自分流自己満足短編集
てろ子ちゃん3
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「はぁっ、……はっ、はあっ」
響く音は呼吸音。雑木林の中に木霊す。
時刻は――、一体何時なのか見当も付かない。とにかく辺りは真暗闇だ。電灯の一つも無い。……当たり前だろう。ここは山の中の得体の知れない獣道。人の開発の波から逃れられた深い自然の中だ。
蜜のように濃厚な闇。それを照らす新月が妖しく木々の隙間から覗けている。
もちろん今の俺には、月を見上げて感想を口にする余裕なんて1ミリもない。
男「はぁっ、はあっ……」
兄「男さん、こっちです」
進む進む、どんどん進む。前方ゆれるガスマスク後頭部。
地理もへったくれもないこんな山奥でたよりの凛とした声が聞こえてくる。
男「ちょっ、て朗。す、少し休ませてっ、お願いだからさッ」
兄「この森を抜ければ住宅街に出ますから……それまでは、今はとにかく走ってください!」
男「だってこれ、なんか……はぁっ、おかしいじゃん!」
兄「疲れているのは分かってます。しかし今はとにかく――」
男「だから違ェんだよおおお!」
兄「なにがです!」
男「ちっとも疲れないんだよ! それになんだよこの凸凹したピッチリスーツはァ! 自分でも驚くぐらい無茶苦茶な速さで走れてるよ! この速さじゃボルトもびっくりだよッ!」
やっぱり俺は走っていた。
もう少し事細かに言うのならば、冷たい牢獄から自宅への長距離ダッシュをて朗と共にしていると言った所か。以前にせよ余裕は無い。そこら辺は少しでも察してくれたのならありがたい。余裕が無いのは瓜坊の類ですら通ったことの無いような山道を抜けているからだけではなく、自らの身体が信じられない速度で走っているからだ。速すぎるその速度のせいで、夜風は身体を容赦なく突き刺す。
男「さっきもそうだよ! こんなSFめいたスーツ使って鉄格子をぶっ壊して通り抜けるわ、警官が来たら透明になって見えなくなるわで……。大体荷物没収されたはずだろうが! なんでこんなの持ってたんだよ! 二重の意味でな!?」
兄「そこは企業秘密ですよ。戦人たるもの奥の手は幾つもあるべきなのです」
男「んでこの特殊能力バリバリ万歳おもしろスーツはなんなの? 俺とお前いつの間にかミュータント?」
「たとえ変異したとしても亀の忍者とかは死んでも御免ですけどね」……と、て朗は続ける。
兄「NANOスーツといって米国が開発した数々の特殊機能を有する次世代パワードスーツの一種です」
男「ぱ、パワードスーツぅ……?」
兄「そうです。治癒機能も備えていて零下200℃の環境にも耐えることが可能。具体的なエネルギー源は不明です」
男「不明って……」
兄「存在そのものが機密扱いですからね。そして現在、エネルギー出力を歩行補助機能に集中させ、移動能力を極限まであげているのです。マキシマムです。マキシマムスピードです」
男「お前、北朝鮮の兵士とかエイリアンか何かと戦うつもりか?」
兄「今は不明ですが、いずれその時が来るかもしれません」
このガスマスク野朗は平気でこんなこと言う。
なんなの? 死ぬの?
男「……もういい。先導してくれのはありがたいけど、とにかく黙ってくれ」
兄「Roger that」
走る走る走る走る。
闇の中を疾走するSFチックな輩が二名程。
現在ボクラハ脱獄中。自宅ヲ目指シテ早二時間ガ経過。
なんだか今日は日常という名の道から大きくかけ離れた気がする日曜日でもあり、
「あぁ、くそぉぁああ!」
少し笑いたくなるような夜中のジョギングだった。
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tbc…―→
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風呂上り独特の火照った体を冷やすべく、Tシャツに短パン。そんな格好の俺がいた。
男「……ってなことがあってさぁ」
T「そっかー、大変だったねぇ」
片手にはコップ。中身は牛乳、そして氷だ。
男「色んな所筋肉痛になっててさ、身体の節々が悲鳴をあげてるよ」
T「そっかー、大変だったねぇ」
汗ばむ額と粘つく口内。堪らず俺は手元のものを口へと運ぶ。
男「――ぷは。俺とて朗が捕まってたって記録とか、全部抹消したらしいよ。て朗が」
T「そっかー、大変だったねぇ」
いやぁ…………。
男「まったく、いつまでも肝冷す思いはしたくないけど、何かご都合主義というかなんというか。……無茶苦茶だよ」
T「そっかー、大変だったねぇ」
男(……こ、こいつっ!)
目の前には俺の言葉一つ一つに相槌をうつ幼女こと、てろ子ちゃんが一人。台所にはて朗がせこせこと晩御飯の皿洗いをしており、食器と食器とがぶつかる音とザアという水音で辺りを包む。
違和感。
先ほどからの違和感。何よりもおかしいのがてろ子ちゃんの目線の先だ。てろ子ちゃんのくりくりとした大きめの瞳は俺のことを捉えることを意識的に拒んでいるように見えて仕方ないのだ。
男「…………」
T「…………」
沈黙。
てろ子ちゃんはというとカーペットの床に何度も『のの字』を何度も指でぐるぐる擦(なぞ)るばかりで何の反応も示さない。目も合わせようとしないのだ。
理由はというと……、心当たり。大いにある。
男「…………」
T「あっ、男、おまんじゅう食べる? おいしいお茶もあるんだよ。近所のおばさんから頂いたんだっ」
正直この態度はどうなのだろうか、白々しいにもほどがあるってもんじゃあないでしょうか?
むかっ腹さえ立ってもおかしくない筈です。堪えたぞ、俺。大人な俺はクールかつ冷静。つまり怒らない優しいお兄ぃさんをほんのり演出ということなのです。
物事を把握する際に自らの感情だけでその場をぶち壊すということは非常によくない事だろう。ならば次は何をするべきか?
確信をつく。これに限る。
男「まんじゅう、貰おうかな」
T「りょ、了解。今持ってくるねー」
男「てろ子ちゃん、お茶は少し濃いめでお願いな。あんこの甘さを十分に中和するくらい」
T「分かったー、よいしょと……」
男「…………」
不器用ながら淡々と緑茶を淹れるてろ子ちゃん。なんとなく母さんを思い出したが直ぐに頭の中から消え去ってしまう。
T「……ひゃっ、あつっ!」
見ると急須から注ぐさいに先から零れてきたお湯が彼女の掌を直撃したらしい。
男「ちょ、大丈夫かよ。ああ、ホラこんな並々入れるから……。こぼすのも当たり前でしょうが。痛くない? 平気?」
T「へーきへーき! えへへ、失敗だねー、……め」
男「……め?」
T「メディーックッッ!!!」
男「ほんとに平気!?」
T「大丈夫大丈夫。このくらいあの時の傷に比べたら……」
男「いや、どの時の傷だよ」
T「思い出すな。――ベトナムを」
男「いいからホラ、手ぇ出せやこのヤロウ」
冷水につけて絞った手拭でぷにぷにとした小さな手を優しく覆ってやる。
ベトナムでの傷がどの程度のものだったのか俺は分からないが、流石に堪えるものがあったらしく、多少涙目になる彼女。その笑顔を見ていると、健全な俺でさえアウトローな性癖を持ってしまいそうで非常に困る。俺はロリコンなんかじゃあない。一番下のストライクゾーンは高校生なのだ。
これってまだ大丈夫なラインだよね?
男「ぬおおおお」
T「どうしたの、男? 頭なんか抱えちゃって」
男「いや、俺は違うぞ。犯罪者なんかじゃない」
T「そ、そう。……あっ、ホラ、見て見て、男っ!」
男「何……? どうしたの?」
彼女の視線の先には中身が少しこぼれた湯飲み。どうやら彼女の驚きの要点は湯飲みの中にあるらしい。
T「茶柱立ってる!」
男「茶柱か。へえ、珍しいもんだね」
T「写真で何度か見たことあるけど実際に見たの初めてだっ! こーなってるんだー」
男「あはは、普段わざわざ茶淹れて飲むなんてことしないし、俺もこれ見たの大分久しぶりになるかな」
T「そっかー」
男「縁起物だしね。なんか近々いいことあるかもな」
T「いいことかー。なんだろ……」
男「なんだろうなァ」
首を傾げて考え込むてろ子ちゃんを見て、思わず俺も仲間に入ってしまう。
男「彼女ができたり!――なんてなっ」
T「寝言は寝てからたれてくれると嬉しいなっ♪」
男「調子こいてすみません」
部屋の隅にある迷彩柄の大型ナップザック(こと、てろ子ちゃんバック。中には彼女の『私物』が入っている)の存在を目先で示すてろ子ちゃん。事を進めればジェノサイドだ。俺一人で集団殺戮が始まってしまじゃないか。
T「お茶ってので日常的すぎて、いいことのランクが格段に落ちてそうだよね」
男「たしかに。昔大事にしてたものが偶然手元にくる、とかそんなレベルかも」
T「うー、流れ星のほうが上だったりするのかなぁ」
男「何を基準にして『上』なのかよく分かんないけど……、日本人ってこういうジンクスとかって本当に好きだよねぇ。実際当たるかも分からないのによく信じるよ」
T「もー、男ー! 夢のないこと言わないでよ」
男「いや、でもさ。……あはは、ごめんごめん」
T「もう。はい、男。おまんじゅう」
男「おうありがとう。そういや警察呼んだの、てろ子ちゃんだよね?」
T「あぁ、うん。……え?」
はい、ビンゴ。
男「――ンのガキがぁあああぁぁああぁぁあああああぁぁぁぁああッ!」
T「きゃあぁあああああぁぁああぁぁあああぁぁぁあああぁああああッ」
光の速さで饅頭を喰らい尽くし湯飲みの中身も飲み干した俺は、テーブルの上に乗っかっていたものを瞬時に降ろしたうちに、ひっくり返した。言わばちゃぶ台返しだ。
テーブルだけが宙を舞った。
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