Neetel Inside 文芸新都
表紙

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七、撃沈

 結局ユウトはその後、夜が開けるまで廊下に剣を抱えて眠っていた。かじかんだ体はところどころが痛み、苦痛に身をよじると目先に誰かの脚が見える。
「おー、死んでいるのかと思った」
「……だれ?」
「昨日のお姉さんだよ。顔くらい忘れないでほしいけどね、ほらこれ飲んで」
 手渡されたのは温かい飲み物だった。ユウトは疑うこともしないでそのままそれを飲んだ。ミルクのような味がした。
「少しは暖まったかい? そうしたら少し部屋で休んで。これから大変なことになるからね」
 ユウトは徐々に鈍くなる体を支えられて部屋へと連れ込まれた。ベッドの上に横になるとすぐに睡魔は襲ってくる。何か言おうと口を開いたがそれも結局言葉にならずに深い闇に呑まれるようだった。
「おやすみ、可愛い子」
 影は優しく遠ざかる。それからユウトは意識があるものの目を開けられないような、けれど不快ではない心地よさに包まれたような状態がしばらく続いた。魔法かなと思いながらユウトはもしかしたら自分が死んだのかもしれないと考え始めた時。
『おい、どうなっている? 航路は間違っていないはずだ』
『上からの指示は? 連絡が急に途絶えるなんてあり得ない』
『この先も飛空船でいけって一体誰の指示なんだ、何故誰も知らない?』
 どこからともなく声は聞こえてきた。ユウトはそれを他人事のように聞いていたが、ふと自分の部屋からその声の場所までは壁や部屋をいくつも隔てていることに気が付く。
 ユウトは自分の視点が耳となり、聞こえる音は全て視覚となる感覚があった。体はベッドの上にあるというのにユウトは船の中のあらゆる音が見るように聞こえる。その目はやがて船の外側へと向いていき、ごうごうとなる船の外壁はこまかな水滴をいくつもつけているのを知る。厚い雲の中だとユウトは思った。その遙か下からは動物や生き物の音が一つもしない。森や草原ではない、砂が擦れる音もしない。
 荒野だとユウトは感じた。水一滴ない荒野。そしてその荒野は冷たく語りかける。
「それ以上近寄るな」
 エレキアのときと一緒だった。だが、ユウトにはどうすることもできない。船の舵をユウトが握っているわけではないのだから。徐々にユウトの体は空へと舞い上がっていき、突然体に力を取り戻して起き上がった。船の中には琴線を震わせたような甲高い音が鳴り響いている。
「敵襲! 敵襲!」
 その一瞬部屋の中が大きく光った。窓の外に光は集束してユウトはそのまま光に追いすがるように窓へ近づいた。
「そんな……」
 飛び交うのは白いドラゴンの群れだった。無数の魔法の応酬と、炎に包まれ地へと落ちていく船の数々。ここがどういうところか、ユウトは何も知らないできていた。だが、あの白いドラゴンはユウトが今まで見たどんな怪物よりも恐ろしい知性と力を持っていると感じる。そのドラゴンが放った魔法はユウトのはるか頭上にも直撃した。魔法で作った壁など飴細工のように溶かして船は黒い煙を上げ始めた。
「ユルト! こんなところで何やってるの!」
 振り返るとレミルがあの女の姿に重なったようにユウトには見えた。
「ここで寝てたんだよ、それよりこれはどうなってるの? 船が落ちそうだよ」
「落ちそうじゃなくて落ちるんだって! いきなり神域の真ん中――とにかく私に着いてきて」
 レミルはユウトの手を取ると文字通り床を破壊する脚力で走った。
「レミル、この足……」
 ユウトはレミルの足がわずかな緑色に光っているのを見る。その足が廊下の床を蹴破り木片をまき散らしながら進むのだ。それについて行けているユウトは何ら自分を不思議に感じることはなかった。
「口開いたら舌噛むよ」
 レミルの走る先は時折廊下がなくなり、青い空と繋がっていたりした。その度にユウトとレミルは廊下を跳び越えたが、ユウトはレミルに引っ張られるように跳んだだけだった。
 トンネルを抜けるように甲板の出口へ近づくと人々の怒声や絶叫、爆発の音などが聞こえてくる。
陽の真下に出たそこには数多くのメイジたちが戦っている光景が2人の目に飛び込む。
「ヴェズットさん!」
