Neetel Inside ニートノベル
表紙

サッスーン城の衛兵
筆おろしのナターシャ編

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◆ 1
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 サッスーン王国は平和だった。平和ゆえ、平民や商人などは賑やかにやっていたが、職業軍人たる兵士たちの出番はなかった。
 戦闘を担う軍団兵達は街道敷設や公共建築に駆り出されたりするから比較的良いものの、監視を任とする衛兵なんてものは最悪で、城門や監視塔などで突っ立ったまま一日を終えねばならなかった。
 特に城裏手の北門は作りも悪く、日当たりも悪い、加えて門の存在に疑問符が付くほど人の出入りのないという、最低最悪の職場環境だった。
 そんな劣悪な職場にて今日も一日何事もなく終わったらいいや的に、ダメ公務員的に仕事をこなすのは、
「あー、だりーな……」
 北門監視第二班の班長、あだ名はそのまま――ハンチョーと、
「マジパネェヒマっす!」
 同班ヒラ衛兵、グッチ。
 二人とも一応は門の入り口の左右という正規の勤務ポジションにはついているものの、槍を左手で直角に地面から立て、背筋を伸ばし、右手は腰に当てるという衛兵スタイルは崩していた。言葉どおりやる気のかけらもない。
 それどころか、
「マジでこの門塞いだ方がいいんじゃないすか!?」
 などどいう国家反逆罪級の愚痴をグチグチと垂れるからグッチ――のいつもの発作、ひとりグッチ(一人でグチをエンドレスに言うから)が始まる。
 ハンチョーは苦い顔をしながら槍を城壁に立てかけ、城壁に寄り掛かり、欠伸をしながらの聞き流しモードに入る。
 本来は上司の俺が止めるべきなのだろうが、止めてもこいつのストレスが溜まるだけ。溜まったストレスでさらに愚痴を言うし、それなら言わせておけ、という感じで。
「マジで絶対、この門塞いだ方が国家財政的にもスマイルっすよ。誰かあのピザデブ王に一度進言すりゃあいいんすよ! だいたい、この門がなくなって困るのは若干のジジババとニャン公だけっすよ!」
 サッスーン城の北は絶壁に近い山になっている。人の住める様な場所ではない。代わりに鳥の住処がある。だから、困るのは鳥を狩りに行くジジババとネコくらいというわけだ。
 ハンチョーもその通りだと思うのだが、そんな行動には出ない。だって、そっちのが面倒だから。
「オレはもっとやりがいのある仕事がしたいんすよ! あ~あ、なんで国家公務員なんかになったんだろ。同じ国家公務員でも、近衛隊とか近衛騎馬隊にすりゃあ良かった。あ、消防隊もカッコいいすね」
 いやお前、採用試験すら受けてすらいないだろ、という突っ込みは野暮だ。
 ハンチョーは手を頭の後ろで組み、また欠伸。
「つーか、いまどき衛兵なんかになりたい奴なんているんすかね!? いねーっすよね? クソ暇、クソ暇、クソ暇の3K職場なのに俸給はすずめの涙。マジありえねーっす。やっぱ、今なら商人っすよね!」
 気持ちは分からないでもない。ハンチョーの俸給もここ数年据え置きだ。
「おまけに職場は男しかいないし……」
 ああ。
 ハンチョーは理解した。今日の要点はこうだ。
――彼女が欲しい。
 グッチは今、彼女がいないというのが一番の不満なのだ。それが為に仕事がヒマなのもムカつくし、商人がヨロシクやってるのも気に入らないのだ。
 しかし、そんなことで毎回一通り聞かされる身にもなってみろ、とハンチョーは思う。だから、悪戯心が今日も芽生える。反撃をする。
「だりー。さっさと交代時間になんねぇかな。交代交代交代……」
 案の上グッチは額を押さえた。
「後退後退繰り返さないでください!」
「いや誰もお前の髪の毛が後退とか言ってねえから」
 グッチの日課が愚痴ならハンチョーの日課は部下いじりだった。部下の身体的特徴をことさら攻める方法で確実にHPを削っていく。
「大丈夫、増える増える増える……オレの毛根はやれば出来る子がんばる子……」
 目を空ろにし、カタカタと震えながら自己暗示をかけ始めるグッチ。ほら、効果てきめん。
「現実を見ろ。後退してるだろ既に」
「……大丈夫っす。毎日毎日ちゃんと手入れしてるっすから。今に増えるっす」
 虚勢を張るグッチだがおそらく効果は上がっていないだろう。むしろ逆効果になってるんじゃないか、なんて思う。
「毎日毎日緑化作業ご苦労なこった。でもあれだぞ、木に水をやっても土に栄養がなければ生えないんだぞ。お前の父ちゃんもつるピカハゲ丸だし、いい加減あきらめろ」
「……ふっふっふ。実は最近、新しい栄養を手に入れたんすよ」
 グッチは待ってました、と言わんばかりに腰から下げている道具袋から何やら怪しげな鉄製瓶を取りだした。
「じゃーん!」
 鉄製瓶には怪しげな字で"頭部ルネッサンス~毛根レコンキスタ~"と書いてあった。
 齢二十四にして額のMの字にせっせと毛生え薬を塗りたくる部下を想像して悲しくなる。
「どこでそんなの売ってるんだよ……」
「……」
 おや。
 いつもならこのあと、どこどこでいくらで売っていると得意げに説明しやがるんだが、今日はなんだか様子がおかしい。
 鉄製瓶をしまう手も震えている。そして、
「……そういや昨日っすよね。確か」
 何のだ? とハンチョーは思ったが、取り合えず乗っとくことにする。
「あ? お前があと半分を挿入しちゃった日か? そりゃおめでたいな」
 頭部攻めの次は、これだ。
「なんの話してるんすか!」
「お前の初体験の話だよ」
 戦場にてビビり上がってモノにならず、半挿入で撤退――これに由来してグッチには半挿入男というあだ名もあるのだ。もちろん、ハゲとも呼ばれる。
「やめてくださいよその話は! あれです、チョロがナターシャとデートするって言ってたじゃないっすか」
「お、そういやそうだったな」
 確かにハンチョーも数日前に聞いていた話だった。
 今年入隊の城門監視第二班の新人ヒラ衛兵、チョロ君が王国じゃ有名なあの、筆おろしのナターシャとデートするっていう話を。
 ……だから落ち着かないんだな。このM字ハゲは。

     

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◆ 2
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 筆おろしのナターシャ――誰が最初にそう呼び出したかは分からない、は偉大だ。ハンチョーは別にお世話になったわけではなかったが、そう思っていた。
 衛兵や近衛兵、近衛騎馬隊、消防隊、警察隊など、全ての国家公務員を養成する訓練校時代、彼女の世話になった奴は多いからだ。一説には一時は学生の三割だか四割だかはブラザーになっていたとか。打数も今なお伸び続け、四桁に届く勢いだとか。
 学生舎には女っ気が皆無だったから彼女が信仰の対象になるのも当然だったのだ。
「チョロ、既にしちゃったりしてないっすよね……」
 あせる半挿入男。その上、ハゲ。
 何をだ、などと敢えて聞いたりはしない。言わんとしていることはそれだけで伝わったから。
「あいつ、お前と違って社交性はあるからな」
 あと髪の毛もな、と付け加えるのを忘れない。
「うぐぐ……」
 おお、我が北門監視第二班のヒエラルキーに変化の兆しが。この状況は面白い。面白すぎだ。今日は久々に楽しくなりそうだ。なんて思っていると、
「お疲れさまですー」
 話題の本人登場。我が班期待の新兵、いや新兵を卒業してしまったかもしれない、チョロ君である。
 左手に槍を持ち、右手にて上司と先輩にピシリと敬礼。優秀だ。
「おうお疲れ」
 ハンチョーも今日一番の敬礼返しをしてやる。ビシリ。
「お、あっ、お疲れさまっ、お疲れ」
 グッチは後輩に丁寧語を使ってしまいそうになる程混乱中。敬礼する手が鎧に当たったり兜に当たったりして、情けない音を立てる。本人の表情そのままだ。
「今日も相変わらずヒマそうですねー」
 いや。そうでもない。さっきから、確実に面白いことは起こっている。部下を虐める新しいネタが生まれる瞬間かもしれないのだ!
 分かってるよなチョロ。お前ならやってくれてるよな――てな感じでハンチョーは仕事の指示など与えず、早速本題に入る。
「お前、昨日の休みは何してたんだ?」
 さあこい。どうなる。白か黒か。お前は門から城内に突入した優秀な兵士なのか、はたまた門に入れず撤退した情けない兵士なのか。
 教えてくれ!
「今日は遅番だから昨日は遅くまで遊びましたよー」
 はい、きました!
「!」
 ハゲの額に汗が噴出するのが分かる。その汗を拭うと髪の毛が何本か抜け落ちた。ハンチョーはクククと、笑いを堪えた。
「な、何をして……」
 それでもグッチは声をかすれさせながらも真実を引き出そうとする。どうやらまだ一縷の望みを持っているようだ。
 ハンチョーは今にも噴出しそうになってしまう。
「え? そんなの決まってるじゃないですかー」
 得意げな優秀な方の部下。これはもう決まった。インゲートだ。
「うわはっはははははは」
「うわあああぁぁぁあああ」
 ハンチョーの笑い声とともに、後輩に先を越されてしまったダメな方の部下は泣き出してしまった。
 ――しかし次の瞬間、
「蹴球ですよ。最近流行ってるんですよー」
 目が点になった。
 ハゲも顔を上げて泣き止む。だが、顔を上げた瞬間、髪の毛は抜け落ちる。
「蹴球ってあれか、ボールを足だけで蹴って……」
「そうですー」
 そうですー、じゃねえよ。
 だが、ハンチョーは慣れていた。ヒラ衛兵、チョロは支離滅裂だからこそチョロ。行動に予測がつかない、常にチョロチョロする――というのが彼のあだ名の由来なのだから。
 さらっとやっちゃった、と言いかねないのが優秀な方の部下、チョロのすごいところ。
 仕切り直しだ。再び、白か黒か。
「お前、ナターシャとのデートはどうなったんだよ」
「それがですね」
 急に神妙になり、何かおぞましいもの見てしまった様な表情をするチョロ。
 あ、これはダメかもしんない。何か違うことを考えていそうだ。
 M字ハゲがホッと息を漏らすのが聞こえた。
 あーあ、つまんねー。なんだよ。期待して損したよ、などと思っていたら――。
「ナターシャ男だったんですよ!」
 やはりまた、意味の分からない発言。
 なんで伝説の女、筆おろしのナターシャが男なんだ。だったら、訓練校の三割だか四割の男共は大変なことになってるじゃねーか。
 ハンチョーはそう思いながらグッチの方を見る。
 グッチはハテナ? というより安堵の表情を浮かべたままだったが、ハンチョーの視線に気づくと、
「ねーっすよ。ナターシャはガチ、女っすよ」
 ナターシャは半挿入男の半挿入相手だったからな。さすがに性別くらいは確認していよう。
 ハンチョーはおそらく勇敢な兵ではなかった部下の出方をみる。これ以上のイミフ発言にはついていけないから。
「え、でもだって!」
「いやオレ、ベッドで見たし」
 見たけど頑張れなかったんだよな。と今は言わないでおく。今はこの扱いに困る方の部下が問題だ。
「そうだぞ。ナターシャのどこが男なんだ。普通に薄着で街中歩いてるだろう」
 それでも、チョロはあまり納得の言ってない様子。
「だって!」
 だってじゃない。
「だって、ナターシャにはわき毛が! わき毛が生えてたんですよぅ!」
 頭を両手で押さえながら訴えるチョロ。手から離れた槍が地面に落ちて、乾いた音を立てた。
 ……なんじゃそりゃ。
「お前まさか、女にはわき毛生えないって思ってんのか」
「え、生えないんじゃないんですか?」
 そのまさかだった。
 だめだこいつ……ここまで常識がないは思わなかった。これはひどい。早く何とかしないと……。

     

