Neetel Inside 文芸新都
表紙

美少女70万人vsタクヤ
第六話@巣窟(ネスト)

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 第六話「ネスト」

 御剣市。総人口110万人。その中にたった一人、男がいた。
 タクヤと呼ばれる男子学生だけだ。現在15歳。
 エスカレーター式で来月には高校へ入学する。
 そして中学の卒業式を控え、タクヤはより質の高い美少女を得るために目下散策に出かけていた。

 とある人気のない廃墟の路地。病院跡地であったことを思わせるそこにタクヤは一瞬目をやった。
「……」
 タクヤが過ぎ去っていった建物のその奧には噎び泣く女の姿があった。
「お願いだからやめてっ!」
「……馬鹿いうんじゃないよ。勝負はバージンを掛けていたろう? この映像は売れるんだよ」
 手術台。その白け褪せた台の上に年ごろの美少女があられもない姿で縛り付けられている。
「どれがいいかね――」
 そばには大人の玩具と呼ばれるソレが大量に並んでいた。
 どれも年季が入っているのか、黄ばんだもの、何かの液が乾いたようなもの、
 白い斑点を残したものなど、手入れの悪さが見て取れる。
「ヤダッ、やだあっ――そんなの入れたくない!」
 薄暗い部屋の中、大きく開いた内股を揺らして抵抗してみせる少女。
 しかしそれだけで彼女の姿勢はどうにもならない。Mの字になった彼女の杯から、きらりと光が見えていた。
「ふっ、準備はもう出来ているんじゃないか。この淫乱娘。それじゃあ、これにしよう」
「い、いやぁぁああああ!」
 そばにいる女以外、誰にもその悲痛の叫びが聞こえることはない。
 廃墟で叫声が響き渡る中、日は暮れていった。

「タクヤ、おかえりなさい」
 ナミは玄関でそう言った。
「残念だったね。私はタクヤじゃない」
「……」
 現れたのは結衣であった。雨合羽に身を包み、滴る水と共に玄関へ上がった。
 ぱちんと玄関の照明を落とすナミ。
「あ、ちょ、まだ脱ぎ終わってないのに!」
 ナミは厨房へ戻り、夕飯の支度を続行する。

     


 パタパタと結衣がスリッパを鳴らせてそこへ入ってきた。

「何か手伝ってやろうか?」
 あの後、結衣は何故かタクヤの手下のように尽くすようになった。
 地下施設から出ることを許されている唯一の捕虜と言っても良い。
 それがナミには理解できない。
「いらない。それよりも、それ以上料理に近づいたら殺します」
「げ、毒なんか盛らないんだけどなあ」
「今日は何処へ出かけていたんですか」
「んー、別に何処ってわけじゃないんだ……」
 ――ナミにタクヤの尾行をしていたなんて言ったら大変だ。

「尾行ですか」
「え? 何でわかっ――、ち、違う」
「しかし、あれだけ殺すと息巻いていたあなたが、一体どういう風の吹き回しです」
 タクヤに対する敵対心は消えていた。
 彼が与えてくれる甘美な時間が結衣の心と体を染め上げたと言っても過言ではない。
「それは……よくわからない。けど、もう殺意とかそういうのはない」
「にわかには信じがたい言動をしますね」
「そうなんだけど……ね」
 結衣は髪の房をかき上げて視線を逸らした。

『ピロリロ~』
 その時、間の抜けるような音がナミのポケットから鳴り出す。
「はい、タクヤ? ――え? はい」
 ナミは突然携帯を切ると厨房を出て行く。
「え、ちょっと――どこいくんだ?」
 結衣が慌てて追いかける。外はまだ雨のままだった。
 玄関を出て、家の隣にある車庫の車に乗ったナミは結衣を乗せてエンジンを吹かした。
「一応聞きますが、ユイは何故途中で尾行をやめたんですか」
「尾行には気づいてたのか!?
 えっと、タクヤが能力者の巣窟(ネスト)って呼ばれるところに入っていったからちょっと怖くて」
「やはりそういうことでしたか」
「それってどういう――」
 キキキという音で結衣の声はかき消された。
 クラクションが鳴り響き、赤信号も歩行者も無視し、
 歩道に乗り上げながら走るナミの運転技術はどこぞのスパイ顔負けの腕だった。
「舌を噛みますよ」
 悪い夢でも見ているのか、裏路地に車を縦に突っ込んだときは息が止まりそうになった。
「わあああ!」
 ――――。

     

