Neetel Inside 文芸新都
表紙

電波な彼女とヤンデレラ
電波が変な踊りをした混乱した訳も分からず自分に攻撃した

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あの告白から1日が経った。
確かに1日が経った。
しかし、何故俺は未だにセミロングの少女の名前を知らないのだろうか?

あの後、セミロングの少女はすぐにどこかに駆け出して行ってしまった。
名前はおろか、学年さえも聞いてない。
これで本当に付き合っていると言えるのだろうか。

そもそも、あちらは、俺の名前やクラス、席まで知っているのに不公平ではないだろうか。
結局は、訪ねてくるのを待つしか俺には出来ないのだ。



「なぁ、ちょっと今、不思議なことが起きてんだけど」
美樹が、げっそりとした顔で立っていた。
しかし、不思議なこととは何だろうか。
「夏美ちゃんからメールが沢山くるんだよ」
美樹は、「ウガァーッ」と叫びながら、頭を掻き毟った。
「昨日の五時辺りから、今日の朝までずーっと……。お陰で全然眠れてない……。つか、俺、夏美ちゃんにアド教えてねぇぞ、何で知ってるんだよ」
ギクリとした。
ここで俺が教えた、なんて言おうもんなら確実に殺される。
ていうか、放課後から朝までって、どんだけメールしてんだよ。
ありえないだろ。
安藤って、そんなやつだったっけ?
俺の中の安藤のイメージは、早寝早起き、健康一番というイメージだ。
それが、徹夜で美樹なんかとメールだなんて……。
美形の影響は、他人の生活習慣さえも変えるのか……恐るべし。


「おい、和哉」
「何?」
美樹は、首をくいっくいっと右に動かした。
右を見ると、安藤がこちらを凝視していた。

心なしか目が怖い。
食い入るように美樹を見つめていた。


ピロリロリン


「あ……」
美樹が、携帯を見てフリーズした。


「どうした?」
いきなりの美樹のフリーズに俺は、驚いた。
こいつは何事にも動じない奴だと思っていたんだが……。
明らかに目をキョロキョロとさせて挙動不審だ。
「あのさ……、和哉って夏美ちゃんと親しい?」
何をそんな有り得ないことを聞いているのだろう。
俺が、安藤と親しい訳ないじゃないか。
安藤どころが親しい女性なんていな……まぁ、一人だけならいるか。
俺は、セミロングの少女を脳裏に浮かべた。
彼女は、今何をやっているのだろうか。


「おい!何ぼうっとしてんだよ」
美樹は、俺の肩をバシンッと叩き、頭を抱えた。
「俺は、夏美ちゃんって結構サバサバしてる人だと思ったんだ……けどさ、メールが最初来た時さ、妙にテンション上がっててさ、『俺と付き合ってくれよ』って冗談で言ったら、OK貰っちゃってさ、その後『冗談だよ』ってお茶目に返したわけだよ……そしたら『……私を裏切るの?』だってさ、もうそっからはグダグダ……」
ああ、俺の嘘にプラスアルファされたわけですね。

ご愁傷様。
でも、安藤さん可愛いから、なんだか羨ましい。糞贅沢な悩みしやがって。
ていうか、眠れなかったのも、自業自得じゃねえか。

美樹は、その後、携帯の電源をオフにして机にうつ伏せて、寝てしまった。
あんなにキョドってたのに、眠れるなんて意外と神経が太いのかもしれない。まぁ、ただ単に徹夜明けで疲れて寝てしまっただけかもしれないけど。




俺が再びセミロングの少女に会ったのは、放課後に図書館で本を探していた時だった。
俺は、一週間に一冊、本を読む習慣があり、今日はちょうど読み終わった本を返し、新しい本に移る日だった。
俺は、最近ハマっている、伊坂幸太郎の本を探していた。
『オーデュボンの祈り』や『魔王』、『グラスホッパー』などは読み終わったので、新作の『モダンタイムズ』を借りようと探していた。


俺は、新作コーナーにいき、目当ての本を取り、カウンターへ持っていった。

「あ」
最初に気づいたのは彼女だった。
「こんにちわ」
「こんちわ」
彼女の挨拶に俺も答える。
彼女は、図書委員だったのか。
確かに、どことなく文学少女っぽいところもある。