 レミルの声に反応した1人のメイジが黒いマントを携えてやってきた。
「無事だったんだね、もうこの船は時間の問題だ。今すぐ地上に降りるよ」
 ヴェズットの杖は銀色でその杖にヴェズットは口付けするように詠唱を始めた。
「Divini Legic vizit(ヴィズットの名の下に加護あれ)」
 ユウトとレミルをその光が包んだ。蒸気のようなその光は視界を少し悪くする。
「下に行くまでの辛抱だ。これで敵からは見つけにくくなる。とはいっても、降りられたらまず間違いなく奇跡だよ。伝説のイノセントドラゴンがこんな数でいてはね……」
 空中で踊る無数の白い影はこの船を守るはずのドラゴンさえも溶かし尽くしていた。船の横では刻一刻と背中に跨っていた人間を焼き、巨大な四肢と共に切れ切れに墜ちていく。
 ヴェズットの背後にいたメイジが笑いながら魔法を放つ。
「ドラゴン使いたちが死んだ後は俺たちメイジの番だぜ、船の上から援護しても時間稼ぎにすらならない。猫もしゃくしも堕ちていく有様とはこのことだ」
 ヴェズットはレミルとユウトに真摯な表情で向き合った。
「今から君たちにレビテーションを掛ける。船の上から飛び降りるんだ。地上ぎりぎりで浮力を解くからそれまでは自分を守り抜く。いいね?」
「固まって降りたほうが生存率は――」
「だめだ、固まれば格好の的にしかならない。敵のドラゴンの動きはまさに風そのものなんだ。何もないところへ突然現れると言ってもいい」
 レミルは口を噤んで意を固めたようだった。ユウトはもちろん、墜ちる船にいたくはなかった。しかし、気に掛かることがある。
「何をしているんだユウト。君も来い!」
「先に行ってください! 僕はまだやることが――」
 ユウトの声は目の前に降った炎の岩にかき消された。危機を察したヴィズットはレミルを抱えて身を翻す。
「先に行って!」
 ユウトはあの女性に会うべきだと感じていた。あの女性は何かが起こることを知っていたし、きっとこの先のことも知っていると予感めいた確信があった。ユウトはレミルたちとは正反対の方向へ走り出す。
「いや! ユルト! 戻ってきて! まだあなたに話していないことが――」
「飛ぶんだレミル! 彼は諦めろ」
 2人の影は船の下へと消えていく。数多の白に囲まれながら――。

 ユウトは傾きつつある船の上であの女性の姿を探していた。しかし、見あたらない。
 もう船から降りたとも充分に考えられたが、何か目的を持ってこの船に乗り込んだのだとしたらまだいるはずだとも思った。
 甲板に残るメイジの数も徐々に減ってきている。竜と守護竜の戦いも終わりに近づき、魔法使いで残る者はただ意地を張っているだけのように映った。
「君はまだ残っているのか?」
 その声に振り返る。年老いたメイジだった。しわがれた声に白髪の頭と顔はもう80をゆうに超えているように見える。
「僕は、人を探しているんです。女の人なんですが……」
 そう言うと老人は静かな微笑を浮かべて長い杖に両手を添えて体の支えにした。
「船の中にもう生きている人間はおらん。お前が探す女は恐らくおらんな」
「そう、ですか」
 老人は嘘をついているようには見えなかった。ユウトは気が付けば降りるためのレビテーションも魔法防壁もなくなっていた。レミルが叫んでいた理由がようやく理解できる。
「この老いぼれと一緒に死ぬ気か? 冗談じゃない、わしゃ御免だ」
 老人は隣の船を指差して言った。
「行け、船が落ちるのを渡って行けばお前は生き残れるじゃろ。何しろ何千という船が落ちるんじゃからの。わしの葬式は世界一ど派手じゃ」
 老人が笑うのに吊られてユウトも笑うと老人は眉をつり上げた。
「笑い事じゃないわい! せっかく若いオナゴの旅路をすにーきんぐしてきたというのにこんな葬式を開かれては召されるしかない。お前にわしの苦しみがわかるか」
 無精髭が風になびく。不思議と白い龍は船のまわりからいなくなっていた。
 恐らく地上に降りた人間たちを襲っているに違いないとユウトは思う。
「まあ良い。誰にも理解されずに死ぬのが粋な死に方というもんじゃ」
 老人はユウトの脚に魔法を掛けた。無詠唱で何も言わないままに魔法を行使していく。
「16種類の魔法を掛けてやったぞ。船の中が見える透視、服が透けて見える力眼(パワーアイ)、相手の一番の感じやすいところが見えるウィークアイ、その者の年齢がわかるオールドアイ……」
「いらないのばっかりだよ」
「わしの研究の最高傑作を馬鹿にする気かっ?」
 ユウトはこの台詞を前にも聞いたことがあるような気がして年寄りはみんなこうなのかと辟易する。
「ほれ、もう行きなさい。こんな死に際の老いぼれ1人にかまっとると本当に生き遅れるぞ」
「ありがとう、もう行くよ。お爺さんも下に降りたらいいよ」
「ばかもん、下に降りたら龍に食われるわい」
 一瞬自分はいいのかと思うユウトだったが、他の船に逃げ遅れた人がいないかどうか見ようとユウトは隣の船に飛び移るための助走を付けた。
 船が一気に遠くなる、一瞬ユウトは意識が飛んだのかと思ったがそれはユウトの脚が今までにない力で動いたことに起因していた。
「やばい!」
 目標の船を軽く飛び越えてしまったユウトは他の着地できそうな船を目指して空を泳ぐ。
「ほっほう、あやつ儂の魔法なんかいらんかったんじゃ。年が老いると若者を見くびる癖がついていかんのう」
 老人はユウトの後ろで静かに笑って霧散した。

 ユウトが逆さまになった船の竜骨に着地したのはたっぷり10数えられる間空の上にいた後だった。
「はあはあ……」
 生きた心地がしなかったユウトは心臓の音が落ち着くのを待ってから船の中を睨んでみた。
「本当に見えるな」
 まるで水槽の中を覗くように中に何があるかがわかった。特にいらないと思ったのは下着が光って見えることだ。ユウトは一番底の階まで見通すと今度は別の船へ狙いをつけて助走をつける。
 魔法がいつまで続くのかは老人は何も言っていなかったが、ユウトはこの魔法が地上まで続くことを祈って飛ぶ。
 流れる空気はユウトにとっていままでに感じたことのない速さだった。時には煙の中をくぐることもあったが、落ちている船の間を飛び交うのは恐ろしくもあり楽しくもある。
 それでも千以上の船を全て見て回ることはできず、ユウトは次を最後の船として見てから落下に備えることにした。
 その船は意外にもバランスを崩しておらず、比較的綺麗な状態で落ち続けていた。
 透視という魔法を使わずともデッキには影があり、それがはっきりと輪郭を持ったときユウトは驚きの余り着地の仕方を忘れた。
「いってぇ!」
 もんどりうって転がるユウトはその視界の先にいるのが見知った剣士であることを知って再び驚いた。
「やっぱりエルナじゃないか!」
 エルナはまるで何かに触発されたかのように瞳に力が宿りユウトを見据えた。
「久しぶりですわね、ユウト。えっと――」
 何か言葉が見つからないのか、エルナはどこか様子がおかしかった。頭に手をあてる仕草をしたり、腰をなんども触ってみたり自分の衣服を確かめたりする。
「エルナ、どうしたのさ?」
「何がです? 私どこか変かしら」
「変じゃないけど、今がどういう状況かわかってるのってこと」
 エルナはそこでようやく辺りを見回して苦笑いを浮かべた。
「私たち落ちてるの?」
「そうだよ、早く手を」
 エルナの手はぞっとするほど冷たかった。それでもユウトの手を握り返す力は本物でユウトはそのまま地上に近い船を目指して梯子のように船をまたいでいく。
「ずいぶん強くなったのですね」
「変なお爺さんに魔法を掛けられてね。一時的なものだよ」
「違うのですわ、あなたの心に剣が宿っていると言っているのです」
「そういう難しいのはよくわからないよ」
 ユウトが目指す地上の色はやはり茶色だった。エルナはユウトの凄まじい脚力に難なく着いてくる。決してユウトに引っ張られているわけではなく、本当に合わせて来ているといった風なのはユウトの気のせいではなかった。
 落ちながらもユウトは他の船に乗客が残っていないか見ていたが、それも徒労に終わりユウトは最後の船を足掛けにすると今度は上に向かって軽く飛んだ。
「破片に巻き込まれたらただじゃ済まない。正しい判断ですわ」
 しかし、落下速度から考えて着地もただで済まないのは見え見えだった。
「背中に乗って」
 ユウトがエルナを背中に抱えるとそのまま着地に備える。あの年寄りメイジの魔法が残っていれば或いはこの着地は上手く行くとユウトは賭けた。
