Neetel Inside 文芸新都
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 高速で突き出される女の右拳。その連打を全てスーシィは片手で捌いていく。
「ふん」
 女は机を蹴り上げて足場を崩した。スーシィが机の影になったところに女は高速詠唱で風の刃を三連放つ。
 スーシィのマントだけがぼろぼろに舞い、机も3つに落ちた。しかしその中にスーシィの姿はない。
「消え――」
『隊長、後ろです!』
 咄嗟に防御の姿勢になった女にスーシィは巨大な岩の鉄槌を直撃させる。
 刹那、空間が衝撃で歪み窓ガラスが粉々に砕けた。部屋の壁を3枚貫通して女は3つ目の部屋の壁に体を強かに打ち付けて停止する。
『魔法陣固定完了しました』
「よし、私のチューナーにしろ」
『ルージュ』
 女のスーツに白い閃光が走る。体の骨折の全てが瞬く間に再生する。先ほどの女の動きとは全く違う異質な速さでスーシィの目の前までわずか零コンマだった。
 衝撃波を受ける部屋の壁が軽く揺れると、スーシィの体は同時に15回の連撃を受けて反対側の部屋を突き破っていく。
「――あり得ない、魔法使いの戦い方じゃないっ」
 4つ隣の部屋でスーシィは華の掛け軸が落ちるのと同時に立ち上がった。
 穿たれた15の攻撃全てに呪い(活性)のスペルが付加されており、スーシィから体力を奪っていく。
「いや、これがイクシオン……」
 スーシィは杖を振って自室に空間固定を掛ける。先ほどマントに仕込んであった小瓶がどれほど防御に使われたのかなど今は考えたくも無かった。
『隊長』
「わかっている。完全に閉じ込められたが問題な――」
 刹那の白。部屋そのものが閃光と共に炸裂し、3階の高さから女の体だけが飄々と吹き飛んでいく。
「(ダメージが無いと分かっていながら部屋から引き離した。まさか――)」
「お前たち、移動しろ」
『隊長、敵に見つかりました。多数です』
「く……わかった、無駄な抵抗はするな」
 学園の裏、林の中に落ちた女の前にスーシィの姿が現れる。女の白い閃光は消えて今は黒いスーツのままふくよかな胸の前で腕を組んでいた。
「一時が万事、とでもいいに来たのか」
「そこまで傲ってはいないわ」
「ならば何故やって来た」
「個人的に多勢に無勢というのは好きじゃないのよ。私たちの方はまだ決着がついてない」
 そうでしょと言うスーシィに女はにたりと口元を歪めた。
「それが傲りというものだ」
 女が走り出すと同時、スーシィの体ががくりと痺れたように止まる。
「な、に……」
 咄嗟に杖を構えようとするも持ち上げた先から動かなくなる。
 女は杖をはじき飛ばしスーシィを組み伏せた。魔法具をスーシィの首に装着させるとスーシィの瞳が虚ろになっていく。
「よくやったレヴィニア」
 黒いスーツが後ろの空間に溶け込み人型を形成していく。女の姿はマントに長袖のジャケット、紺色のズボンと膝まである茶けたブーツに変わっていく。
「はあ、痛くて解除されちゃった」女の隣りに鈴の音のような声が響いた。
 子供に似た髪の長い人間。ピンク色のそれは黒いドレスを身に纏ってスーシィに対して丁寧にお辞儀をした。
「敵の魔法を受けるのがお前の役目だ」
「そうだけど、はあ……。この間の使い魔みたいに魔法を無効化できるんだったら私エリサじゃなくてそっちに憑依したいわ」
「どういう、こと……」スーシィが震える声でその2人目を見る。
「私の使い魔だよ。憑依のルーン、この使い魔自身の能力はさっきお前が受けた通りだ。敵の魔法をドレインするのではなく侵食する。吸魔、悪く言えばサキュバス型の使い魔さ」
「……」スーシィは敵をあますところなく見るが、普通の少女に見える。
「驚きようが凄いわね。そんなに私ってば強いかしら」
「レヴィニア、調子に乗るなよ、あの程度の魔法で痛いと言っていたら裂かれた瞬間に私たちの負けだ」
「裂くですって? ほんと……なんて恐ろしいことを言うの。やっぱり私はあの無口な男の子の方がいいわ……あの逞しい体、とても素敵だった」
「もういい、憑依に戻れ」
「んもう、憑依している間は喋れないんだから少しくらい喋ったっていいじゃない」
 レヴィニアは黒い霧のようになってエリサの体に再び纏わり付いていく。スーツ姿は再びスーシィの目の前に立った。
「恐ろしい使い魔ね」
「ふん、首輪で魔力を遮られていると思うが立てるか。お前を捕虜としてこちらの要求を通させてもらう」
「そんなことをしなくても解放するわよ。ただの小手調べだったんでしょ」
「さて、どうかな」
 2人は校舎の中に入ると一斉に多数の教師に囲まれる。
「学園長!」
「(お前たち、状況は)」
『脱出は可能です』
「(よし、私がペンを置いたら戻って来い)」
 にらみ合いの最中にエリサはスーシィの首に杖を当てて声を張り上げた。
「全員一歩も動くな。人質の交換だ」
 部下を連れてくる教師にエリサは違うと言い放つ。
「部下の身柄は必要ない。私が要求するのはこの学園にいる生徒16名の命をこちらに譲るという契約だ」
 スーシィを含めた教師たちに動揺が走る。
「生徒は関係ありません」
「いいや、関係ある。お前らの学園を襲撃したのは最初からこの要求を呑ませるためだ。使い魔ユウトによって我がプテラハのイクシオンは半壊した。この責任はお前たち学園側にある」
「無茶苦茶だ、勝手に討伐しようとしただけだろう」
 エリサは杖をその声のする教師に向けた。
「どこにそんな証拠がある? 民を襲われたことで守らざるを得なかったと言ったら、それをお前は否定できるか」
 教師たちは全員黙ってしまう。スーシィは無言で意識だけを保っていた。
「理はこちらにある。学園長の言葉が無ければ承認できないと言うのであれば聞いてみれば良い」
 スーシィは首かせを緩められると咳き込みながら四つん這いになり周囲を見渡す。
「……生徒16人と言ったか、例えその16人を選定したとしても本人の意志はどうする」
「今それが関係あるか? 黙って要求を呑んで貰う。この場は学園長の命でもいいが、そのあとはきっちり16人分の代償を払って貰う」
 目の前に提示されたのは契約の書面だった。
「国際条約違反だ。お前は今国際レベルの犯罪を犯している!」
 男の教師が1人走り込んでくる。その手に握られた杖をエリサがノンスペルで吹き飛ばした。
「何ッ? 杖なしで――」
「言っておくが、部下を捕らえたところで私が下手に回ると思ったら大間違いだ。今この場でサインしないのであれば、ここにいる学園長を殺す。その後はこちらで殉職した16人分のメイジを殺す」
「殺す? 何故そのような横暴が許される」
「我々の同胞を死に至らしめた要因を作ったのはお前たちだからだ。責任を取って死んで貰うのは至極当然のこと。無論、こちらの要求を呑むのであればこちらの選んだ16人は命を繋ぐだろう」
 スーシィの手前に羽ペンと書類を置くエリサ。
「学園長!」
 先の教師がエリサの置いた書類に火の粉を放つもその魔法は悉く打ち消される。
 それを打ち消したのはエリサではなく、捕まえていたはずの部下だった。その全員がエリサの背後にいる。
「なにを……」
「私の足元が部下の転送地点なだけだ」
「転送装置付きの魔法靴だと? プテラハではそんな魔法具を開発しているのか?」
 スーシィは手元にペンを置いた。契約書を奪うように取るとスーシィを突き放す。
「確かに契約は成立した。以後、私の選んだ16人は私の部下とさせてもらう」
「部下だと?」「待て、それは略奪だぞ!」
「不満があるのならお前たちの王に報告し我らプテラハのメイジと事を構える覚悟をしろ。自分達の尻ぬぐいすらできない国に勝算があるのかよくよく考えてな」
 エリサたちはスーシィを残してどこかへ光と共に消えた。
 

       

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