Neetel Inside ニートノベル
表紙

突然ですが、世界を救って下さい。
明日って今さ-02

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《いつかこんな日が来るんじゃないかとは思っていたけれどもね。だからと言って、はいそうですかと見過ごすつもりは無いよ》
 横綱を肩車する方がまだ楽だとも言えるほどに重い責任を、図らずも背負ってしまった翌日。
 耳で飲む睡眠薬とも言える授業が終わり、僕と梔子高は昼食を取るべく、いつものように屋上で肩を並べていた。
 と言っても、食物らしい食物を膝に乗せているのは梔子高だけであり、僕と言えば、購買施設で繰り広げられている食料争奪戦に参戦することなく、直接屋上に向かい、そのまま腰を下ろしたのだ。
 何も食べないつもりだった。食欲も無ければ、食事を取るよりも大事な考え事がある。
 ただ一つ、計算外だったことと言えば、
《少食は認めよう。個々が一度に食せる量は人それぞれだし、君はあれで事足りていたのだろうしね。しかし、食べないというのは認めるわけにはいかないな》
 こうして昼食の何たるかを延々語りながら、僕にしつこく昼食の摂取を要求する小娘だろう。てっきり、いつものように微笑みながら《そうかい》と肯定するかとばかり思っていたのだが。
「食欲が無いんだよ」
《聞く耳持つつもりは無いよ。君の普段の食物の摂取量を見ているからね。食欲云々の主張は即、却下だ》
……どうしてこう、僕の身の回りは、僕の主張を真っ向から否定する人間で固められているのだろうか。
《口を開けたまえ》
「……何、これ?」
《君がそれを言うのは二度目だ。見れば解るだろう? 玉子焼きさ。これならあっさりしているし、そう胃に負荷を与えることなく食べられるだろう?》
 どう見てもオムレツの真ん中辺りである。見ているだけで胃に負荷がかかった。
《だんまりかい? 私は一向に構わないよ。君が黙秘を決め込もうが何をしようが、君にこれを食させるという私の信念は揺るがない。君がどんなに痛烈な言葉を吐こうとも、ね》
 目を瞑り、音の無い溜息を鼻でついた。梔子高がそう言うのであれば、僕が自分の信念を貫き通すことが出来る可能性は、消費税率よりも低いのだろう。
「梔子高」
 だからと言って、抵抗もせずに陥落するつもりは無い。
「ごめん、考え事があるんだ。それに一段落付くまでは、何も食べる気になれないんだよ」
 よほど、僕は真摯な目をしていたか、或いは疲れ果てた目をしていたのだろう。
 てっきり《聞く耳持つつもりは無いと言った筈さ》とでものたまうかと思っていた梔子高の反応は、だがしかし意外なものだった。
《それは、私にも相談が出来ないことなのかい?》
 その目を見て、息を飲んでしまう。
 いつもの、微笑み。
 嘘八百としか思えないような血塗れ甲冑女との馴れ初めに、疑うことなく耳を傾けてくれた時の微笑み。
 どんなに小難しいことでも、少しの時間で理解し、説明してくれる時の微笑み。
「……出来ない」
《どうしても?》
「……どうしても」
 目を、逸らした。目を見れば、縋ってしまいそうだったから。
 相談したいに、決まっている。
 頼りたいに、決まっているじゃないか。相談出来るものなら、梔子高が促すまでもなく、何を置いてもまず梔子高に相談する。それが出来ないから、こうして足りない頭で必死に考えているのだ。
《ポポロカに、何かを聞いたんだね?》
……鋭い、本当に。何故梔子高ではなく僕が選抜されたのだろう? 明らかなキャストミスだ。
《その結果、重い、重い責任の何かを押し付けられた。そして君に、それに対する拒否権は無かった。そうじゃないのかい?》
 僕が語り聞かせるまでもなく、放っておいても真実に辿り着くのではないか、この娘は?
「ごめん、梔子高。どうしても、話せないんだ」
 梔子高は何も言わない。ただ、僕の言葉に耳を傾けている。
「時期に、解決する。近いか遠いかは解らないけど……多分、近い未来に解決することなんだ。僕が何かをしようが何もしまいが、ね。だけど、僕に出来ることはやっておきたいんだ。だから、僕は僕に出来ることを考えないといけない。適当じゃなくて、本気で」
 きっと、僕が何かをしようがしまいが、事態は勝手に進展するのだ。そして何もしなければ、何もしなかった事実に見合う結果が待っているのだろう。
 それは、避けなければならない。避けなければならないから、僕は僕に出来ることを考えなければならない。ベストの結果を導くために、本気で、だ。
「もう少しだけ、一人で頑張らせてもらいたい。一人で、頑張らないといけない」
《解った》
 至極あっさりと、梔子高は肯定した。確かに望んだことではあるが……もう少し渋ってもらいたいという気持ちが無いわけではない。
《交換条件といこうじゃないか》
 再び、オムレツ……もとい、玉子焼きが僕の目の前に突きつけられる。
《私は君に、事の一切を追求しないと約束しよう。その代わり、君はこの玉子焼きを食べるんだ。ギブアンドテイクは基本だよ、ミヤコ》
「……解ったよ、食べる」
 是が非でも食べさせるつもりなのだろう。ここまで確固たる決意である以上、下手な抵抗はやぶへびだ。
 目の前に突きつけられた玉子焼きに齧り付く。例によって例の如く、一口で食べきるに相応しいサイズではない。
「今日も、自分で作ったの?」
《どうして、そう思うんだろう?》
「こんな大きな玉子焼きなんて、梔子高じゃないと作らないよ」
 口からでまかせを言った。
 本当は、美味しかったからだ。


