Neetel Inside 文芸新都
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美少女70万人vsタクヤ
第十九話@誤認(ミッシング)

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第十九話「ミッシング」

 1ノCの教室には相変わらず重い空気が流れていた。
 昨日は気に掛ける余裕もなかったが、よく見ればみんなどこか不安そうな表情をしている。
 原因は学校内で一人、行方不明になっているという噂だった。
「私たちのクラスには幸いそのような事件に巻き込まれた者はいません。
 でも、おかしいのはこれが事件として取り上げられていないことなんです」
 滝川綾女。もとい、クラス委員長は憤りを隠さないまま言った。
「なるほど……、昨日は本当にごめん。そんなことも知らずに騒いだりして」
「いいえ、昨日は私も強く言いすぎました」
 鈴音はタクヤの後ろから綾女を睨みつけている。
 綾女はそれを意に介した様子もなく、にっこりと微笑んで見せた。

 ――ガラガラ。
「皆さん、席に着いて下さい。大変、残念なお知らせがあります」
 教室の空気がひやりとしたものに変わる。
 教師によると、隣のクラスで一昨日から帰宅していなかった生徒が、
 昨晩川沿いにて遺体で発見されたという。
 ざわざわと沸き立つ教室。
「まだ事件と決まったわけではありません。事故の可能性もあります」
「先生、どうして休校にしないんですか?」
 女生徒の一人が勢いよく教師に言い放った。
「そ、それは一人目ということで、まだ本当に事件と決まったわけじゃ――」
「でも、生徒が失踪してるのはこの学校だけじゃない。そうですよね? 先生」
「そ、それは……」

 ざわりと教室が沸いた。
「なにそれ、どういうこと?」
「ちゃんと説明してよっ」
 生徒は事態を軽くみる学校側に反発し、教室はもはや収拾がつかないほどに騒がしくなった。
 僕の席のそばに鈴音が駆け寄ってくる。
「もう、帰ろうタクヤ。こんなじゃ今日は授業にならないと思うし」
 確かにこれでは授業どころではないのは明白だった。
 中にはもう授業道具をしまい、逃げ帰ろうとする生徒もいる。
「そうだな……」
 僕は教室で一人黙々とハイデッカーの哲学書を眺めているナミを呼びに行った。

     


「ナミ、帰るよ」
「……? はい」
 しおりを丁寧に挟むとナミは立ち上がって辺りを見回す。
「これは、何の騒ぎなの」
「はは……凄い集中力だね」
 ナミはそう問い掛けつつ、タクヤの話しを聞きながら授業道具をしまっていく。
「事態は把握しました。でも、いいんですか」
「なにが?」
 タクヤの問いに、ナミは一瞬面を食らったように目を瞬かせた。
「……いえ、何でもありません」
「うん?」
「タクヤ、はやく行きましょうよ」
 鈴音は金のテールを舞わせて、確かな処女臭を漂わせながらタクヤの腕に抱きついた。

「(処女臭? 何を考えてるんだ僕は……)」
 鈴音に連れられて、廊下へ出ると待っていたのは滝川 綾女の姿だった。
「た、タクヤ君は今から帰るの?」
「え、うん」
「それなら、私も一緒にいいかしら」
「ダメに決まってるでしょ」
 鈴音はドスの利いた声で言った。
「……」
 綾女の眼孔に一瞬鋭い光が走る。
「まぁ、いいんじゃないか。外は物騒なのに変わりはないんだし」
「ありがとう!」
 綾女は可愛く顔を綻ばせた。

「なんだか静まり返ってるね」
 僕は辺りを見回して言う。というのも、鈴音の綾女は決定的に相性が悪いらしい。
 僕が喋らないと、二人はすぐに衝突してしまうのだ。
「確かにもう夜のような静けさね」
「昼間にしてはおかしいかも」
 立ち並ぶデパートからは物音一つ聞こえない。
 空は曇り始め、立ち並ぶビルが陰湿な影を作り出すと、辺りはいよいよ不気味に演出された。
「あ、あの、私の家こっちだから……」
 綾女はどういうわけか、来た道を指さした。

     


「はぁ? さっき来た道と逆方向じゃないの」
 鈴音の憤怒はもっともだった。ただでさえ女だらけの怪しい街は、
 さらに怪しくなっているのに、必要以上に歩き回りたいという気持ちは誰も持ち合わせていない。
「その、綾女さんの家はどこなの?」
 僕は恐る恐る聞いてみた。
「……番外地、……23―1です」
「は」
 番外地とは御剣市の周辺でもっとも郊外にある場所を指す。
 そんなところまで歩いて行くには2~3時間は優にかかるだろう。

「いつもはどうやって通っているんだい?」
「バスか自宅の車で……」
 ふざけ過ぎよ、などと鈴音が言っている。
「ねえ、タクヤ。もうほっといて行きましょう?」
 綾女の顔が一瞬かげる。
「そういうわけにはいかないよ、鈴音さん」
 きっと綾女は何か理由があって僕に着いてきたに違いない。
 でなければ、あんな顔は出来ないはずだから。
「その、良かったら僕の家の車で送るけど」
「えっと……」
 妙に歯切れが悪くなった綾女を見かねて鈴音は叱咤する。
「いい加減にしてよ。どうしてほしいのかくらい言えないの?
 タクヤは優しいけど、タクヤを困らせるような奴に私は容赦しないわよ」
 いまいち棘のある言い方だが、僕はそんな鈴音の声には反応せずに綾女の言葉を待った。
「…………じ、実は――」
 それは、何とも信じがたい話しであった。


     


 2XXX年 6月某日。

 それなりの土地と財産を持った私、滝川家には病弱な姉がいた。
 名を滝川凜々という。
 綾女とは対照的な黒い長髪。目尻の際は凜とし、すらりと立つその姿は異彩を放ち、
 肌は肌理細やかで、光に晒されるとまるでこの世のものとは思えないほど美妙な様であると、
 家族の者ですら溜め息をつくほどだった。
 普段は使用人や専属の医師、家庭教師などを囲わせて、家の中で過ごしている。
 そんな姉の元へいつものように私は足を運ぶと、驚くべき光景を目の当たりにしてしまう。

「ん……あぁっ……」
 部屋の扉の隙間から漏れる声。
 私は嫌な悪寒が走った。
 あの潔白で何の穢れも知らない姉が、まさかこんな甘美な声を喘いでいるなんて。
「あぁっ……、んっ、はぁっ」
 それは、私が見たこともない姉のあられもない姿だった。
 大きく開かれた華奢な脚の間にある仄かな桃色のスジ。
 そこに沿えられたか細い指は淫乱に動いていた。

「はぁぅ……っ、んっ、あぁっぁあ!」
 触れれば壊れてしまいそうなくらい柔らかい色をしたそれは、
 淫らに銀色の飛沫をあげながら高い音をさせている。
 私はどうすることも出来ず、頭の中で視界と現実とを切り離されてしまったような、
 もやもやとした感覚に襲われていた。
「う、はぁっ……いっクぅうぁぁあ!」
 白い肌は淫靡に揺れて、弓なりに反れる。
 涙を流しながら、それでも指の動きは止まらない。
「く、はぁっ……あぁっ!」
 私は姉がそれを好んで行っているようには思えなかった。
 私の頬にも一縷の雫が走り、気づけば私は部屋へと踏み行っていた。

「お姉様っ!」
 姉は朱に染めた艶姿で私を見た。
 女の私ですら、その姿は男の性を揺るがすものだとはっきりと認識する。
「あら? どうしたの?」
 姉は私を見て何とも思っていないのか、冷たい視線で下から上へと睥睨した。
「ごめんなさいね。私が手淫に耽っているのを見てしまった。そういうことでしょう?」
「……は、はい。でも、お姉様、出来ればそういうことは……」
「何? 私もただの女。綺麗な女が自慰をするのも不細工な女が自慰をするのも一緒でしょう?」
「ち、違います。私が言いたいのはお姉様のお体で――」
「黙りなさい小娘。ちょっと顔が良いからって調子に乗るんじゃない。私が今までどれだけ苦労してきたか
 ……それを思えば、こんな体、どうなったって構いやしないのよ」
「……?」
 雰囲気がいつもと違う。
 初めに感じた違和感はそれだった。
 しかし、それを肯定できるのに至ったのはすぐ後のことだ。

