Neetel Inside ニートノベル
表紙

自分流自己満足短編集
ですばも

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ですばも


真っ暗な闇が永遠とばかりに続く長い回廊。その漆黒の密度を更に向上させるように黒装束に身を包む人間が多数並んでいた。この世とはかけ離れた風景とは言ったものだろう。まさしく読んで字の如くここは俗に言うこの世ではない。ここは死神養成所。現世に生きるありとあらゆる生物へ死を与える死神、それの育成施設の一フロアだ。風や光が進入することも許されないような閉じた空間、全ては黒に満ちている。明暗の概念が無いような具合でどういうわけか目はやけに冴えていた。

長い回廊の一番端に並ぶものが一人、また一人と奥の扉を開け、そして出て行った。動作が繰り返されること12回。私の前の大柄な男が音も立てずに奥の部屋へ淡々と――まるで予め命令されたかのような機械のような動作で――入っていく。そうなればいよいよ列の先頭は私だ。そう頭に浮かべるだけで今までの努力が走馬灯のように駆け巡る。適正検査や模範試験。骨の折れるような苦行とは言ったものだ。実際疲労骨折する寸前まで、ここまでやってきたのだから。そうこう思っている間に扉がいつの間にか開いていた。これは合図だ。次に奥の部屋へと進むのはあなたですよ、という。ああ、本当にこれまで長かった。無意識のうちに私は深い溜息を吐いてしまう。……いけない、安心するのはこれが終わってから。

頭の中でもう一度今までの苦労を少しずつ回想した後、私はゆっくりと一度深呼吸をしてから奥の部屋へと緊張でやや重くなる足を進めた。


では次、13番。

「は、はい!」

今回君にはこの男に死を与えてきて欲しい。死因は――

「信号を無視して飛び出してきた乗用車に轢かれて、即死……で間違いないですよね」

その通りだ。では今から現世へ繋がる通路を開くが、大丈夫かね。

「はい、心遣いを頂きまして恐縮です」

よろしい、では行きたまえ。

深く頭を下げ眩しい程の光が差す通路の先へと歩みを進めたその時だ。
「やあ、少しいいかな」と私は彼に呼び止められた。

「どういたしましたか?」

君は、今回の仕事が始めてになるのかね?

「はい、仰る通りです」

ならば、そうだな、一つ忠告だ。人間には決して情を持つのではない。
これはあくまでも上からの命令なのだ。変に情をもって運命を狂わせてはいけないからな。

「……わかりました、では」

「ああ、気を付けて」と、その言葉を最後に刺すような光が私の全てを包み込む。
世界が黒から白へと変わる瞬間を瞼の裏で見届けた。




「ああ、くそぉ、何か良いことないかなァ」

そう口にした所で目の前の風景は何も変わらないのが現実だ。響く足跡が妙に侘しいBGMとなり、心の中まで暗い色に染まっていく。いつものように学校へと行き、いつものように教師の訳のわからない言葉や単語を板書し頭に入れる。そんな日常が狂ったように俺を追い詰める。いや、俺は追い詰められてしまったのだ。最初は些細な理由だ。ただ一つシンプルな理由。いつもより少しだけ朝起きるのがダルかった。それだけだ。その日は二度寝した挙句、遅刻ぎりぎりの時刻に再び起床し、「遅刻するぐらいなら」と仮病を使いその日の学校を休んだ。だが、そんな馬鹿みたいに単純で小さいことが俺が追い詰められる原因となったのである。翌日は昼まで寝て夜はまた床に付いた。が、勿論寝れない。しばし読書をしえど、少しも眠くならなかったので、俺は自棄になって眠気が差すまで読書を続けることにした。朝日がカーテン越しから差し込んできたのは暫くしてからだ。結局本に夢中になり読み始めた本の物語終盤に差し掛かったところで、これはマズいと思い明かりを消し布団にこもった。だが寝れない。続く悪循環。結局次の日も俺は学校を休んでしまった。もの凄い駄目スパイラルだ。

それらの結果がこの前の期末テストだ。言うなれば『酷く赤い』結果となった。いよいよ俺は追い詰められてしまったのだ。


「どっかの紛争の耐えない国では俺と同じくらいの奴が銃持って戦ってるっていうのによう!」

どうなってるんだこの国は。本当に。
不幸で幸せは買えますか? 今までの不幸と引き換えに良いことがあるんでしょうか。
この前だってただ買い物に行っただけなのに万引きのセンサーがビービーなって濡れ衣着せられたしなぁ。あの店員のただじゃおかねー。
確かに俺は貧困に苦しむ方々に比べれば最高に幸せなんだと思うよ!
でもね! 実質俺は不幸を感じてるよ! どうしてなのよ、おおジーザス。

「なんか、面白いことないかなぁ」

道端の小石を蹴り進めながら自宅への帰路を一人たどる俺。クラゲのように目的も無く漂う生活も駄目みたいだ。今日は土曜日。明後日から学校では追試地獄ときたもんだ。本当に気が滅入るぜ、こんちくしょう。
地面を見るしかない、前を向いても辛いのは分かっているから。俺は足元に転がる小石を見続けた。

「おっ?」

蹴った小石の先に光る小さな物、思わず俺は屈んで確かめた。確かめずにはいられない。
おいおい、これは? いや、嘘だろ? ま、まじかよっ!

「おおお! 500円玉じゃん! スゲーよおい、初めて――」

途端に俺はあることに気が付いた。
硬貨を拾って視界を上げた先には黒いスーツを着た、割と小柄な女の子が俺のことをジッと睨む様に見つめてるということに、だ。とっさに俺の目線は500円玉の方へと向かう。落ち着けよ、落ち着けよ俺。冷静になれよ。俺の思い過ごしかもしれないじゃな……やっぱり睨んでるな。

この状況が漫画か何かならきっと『ドドドドドド』などの音響効果が入っているはずだろう。望んでも無いのにいやに緊迫した空気が流れてくる。これあの娘のお金だったのかな? だからスゲー怒って……うわっ、まだ睨んでるよ! 怖ッ!硬貨と少女。それらに交互に視線を移しながら俺は考える。

ヅラかるぜ or 「コレ、あなたのですか?」

うん、後者だな。ナイス理性。紳士かつ包容力のあるデキる男っぽく言ってやる。
(コレ、あなたのですか?)
とかなんとか思っている間に少女はつかつかと俺の方へと歩み寄ってくるではない。ああん、もうえらく積極的だな、くそう。冗談言ってる場合じゃないぞ、俺よ。彼女は明らかに俺のこと睨んでるし、こっちに近づいてきている。あ、やば、結構怖いよ。怖いけれど、やっぱ謝らないとだな、うん。落ち着け、落ち着けよ俺。

「え?」

重たく首にぶら下がる頭を上げてみれば少女はもう俺の目の前に立っていた。

「え、えっと、なんのようですか?」

おっと、予定や計画なんて崩壊する為にあるんだぜ? AorBのプランなんて大抵そうだ。プランCが出て来てしまう。現状を打開しようと切り開くと大抵このパターンだ。

「……」

「……」

双方黙り合い、妙に重たい空気が流れつつある。空気に質量があると仮定すれば恐らく俺は何かの生地のように薄く伸ばされてしまうだろう。さっきの気の大きさはどこにいってしまったのだろうか。自分でも不思議なくらいの弱腰っぷりだ。しかし当の少女ときたら俺の問いには何故だかまったく答えない。ただただ真っ直ぐな瞳で俺のことをジッと見ているだけだ。俺は少し心の身震いを感じた。目の前の得体の知れない少女にたいして訳の分からない恐怖心を植えつけられてしまった。ただ俺のことをじっと見るだけ。あたかも俺の身体を通り越してその先すら見えてしまっているかのように。

やっぱり、500円で、怒っているのか?

「あ、あのこれ、返します。ホントすいませんした」

元あった場所に500円玉を元あったように戻す。以前少女は動かない。

「あ、んじゃコレで俺失礼します。本当にすいませんっした」

深々と少女に向けて頭を下げる。と、同時に――

「うあっ、あああああああああああ!」

奇声と共に華麗な180度ターンが見事に決まる。振り返り際に瞬間的に覗けた少女の顔は心なしか驚いているかのように見えた。刹那、引き締まる脹脛。右足に体重をかけることにより履き潰したスニーカーが大きく軋む。一時の間を置いて俺は、風になった。赤い帽子のひげ親父も真っ青な超速な俺の走りを見よ。逃げ足だけは自信があるぜ。一目散で自宅へと向かう。駆ける足、荒い息。もうすぐ雪が降りそうな寒さに震えながらも、俺は死ぬ気でその場を離れた。

「はぁっ、はぁ、っく、……はあ」

止まらない、止まれない。勿論後ろなんて振り返る余裕なんて皆無に近い。
得体の知れない恐怖から逃れる為に命を削る。なんかこれ映画っぽいぞ?

「はぁ、はぁ、はぁっ! はあ」

そう、確かに映画みたいだ、隣に幼馴染の友人らが一緒なら、なお宜しいだろう。
ヘイ、マイリトルブラザ。元気かい?

冷静に現状を何かに当てはめるものの、身体の方は大分大変な状況に陥ってしまっている。走ったのなんて何ヶ月ぶりだろうか。呼吸が恐ろしく正常ではない。視界の淵がどんどんと黒く迫ってきていて、頭は金槌でガンガンと打ち鳴らされているかのようだ。

「はあっ、はぁ……、あ、はは」

無意識にのどの奥から笑い声がひり出てくる。呼吸が乱れ、目の前がパチパチとまるで手持ち花火を見ているかのように光ってきた。ああ、こういうのって何て言うんだっけ? はははは、なんだろう、吐く寸前なんだけれども妙に気持ちが良くて心地がいい。

「あははは、はぁっ! あはははははは!」

そういやなんで俺は走って……そうか、逃げてきたんだ。変な女の子から。おいおい、何言ってるんだよ俺。しっかりしろよ馬鹿。しかし、今の俺は最近の俺の中で一番輝いていると思う。馬鹿か俺、今はそんなこといいんだよ……って、でも本当に何か映画のようだ。

ひょっとしたら俺は物語の中にいて、何かの主役にってことはコレは夢か? どくどくと波打つ心臓を胸の上からぎゅうと圧迫し少しでも鎮めようとするが、効果は無い。頭が、あ、いや。そうだ、何て言うんだっけ、こんな状態。おい、落ち着けよ酷く混乱してるぞ。楽しいなあ。そうかコレは――

「ら、……ランナーズ、は、ハイって言うんだ」

息を切らしながら立ち止まる。目の前には自宅へ続く扉。鍵が掛かっており、勿論このままでは帰宅することは出来ない。疲れよりも先に家に入ることで得られる安心感を求め、俺の思考は右へ行った後、すぐまともに戻る。

「あ、ああ、鍵、鍵……と」

ズボンのポケットに無造作に入れてあった自宅の鍵を、俺は躊躇無く挿し捻った。

「……た、ただいま、俺」

返ってくるはずの無い返事を待ちながら、身体の限界がきた俺はとうとうその場に軽く崩れたのだった。
神様、俺なんか悪いことでもしたか?

「た、確かにねこばばしたけどさ……」

自問自答してこんなに嫌な気分になるのは久々だ。両手を大の字に広げた後直ぐに頭上に持って行き掻き毟る。取り合えず靴を脱いで平穏たるリビングにあるソファーまで俺は死ぬ気で辿り着くことに成功した。

「なんだってんだよ、まったく」

その言葉の約3秒後にはもれなく濃厚な溜息がおまけで付いてくるだけだった。



日が落ちかけた小路の辺りは静けさで満ちていた。夕日がバックライトよろしく私の後方から紅く周囲を照らしている。

「あーあ、驚いたー」

まさか、まさか現世に転移してから数分で目標人物にばったりと出くわしてしまうと誰が思っただろう。すっかり面食らってしまった。もう一度本人かどうか確かめたが、私の記憶の中の画像とピタリと一致してしまった。なんという偶然だろう。この道の先輩方からのアドバイスを聞く限りだと、この世界に転移されてから任務の対象となる人物を見つけだすのに、この世界の時間で丸一ヶ月近く費やすと言っていた。先人の言葉が当てにならない物なのか、私がとんだラッキーガールなのかは定かではないが、任務が割とスムーズに進んでいるということに越したことは無いだろう。

後者の場合ならば運を使い果たしていないか心配なのだが……。

「だけど見事に逃げられちゃったな」

見つけだしたは良いが逃げられたことに変わりない。とにかくもう一度目標にもう一度接近を謀らねば。
……いや、待てよ? おかしいな。そういえば何で逃げられたんだ? 普通あの世の存在ってのはこの世界の生物には五感では認知できないはずじゃあなかったか。

なぜなら、死神七つ道具の一つの現世のありとあらゆる生物からの自分の存在を察知をさせない為の道具、『死神クローク』がちゃんと腰に――

「腰に……、腰に……ってあれ?」

腰元を手でぐりぐりと探るが明らかに付いてない。落とした? あっちに忘れてきた? 嫌な予感が頭を過ぎる。腰のベルトに装着してあるはずの、鋭利な突起が馬鹿みたいに目立つ黒い小型装置が……無い?

「……う、うわー、しまった! え、本当に無いよ。どうしよ」

スカートに付いているポケットの中や、ジャケットの中を調べても、やっぱり無い。忘れ物? あの世の方に置いてきた?落としてしまった、ということはまず考えられないだろう。この世界にきてから私が起こしたアクションは『気ままに歩く』の一つきりだ。いや、目的の少年に出会ってから落とした――って出会ったのはこの場所で私は一歩もそこから動いていない。驚いて落としてしまったのならこんな現状にはなっていない。以下を踏まえて考えられる一番の最悪は、やはり『あの世に忘れてきた』と考えて間違いはないだろう。

「うう、初仕事だってのに。……見事にやっちゃったなぁ」

ならば大切な商売道具は一体どこに放置してしまったのだろうか? 自分の家、公園のベンチ、会社への道中、社内と次々に今日辿ってきた場所を思い浮かべてみる。一箇所づつ念入りに、その場所で自分は何をしたかなど、詳細も脳内で整理して必死に思い出そうとする。ぐるぐると回る記憶。このように根詰まると余計に思い出せなくなってしまう。駄目だ。本当に思い出せない。たしか手提の鞄の中に嵩張る物をまとめてたのだが、その先の記憶がどうも曖昧だ。

鞄の中には見習いの死神用お得セット、通称死神七つ道具のうちの死神マスク、死神クローク、死因決定書、死神セルフォンの四つの頼れる相棒を仕込んでいたというのに。

「手元には鎌とローブと死亡確定届の書類のみかぁ。ケータイも忘れたから上に連絡もできないしな」

ケータイ、という物はあの世の住人達の死神セルフォンの俗称である。
上級の死神になると念を直接対象に送ってお互いの思考の通達が可能になるのだが、勿論今の私がそこまでの技術を体得しているわけがない。他にも上級の死神は、道具がなくても自分の技術で姿を消したり霊体化したりもできるのだ。いちいち上司からの書類を通して生死や死因を決めたりするのではなく、自分の意思でそれらの行為をする権利を持っていたりもする。ここまでくるとカリスマ的存在だ。何度も言うようだが現状で私はそんなことはできやしない。だが唯一できることと言えば――

「えいっ!」

右の掌を広げ、気合の声と同時にポンと気が抜けるような音が鳴る。

そのまぬけな音と同じタイミングで開いた右手から現れたものは『草刈鎌』。何の変哲もないただのそれだ。真新しい物のように光沢をもったそれが手の中に出現したのだ。死神の象徴といえる鎌がこんなもので申し訳ないが、効力は上の死神達が仕事に用いるものと全く変わらない。具体的な使い方は『人を殺す』という一点のみ。一振りすれば、たちまち対称者の魂は肉体から切り離される恐ろしい道具なのだが、現在は目標人物のあの男以外に振る権利は持っていない。誤った使い方をしてしまえば即効、手が後ろに回って縛り首などの厳しい極刑を突きつけられてしまうだろう。

と、以上を踏まえた恐ろしいこの鎌を私は自分の念一つで出現から収納することができるのだ。術自体は簡単なもので死神を目指す者がまず最初に覚える基本の術の一つだ。

「取り合えず今は鎌出せて、あの男を殺せて、壁通り抜けられるだけかぁ」

己に呟きながら足元の500円玉を拾い上げ、鎌でこつこつと弄ぶ。このお金どうしようか。
いや、たかが硬貨一枚じゃないか。どうでもいい。そう思うと同時に鎌を一旦消し、すぐにポケットの中に硬貨を運ぶ。明らかに任務条件が厳しくなったが、こうなったらもう仕方ないの一言だ。今思いつめたって何にもならないだろう。消えも出来ない、連絡も取れない、死因も決定できない、乗り移れないの『ない』ばかりのちと厳しいふりだしになってしまったわけだが、なったものは仕方がない。なるようになるさ。目標人物も早めに発見できたわけだし、滑り出しはやや好調だ。とにかく任務は続行。死因を確定できなくても確定書を渡せば泣いても笑っても三日以内に死んでしまうのだから。初仕事はきっと上手くいくだろう。
そうと決まれば早速さっきの男を追跡でもするとしようか。

「確か、こっちの道を曲がっていったよね」

羽織っているジャケットのポケットに両手を入れ直し、止まった歩みを再び進めるのだった。








マスク  人に乗り移る為の道具
クローク 姿を消す為の道具 
携帯端末 上の世界との通信をする道具
決定書  死因を決定する為の道具

       

表紙

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Neetsha