「図書委員だったんだね」
会話が苦手な俺は、見たまんまのことを聞いた。
会話が苦手なやつは、一問一答っぽい会話になりやすいと聞いたことがある。
そこだけは気をつけなくてわ。
「うん、和哉君も本好き?」
本が好きかと聞かれれば好きかもしれないが、そんなに好きでもない。
しかし、ここで「普通」だなんて答えたらつまんない奴って思われるかもしれない。
とりあえず俺は「まぁまぁ好きかな」とお茶をにごすような返事をした。

そういえば、彼女の名前を聞いておかなくてはならない。
「そういえば名前まだ知らないから、教えてくれないかな?」
「え?」
何故そこで疑問系(聞き返し)なのだろうか。
何かまずいこと言ったか?俺。
いやいや、名前聞いただけだ、まさか名前自体が地雷とかそんなことはないよな。
俺は若干冷や汗を掻きながら、とりあえずおどおどした。
姉貴がいたら、男ならおどおどするなって怒られるかもしれないが、危機的状況だから仕方ない。それに姉貴は今いないから大丈夫。
おどおどしている俺を見たセミロングの少女は、ため息をついた。
「まさか、姫である私の名前を忘れるとは……、それに何ですかっ、勇者のくせにおどおどしないですださい!……はぁ、私の名前はルイツ=アルフレッドです」

……ルイツ=アルフレッド?
外国人の方だっけ?いやいや、見るからに純日本人だ。
ああ、冗談か……。って、今俺のことを勇者とか言わなかったか?
聞き間違いだよな。うん、だって高校生にもなって勇者とか姫とか罰ゲームでもないかぎり言わないしね。

「どうしたんです和哉君?いや……勇者カイン」



俺は、このときになって、やっと事態を把握した。
彼女は、本気で言っているのだと。
また……彼女は文学少女じゃなく、電波少女だということを。

     

いつ俺は勇者カインになったのだろう。
ちなみに、俺が中学二年生の時にした妄想の自分の名前は、龍騎士アイズだ。
おでこには、第三の目があり、それにより邪気を見分けられる、という設定だった。

その龍騎士アイズをモデルに書いた漫画が、部屋の奥に眠っている。もしバレたらと思うと死にたくなってくる。

しかし、今は俺の龍騎士アイズのことは、どうでもいい。
問題は勇者カインのことだ
何で高二にもなって他人の厨二病を背負わなきゃならないんだ。
しかし、相手は仮にも彼女だ。
彼女の一番の理解者になってやるってのが、彼氏としての役割じゃなかろうか。
いやいや、しかし、彼女と言っても、昨日つきあい始めたばかりだ。まだまだやり直せる。これを無しにできるのではないか。
でも、初めて出来た彼女だ、できれば手放したくない。悲しきかなモテない男の性とは…… 。


「いや……うん、まぁじゃあ何組?」
「六組だ」
クラスは普通みたいだ。
クラスまで、魔術徳化組とかだったら本当に見捨てるところだった。
しかし、よくそんな痛い思想を持ちながら高校生活を送れたなぁってしみじみ思う。
俺が中学二年生の時は、問答無用でいじめの対象になったのに。
あの頃は、本当に辛かった……。
学校に着くと、机の中にゆで卵が入ってたり、昼休みに弁当を故意に落とされて、机の中にあったゆで卵で腹を満たさなきゃならなかったり……。
一番辛かったのは、家に帰ってからだ。
当時、中学三年生だった姉貴は、学校でいろいろと俺について馬鹿にされるらしく、その鬱憤を俺で晴らした。
例えば、ジャーマンスープレックスホールドをされたり、鞭で叩かれたり、蝋燭を垂らされたり……途中から姉貴の趣味が入ってきたのは言うまでもない。
根っからのサディストの姉貴には、毎晩泣かされたものだ。
しかし、だからと言って、俺がマゾヒストになるわけもなく、俺は健全な生活を送っている。



「えーと……今日一緒に帰る?」
俺は、何の気なしに言ってみる。
「うん」
はにかむような笑顔で返された。


ルイツさん(偽名)が図書館の仕事を終える頃には、もうすでに外は暗くなっていた。

外に出ると、蒸し暑い空気が体を包むようにやってきた。

サッカーグラウンドには、未だにサッカー部が、走り回っている。
よくもまぁ、こんな暑い中走り回れることだ。
因みに、俺は、サッカーは得意ではない。
ウイニングイレブンなら、まぁまぁ得意だ。



