Neetel Inside 文芸新都
表紙

短編集(『雨の日、二人で歩く道』更新)
ブーちゃんがいく

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部に後輩ができた。その食いっぷりからあだ名はすぐにブーちゃんとなった。これはそのブーちゃんの日常を記したものである。

一.ブーちゃんと雪
 
 その日は雪が降っていた。
 僕がホッカイロで何とか寒さをしのぎながら、部室に向かう途中で、ちょうどブーちゃんに出会った。
 ブーちゃんは今日もTシャツしか着ていない。彼は一年中Tシャツ一枚で過ごすのだ。Tシャツには「カルボナーラ大盛り 生麺で」という文字がプリントされている。そしてその両手にはアイククリームが握られていた。
「ブーちゃん、寒くないの?」と僕は心配して聞いたが、ブーちゃんは「いやあ、むしろもう少し涼しくなってもいいくらいですよー」とアイスを食べながら答えた。
 しばらく歩いたあと僕は先ほどから気になっていたことを口に出した。
「ブーちゃんさあ、さっきから疑問に思っていたんだけど。聞いていい?」
「何です?」
「何で君はこの寒いなかアイスを食べているのに体から湯気が出ているんだい?」
「いやあ、アイスうまいっすねー」

 
 
ニ.ブーちゃんとマクドナルド

 ブーちゃんと僕は二人でマクドナルドに行った。ブーちゃんは今日もTシャツ一枚という格好で、シャツには「ポテチさえあれば生きていける気がする」とプリントされている。 
 ブーちゃんの前に置かれたハンバーガーの量を見て僕は感歎の声を上げた。
「すごいね、ブーちゃん。そのハンバーガーの山。こっちからじゃブーちゃんの顔が見えないくらいだよ」
「いやあ、先輩。これくらい余裕ですよ」
 ブーちゃんの前にはハンバーガーとチーズバーガーが五十個ずつ置かれている。ブーちゃんは右手にハンバーガー、左手にチーズバーガーを持ち、凄まじい勢いで食べ始めた。
「ブーちゃん、一つずつ食べたら?」と僕が言うと、ブーちゃんは「先輩、よく見てくださいよ。一度に二つの味が楽しめるんですよー」
 僕は自分のぶんを食べ終わると少しお腹がすいていたので、「ブーちゃん、一個もらっていい?」とハンバーガーに手をのばしたが、ブーちゃんはすごい勢いで、そう万引きGメンが万引き犯を捕まえるときよりもすごい勢いで、僕の手をつかんだ。そのスピードはいつもののんびりとしたブーちゃんとは違い、人の領域を超えたスピード、まさしく神速としか言いようの無いほどのスピードだった。
「先輩、いくら先輩といっても僕のハンバーガーを食べることは許しません。どうしても食べたいというなら、僕を倒してからにしてください」
 ブーちゃんの勢いに圧倒された僕は「ご、ごめん」と謝る事しかできなった。
 そしてハンバーガーを無事食べ終わり、僕が店を出ようとしたとき後ろで信じられない声が聞こえた。
 ブーちゃんが店員にこう言ったのだ。
「すいません。てりやきマックバーガー五十個、テイクアウトで」
 
三.ブーちゃんと冷蔵庫
 
 それは僕らに対する嫌がらせとしか思えないほどに焼き付けてくる太陽が、親の敵のように憎らしく思えるほどの、ある夏の日のことだった。
「あれ? 業務用冷蔵庫になってる」
誰もいない部室に入った僕の第一声はそれだった。
 部室には小型冷蔵庫があったが、ブーちゃんが入部してからというものの冷蔵庫がだんだん大きくなっていっているのには気づいていた。
 だが、さすがに僕もこの時はおどろいた。いくら何でも業務用冷蔵庫はないだろう。業務用冷蔵庫は。
 あんまり驚いたのでわが目を疑い、ひょっとして今見ているものは幻覚ではなかろうかと半ば本気で思ったり、この冷蔵庫は実は僕のすぐ目の前にあって、そのせいで大きく見えているのかもしれないぞと思ったりもしたが、やっぱりそんなことはなくて、業務用冷蔵庫は業務用冷蔵庫だった。
 しばらく呆然と冷蔵庫を眺めたあと、僕はその巨大な扉をおそるおそる開いてみた。
 僕は今度こそ自分が見ているものが幻覚ではないかと思ったが、そのとてもブーちゃんに似た、というかブーちゃん以外の何者でもない幻覚は僕に向かってこう話しかけてきた。
「あっ! 先輩助かりましたよー。実はあんまり暑いんで冷蔵庫の中でご飯とかアイス食いまくってたんですけど、なぜかお腹がつかえて出られなくなっちゃって……というわけなんで助けてくださ……」
 僕はそのまま黙って冷蔵庫の扉をしめた。

四.ブーちゃんとバラライカ

 僕と部の同輩の山田くんとブーちゃんの三人で飲みに行った。
 席に着き、注文をする。僕と山田くんはカルボナーラ大盛りと、生ハムピザとチーズカリカリを頼み、ブーちゃんは店のメニューを片っ端から頼んだ。
 ブーちゃんはブラッディーマリーを、山田くんはゴッドマザーを、僕はバラライカを頼む。
 注文が来ると乾杯した。ブーちゃんはブラッディーマリーを飲むと「これカゴメの味しかしないっすよー」と言った。
 僕はバラライカを一口飲むと山田くんに話しかける。
「いやあ、バラライカっていう言葉の響きがいいよね。もう味とかどうでもいいよ。この言葉の響きだけでなんか嬉しくなるよ。ところで山田くん、『スキージャンプ・ペア』っていうスキーのジャンプ競技をペアでやるとどうなるかっていう映画があるんだけどさ」
 僕はバラライカをまた一口飲み、話を続ける。
「それでさ、解説がすごくおもしろいんだよ。いわゆるお姫様だっこでジャンプするペアがいるんだけど、それの解説がすごいんだ。ロマンティックだ、ロマンスロマンス。君と飲みたいロイヤルミルクティー! アールグレイ」
 それを聞き、山田くんが「ないわー」と言った。
「まあ、僕が一番気に入ったのはロシア代表でさ。コサックダンスをしながらジャンプするんだけど、それに対してこう解説するんだ……」
僕はバラライカを飲み干し、おもむろにこう言った。
「コサック、コサック、バラライカ……とね」
「コサック、コサック、バラライカ?」と山田くんが聞き返す。僕はうなずきながら、
「そうそう。コサック、コサック、バラライカ!」
 僕と山田くんは立ち上がり、コサックダンスをしながら一緒に叫ぶ。
「コサック! コサック! バラライカッッ!」
 しかし、店員に「すいません。店内で踊らないで下さい」と注意されたので、僕と山田くんは「す、すいません。何だか嬉しくてつい……」と謝った。
 席に戻ると、いつのまに頼んだのかブーちゃんの手にはバラライカがあった。
「いやあ、先輩。バラライカおいしいですね。僕も踊りだしちゃいますよ」と立ち上がり、ブーちゃんはホントに踊りだした。
「コサック、コサック、バラライカ……あっ!」
 バランスを崩したブーちゃんは店内を転がりはじめ、店員に「すいません。店内で転がらないで下さい」と注意されるがとまることができずに転がり続け、そのまますさまじい勢いで店のドアを突き破り、どこかに消えてしまった。
 ブーちゃんの行方は、誰も知らない。

       

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