 土砂降りの暗闇。そこは病院の跡地であった。
 タクヤはその建物の軒の下で一人ぽつりと立っていた。

 ナミ達の車がそこで止まる。
「あんたっ、交通ルールって知ってる?」
「地方の特殊表記から世界まで車の免許資格は網羅していますが?」
「その意味がない」
 ナミは結衣が言い終わるより先に傘をさして車を降りていた。
「大丈夫ですか? タクヤ」
「ん、ああ」
 タクヤの背中には一人の少女がいた。
「うわー、何だか不気味なところ」
 車を降りた結衣が建物のそばまで寄った。
 暗闇での大きな建物というのは怖い。
「タクヤ、その女は?」
 ナミは元々そういう感情を持ち合わせていない。それよりもタクヤの背中が重要だった。
「――なっ、その子裸なのさ。気絶してる女の子をどうしようっていうの?」
「結衣は黙って」
 タクヤは帰りながら話すと言って車へ歩き出す。
 事の顛末はこうだ。

 一度は通り過ぎた廃墟だったが、何故だか同じところに戻ってきてしまう。
 結界の類を考えたタクヤが廃墟へ踏み込むと十数人と戦闘になった。
 全員倒したが、何故か全員が非処女。
 萎えたタクヤは少女達を解放し、建物を散策していると寝台に縛り付けられたその子がいたという。
「つまりどういうこと?」
「――処女を奪ってる女がいるってことだ」
 タクヤは車の中で憤った声色をさせて言った。

 次の日、朝の陽気が降り注ぐ街の中。タクヤとナミ、結衣の三人は連れてきた少女を囲んで言った。
「処女を賭けたぁ?!」
 少女は萎縮したように肩をすくませながら頷く。
「仕方がなかったの、もう生活も出来なくて、あるのはこの変な力だけだし……」
 ぽんっと手を叩くと突然ぬいぐるみが現れた。可愛らしい熊かたちのものだ。
「使えそうにない力だね……」

     


 リビングのテーブルの上に置かれた熊人形は沈黙したまま、四本の足で立つことが出来ずにひっくり返った。
「じゃあ、あそこにいた子たちは生活が困難になった浮浪者達の巣窟だったわけか……」
「戦いに勝てばお金。負けても組入りすることで生きてはいけるということですか」
「廃墟のエリアは通称ネストって呼ばれていて、
 元うちの組織(リンクポトン)ではそういう特定地域は看過していたんだよね」
 少女と三人の間に間が流れた。
「いずれにしてもしばらく家にいればいいよ」
「あ、ありがとうございますっ」
 タクヤは椅子に深く腰掛ける。
 頭の中ではとっくに筋書きが出来ていた。そんな組織があるなら真っ先にそこへ行くべきだ。

 ……ぐうとなるタクヤの腹。
「急いで朝食にします」
「ああ、頼む」
 ナミが席を立ってキッチンへ向かった。
「乗り込むのか?」
「まぁな、他にも巣窟があればの話しだが、あるんだろう?」
 タクヤがリビングの隅から地図を取り出し、結衣に催促する。
 御剣市の地図(それ)に結衣は赤ペンでマークを書き込んでいく。
 御剣市に存在しうる廃墟の場所だ。
「都市開発が凍結したところは全部か……」
 中には一角の住宅街なみの大きさを誇るようなところまであった。
「大きく分けて四つ」
 ナミの運んできたトーストに舌鼓を打ちながら数と場所を確認する。
「南東に二つ、東に一つ、北東東に一つですか。
 これだけ大きいとどんな組織があるかわかりません、お力添えさせて頂きます」
 タクヤ家施設内の管理に追われて先日は同行出来なかったが、
 今回は是が非でも行かなければならない。
 
「サー! 行くぞっ!」
 晴天下で音頭を取ったのは結衣の姿だった。
 玄関先でナミとタクヤを従えるように先頭に立つ。
「何でお前が仕切ってるんだ」
「私がいないと道案内できないだろ、違うか?」
「いや、必要ない」

     


「……」
 ナミは高性能な知能と衛星サーバを有している。
 おまけに粒子を操ることが出来る為、なまじタクヤに近い力も併せ持っている。
「どっちにしても着いていくんだからな!」
「どうでもいいけど、早く行くぞ」
 