「暑いね」
思った事を口に出す。
「うん、そだね」
ルイツさんは、手で顔をパタパタと仰いでいる。
うーん、しかし、会話とは難しい。
先程みたいに、また電波話をされないような会話方法などあるのだろうか。
名前を聞いただけで、電波話になるのだ、そんなことは至難の技と言っていい。

しかし、会話なしの沈黙とは辛いもので、何か喋らなくてはという、切羽詰まった思いが胸の辺りにもやもやと集積していく。

「あ、あの……」
そこで俺の言葉は遮られた。
「勇者カインよ、私の許嫁になってくれたことを感謝する。もとより私は、王都ルイスの姫だ、それなりの権力のあるものとの結婚を迫られていたのだ。ふふ、政略結婚というやつだな。しかし、勇者のお陰で私は一番好きな人と結婚できる!ありがとう」

とんでもないことを語ってきた。
しかし、一番好きな人とは俺のことだろうか。
しかし、昨日会ったばかりだぞ?
それに、政略結婚って……、妙に生々しいな。

ああ、俺はどうすりゃいいよ。
俺も厨二病に舞い戻るか?
しかし、そしたら姉貴に殺される……。

適当に合わせるしかないか。
「ああ、礼には及ばないよ」
短くそれだけを返す。
それだけなのに、ルイツさんは、すごく嬉しそうにする。
それが可愛くて、もう電波とかどうでもよくなってきた。

それからは、適当に話して、帰宅した。また明日図書館で、という言葉を交わして。


帰宅すると、姉貴がいた。
灰色のスウェットを着て、うっとおしい程伸びた髪を垂らして、椅子に座っていた。
俺は姉貴に気づかれないように、そうっと自室を目指した。

「かーずやくん」
しかし、姉貴は目ざとく、俺の気配を察知し、にんまりとした顔で、こっちにこいと、手で合図した。

ああ、また今日も始まるのか……。

     

姉貴の名前は、美貴という。
名前に『美』という字があるとおり、姉貴は、美人だ。
ただ『貴』という字があるが、気品の欠片もない。

しかし、こんなことを言ったら確実に伸されるので絶対に言えない。

「和哉くーん、彼女出来たんだっけぇ?」
何で姉貴が知っているのだろう。
冷や汗が流れる。
姉貴は俺の幸せを願っていない。
むしろ死ねばいいとさえ思っているだろう。
何せ姉貴の思春期をボロボロにしたのは、俺なのだから。
だから、彼女が出来たなんて知ったら確実に何か仕掛けてくる。
別れざるおえないように。
それだけでとどまらないかもしれない、もしかしたら、全校生徒にありもしない噂を流されて、二度と彼女なんて出来ないようにされるかもしれない。
悪い妄想は、止まることを知らず、どんどんと鬱になっていった。

「よかったじゃない」
しかし、姉貴が言ったのは、予想外の言葉だった。
もしかして姉貴は、俺のことを許してくれたのだろうか。
俺の気持ちは晴れ渡っていった。
しかし……。


「なわけないじゃーん、ぜってーに別れさしてやるよ!」


姉貴はそう言い放ち、ケヒャヒャヒャと笑った。
蔑むように、嘲るように。

「あ……あ、う……」

情けない……。本当に情けない。
俺は、なんて愚かなのだろうか。
姉貴が許してくれる、なんて、絶対にありえない甘い妄想をして……。一喜一憂して。
馬鹿じゃないか。



「さぁて、今日も始めますかぁ」
姉貴は、ニヤリと笑った。
俺は、いつものように上着を脱いだ。
体には、いくつもの浅い傷がついている。

バレるとやっかいだから、と姉貴は目立った傷はつけなかった。

俺は、心を無にする。
勿論、そんなことは不可能だ。しかし、やらなければならない。そうしなければ、耐えられない。
何度発狂しそうになったことか。俺は、必死で心を真っ白にするように勤めた。