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◆ 3
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「お前は子供か」
「マジパネェ! ありえねー! なんだよそれ」
 誰もいない北門周辺にハンチョーとグッチ、二人の声がこだました。
 女の人ってわき毛生えるんですか!? などという前代未聞の超ド級ボケをかましたチョロ君に先輩であるグッチから容赦なく罵声が飛ぶ。多少、ひとりグッチモードも入る。
「お前どんだけ。もしかしてまさか、女の裸見たことねーとか。あ、親兄弟は抜きでな。彫像とか春画も。てゆうかどう考えても一般常識っすよね、これ。意味分かんねーよだっせぇー。そういやデートは結局どうなった」
 どうやら、我が班のヒエラルキーにおいてチョロへの優越性を再確認したらしい。多少、何か違うことに探りを入れいるような感じでもあるが。
「初めて大人の女の人とデートだと思ってましたから、怖くなって帰っちゃっいました」
 しょんぼりと肩を落とす新兵をよそに、
 してやったり。と、小さくガッツポーズするのは半新兵のハゲ。額も光る。
 もちろん怖くて帰ったということにではなく、それが初めてのデートだったということにだ。相変わらずダメな思考回路だ。
 しかし、ハンチョーはチョロが他の女の子とデートしていたことを知っている。確かにチョロの言うとおり"大人の女の人"ではなく、御年十九のチョロと同年代の女の子だった。そういう奴なのだ、こいつは。いつかはきっとこの半挿入男をさらっと飛び越えてくれるはず。
 まあ、今日のところはその哀れな額に免じて勝利に酔わせてやろう。なんだかんだで結構面白かったし。
「良かったな、グッチ。先を越されなくて。まだまだお前の方が先輩だ。なんてったって半挿入してる分、お前が半歩リードだ」
 ポンと軽く肩を叩いてやる。気さくな上司、ハンチョー。
「半歩って何っすか」
 といいつつも顔は嬉しそうだ。
「半チ○ポでもいいぞ」
 なんかコイツ、嬉しそうでムカつくから頭も削っておく。ゴリッ。
「頭はやめてくださいよ!」
 それにしても残念だ。せっかくグッチの後輩に先越された的なおいしいネタをゲット出来ると思ったのに。などと思っていても当のチョロは、
「で、でもウチの母さんも生えてないし、あと妹も……」
 この始末。未だ納得のいかない様子。まだ引っ張るのか、わき毛トークを。それに、お前の妹は確かまだ十歳じゃなかったか。
「お前の母ちゃんはちゃんと処理してる、剃ってるんだよ。あと、妹のユリアちゃんも放ってたらそのうちボーボーになるからな」
「ユリアはボーボーになりません!」
 若干、シスコン気味の荒唐無稽なドリーマー。こいつの話に付き合うのは疲れるからこの辺でやめとこう。チョロは次の行動が読めないし、グッチのようにコンプレックスの塊ではないから、ハンチョーにとっていじりがいがないのだ。
 チョロをいじることで連鎖反応を起こすグッチが楽しかったんだが、ハゲを喜ばすつもりはハゲの毛ほどもなかった。
「とにかく女子もわき毛生えるからな。信じないなら帰って母ちゃんに聞け」
「……」
 まあ、世の中知らなければ良かったって思うことも多々あるよな。これはM字ハゲの言う通り、一般常識だけどさ。
 非常識な部下にあきれつつ、ハンチョーは筆おろしのナターシャ伝説に陰りを感じるのだった。
「そうか、筆おろしのナターシャはわき毛ボーボーだったか……」
「班長、オレの時はちゃんと処理してたっすよ」
 髪の毛の少ない部下は誇らしげに語った。完璧に勝ち誇っている。それでいいのか。そこで勝ち誇っていいのか。
「ていうか、毛の話やめないっすか?」
 満面の笑み。そして、
「さあ、そろそろ真面目に仕事するっすかねー。チョロが来たからオレは監視塔に行くっすねー」
 と言い残し、勝者の様に風を切りながら城門脇の監視塔を登っていった。背中も笑っていた。
 そして、残されたチョロは地面に落とした槍を力なく拾いながら、
「うう……母さん、家族で内緒事はなしにしようって言ってたのに……」
 と、つぶやくのだった。
「それは違うだろ……」
 残されたハンチョーも力なくつぶやくと、
 にゃーん。
 代わりに狩りを終えたネコが鳥を咥えながら門から入ってきた。
 サッスーン城、北門監視第二班のヒマなヒマな一日の仕事はまだ始まったばかりだ。

       

表紙

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Neetsha