「――――」
 ユウトの脚は真綿に包まれたように何事も起こらなかった。荒野の一角に降り立った二つの影の後方で次々と木片が粉塵と爆発となって飛び散っていく。2人はその光景をじっと見つめていた。
 やがて地上の花火が終わり、老人の言った通りそこは巨大な火葬場となる。ユウトは生存者を探していたがどの船も死んでいる者が多くいた。
「……これからどうしますの?」
 エルナの声にユウトは振り返る。そこには船の残骸よりもっと悲惨な光景が広がっていた。
「ひどい……」
 人の死をあまり見慣れていないユウトはようやく緊張が切れると同時に不快な気分が胃をせり上げてきていた。
「大丈夫? ユウト、辛くても今は頑張らないといけないですわ」
 背中を摩るエルナの手は少しずつ温かくなっていく。ユウトはその言葉の意味が上を見たときにわかった。
「ドラゴン……あんなのと戦えない」
「いいえ、龍は空の生き物。地上には干渉しないはずですわ。それより、あそこが見えます?」
 死骸の連なる先に龍が築いた屍の山があった。
 それほど明確な敵意を持ちながら、未だに龍が上空を飛んでいるのは何故か。
 それは自らの力を誇示するためだとユウトは思った。愚かな生き残った人間に自分と相手との差を分からせる。それほどまでに龍は賢い生き物らしかった。
「ユウト、剣を構えて。私も適当に剣を拾って戦いますわ」
 死臭に誘われてか、自分の縄張りを侵されてか、そのモンスターたちの大群はわずか2人で相手できるものとは思えない。ユウトは逃れる場所を探すが周囲にそんな場所は見つからなかった。それにレミルはどうなったのかという思いがユウトには残っている。
 四足歩行の生き物は牙を剥いて駆け出した。生き残った人間を獲物を横取りする敵と認識したのだ。毛のない皮膚、向き出た目、尖った耳が徐々に露わになって、獣の臭いがむっと押し寄せてくる。
「ユウト、私の背中を守って!」
 エルナは剣を二つ構えた。二刀流というやつだとユウトは思ったが、単純に拾った剣に信用がおけないから二つ持ったとも考えられる。ユウトはすかさずエルナの後ろについて扱い慣れない重剣を正眼に構える。
「動きは私に合わせて、腰で私の動きを感じて前だけ見るの。いいこと?」
 そんなことはやったことがないし、巧く出来る自信もない。しかし、やるしかないとユウトは思う。でなければエサになるのはユウトだけではない。
「ギィィ……」
 四足歩行の怪物とは何度かやりあったユウトだったが、気が許せないのは長い尻尾の先についた鋭利な刃のようなものだった。用途が不明な上にどんな使い方をするのかまるでわからないからだ。
「はっ!」
 エルナの腰が動いた。ユウトはすかさずその動きを頭の中でイメージして自分の体を次の動きの終着点に持っていく。2人はお互いに30度左回りしてわずかに前進した。切り伏せられた獣の一匹が地面に伸びる。
「そう、動きはそれでいいのですわ。襲ってくる敵だけを倒していけば1対1に必ずなる。正面はあまり気を配る必要はない。むしろ彼らは隙を見て私たちの動きを止めるために首元や腕、脚を狙ってくる。それが分かっていれば迎撃など容易いはずですわ」
「すごいよエルナ」
「学年一を舐めないでほしいですわね」
 ユウトの側に一匹が跳躍する。すかさず身を屈めて首を横から断ち切るとユウトが動いた分だけエルナが動いて状況が維持された。
「息はぴったりですわね。このまましばらくダンスを踊りましょう」
 一刻ほど経ってもユウトの目から数えるだけで敵の数は50を超えていた。一匹一匹はさほど大きくはないものの数だけは際限がないように思える。中にはユウトたちをそっちのけで足下の死体を食べ始める獣さえいた。
「くそ……」
「だめですわ、ここは耐える時。自分から斬りかかろうなんて思っては駄目。後ろの尻尾についている刃、ユウトもわかるでしょう? 刃先に返しが付いている」
「うん……絶対あれが本命だよ」
 刺されば間違いなく抜けない。例え刺さった後にその獣を殺しても死んだそれは重りとなって獲物の動きを鈍くする。尾の切断を考えればその間に二本目の尾が刺さるに違いなかった。
「あれをもらえば2人が死ぬまで食い下がってくるはずですわ……それくらいの執念がなければ死んでも自分を重りとして役立たせるなんていう進化はしなかったでしょうし」
 ユウトはその途方もない獲物への執着心にぞっとした。元の世界にいた虎や熊のほうがまだ可愛げがあるとさえ思える。
「日が暮れたらこいつらいなくなると思う?」
「どうでしょう、私からすれば彼らは死体を食い尽くしたら諦めるとも思えるのですが」
 丁度その頃、ユウトの視界の端で光が走った。
「エルナ、まだ生き残ってる人はいるみたいだよ!」
「じゃあそちらへ向かうのですわ。誘導してくださる?」
 2人がわずかに脚を動かすと同時に二匹が飛びかかってくる。ユウトは左にエルナは右に上体をずらして同時に切り伏せる。ここに来て2人の剣技はほぼ融合体に近づいていた。
「距離はどれくらいですの?」
「わからない、でも人影が見えるからそんなにはかからないはずだよ」
「急に人影が?」
「そうだよ」
「幻惑の魔法を使えるメイジがいたということですわね。匂いで隠しきれなくなったというところかしら」
 ユウトとエルナは互いに回転移動を修正しながら移動を始めた。お互いの姿がはっきりと見える位置までくると、ユウトはその人影がメイジと剣士の円陣を組んだものと見えた。
 ユウトとメイジらに挟まれた獣たちは姿を散らす。獣たちはひょうたんを囲むように陣取った。
「そっちへ入れて欲しい!」
「待て、今このタイミングで陣形は崩せない! この円の中心には負傷者が多くいる。君たちはそのまま私たちの前を守ってくれ。穴ができた場合は埋めて欲しい」
 そのリーダー格の男は40代くらいだった。体格のがっしりとしたメイジらしからぬ風体でユウトたちに指示を出す。
「このモンスター、リットキレラは小型の中では最上位クラスのしぶとさで有名だ。長期戦を覚悟してくれ」
「返って私たちの敵が増えたようですわね……」
 死体を食い尽くしたリットキレラはもはや獣としてではなく、ただの殺戮を楽しむモンスターとしてユウトたちに牙を剥いてた。
 陣形を組んでいた1人の男がその異様さに声を荒げて動揺する。
「やつら、まだ食い足りないのかッ?」
「怖じ気づくな! 動物と怪物(モンスター)の違いは殺生に生存的理由が存在しないことだ。奴らにとってこれは生死を賭けた戦いではない。ただの遊びなんだ」
 その魔法使いは首筋を噛まれそうになり、動揺からやぶれかぶれの魔法を連発した。
「Flables!  Flables!」
「馬鹿野郎! 魔法を連発するな、マナ切れになったらお終いだ!」
 八発ほど撃ったところで男の動きが止まる。ユウトは気配でしか捉えていなかったが陣形に明確な穴が出来たことは容易にわかった。
「エルナ!」
「わかっていますわ、皆さん! 私たちの援護をお願いします!」
 ユウトとエルナは陣を平行にして駆ける。その行き先は先ほどの動揺した男の元だった。
「ぐわっ」
 ユウトが駆けつけたとき、丁度男の首に唾液にまみれた牙が食い込んでいた。
「はなせ! ぐっ」
 男の体に次々と蛇のような尾が刺さる。人3人分ほどの間合いがあってもを悠々と尾だけが飛び越えて来たのだった。たまらず男が倒れ込むと荒野を引き摺り回されその先はもう見るに堪えない末路だった。
「穴を埋めてくれ!」
 ユウトは奥歯を噛みしめながら陣に収まる。追撃を払いのけたエルナが隣にいた男を陣の中に押しやってユウトの隣りにきた。
「何すんだ、俺はまだやれる」
「あなたは私に簡単に押し倒されるほどの怪我ですわ。少し休みなさいな」
 ようやく確認できた陣の中央の状況にユウトは息を呑んでいた。それはエルナも同じようで確認できた負傷者の数は陣を組んでいる人数と同等かそれ以上いる。
「どう思います?」
「別に、やれるだけやるしかないよ。諦めたら守れない」
「やっぱりユウトは変わったみたいですわね」
 数刻の間、ユウトたちはゆっくりと死体を増やしていくことになった。その度に先の男が変わらぬ胴間声で一喝し、かろうじてぎりぎりの精神を保ち続ける。
「エルナ、辛くないの?」
「さすがに慣れない剣は扱い辛いですわ。私の剣があれば一度に5は倒せるのに」
 ユウトにはその台詞が気に掛かった。確かエルナの剣はシャラが持っていたはずだった。
 シャラはエルナが自分にこれを送ったと言っていたはずだとユウトは思い返す。
「エルナ、その剣のことだけど――」
 ユウトがそう言い掛けた時、リットキレラたちの様子が変わった。
『――Flables bal Snakkus(炎の大蛇)』
 どこからともなく光はユウトたちを包んだ。眩んだ目をゆっくりとあけるとリットキメラたちの間に炎の生き物が蛇のように蠢いていた。
「どうやら助かったようね」
 エルナは剣をこれ以上握っていたくないという風に足下へ投げ捨てた。
「それはどういう――」
 誰にもその言葉の意味はすぐにわかった。炎はリットキレラたちを包み込むと一体ずつ丁寧に焼き上げて逃すところがない。慌てて逃げていくリットキレラもたちまちその炎に追いつかれて焼き払われる。
「とんでもない火力ね、こんなメイジ見たこともないわ」
 陣にいたメイジの1人が口々にそんなことを言いながらその光景を眺める。
 かくしてリットキレラは1人の英雄によって殲滅された。
「……ヴェズット?」
 燻った異臭の中、ユウトが向けた視線の先にはヴェズットの姿があった。その姿は300メイルは先だったが、すぐ後ろにもう一人の影も見える。
「まさか、レミルじゃなくて?」
 エルナがそう言うとその影はこちらへむかって走ってきた。
「ユルト!」
 息一つ切らさず走ってきたレミルはそばまでやってきて急にその眉をつり上げた。
「このっ大バカ!」
 レミルはユウトより頭一つ分は背が高かったせいか容易に頭を叩いた。
「私たちが船から降りるってときにどっかいって、どうやって降りられたのよ。魔法は対称が見えなきゃ掛けようがないの、わかってる?」
 散々首根っこを掴まれた挙げ句に突き飛ばされて、心配したんだからと言われてユウトは何かが胸にすっとおちた。
「で、あなたがどうしてここにいるの?」
「私のことかしら」
 エルナはブロンドの横髪を払ってくりっとした青瞳をレミルへ向けて睨んだ。
「学年一の私がこの任務を遂行し名を売る、国が私を派遣したのですわ。わからない?」
「違う……あなたは消息不明扱いよ。だから私がこの任務にきた。学年二位である私が」
 エルナの細い眉がぴくりと動く。二重の目蓋がすっと閉じてエルナは何かを思い出そうとしているようだった。
「きっと、シャラ様にあったときだわ」
「え、あなた会ったの?」
「ええ、国から出てすぐのことですわ……ごめんなさい、詳しくは思い出せないわ」
「剣を奪われたのね?」
「奪う、私の剣をですか? それは万死に値する行為ですわよ。きっと何か理由があってお貸ししたのです。あの方は国から謀反の罪などと証拠もあがらない濡れ衣を着せられておりましたし」
 二人の会話は後ろからきたメイジたちによって断ち切られた。ヴェズットを囲むようにして頭を低くする。
「よくぞ、よくぞ来て下さった。ぎりぎりのところで救われました。ほんとうに本当に助かりましたよ」
 ユウトたちの陣にいた男のリーダー格がヴェズットに頭を垂れて改めて感謝を述べた。
「命が助かりました、何とお礼を申せば良いのか」
「俺のしたことなど微々たるものです。それより、生存者は?」
「こちらでは見ての通りまともに動けるのは50人ほどです。あなた方は……」
 ゆっくりとヴェズットの後ろの方から歩いてくるメイジたちがいた。
「50人……ですか、我々はこれだけです」
 その数はわずかに8人だった。
 日が傾き駆けていたこともあって、その日は船の残骸からできる限り集められる食料を各自でまとめて夜となる。大半は大きく燃え上がっていて近づけなかったが、燃えなかった船には多少の食べ物があった。その夜はモンスターとの遭遇はなかったものの、皆の緊張はかなり高く、中には数人で集団を離れていく者もいた。
 ユウトたちは逆に運が良かったといえた。50人近いメイジは中年の男を中心にとりあえずのグループとなって未だ統率が取れているからだ。ヴェズットの率いてきた数千人は途中でばらばらになってしまい、今は確認できないという。連れてきた8人もヴェズットを特別に支持しているわけではなく、仲間や友人の負傷を思い退路を選ぶことを思案していた。

       

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Neetsha