     


 ――ガシャン。
 長テーブルの向こう側、姉のいる席から一際大きな音が響き渡る。
「まずいわ、何なのこの淡泊な味付けは」
「そうおっしゃられましてもお嬢様、お体に障ります故、ご辛抱くださいませ」
 若い有能な娘が凜々に頭を垂れる。
「――フ、へぇ……何から何まであの方の好みってわけ? ねえ、時に綾女」
「はい、何ですか、お姉様」
「この家にお父様はいらっしゃるのかしら」
「いいえ、ここに越してくる前にネパールへ商談に出かけたままです」
 そう言えば、一週間で戻ると言っていたのにもう数ヶ月も経つ。
「じゃあ、ここの家人は新入り?」
「ええ、ここに越したのと同時に新しく雇った者達です。皆よくしてくれています。
 どうされたの? 最近のお姉様は何だか気が立ってるように見えるわ」
「なるほどねぇ」
 私の言葉は無視し、姉は今まで見せたこともないほど唇を歪めて、笑った。
 それから深夜になると、姉の奇行はまたも続いた。
「お嬢様っ! お体に障ります!」
「うるさいっ。どけ!」
「きゃっ――」

 どんどんどん。
 私の部屋を大きく叩く音は、間違えれば姉の腕が折れてしまうのではないかと思うほど大きく鳴り響いた。
 そうならなくても怪我を召されては一大事なので、私は眠気も吹き飛びベッドから飛び起きた。
「お姉様、どうしたの?」
 扉を開けると姉はしてやったりとした顔で私の腹に何かを突き立てた。
「――え?」
 今まで一度も全力で走ったことすらないような姉が、私に全力で体当たりをしてきたようだ。
 激痛が下腹部に走り、私はその場で蹲ってしまう。
「きゃぁあ! 綾女、しっかり!」
 果物ナイフで刺され、全治三週間。
 しばらくは排泄も困難なほどに陥った。
 事故か故意かはうやむやになり、結局使用人が無闇に追い立てたせいで事故に繋がったとしてこの出来事は収まった。
 しかし、私の脳裏には部屋を開けたときの姉の顔がついて離れず、私は次第に姉が恐ろしく見えてくる。

     


「ある街で一人だけ男がいるって話し、知ってる?」
 ある日、姉はテラスで突然わけのわからないことを言い出した。
「一人かどうかはわからないけど、私のクラスに一人だけ男子生徒がいます」
 この台詞に姉の雰囲気は一変した。
「名前は?」
「確か、タクヤって――」
「そいつは何処にいるの?」
「わかりません。まだ登校すらしてきていないので……」
 凜々は今まで以上に別人と感じて取れる。
「あ、あの……?」
「――――」

 タクヤが学園へ通うようになってからは、このことを姉に話すのはいけない気がした。

「それからどうしたんだ?」
 綾女は口を開かない。
 家の前まで来ると、ナミが扉を開けた。
「おかえり、早かったな」
 亜夕花がキッチンの方から白衣姿で答えた。
「何してたんだ?」
「なに、ちょっとした実験をね」
 一行はリビングへと進んだ。
 亜夕花が気を利かせて皿にケーキを盛って運んできた。
「なんだ。新しい許嫁か? 登校二日で自宅に招くとは、流石ワシの――」
 亜夕花は綾女を見て頬を弛ませる。
「そんなんじゃないよ」
 綾女が恭しく礼をすると、タクヤに着いてきた経緯を話し始める。
「なるほど、事情はだいたいわかった。それで?」
「家に帰るのが怖くて仕方ないんです。次に会ったら何をされるか
 ……それで、一週間ほど前からホテルに泊まったりしてたんですが……」
 綾女の手は固く握られ、俯いた頭から表情は読み取れなかった。

       

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