そして……今日もお仕置きが始まった。











次の日、学校に着くと、美樹の席に安藤さんがいた。
「たすけてくれ……和哉ぁ」
美樹は情けない声で俺に助けを求めてきた。
一体どうしたのだろうか。
「おはよう、和哉くん」
安藤が手を挙げて言った。
「おはよう」
しかし、美樹は、どうしたのだろうか。
昨日のことで、また喧嘩でもしたのだろうか?
しかし、安藤さんは、全然怒った様子ではない。むしろ微笑みを浮かべて嬉しそうだった。
「じゃあね、美樹」
そう言うと、安藤は、自分の席へと戻って行った。
「どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもねぇよ……」
美樹は、明らかに疲れた様子だ。
精気が抜けている。
美樹は、はぁ……。とため息をついて語り始めた。
「昨日の夜に、電話が掛かってきたんだよ。俺は番号教えてねぇのに……。それで、いきなり『責任取れ』って、それだけをエンドレスで呟いてんの。俺、マジで怖くなってさ、『ごご、ごめん、どうしたら許してくれますか』ってビビりながら聞いたわけ、あっ、あれだぞ!別に俺がただ単にビビりなわけじゃないからな!。」
俺も、電話番号までは教えてないはず。安藤さんは、どうやって知ったのだろうか。
つか、安藤さん怖すぎだろ……。
『責任取れ』をエンドレスって……。どこの悪霊だよ。

「それでさ、夏美ちゃんがさ、言うわけ、『結婚しろ』って、流石の俺もそこまで唐突な約束無理じゃん?人生これからだし。だから、『無理』って言ったわけ、そしたらまた、『責任取れ』がエンドレス。もうどうしたらいいか分かんなくてさ、そんなときに夏美ちゃんがいきなり、『じゃあ付き合って』だってさ、俺もさ、あん時はマジで馬鹿だったよ……。『結婚しろ』よりは、マシだと思ってさ、了承しちまった……。ああ……マジ最悪だぁ」

美樹は、頭を抱えて、ブツブツと呟き始めた。
これは、本格的にヤバいかもしれない。
俺は、美樹にバレないように、そっと離れていった。

しかし、安藤さんって、病んでるのかなぁ、なんて他人事のように俺は、呑気に考え始めた。

     

今日の授業は、俺にとっては最悪な内容だった。

プール。
それは、この傷んだ体に染みるのだ。
とてつもなく痛いのだ。
いくらうっすらとした傷でも、幾多もある生傷は水に染みる。
ああ、憂鬱だ……。




「先生!生理なんでプール休みます」

「よし!分かった……わけねぇだろ馬鹿野郎」
くそっ、体育教師Aめ……。
ギャグが通じねぇのかよ。思いっきり殴りやがって。
お陰で余計に傷が増えた。




俺は、プールが終わるとすぐに机にうつ伏せた。
もう今日1日分の気力を使い果たした気がする。
しかし、あの体育教師Aめ……。
俺がプールしたくないのを知ってるからか、みんなのお手本として二往復しろ、なんて言いやがった。

ムカついたから、犬掻きで二往復してやった……けど、泳ぎ終わったら、みんなこっち見てないで、先生の話を聞いてた。

もう泣いてやったさ、号泣だよ、号泣。





しかし、そんな最悪な1日にもご褒美と呼ばれるようなハッピーサプライズ的な時間があるわけです。
そう、昼休み。
特に今日の昼休みは特別だ。
何が特別かって、それは今日は月に一度、購買で『伝説のメロンパン』が売っている日なのだ。
伝説のメロンパンとは、かのアンパンマンも食べた日には、爆発したという驚異のメロンパンだ。
何故爆発したのかは、分からないが、爆発するほどおいしいってことだろう。
うん、この表現も意味が分からないな。


それはさておき、問題は『伝説のメロンパン』だ。
俺は、今まで一度も『伝説のメロンパン』を食べたことがない。
それは、何故か?
理由は、悲しき姉弟関係にある。
姉貴は、俺が『伝説のメロンパン』を買うと、どこからともなく現れて、奪い去っていくのだ。

無論、俺が姉貴に何か文句が言えるはずもなく、それがエンドレスに続いていく。
悲しきかな運命の定めとは……。

しかし、今日こそは、その運命に打ち勝ってみせる。
今日こそ『伝説のメロンパン』を我が手に!





結果から言おう、奪い取られたさ……。
抵抗?無理無理。
君は、台風に抵抗できるかい。
無理だろう。
だから、俺も無理なんだよ。畜生。


やはり、今日は最悪だ……。
何もやる気が起きてこない。
これほどまでに、俺の欲求は、『伝説のメロンパン』を欲していたのか。

俺は、購買で買った、あまり人気のないコッペパンをモソモソと食べながら、密かにため息をついた。
ふと、美樹の方を見る。
美樹の隣には、安藤さんがいた。
ああ、仲睦まじいなぁ、なんて考えながら、二度目のため息をついた。


昨日、姉貴から釘を刺されたので、おいそれとアイツさんに会いにはいけない。
はぁ……アイツさんは今頃何をやっているのだろうか、なんて柄でもない乙女チックなことを思ってみる。

何で付き合い始めて2日でこんな目に遭わなくてはならないのか。
全く姉貴には困ったものだ。

しかし、なんだか逆に燃えてくる。
この逆境。
まるで俺が求めていたドラマみたいな展開。


……相手が姉貴じゃなきゃ素直に燃えられるのだが。
如何せん、姉貴は敵としては強敵すぎる。
それにあれは、怖い。
この頃、俺を叩くときの姉貴の表情が恍惚なものになっているのだ。
特に、蝋燭を垂らすときなんて……。
ダメだ……思い出すだけで寒気がしてくる。
俺は、背中に汗をダラダラと流し、ただひたすらコッペパンをモソモソと食べた。

ふと、美樹を見る。

美樹は、相変わらず、安藤さんとお弁当を食べていた。

俺もいつか、アイツさんと弁当一緒に食いたいなぁ。

     








放課後になった。
しかし、ルイツさんに会いに行くことはできない。
さすがに姉貴に釘を刺された次の日に呑気に会いに言ったら、姉貴に殺されかねん。
俺は、図書室に行くのを辞め、美樹の方をチラリとみた。
美樹は、机にハグをしながら、爆睡している。
今日1日、安藤さんと戯れてたから疲れたのだろう。
畜生、羨ましすぎて涙が出そうだ。
俺も姉貴さえ居なければ、ルイツさんと、あんなことやこんなことを……。
俺は、そんな不埒なことを考えながら、帰路についた。



暫く、一人淋しく、「上を向いて歩こう」を歌っていると、荒い息と共に、「待て!」と後ろから聞こえてきた。
俺が振り返ると、そこにはルイツさんがいた。
何でルイツさんがここに?
ルイツさんは、図書委員だ。
図書委員の仕事は、いつも5時までかかる。
そして、今は4時半。
早く終わったからとか、そういうレベルじゃない時間だ。

「おい……お前は……姫である私を……置いて、どこに……行くつもりだ……勇者よ」

ルイツさんは、息絶え絶えに言葉を紡ぐ。
対して俺は、ただ口をパクパクと動かすだけで、何も紡ぎ出せない。
それから暫くの間、沈黙が続いた。
俺は、ルイツさんに何て言えば良いのか分からなかった。
ごめんって言えば良いのだろうか?しかし、理由を聞かれたらどうしよう。
姉貴に言われたからって正直に言うのか?
そしたら、シスコン野郎と軽蔑されるかもしれない。
第一に、姉貴のことでルイツさんを巻き込みたくない。
いくら電波でも……いくら出会い方が不純であっても……俺を好きになってくれた人だから。


こんなダメな俺を勇者と呼んでくれた人だから。

勇者が……勇者が迷惑掛けるわけにはいかないだろ。




「ごめん……ルイツさん」
俺は、それだけを言った。
何にしても、謝りたかったから。
こんな不甲斐ないことにさせて、申し訳なかったから。
しかし、ルイツさんは、
「……次からは、ちゃんと護衛にきてよ?私の勇者なんだから」
と、笑って許してくれた。
その笑顔がとても眩しくて、とても暖かくて……とても心地が良かった。

それから、俺たちは、二人歩きながら、色々なことを話した。

電波話だけじゃなく、日常の話や、勉強のことなど……普通の学生と変わらないような会話。

二人手を繋ぎながら……。

俺は、心に誓った。

絶対守ると、なにがあっても守ると……姉貴にだって譲れない。
この俺の気持ちだけは……絶対に。





       

表紙

薔薇輝石 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha