Neetel Inside 文芸新都
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第五話

その大勢で帰ってゆく子供たちの中、一人、公園に入ってくる少年がいた。
時の波に逆らうように私の元に走り寄る。

彼だ。

虫取り網と虫籠を持っている。
彼は私の体をまじまじと見つめる。
約束は破られていなかった。
忘れずに彼はここに来たのだから。

「遅かったね」私はそういったが彼は何も言わない。

彼はまだ、私の体を舐めまわすように見ている。
そうだ、彼は虫を探しているのだ。
私の体に付いているはずの虫を。
彼はぼそっと小さな声で呟く。

「…なんでいないんだろう。ちゃんと蜂蜜を塗ったのに…」
「もう秋なんだよ。蜜に寄ってくる虫達はもう寝ちゃったんだよ」

彼を宥めるため、私は優しく言った。
その時、虫取り網の柄のところに赤トンボがとまった。
それに気づいた彼は慎重に、ぱっと素早く羽を掴んだ。
赤トンボを籠の中に入れて、じっと見つめる。

「代わりにそれを持って帰るといい」

彼は籠の中のトンボを見つめながら、ゆっくりと公園を背にして歩き始めた。
彼が遠ざかってゆく。

これで約束は終わり。
私の待ち望んでいた約束とは所詮、こんなものだったのだ。
私は悲しまない。
こうなる事は必然であるのだから。

彼の赤く染まった背中が公園の出口に差し掛かった辺りで、ぴたりと止まった。
彼は蓋を開けて、籠の中のトンボを取り出した。
手で優しくそれを丸め込み、肩より高く手を上げる。

ぱっ―――突然、光に覆われたトンボは眼をこすり、首を傾げる。

それは彼に対する一礼のように見えた。
羽を伸ばし、準備が整うとトンボは飛んで行った。彼は行く先を少し見送る。
少年は小さく手を振った後、走って帰っていった。

バイバイ

       

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