Neetel Inside 文芸新都
表紙

あきらめろ
携帯の中の宇宙

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あんなにもちっぽけな夜空の星ですら
何億光年もの距離を駆け抜けてキラキラと自己主張をしているのに…。
私は…どうして。どうして…。


そのよる私は六畳くらいのちっぽけな何の飾り気もない自分の部屋の窓辺で
何気なくあの広大な宇宙空間の神々しさに思いを馳せていた。
電灯の豆電球とかテレビとかパソコンとか、日常生活の中で光を発するものすべてを消しても
窓から零れる月明かりさえあれば十分に部屋の照明の替わりになるということを知ったのは、
ごく最近のことだ。
部屋の照明を、うわっ、まぶしい!と思えるようになってからは
少なからず私も陽のあたる外界から離れた存在になったものだなと感じたけど
何にも置かれていないテーブルとそこにポツンと置かれた携帯電話という文明機器を目にすると、
わずかな外界との関わりにすがりついている自分に気が付いて、
すごく中途半端で矛盾した存在だなと感じる今日この頃。


あとは、携帯さえ手放してしまえば、本当に外界からの関わりを絶つことができるのかな?
いなくなってしまうことができるのかな?そんな事を考えてしまう度に、
自分をひとりぼっちにしてしまいたいという気持ちと
本当はひとりぼっちになんかなりたくないという気持ちが、
心の中の天秤にかけられてゆらゆらと揺れ。
そして、どっちつかずで結局どちらに傾くかわらない天秤の揺れが
余計に携帯を手放してしまおうかどうかの判断を迷わせてしまう。


案外、簡単なものだと思う。携帯を手放すことなんて。壊してしまえばいい。
ポッキーの先端を少しくわえて、歯を支点にして指でポキッと折ってしまう感覚で、
同じ様にポキッと折れてしまいそう。二つ折りの携帯だから、どの方向に折り曲げればいいのかも
単純明快。ほらっ簡単でしょ?ってそんなノリ。
なかなか、壊せないのは折れないからじゃなくて、折ってしまおうという決心がつかないから。
別に私は二つ折りの携帯を折ることができないほど微弱な人間じゃない。
現にテレビだって、パソコンだって電灯だって壊してやった。
まぁ、微弱ではないけど普通の女の子並みの力しかないからコードを引きちぎったり、
ハサミで切り刻んだ程度だけど、壊してやったことに変わりはない。
要は気持ちの問題。壊してしまえという決断にいたらないから。結局、壊せない。


私に、携帯を壊させない理由はさっき説明した心の天秤もあるんだけど
もう一つの理由の方が厄介だ。


月明かりだけに照らされた、ぼんやりとした薄明かりの部屋にあって一番不似合いな光が一つ。
携帯の液晶画面が急に明るくなる。また、来た。きっと、アイツからのメールだ。
私に携帯を壊させてくれないもうひとつの原因がこれだ。
アイツからのメールがくるから壊せないのだ。
部屋に引きこもる程に1人になりたいと思っているのに。矛盾してるでしょ?
でも、壊してしまったら余計に1人になれないんだよ?


こんなことが以前あった。
ちょっとした事で私はアイツと大喧嘩をして、
顔も見たくない話もしたくないという気分になったので、
しばらくの間アイツとの連絡を一方的に打ち切ったのだ。
私の一方的な拒絶だったから、その間もアイツからの連絡は絶えなかった。


「ごめんなさい」
「自分が悪かった」
「お詫びにランチ奢るから」
「いつまでも、怒っててもしょうがないよ」
「おーい」
「なんとか言ってよ」


一応、メールの内容は読んでいたけど、もちろん私が返信をするわけはないので、
ひっきりなしにやって来るメールはやがて、電話に代わった。
留守番電話サービスを利用していなかったので、私の携帯からは断続的に着信音が鳴った。
メールの返信すらしないのに、電話なんかに出るわけがないなんて、
少し考えればわかりそうなものだけど――バカなヤツと思いながら、アイツも少しすればその事に
気が付くだろうと考えたので、鳴り続ける携帯を放っておいた。

そんな私の考えとは裏腹にアイツは電話を止めなかった。

リリリリリン!リリリリリン!リリリリリン!リリリリリン!リリリリリン!

――――イライライライラ!イライライライラ!イライライライラ!――――――


私は、電話が切れる前に自分の血管が苛立ちで切れてしまう気がしたので、そうなる前に、
先に携帯の電源を切ってしまった。もう、電話が鳴ることはない。訪れた静寂。
人間は不思議な生き物。静寂に我が身が包まれた途端、
徐々に私はアイツを許してあげようという気持ちになれた。


さて、そろそろアイツも冷静になっているころだろう。電話してやるか。
そう思って、携帯の電源を入れようとした刹那。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ウェ~ンウェ~ンウェ~ンウェ~ンウェ~ウェ~ン!

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ウェ~ンウェ~ンウェ~ンウェ~ンウェ~ウェ~ン!


何事かと私は部屋の窓から外をうかがうと、泣きながら、けたたましく、
私の家のドアを叩くアイツが玄関の前にいた。

「だっでぇ~!だっでぇ~!急゛に…電話がぁ…通じなぐなっでぇ~、
今まで…に…ごんなこどぉ~……ヒックヒグ……ながった……がらぁ…、何かあった……と……思って」これが、私が携帯を壊せない―壊す決心がつかないもう一つの理由。携帯の電源を切ってしまえば、また、アイツは泣きながら、ドアを蹴破らんとする勢いで玄関で泣きじゃくるだろう。


一人になりたいはずなのに、そのための手段がアイツを呼び寄せてしまうのだ。


月明かりが静寂を照らす薄暗い部屋の中で私はぎゅっと、文明的で柔らかなモフモフとした固まりを
抱きしめた。私はあの時アイツとした最後の会話を思い出していた。


「もう、携帯の電源切らないでね」
「もし、また切ったら?」
「また、玄関で泣いて泣いて暴れてやる」
「それは、勘弁だよ。わかった、電源切るのは金輪際なし」
「クスクス…わかればよろしい」
「でもね…」
「でも~?」
「また、喧嘩したりしてさぁ」
「うん」
「連絡するのが嫌になっちゃうかも」
「そん時は、また懲りずに電話するし、メールもする」
「私、また返事しないかもよ」
「関係ない」
「…………」
「何回も何回も何回も―」
「……あきらめが悪いんだね」
「違うよ」
「えっ?」
「メールを“受信”する――電話を“着信”する――だから、何回もメールするし電話するんだよ」
「うん?」
「ちょっとは、考えてよ~」
「……まったく、意味がわからない」
「だから、考えなって!」


アイツのイタズラな微笑みがまぶたに浮かんだ。
アイツの理解不能な謎かけの答えが私には未だにわからない。
いや、わからないフリをしているという方が正しいかもしれない。


私が、きっと携帯を壊さないのは、アイツにまた泣き暴れて欲しくないと思う以上に
アイツのことを信じて待っているからだと思う。
人間を外界を信じようとしているからだと思う。
だったら、こんなちっぽけな薄暗い部屋の窓際で
わざわざうずくまっている必要なんてないんじゃないか?
人間不信になる必要なんてないんじゃないか?
そう、やれることは簡単。まず、アイツのメールを信じて返事してあげればいい。

――なのに――

あんなにもちっぽけな夜空の星ですら、何億光年もの距離を駆け抜けて
キラキラと自己主張をしているのに…。私は…どうして。どうして…。


ほら、またピカッとテーブルの上に置かれた携帯の画面が光った。
その光は何億光年なんて距離は駆け抜けてはいないけど、キラキラと星のように自己主張をしていた。

私の携帯の受信メールボックスには

未開封のアイツのメールが星の数ほど
電話の着信件数も星の数ほど。

それらは、今にも膨張して新しい宇宙空間を形成しそうな勢いだ。

       

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