Neetel Inside ニートノベル
表紙

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第二話

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「ねぇ翔さん!翔さんってば!」
「…何だよ。うるさいなぁ…。」
「退屈ですよ~。お腹空きました~。」
「…。あのなぁ…。」
「何でそんな不機嫌なんですか?私がこんなに苦しんでるって言うのに!」
「頼むから講義中は静かにしてくれ…ってか大学まで憑いて来ないでくれ…。」

そう。ここは僕の通う大学の教室。
僕は周りの学生にも、当然教授にも聞こえないような超小声で話す技術を、この数ヶ月で体得することに成功した。
できれば一生得たくない技術ではあったが。
それもこれも、僕にしか見えない聞こえない触れない幽霊、倉崎忍に付きまとわれた功績である。
窓の外はもう既に秋に差し掛かり、秋らしい金木犀の香りや、徐々に色づき始めた紅葉が目に留まるようになってきた。

「憑いてとは失礼ですね。これでも私は翔さんの事を心配して…!」
「学食食いたいだけだろ…。」
「ざっつらいと!…って違います違います!本当に私は…。」
「今日何が良い?」
「B定食大盛りと、季節替わり定食!…ハッ!」
「……。素直で宜しい…。」
「ですよね!素直が一番ですよ!」
(相変わらず皮肉の通じないヤツだな…。)
「ご、ごめんなさい…。」

忍の事は、未だに誰にも言っていない。
言っても信じてくれそうなヤツが居ないからだ。
唯一知っているのは、忍の家族だけだが、あのトンデモ家族は今…。

「いやー。シャバの空気は美味いねぇ。」
「まったくだな、お袋。」

先日、出所したという情報を手に入れた。一体何の罪で有罪判決受けたんだろう?

「コラぁハラショー!何一人でブツブツ言ってんだ?俺の授業が聞けないのか?」
「す、すみません。」

隣の学生には聞こえていないのに、かなりの地獄耳である。
幸い、テレパシー能力までは無いようだ。
第一、あんな能力そうそう皆に持たれてたまるか。
ちなみに、忘れている人も多いと思うが、ハラショーとは僕のあだ名だ。
本名は、庵原翔(イオハラ ショウ)である。結局ハラショーと呼ぶなと言うのを聞いてくれたのは忍一人になってしまった。
そして、忍に憑かれている以外は平穏な、今日の午前が終わった。
そして今から、僕の財布にとって波乱巻き起こる昼が始まる…。

「ほらほら翔さん早くっ!秋定食無くなっちゃいますよ!」
「真面目に泣きたくなってきたな…。」
「どうしたんですか?早く早く!」

教室を出た瞬間、忍に背中を押されて学食へとまっしぐらな僕。
本気で勘弁して欲しい。
何しろ、今日の僕のサイフは壊滅的で、二百六十四円しか入っていない。
本当にこれが大学生のサイフだろうか。
ちなみに、秋定食は二百四十円(税込み)である。

(二十四円しか残らないよ…。)
「そんなヤバいんですか?じゃあ一緒に食べましょう!」
「…もう…お前…食うな…頼むから…。」
「何言ってるんですか。この元気が消えちゃっても良いんですか?」
「少しくらい静かな方が良い!」
「くだらない事言ってないで。早くしないとホントに売り切れちゃいますよ?他に買えるメニュー無いんですから。ほらほら。」
「くっ…。このサイフの中身は誰のせいだと思って…。」
「もっとバイトして下さい♪」
「お前もういい加減成仏しやがれ!!」

しまった。懐の寂しさとストレスのあまり、本音を絶叫してしまった。
しかも「成仏しろ」って、こんな大学の明るいキャンパスで絶叫する言葉じゃない。絶対に。
周りの学生達が冷ややかな視線と、哀れみの視線を投げかけてくる。やめてくれ。
そして、その絶叫の元になった張本人を見てみると…。

「……翔さん…。」
「あ…えっと…。」

落ち込んでいる…のか?少しキツい事を言い過ぎただろうか。
普段ならこの後軽く流されるのが常なのだ。
周りに対する体裁を何とか整えつつ、忍の様子を伺った。
もちろん、周りからは悟られないように。
忍は軽く俯いたまま、顔を上げようとしない。
覗き込む訳にも行かないので、正確な表情を読み取る事ができない。
本気にしてしまったのなら、少し、いやかなり心無い事を言ってしまった。

「し、忍…。悪い…。」
「いえ…。」

 結構堪えているようだ。ここは…アレしか無い。

「…ほら、秋定食一緒に食うんだろ?行くぞ。」
「………やる。」
「ん?何か言ったか?」
「ヤケ食いしてやる!私一人で全部食べますからね!もう知らない!」
「いや、でも食べさせるの僕だから…。」
「あ…。そっか…。じゃあ二人羽織で…。」
「…サイフ持ってるのも僕だから…。」
「…チッ…。冗談ですよぉ!さ、行きましょう!」

舌打ちがはっきり聞こえたのは黙っておこう。

食堂へ行き、五つあった列の内の一つに並んだ。
この食堂は中々ハイテクで、買った食券が調理場へと連絡され、食券に書いてある番号札を逐次呼び出す形式になっている。
忍が言うように、売り切れになった場合は、機械が在庫と注文を記録してあるので自動で売り切れが表示される。
僕は小銭を二百五十円分投入し、季節替わり定食(通称が秋定食だ。季節毎に変わる)の食券を購入した。
前の人がお釣の十円玉を忘れていったらしい。儲けた。

「残金三十四円ですね。懐が寂しい事に変わり無いですけど。」
「お前な。」

食券を買って五分程で、カウンターに呼び出された。
受け取りのカウンターは種類別になっている。
受け取ろうとカウンターを覗いた瞬間

「やぁ少年!元気でやってるかい!?」

やたらハイテンションで、聞き覚えがある声を聞いた。
ちなみに、聞き覚えが無い方が嬉しいはずの声だった。

「はっはっは。忘れないでくれよ少年。はるばるS県から出稼ぎに来たって言うのに。」
「出稼ぎならもうちょっとマシな仕事探したらどうですか…?」
「はっはっは。何を言っているのだ少年。君が居ない所で働いていても意味は無い!」

まるでストーカーのような科白だが、そうではない。忍の父親である。
このおっさんを含め、あの家族が出所したのを知ったのは、おっさん経由というわけである。
先ほど家族で会話に参加していなかったのは、ここで働いているからなのだ。
何故僕があの家族が会話していたのかを知っているのかって?

それは秘密だ。強いて言うなら、神の声だ。

「お父さん、翔さんお金無いんだって。」
「そうか!それは大変だ!何を言っているのかわからないが大変だな少年!」
(本当にわかってないのか?)
「私は話が噛み合うように科白を言うが、相手が何を言っているのかは理解していないのさ!」
「自慢して言う事じゃないと思うな~。」
「はっはっは。忍、何を言っているのかわからないがその言い草は無いだろう。」
「おっさん、絶対わかってるだろ…。」

と、別にこんなおっさんに構う必要は無い。
秋定食を受け取って混みあう食堂の席を早い事取らないと。
ここは立ち食い禁止だ。
ちゃんと呼ばれただけあって、既に定食は用意されていた。
定食を乗せたトレイに手を伸ばす。

ガシッ

(…嫌な予感はしてたんですよ。何ですか?)
「いや何、それだけで足りるのかと思ってねぇ。」
「ええ、大丈夫ですよ?」
「本当かね?どう見ても二人で食べるにしては少ないと思うが。」
「じゃあ忍の食費をください。」
「翔さんもう残金三十四円なの。」
「大学生にあるまじきひもじさだな。」
(…誰のせいだよ…。)
「君がもっと働くといい!」
「僕に押し付けるな!食費くらい出せ!」
「じゃあウチの娘を貰ってくれるね?」
「…はい?」
「おお、良いのか!さすがは忍が見える男だ。」
「いや、今の『はい』はそうじゃなくて…。」
「翔さん!」
「はい!」
「ほら今の『はい』は間違いないんだな!素晴らしい!」

ちょっと待ってくれ。作者さんも表現に困ってるから落ち着け。
僕は、おっさんに対しては聞き返す意味で『はい?』って言ったんだ。
その直後の『はい!』は、忍に突然呼ばれて驚いた返事だ。

「というワケだから、落ち着いてくれおっさん。」
「いやー素晴らしい素晴らしい。死んでいても構わないという男はめったに居ないぞ。良かったなぁ忍!」

聞いちゃいねぇ。騒いでいるウチに、僕も一応状況がわかってきた。
驚くべき事にこのおっさんは幽霊と結婚させることを考えていたらしい。
いや、恐るべき事に、か。
そんな事できるワケが…。

「知り合いの市役所職員に頼んで手続きを取ってもらおう!」

このおっさんなら、やりかねない…。法的にも認めさせるつもりだ…。

(あれ?忍の死亡届は?)
「そいつに頼んで幽霊化届を作ってもらった!」
「そんな届出あるかーっ!」
「プロジェクトSだから大丈夫!」

一体何処まで影響力があるんだろうか、そのプロジェクトは。
国家権力にも屈しない、というのは本当だったらしい。

       

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