Neetel Inside 文芸新都
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 鉄火にエロ本が見つかってしまった。
まずい、駄目だこの部屋、何とかしないと。いや何とかしないといけないのは俺の散らかし癖か。
とにかくこの場を取り繕わないと俺のこの数日間の「友達作るぞ矯正プログラム」がフイになってしまう。
俺は恐る恐る鉄火の顔色を伺おうと上目遣いに彼女を見た。
そんな俺のおびえた様子を見ていたのか、鉄火は苦笑いをしながら俺に語りかける。

鉄火
「いひひwいじめたい所だけど見なかったことにしてやるよw」
「それよりはやく開けなよ、今日頑張って作ったんだから」

俺は薦められるままに新聞紙に包まれた土鍋を開けた。
蓋の奥から湯気が巻き上がり俺の顔を一瞬包み、湯気はそのまま蛍光灯に吸い込まれるように昇っていく。
手元の鍋の湯気の向こうには様々な具とうどんが見える。
更に出汁に大根おろしを使ってあった。これはみぞれ鍋だ。


「あ・・・・おいしそう」

鉄火
「でしょ?今日帰りにスーパーで大根安かったんだw全部食べてね」


「鉄火は?食べへんの?」

鉄火
「だって私、夜食べないじゃん。朝たくさん食べるから夜は要らないの」


「あ、そうなん?」

鉄火
「飲み会とかなら夜も食べるんだけどね。」

彼女の(俺にとって都合の良い)プロポーションの秘密を知り、俺はなるほどと思った。
茶碗とコンロを台所から運び、俺は鍋を温めながらテーブルを挟んで彼女と向かい合った。
しばらく無言でTVのチャンネルを廻したりしていたが、やがて鍋がふつふつと再沸騰し始めた。
そして俺がみぞれ鍋のうどんを茶碗に移し、口に運ぼうとした正にその時、
彼女の顔が若干の緊張を含んだ顔色に変わり、ぼそりと呟いた。

鉄火
「今日コンビニ行ってきたじゃん私?」

あまりに唐突に突きつけられた話題に、俺はリアクションすら取れずに呆然とする。
うどんが口内で俺の舌を焼いていたが、そんなことどうでも良いかのように俺は思考停止してしまった。

鉄火
「あの子見てきたよ。かわいい子だね」

俺は今日起こったビニ子とビニ子の彼氏との接触の顛末をありのもままに話すしかなかった。
そうか、その事を聞きたくて彼女は今日ここに来たのか。

鉄火
「いや、無理なの知ってるし。あの子彼氏居るよ、私もよくあそこ行くけどその彼氏、あそこの店員だし。バイト上がったあとで手繋いで帰ってるよ」
「でもまあ、気にしない方がいいよ、大体コンビニ娘に一目ぼれしたってさ、接点少ないから難しいよ」
「それに男の子は恋に破れた数だけ女の子に優しくできるんだよ?」

俺が聞いている聞いていないに関わらず、彼女は黙々と鍋を食べる俺を励まそうと延々と話していた。
だが先ほどまで暗く落ち込んでいた俺が、今こうして比較的明るい気持ちでご飯を食べられているという事を考えると、やはり彼女が居て良かったと考えるべきなのかもしれない。


「鉄火、なんで来てくれたん?こんな寒いのに」

鉄火
「え、だってパンク直ったかってメールしたのに返事ないんだもん
 今も寒い中ゴリゴリ針刺して直してるのかと思ったよ
 だからあたたかいもんでもと思ったんだけど、迷惑だった?」

そうだった、俺は彼女にパンクを直すと嘘をついて彼女の手料理イベントを辞退して、今こうしているのを忘れていた。もし彼女がそのことに言及していなかったら、俺はパンク修理などしていなかったということをベラベラと話すところだった。
とはいえビニ子に告って(告ってないが)撃沈されたという事件の事は話しているので同じことか。
だが一応話は合わせておくことにしておこう。


「いーやあすごい嬉しいわ、でもチューブタイヤやで、FTRは針は刺さへん」

鉄火
「それなら!手伝い出来たのに、TTもチューブだからタイヤレバーとか友達に借りてきてあげたのにさぁ。」

友達って男なの?ねえ、男なの?かっこいいの?俺死ぬの?という身勝手なヤキモチを焼いた俺だが
それを口に出せず(当然だが)、むしろ嘘をつかれてるのにも関わらずとても献身的であった彼女に、俺は一種の罪悪感を感じ、言葉が続かなくなってしまった。
彼女についてスレの中で「大事な友達」というような表現をしているのに、自分のやっていること、言っていることときたら・・・・と思うと自分に嫌気がさしてしまうのだ。

やがて彼女は俺が鍋をきれいに食べ終わるのを確認すると、
黙ってテーブルを立ち、散らかった部屋の片づけを再開した。

鉄火
「何このメイドの表紙wなんなのハチワンダイバーってw」

更に彼女は彼女なりに俺に気を遣っているのかもしれない。そう思うと先ほどまで振られて(告ってないけど)ささくれていた気持ちが和み始めた。やはり彼女はいい人だ。

鉄火
「まあ落ち込まないで、元気出してよ、お姉さんもいるじゃん!」
「ひょっとして買い物も行きたく無くなった~?私のお友達もくるよ~?」

そう言いながら俺の漫画コレクションを笑いながら山積みにする鉄火
彼女の優しくも儚げな背中と肩のラインを眺めながら、俺はようやく笑った。









バイクに跨ったままヘルメットを被り、鉄火が口を開く

鉄火
「じゃ、急に来て悪かったねwいや・・急に来たからこそいいもの見れたかもw?」


「ええもんって何よ」

鉄火
「メイド漫画w」

「ちょwww」という顔をした俺に向かって掌をヒラヒラさせてターンを切り、鉄火は去っていった。
単気筒独特の排気音を響かせ、路地を曲がって彼女は見えなくなった。


部屋に戻り鍋の残り汁で雑炊を炊き、それを楽しみながらパー速に「鉄火 襲来」を報告し、
恒例のお握りを済ませた後で鉄火にメールを送る。

俺メール
「今日はありがとう、いろいろな意味で救われましたーーーっと
明後日、ほんとは恥ずかしかったけど、今は楽しめそな気がする」

鉄火返信
「そうかいそうかい、それは姉さんも嬉しい。鍋は洗ってくれよ(笑)」





コーヒーのコップ、洗わずに返されたのやっぱり気にしてたのか・・。
これからはもう少し人に気を遣って行動するとするかね。
携帯をパキンと閉じ、俺は再度住人とコミュニケーションを取るべくギコナビを起動した。

       

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Neetsha