってしまえば、その日は10の赤字。次の日は何もしないで過ごさないと生命マナが足りなくてずっと気怠いでしょうね」
 生命マナが不足すると体に様々な不調が訪れるという。
 だから魔法使いはこの生命マナを鍛えることを重要視する。今日の授業で水を使えといった先生がいたのはそういうことなのだ。
「苦手な属性は欠片を多く使う。そうすると、生命マナも多く使う。基本的にこの動きは変えられないけど、生命マナの回復量はメイジの熟練度によって変わってくる。園長ぐらいのビッグメイジにもなれば回復量は80越えでしょうね。そうなるともう普通に5くらいだだ漏れしてても痛くもかゆくもないわけ」
 それでもアリスは違うといった。
「アリスは魔法使いとしては下の下。確かに欠片の大きさは人より大きくて期待できるところはあるけれど今は本当にそれだけ。メイジとして成熟していれば魔法神秘にも対処できたでしょうけれど……」
 それには遅すぎたのだ。減り幅の観察によってマスターの必要量が変化したと思われる今、アリスはこの先生命マナがゼロになることは確実だという。
「生命マナがゼロになるとどうなるんだ……?」
「通常ではあり得ない現象よ。言ったでしょ、回復量分使うだけでもう動けなくなる。それを超えたマナを使い始めるということは――その結末は当然死よ」
 アリスの体を治すときに戦ったユウトの記憶が思い出される。
「アリスのタイムリミットはアリス自身の魔法使用量にも関係するけれど、それを抜きにしてももう赤字を刻み続けている。こうなった以上はこの先簡単な魔法を行使するのさえ難しいのよ」
「でもアリスはそんな苦しそうじゃないぞ」
「平気に見せるのはあの子の得意技でしょ」
 それきりユウトは口を開けなくなる。アリスは必死に自分を隠している。ユウトはそんな姿がすぐにでも浮かんできた。
「一応聞くけれど、ルーシェはこういうのに詳しいのかしら?」
 ルーシェは困ったような顔をさらに困らせてユウトとスーシィを交互に見る。
「竜族の魔法はそもそも人間が使っているものとは違うよ。生まれた時から知っている指先を動かすようなものだから人の魔法に干渉することは難しいかも……」
「じゃあ、アリスを存命させることだけ考えるとしたら?」
「ううん……」
 ルーシェのオッドアイが部屋の照明を映した。小さな口がぴたりと閉じられて蒼と翆の瞳がきらきらと宙を見つめている。
「なくはないけど……」
 ユウトは飛び跳ねた。ルーシェの肩を掴んでその顔を覗き込む。
「それはどんな方法だ? 頼む、教えてくれ」
 ルーシェは苦笑いしてユウトの手をそっと撫でた。
「そんなに焦らなくても教えるよ。けど、この方法は一時的なもので何の解決にもならないし、しばらくは死んでいるような状態になるよ……それでもいい?」
 ユウトは決められないと思った。スーシィがその話しだけを促すようにルーシェに詰め寄る。
「簡単だよ。石化魔法を使えばいいだけだから。ただ、人間という種族もやめることになるけど……」
 ユウトは力無く椅子に腰を落とした。
「なんだよ……それ……」
「本人に聞いてみましょう……どちらにせよ、死ぬような苦しみは味わうことになりそうね……」

       

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