 …………。
 ………………。
「はぁはぁ――」
 最後の一人が片膝をついて肩で息をする。
「俺たちに目を付けられたのが最期だったな。女」
 汗でしっとりとした髪が最期の舞踏をする。
『――致死瓶(デットポット)』
 少女の手から出現した怪しげな小瓶がタクヤへ降り注ぐ。
『反転(リフレク)』
 その軌道が真逆の運動となって逆に少女へと襲いかかる。
「ぁぁぁあああ――――」
 見下ろすタクヤに今度は光がぶつけられた。
「隠れてたのか?」
 今のタクヤに隙はなかった。
 非処女に対する躊躇いなど何処にもないのだ。
 タクヤは使用済みに興味はない。
「……あっ、ぁ……」
 砂利に積み上げられた支柱の上に年端のいかない少女が佇んでいた。
「残念だ――」
 最期の一人を支柱のオブジェと変えたタクヤはナミたちの元へと向かった。

「くっ――体が動かない?!」
 敵を前にして無様に静止した相手にナイフをかすめる結衣。
 毒塗りのそれは他の数十人と同様に戦闘不能を強制した。
 ナミの空間固定(オールブロック)と結衣の毒塗りナイフのコンボは順調に敵を仕留めていた。
「終わったか?」
 タクヤが二人の前へ現れる。
「はい」

 ――634人。それがタクヤ達の倒した巣窟(ネスト)の人数だ。
 その時、ぱちぱちと乾いた音が建物の中で木霊した。

     


「……お見事」
 現れたのは車いすに乗った少女ときつい目をした美少女だった。その後ろから拍手の音が鳴り響く。
 その異様な様子はすぐに理解した。
「あの子、腕が――」
 車いすに乗った少女は双眸を布で覆い、両腕が無かった。
「古今東西、この能力を得てからはここまで裏の人間(こちらがわ)が叩かれるとは思いませんでした。
 何か――要求があるなら呑みましょう」
 傲慢な態度で後ろの女がそう言った。
「この組織で処女を奪ってる悪趣味女郎を知っているか」
 女はくすりと嗤った。
「もうとっくに倒したのではなくて?」
 リノリウムの床に倒れた少女達を指した。女は腕を降ろして続ける。
「ここにいる子は皆、覚悟が必要です。それは乙女の純潔よりも重大で孤高、
 そして何ものにも変えられない気高き覚悟『死の覚悟』。
 その覚悟を見せて貰うとなれば、操を自ら散らすこともありましょう」

 窓から入る夕暮れ時の日射し。
 少し薄暗いこの建物の中で、タクヤは一つの結論を叩き出していた。
「つまり、最後に残ったお前ら二人はそのことを知らないのか」
「元来、我々の組織は外部に悪影響を与えたりするようなものではありません。
 ましてや、組織に入るために乙女の操を引き合いに出すなど、
 そのような蛮行、少なくともここの彼女達はなさらないでしょう」
 結衣が不安そうに女とタクヤを見る。
「勘違いだったってこと……?」
「いや、違う。そんな行為があったこと、生み出してしまったということは結局こいつらの責任さ」
 女は表情一つ変えずに車いすの後ろで佇み、
「そうですね……あなたの言うとおりです。
 しかし、私たちとしてもあなた方にハラカラをやられたという結果しか残らない。
 これは、ただで返すわけにはいきませんね」
 女はゆっくりと三人に手をかざした。
『能力吸――』
「待って」
 初めて車いすの少女がその可憐な声を上げた。

「……そう、いいの?」
 女は何か諦観したように双眸に掛けられていた布をほどいていく。
 美しき容貌に閉じられた目蓋がゆっくりと見開いていった。

     

 
 綺麗な琥珀色をした眼(それ)がタクヤ達に向けられる。
「綺麗な目……」
 結衣が感嘆の声を上げたと同時に、タクヤ達は打ち震えるような恐怖を感じた。
『虚無審判(ノージャッジ)』
 一瞬――。まさにその瞬きの間に、輝きにも似た何かが舞い散り、タクヤ達の周り全てを呑み込んだ。
 跡形もなく、慈悲もなく、音もない。

 ただ、破滅した空間に夕の光が差し込む。
 再び少女に目隠しを施すと、女は目の前に映った光景に息を呑む。
 残ったのは抉られた地面と倒壊した建物の残滓だけだったからだ。
 虚無審判――。目に映るモノ全ての存在を否定する魔眼。それはあまりに無慈悲な絶対無二の力。
 タクヤに敗れた少女達の姿も消え失せ、二人はその場を後にする。

「――これで、良かったの?」
「……」
 車いすの少女は何も答えなかった。
 一人分の足音と車輪が轢く砂の音とが二人の耳にいつまでも残り続けた。

       

表紙

病芽狂希 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha