Neetel Inside 文芸新都
表紙

4の使い魔たち
禍根

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 教室にはクエストを選んだ生徒達が次々と魔法陣へ乗っている最中だ。
 マイナス加算のシステムがある為、ある種の保険もあるのだろう。既に現時点で充分と思われるポイントを所持している者でもより高得点のクエストを受けようとする。
 結果として、アリスやシーナのような出遅れた組は過酷なクエストを受けざるを得なくなってくるのだ。
「これにしましょう。廃屋調査、125ポイント」
 若干足りないのではとユウトは危惧する。
 進級を考えるならここで150ポイントくらいを取っていかないと、期限に間に合わない計算になるからだ。
「アリス、今からでも考え直してもらいに戻らないか」
 シーナとスーシィは二人ともレベルの高いメイジであることに変わりはないし、事実何度も助けられていた。
 アリスの中で、その二人が外れた計算はなかったに違いない。
「無理よ……」
 信じられないものを聞いたような気がした。
 アリスは魔法陣へ歩いていく。
 適当に他の同級生と組むことも出来るが、あまり風当たりのよくないアリスに加えて今は全員が早急に良質のクエストを漁る時間でもある。
 そうこうしている内に、目当てのクエストが消えることの方が問題だった。
「わかった。行こうアリス」
 足取りの重いアリスに声を掛けるユウト。
 シーナとスーシィが何故突然アリスを突き放したのかは理解できないが、そのうち説明してくれるだろうと思った。ユウトは一先ずクエストに専念しようと気合いを入れる。
「廃屋調査」
 魔法陣を管理するメイジにそう告げる。メイジはどこからともなく、何やら木箱を渡してきた。
「現地についたらお開けなさい」
そう言われると、二人は怒濤のごとく光りに飲み込まれる。
 窓の外では冷たい水滴がほつりほつりと降り出していた……。

 教室の外ではシーナとスーシィが寄り添うように並んで歩きだしていた。
「とにかく使い魔が必要だけど、シーナ」
 シーナのポイントカードは0と表示されている。
 前回のハルバトで崖から落下したときにシーナのポイントはマイナスを刻み続けていた。
 学園側の不備ということもあり、マイナス値は戻されたものの、今までのポイントは差し引いて0になってしまっていたのだ。
 クエストは今日もいれて後三回で終わる。シーナに必要なポイントは一回で170ポイント以上だ。
「こうなってしまった以上は進級を諦めないといけないかもしれません……」
 視線の先には掲示板、そこには新たなルールが追加されていた。
『高得点クエストは一人での遂行を条件とします』
 多人数でクエストを出来ない上に、高いポイントを狙わなくてはいけない。さらに使い魔がいない場合はポイントがマイナスになる。
 シーナにとっての悪条件は出揃ったと言えた。さっきはうまく説明する口実が思い浮かばず、シーナは頑なにアリスを拒否してしまった。
「まって、ルールが出てきた」
 浮かび上がる新たなルール。まるで、誰かがシーナのことを見ているかのようなタイミングだった。
「……これなら、まだ一つだけ可能性があるわね」
 スーシィの言葉にシーナはわずかに頷いた。

『ピピッ――』
 巨大な塔のような石造りが目の前に広がる。
 アリスとユウトは地肌に冷たいものを感じながらそれを見上げた。
「廃屋ってレベルじゃないぞ……」
 見えるのは塗装の剥げた石垣の門。入り口は壁かと思うほど大きな鉄柵で出来ている。その向こうの建物の窓は所々割れていて、薄気味悪さが際立つ建物だった。
 うす暗い情景にうっすらと霧が生えてくると、その外観はますます異様な雰囲気に包まれていった。
 ザァザァと雨の勢いが増していくのが分かる。アリスはマントをたくし上げると、帽子のようにして叫んだ。
「急ぐわよ!」
「ああ」
 門の扉をくぐり、ばちばちと大きくなる雨音と水しぶきの音を感じながら、石畳の上を滑るように走る。
 入り口の扉にはわずかな隙間が出来ており、完全に閉まっていないそこへ体当たりする。
 がこんと勢いよく開いたものの、アリスは脚をもつれさせてユウトの腰にしがみついた。
「うわあっ――!」
 したたかに床へ打ち付けられると同時に、屋内はほとんど真っ暗な有様で扉から聞こえる雨音だけが響いている。
『ピピッ――』
 びくっと震えた感覚がユウトの腰回りから伝わってきた。
「アリス?」
 アリスのスカートに煌な光りが灯っている。ポイントカードが鳴ったらしい。
 アリスは先ほどの焦りを打ち消すように急いでそれを取り出した。
「何か、メッセージが書いてあるわ」
 ユウトとアリスの顔が浮かび上がるほどの光りで描かれたその文字は、
『このクエストは時間無制限のクエストです。試験期日に間に合うようクリアを目指してください』
 というものだった。
「…………」雷鳴が轟き、沈黙が流れる。
「………………つまり、これは仲間がいないと厳しいレベルのクエストなんじゃ?」
「べ、別にこれくらい……」
 そう言うものの、アリスはどこか怯えた表情が見え隠れする。
「h...hyeli isscula!(火花よ)」
 アリスの杖先に光りが灯る。
 それでもホールの中は隅まで見えなかった。時折アリスの光りがちらつくので、尚更に不明瞭な明るさが辺りを照らす。
「ん、んぅ……」
 ユウトはここが何処かに似ていることを思い出す。
 一度訪れたことのあるような、そんな既視感がユウトの胸に引っかかった。
「アリス、進もう」
「わ、わかってるわよ……」
 いつもなら率先して先を行くアリスが、ユウトの後ろについている。
 アリスは時々頭を振って前へと進んでいた。足取りもわずかにおぼつかない。
 階段の中腹のところで、アリスはついに脚をもつれさせた。
「きゃっ――」
 驚きと同時にアリスは杖の照明を消してしまう。暗闇の中、体が宙に浮くのを感じる。
 アリスは窓の外に映る雨へと自然に視線を向けた。次の瞬間に来る衝撃を予想して、体に力を入れようとするが、入らなかった。
 その瞬間、何かがアリスを空中で抱き止める。
「おい、アリス。しっかりしろ!」
 大きな腕に抱えられて、アリスは窓をバックにユウトの顔を見る。ぼうとした意識は徐々にはっきりとしたものへと切り替わっていく。
 ユウトは気を配っていたのだ。嬉しさの後、すぐに恥ずかしさがこみ上げてきた。
「んぐっ、放しなさい!」
「ば、ばかっ、この体勢で暴れたら落ち――」
「「あああぁぁ――――」」
 アリスは空中でユウトが受け身になったのを感じてすぐに詠唱を行った。
 レビテーションの魔法がすんでの所で間に合う。
 そのまま二人は抱き合ったまま、闇の中を漂った。
「はぁ、何とかなったな」
「……そ、その――早く降りなさいよ」
「魔法を掛けてるのはアリスだろ」
 アリスの吐く息が聞こえる。ユウトはアリスが落ちないように抱きしめているとほのかに甘い香りが鼻腔をついてきた。
「暗いから、下まで見えないと魔法を解けないわね」
「……そうだな、もう少し体勢がよかったら俺も手を伸ばせるんだが……」
 この小さい体にどんな呪いのスペルが刻まれているのか、ユウトは思い耽る。
 アリスは杖を持たない手をそっと下へ伸ばした。それはすぐに床に触れて、アリスはその手を引く。
 もう少しこのままでいたい、そんな気持ちがアリスに何もさせないでいた。
「急にどうしたんだ、怖いのか?」
「えっ」
 アリスは何のことだかわからない。ユウトに抱き留められて、自分が今までどんな気持ちでいたかなんて全部吹き飛んでしまっていた。
「な、なにが?」
「?」
 ユウトは呆然と自分の言葉を反芻する。確か、階段を落ちるまでアリスはどこか落ち着きのない感じだったはずだと。
 小さく息を吐くとアリスは凜とした声で言った。
「もういいわ」
 しかしそれが合図だった。アリスは途端に魔法を解き、ユウトの体はそのまま地面へ落下した。
「アリ――ズはっ」
 肺の空気が見事に押し出され、ユウトはアリスを抱えた腕の力を弱めてしまう。
「よいしょ」
 這い出たアリスはユウトに向かって手を差し出した。

     

 これまでとは打って変わってアリスの態度は勇ましいものだった。
 理由はユウトにはわからない。
「確か、この木箱を使えと言っていたわね」
 中を開けてみると、そこにはコンパスやら白紙の紙などが入っていた。
「調査ってこういうことなのか?」
 ただの地図作りならば、それに越したことはない。
 しかし、もし何か妨害するものがいるとしたら、125P では割に合わないとユウトは思った。
「確かにこれなら人数も多い方が早いし得よね」
「でも、1日で終わるクエストには思えないぞ……」
「待って。ポイントカードがまた何かいってる」
『このクエストはワンフロアの地図を完成させるごとに125Pです』
「……」
 つまり、1日で2F分の地図を完成させると、250Pというわけだ。
「やったな、アリス!」
 
 ――というのが、つい一時間前の話だった。
「あしが痛い……」
「――どれだけ広いんだこのワンフロアってのは……」
 右回りに行こうと相談した結果。まずは一番右下隅に到達すべく一時間歩いた。
しかし、枝道が多い上に道はなぜか時折勾配していたのだ。
 自動で埋まる便利な魔法地図だというのにまだ十分の一も埋まっていなかった。
 それに足下にはひび割れた床や、壊れた窓ガラスなどが飛散していて歩きにくいことこの上ない。
 雨のせいか、なにやら先ほどから薄ら寒くもあった。
「アリス、冷却系の魔法なんか使わなくていいぞ。別に暑くはないだろ」
「あのね、私の魔法はもう照明用に一つ使ってるでしょ。それに専攻は火系統なの。そんなの頼まれたって使わないわよ」
 つまり、この寒さは魔法ではない、らしい。
 ユウトはあえて、アリスが水系統を使えないことを指摘せずに先を行く。
「それにしてもますます寒くなってきたわね……窓が割れているとこんなに寒いものかしら」
 アリスは照明用の魔法を切って、ただの炎を上げる魔法へ切り替えた。
「お、おい、この城に移ったらどうすんだよ……」
「じょ、冗談よ、今のは」
「えっ?」
 慌てて止めに入ったユウトの視界の隅。
 アリスの後ろ、廊下の隅に何か人影が浮かび上がったような気がした。
 アリスが炎の魔法を使った一瞬に見えたもの。それはアリスが元の魔法に切り替えた時、闇に消えた。
「ど、どうしたのよ。先に行くわよ」
「いや、アリス……今まで俺たち以外にここで誰かを見たか?」
 アリスは首をひねった。
「多分このクエスト、誰も選ばないと思うわよ」
「どうして?」
「受けるときにこのクエスト消えてたから」
「は?」
「理由は知らないけど――転送は一回だけってことじゃない?」
 そんなクエストが今頃あるのだろうか。
「私たちがやってるクエストのポイントを先にクリアされて取られるわけにはいかないし、丁度良かったわ」
杖先に灯る握り拳ほどの光りがアリスの微笑を浮かばせている。
「確かにそうだな……」
 そうよ、というアリスは空いた手で肩を抱くようにして杖で廊下の先を照らした。
「さ、早く行きましょ。こんなのただの歩くクエストなんだからね」
 ユウトは頷きながら風邪を引く前に暖をとったほうがいいと思った。
 しばらくして、曲がった角に扉があった。
「っと……」
 随分おかしな位置にある扉だ。
 これじゃそのまま扉にぶつかることだって十分に考えられるほど絶妙な凹凸にはまった扉。
「どうしたのよ」
「いや、扉にぶつかったんだけどさ。このまま進むべきか悩んで――」
 アリスはユウトの肩からのぞき込むように扉を見下ろした。
「ふぅん……」
 来る途中にいくつか分岐する道があった。
 どのように回るのが効率的なのか、ユウトにはわからない。
 ただ、こういう扉なんかを目印に迂回していけばいいのではないかと思ったのだが。
「行き止まりになるまで行くわよ」
「え」
「何よ、文句ある? 寒いんだから常に動くのよ」
 扉を開ける為にユウトがノブを探す。重く軋んだ扉にはノブなど無く、押し開ける格好で向こうへ出ると、横に広くさらに寒い廊下があった。何がここまで寒いのか皆目見当もつかない。
 とりあえず、壁が凍っているのではないかと手を触れてみるが、ひんやりとした石がただ沈黙しているだけだった。
「……石?」
 ――バタン。
「アリス? 閉めなくてもいいよ」
「し、閉めてないわよ!」
 あれほど軋んでいた扉が閉まる時だけはすんなりと閉まったとでもいうのだろうか。
 いや、わからない。ただ単にそういう仕組みなのかもしれない。
 とにかくアリスがこちらへ来た後に閉まったので、幸いだったとユウトは思った。
 アリスに気づかれないよう扉を見たが、どうやら開けられそうにない。
「小さい炎でいいから少し暖を取らないか?」
「さっきは城に移ったら大変だとか言ってたわよね」
「……もうその心配はないみたいだぞ」
 アリスは壁を見るなりわっと声をあげた。
「なにこれ、ミイラっ?」
 見れば同じ生徒のものだろうか、ぼろぼろになった制服に干からびた姿のミイラがいた。
 一瞬アリスは固唾をのんだが、すぐに壁に注意を向けた。
「……この部屋、普通じゃないわよ」
「? どういうことだ」
 アリスは壁に人差し指をなぞらせながら、すっと横へ辿っていく。
「スペルタブレット……文字石板よ。そんな……魔法……?」
 ユウトも顔を近づけてみると、確かにスペルが平らな壁にずらりと描かれていた。描かれたというよりは掘られているのだが……。
「帰りましょ! 早く」
「お、おい。どうしたんだ」
 アリスの様子がおかしくなった。先ほど来た道の扉を調べるとすぐにアリスは狼狽した。
「ちょっと、これどうやって開けるのよっ」
 扉を叩くアリスをユウトは止める。
「だめだ、さっき見たけど確実にこいつは入るだけの扉だ」
「壊すわ」
 アリスはユウトを下がらせる。
『――Flables!(真球の火)』
 黒煙を吐きながら飛び込んだ炎は突然強い光りに包まれた。
 そのままアリスの放った火炎は煤となって消える。
「なっ――」
 アリスは呆然とその扉を凝視した。
 解除魔法ディスペルのように魔法が消えた。
 それを合図にか、部屋全体が緑色に光りを放つ。
「きゃ」「アリス!」
 一瞬何も見えなくなるほど輝いた後、その光りは壁一面のスペルを輝かせて、どこまでも長く道を続かせていた。
『muneme...meie…』
 どこからか詠唱が木霊し、アリスとユウトは次に何が起こるのか身構えていた。
「やってしまったな」
 見ると扉から出てきたのか、一人の男が立っていた。
「誰だ」
「俺の名はクライスだが、それよりも地図とカードを見ろ」
 クライスはアリスたちの学園ではない制服を着ていた。歳はユウト達と同じくらいであったが、なぜこのクエストにユウトたち以外の生徒がいるのかわからない。
「何よこれ」
 アリスの驚愕にユウトは視線を戻した。
 ポイントカードには一切の文字が無くなり、ただのカードとなっている。
 地図は左上から10近い数の何かが地図を埋めながらアリスたちの現在位置に迫って来ていた。
「クライス、これは――」
 目の前にクライスはいない。いつの間に背後へ行ったのか、クライスはユウトたちの後ろから静かに喋った。
「お前達は……いや、せいぜい頑張れよ」
 そう言ってクライスは向こうの壁へ歩いて行った。
 それと同時に辺りの明かりが消える。
「アリス」
「わかってるわよ」
 照明魔法がクライスの向かった先を照らすとそこにはもう影はなかった。
「おーい、クライス。いたら返事してくれ!」
「……」
 反響するユウトの声の他にはアリスの気配しか感じない。
 ユウトはクライスの言っていた「やってしまった」という意味がなんなのか考えていた。
「アリス、地図は」
「まだ勝手に埋まってきてるわ。でも、ポイントカードが……」
 ポイントカードが使えなければ、地図が埋まったところで意味はない。
 十二時間後に帰っている保証はなくなったのだ。
 その時ユウトは不気味なマナの気配を感じた。
 クライスの声がどこからともなく部屋全体から聞こえてくる。
「僕なんて最初の一撃で瀕死だった、学年一とかそんなものなんだなって笑ったものさ」
「アリス、来るぞ!」
「うっさいわね、地図見てればわかるわよ!」
 アリス達のいる部屋の向こうへ地図を埋めていたものは集まり始めていた。
 アリスは照明魔法を切り、何も見えない空間に炎の球を撃ち放った。
『――Flables!(真球の火)』
 どうと容赦のない攻撃が赤い軌跡を描く。
 炸裂したのは壁よりも手前。手応えはあった。
 しかし、一瞬見えたその影は線香の火でも消すかの如くアリスの魔法をはね除けた。
「座標は不明ですか」
【ワタシニハ、関係ノナイ話シダ】
 聞き覚えのある声、なぜこんなところにこの二人がいるのか。
「ユウト……」
 震える声でアリスはユウトへにじり寄る。
「アリス、しっかりしろ。敵から目を逸らすな」
 クライスが対峙する四人に割って入ってきた。
「用心しなよ、この部屋は自分が勝てない幻影を呼び出すとっておきの呪術の部屋さ。つまり、闇魔法の上位、暗黒魔法」
 そう言ってクライスはふっと半透明になり姿を消した。
「これは驚きです。やはり私(わたくし)の唾は私の口へ戻ってきたようだ」
【キタナイ言イ方ダナ】
 ユウトは圧倒的なマナの差にただ後退するしかなかった。
 フラムと同等かそれ以上の相手が二人、目の前にいるのだ。
「アリス、良く聞くんだ。俺が一分は稼ぐ、その間になんとかこの部屋から抜け出せ」
 アリスの気配が揺れる。
「バカッ、そんなこと出来るわけないじゃない! そんなことしたら今度こそ、ユウト……」
「違うっ! これは罠だったんだッ。あんな怪物相手にクエストがクリアできるわけがない!」
 アリスを後ろへ突き飛ばす。
 ユウトは赤い布を破り、蒼剣を露わにする。
 ごうとつむじ風が起こり、まるで目覚めの時を待っていたかのようにその刀身は闇を照らすように強く輝いた。
「話し合いは終わりましたか? まぁ、今回はあなた方を殺さなければ帰れなさそうなのでそうさせてもらいましょう」
【モウ、始マッテイル】
 ユウトは目にも止まらぬ速さで二人を横薙に斬り倒した。
 しかし、ユウトはその残像に惑わされることなく、気配だけで相手の居場所をホーミングする。
「はは、元気の良い使い魔だ」
【ソムニア、アソブナ。奴ハアト二回ホドデ我々ノ本質ニ気ガツクダロウ】
「まがい物とはいえ、負けは認めたくありませんしね」
 扇子のような杖を持った男の気配が鋭利になる。
 ユウトが再び斬撃を与える。残像だ。しかし、気配は間違えていない。
 何かを見落としているのだ。この化け物の仕組みを――。
「ッ――!」
 ドォゥ。
 刹那、空間を切り裂くような音がユウトを襲った。咄嗟に剣を横に盾としたが、庇いきれなかった皮膚が綺麗に刮げていった。
 魔法はユウトを通して背後の壁に衝突、その岩を派手にえぐった。
 しかし、それと同時に岩は緑に光る。
「……?」
 ガードが遅れればユウトの胴と脚は今頃別々になっていただろう。
 しかしそんな危機的な状況下で、ユウトは背後の壁に戦いの活路を垣間見た気がした。
「あの剣……なんて錬成物ですか、あれは」
【強イ、アストラル体ト、エレメンタルヲ感ジル】
「マナレゼルヴはあなただけの秘蹟(サクラメント)だったはずでは?」
【私程度ノ魔法ツカイ、マダマダイルトイウコトダロウ】
「ふっ、信じられませんね、私の魔法に耐える物質など存在しないと思いましたが」
【遊ンデイルカラダ】
「ばれていましたか」
 一方でアリスは扉を開けようと必死だった。何か冷たいものが手に落ちてきてアリスは思わず上を見上げる。
「……なに」と、震えた声と首筋に涙が垂れる。
「やっぱり……行かなくちゃ」
 しかし、アリスが今出て行っても絶対に足手纏いになる。
 地響きのようなものまで伝わってくる。その時だった、あの台詞が自分の中で響く。
『でも、戦闘では私たちの前線に出るはずの使い魔がこんな矮小人間じゃ時間稼ぎにすらなりません』
 五年前の記憶。何も今思い出す必要なんてないのに……。
 でも今、時間を稼いでいるのは誰だ? あの時私が突き放したユウトだ。
 ――イクウラユウト。
「ああああぁぁぁぁ――――!」
 アリスは叫びながら目一杯魔法を連発した。
 勝つためでもユウトを救うためでもない。ユウトを失いたくない、逃げるのに必死になっていた情けない私を見捨てて行ってほしい。
 どんなに無茶でも魔法にさえなればいい。それはノンスペルだが、同時にでたらめな失敗魔法の連続だった。
 部屋のあちこちが爆ぜる。杖を乱暴に振り回すと杖の軌跡に連なる空間は皆、爆ぜていった。
 それと同時にあの二人も同じように爆ぜる。
「これはまた面白い、女の方が錯乱した」
 そう言うとソムニアの体はまた別のところから出現した。
「アリス!」
 アリスは咄嗟に後ろに振り返り杖を向ける。まるで滝のような火炎が吹き上がり、ソムニアの体は一瞬で消し炭となった。
「その無我。実に羨ましいです」
 アリスの頭上、壁から逆立つ格好でソムニアは微笑んだ。
「くぅっ――」
 アリスは天井を見上げながらよろよろと腰を落とす。
 ユウトが駆けつけるが、アリスは既に意識が朦朧としていた。
「くそっ、アリス、しっかりしろ!」
 マナを込めただけのスペルに調律されない魔法はただのエネルギー体でしかない。
 それ故に消費マナの量は魔法にしようとすればするほどに高くなり、ノンスペルの技術を持たないアリスでは一瞬でマナを枯渇させて当然だった。
「ユウト……ごめん、ごめんなさい……私には逃げる資格なんてない……」
「だからってあんなでたらめな行動に出る必要があるかっ」
「サモンエスケープ……」
「え?」
「私がこの状態になることで、使える魔法が一つあるのよ」
 アリスが求めていた知識の中に残っていた闇魔法。
 主の死によって使い魔を異界の地に逃がすデッドサモンの類似、サモンエスケープだった。
 何故、これが闇の魔法に登録されたのかは定かではない。
 しかし、アリスはこの魔法を見た時、どこかで安堵したのを覚えている。
「ユウト、別の世界からきたってほんとうなの?」
「ああ、だけど何で今そんなことを聞くんだ」
 ソムニアは襲ってこない。何故だ? ユウトの頭の中で少しずつパズルのピースが組み合わさって行く。