 僕が玉子焼きを食べ終わり、梔子高が弁当の蓋を閉じる。
《ミヤコ》
「何?」と返事を返す前に、手に暖かくて柔らかい感触が伝わった。
 梔子高が、僕の手を握ったのだ。
《私は、心配だよ。君が、私の知らない場所で、危険な目に遭っているんじゃないかって》
「……うん」
 不思議と、狼狽はしなかった。ただ、暖かくて柔らかい手の感触は、本当に心地良くて、優しい。
《追求はしない。ただ》
「うん」
 手の力が、少しだけ強くなった。それでも、優しい。
《君は、私に頼っていいんだ。私もそれを望んでいる。君が私に助けを求めるなら、私は無条件で君の味方になる》
「うん」
《それだけは、絶対に忘れないで欲しい》
「解った」
 言葉は悪いのかもしれない。
 ただ、思う。「都合の良い娘だな」と。
 こっちの条件を飲むだけ飲んで、都合が悪くなれば助け舟を出してくれるとは、何と都合の良い娘だろうか。
 だからこそ、もう少しだけ頑張ろうと思う。
 この都合の良い娘が、これから先も都合の良い娘で在る為に、まだ頑張ろうと思える。
「ねぇ、梔子高」
《うん?》
「僕は、今回の件にケリがついたら、もう少し沢山ご飯を食べようと思うんだ」
《その心は?》
 ある種、「これが終わったら」や「これを最後に」という言葉は、あまり好まれる仮定表現ではない。この仮定表現を使った者の大半は、ロクな結果を迎えていないのだ。
「僕は今の悩みの種に直面してみて、自分は本当に無力で無知なんだなって思った。多分、これが僕じゃなくて梔子高なら、口笛でも吹きながら解決出来たのかもしれない」
 だから、これは手綱だ。
 いつまでもしっかりし切れない自分に対しての、気を緩めまいとする為の喝の手綱である。言ってしまった以上は褌を締めて事に当たらないとロクな事にならないぞという、僕なりの奮起の手段である。
「短絡的かもしれないけど、だったら僕も梔子高みたいに沢山食べれば、梔子高のようになれるのかなって思った。いつまた、こんな風に悩みや困難な事に直面しても、口笛でも吹きながら対処出来るくらいにしっかりしたい。梔子高みたいに」
 本音を言えば、今でもまだ実感は無い。
 だって、それは仕方の無いことだ。こんな風に、日々学徒を満喫するだけだった僕が、突然世界だのなんだのと言われても……もう、何度も何度も反芻した言葉だが、そんなのリアルに受け止められる筈が無い。
 今の僕は、「もし本当だったら困るよなぁ」という、ある種の逃げの一手のような心理を抱えて動いている。是が非でも何とかしなければいけない、とは思わずに、本当とも限らないからとりあえず出来ることはやっておこう、という怠慢な心構えで事に望んでいるのだ。
 結果導き出されたのは、自分の無知と、重い腰を「重い」と弱音を吐いて持ち上げられずにいる、情けない僕。
 梔子高を見て、思う。
 生まれて初めて、本気で馬鹿になってみようと。
 漫画や絵本に影響された子供のように、馬鹿みたいに本気で世界を救ってみようと思う。嘘でも本当でも、自分に出来るベストを尽くしてみようと思う。すべてが大掛かりな嘘でもドッキリでも、それなら一頻り笑い者にされれば済む。
 事後に「あの時もう少し頑張ってみれば」なんてのは、最低だ。それだけは、したくはなかった。
 もう、逃げの一手は打つまい。
 僕が何とかしなければ、世界は無茶苦茶になる。
 だから、僕は右往左往してやる。
 
 
「君は、勘違いをしている」
 意識を、引きずり戻された。振り向けば、梔子高はいつものように斜に構えて無難な笑みを浮かべていた。
「君は、君が思っているよりも、ずっとずっとしっかりしているよ」
 否。
 いつものような、無難な笑みではない。
「君の主観はどうあれ、私はそれを知っている。そしてこの主張は、何があっても揺るぐことは無い。例え、君本人が何を言おうがね」
 長い付き合いを経てはいるが、やはり解らないこともある。
……そんなに綺麗な声で話す事が出来て、そんなに綺麗な微笑を浮かべられるのなら、いつもそうしていればいいのに。
《先に教室に戻っているよ。君は考え事があるようだし、邪魔をするのも気が引ける。君を見て思うに、それほど心配することでも無さそうだしね》
「戻っちゃった」
 今度こそ、いつもの無難な笑みだった。
《出し惜しみってやつだよ。先だって試験投入を試みたんだけれども、効果は絶大だったようだしね。ここ一番で使わせてもらうよ》
 差し支えなければ、その被験者の名をお聞かせ願いたいものだ。きっと、常日頃耳にしている固有名詞が飛び出すことだろう。忌々しい。

       

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