「帰れる保証は……ないけど、これで帰れたら」
「だめだ、ここにアリスを残していけない。それに考えがあるんだ、まだ勝機はある」
 ユウトはアリスの瞳を捉えて離さない。
「――わかった、危なくなったらユウトだけでも逃げて……」
 アリスの体を抱えてソムニアを睨みながら一歩後退した。
 一歩、また一歩。
「何処へ行こうと?」
 突然ユウトの背後に現れ、杖を振り上げられた。
 ユウトは慌てて元いた位置に飛び込む。
「…………」
【気ガツカレタ。ソムニア、オ前ハイツモソウダ。アソビスギル】
 ユウトは確信する。この部屋で彼らは何かを媒介に具現化しているのみ。
 そしてさらに、この部屋の中を魔法で変色させた部分に、彼らの力は作用できないのだ。
「いいや、原因はこの娘ですよ」
 アリスの放った魔法は至る所に緑の傷跡を残している。
 上手く辿れば出口が見つかるかも知れなかった。
【マァ、ヨイ。女ハツブレタ】
 ユウトは剣を構える。入り口を破壊すれば確実に出られるからだ。
 蒼剣の力があれば、可能なはずだ。
「アリス、魔力を回復させるんだ。後一発、床に必要だ」
「…………」
「アリス……?」
 ユウトのルーンが光った。アリスは答えない、アリスの呼吸は感じられない。
「アリス」
 ユウトの体が淡い光りとなって輝く。カインと戦ったときと同じものだった。
 ユウトの中に流れてくる感情は心地良い。恐らく、どんな攻撃も今のユウトには通用しない。
「! あれに触れてはなりません、モゥト」
【忠告ノツモリカ? タダノレジストデハナイヨウダガ……】
 ユウトは扉へ向かって歩く。光りの床から出ても二人が襲い来ることはなかった。
「どうやらあなたのせいですよ」
【ナンナノダ】
「己への憎しみの力が反転し、不可侵の防壁となっている……」
【ヤハリ、オマエノ犯シスギガ原因ダロウ】
 ソムニアは心底おかしそうに笑った。
「因果応報というやつですか、まぁ焦らずとも彼らは我々の前にもう一度現れますよ」
【オ楽シミハソレマデトイウワケカ】
「はい」
 扉の前まで来ると、まるでユウトに怯えるように扉が震え砕けた。
 ソムニアは嬉しそうにユウトの耳元で囁く。
「生きていて下さいよ」
 ごうとユウトの片手がソムニアの体を引き裂く。
 部屋の外までは追ってこられないようだった。ソムニアの体が入り口を挟んで今度こそ瓦解していく。
「げほっ、けほっ――」
 アリスの呼吸が戻ると同時にユウトの光りも消えていく。
「おめでとう、君たちはポベロスの悪夢に打ち勝った。僕もあの時、使い魔を信じてみるべきだったよ」
 クライスが壊れた扉の向こうで楽しげに話している。
「お、お前は一体なんだったんだ?」
「僕もその子と同じ、サモンエスケープを使おうとした哀れなメイジさ」
 徐々に黒い影がクライスのいる部屋全体を埋めていく。

「あの時、僕は僕自身の強さしか信じていなかった。学年で一番ってことに傲慢さと自尊しか持っていなかったんだ」
 暗闇から1枚のカードが投げられる。
「僕のささやかなお礼だ。カードのポイントは他のカードと合わせることもできる。ふふ、最終日に狙われないように気をつけてね、それじゃあ――」
 その言葉を最後に扉の向こうには壁ができていた。どうやら今度は本物らしい。
「……終わったの?」
 抱えられていたアリスが弱々しく呟いた。
「ああ、戦わずして勝てたよ」
「なにそれ、私の苦労がバカみたい」
 とにかく休むわ、とアリスは再びユウトの腕の中で眠りについた。
「アリスのおかげだよ」

       

表紙

ゆの舞 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha