Neetel Inside 文芸新都
表紙

だから笑ってくれないか
結託と演出

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何かに追われている夢を見た。

そいつから逃げるために俺は必死にもがいていた。

手足を懸命に振り、口や鼻から液体を垂れ流し、無様にもがいていた。
でも結局は、俺はそいつからは逃げられなくて、恐怖に顔をひきつらせ、みっともない大声を上げて、俺の意識は暗転した。



「どこだ……?ここ……」

目を覚ますと、俺は見知らぬ場所にいた。
目に映るのは、僅かに茶色がかった白な天井だった。

死後の世界か?なんて柄にでもないことを考えたが、どう考えてもここが天国や地獄なんかには見えなかった。

周りを見渡すと、白衣を着た女が立っていた。
「あっ、気づきましたか?」

白衣の女は、俺に優しく微笑んだ。
もしかしたら、天国かも……なんて馬鹿なことが一瞬頭をよぎったが、どう考えてもここは病気だった。



それから看護士に、色々な話を聞いた。

俺の自殺について怒られたりとか、見つけてくれた女の子に感謝しなさいだとか余計なお世話なことを散々と言われた。

生憎、怪我は奇跡的に軽いもので一週間もあれば完治するらしい。最後に看護士は、俺の頭をペシリと叩いて、可愛らしく微笑みながら、「悩みあったら、私に相談してね?」と言い、去った。



俺は、看護士が去ってから、しばらく茫然としていた。
死ぬはずだったのに……せっかく覚悟を決めた最後のチャンスだったのに……無駄になってしまった。
「あああ……あああああああああ」

俺はか細い声で泣き続けた。



ようやく、嗚咽が収まり、茫然自失していると、ふいにドアをノックされた。
俺が返事をするまえにドアは開かれた。
そこにいたのは、昨日の夜、屋上にいた水野さんだった。

     

水野さんが、俺の病室に入ってから10分程経った。

その間、会話など一切なく、気まずい沈黙が病室を支配していた。
人の病室にきて、何も話さないとか、この人何しに来たんだろう……。

さっさと帰ってくれないかな……。
帰れ、帰れと必死に念波を送るが、そんなもん伝わるはずもなく、相変わらず水野さんは、ベッドの横にある椅子に俯きながら座っている。
このままじゃ拉致があかないと思った俺は、水野さんに要件を聞くことにした。

「ヒッ…」

…………。
水野さんと発音しようとしたが、長く喋っていなかったせいか、初っ端から声が上擦ってしまった。
あああああ、もう嫌だ。だから声を出したくなかったんだよ。

俺が、悶え苦しんでいると、クククと笑い声が聞こえた。
水野さんのほうを、ハッと見ると、水野さんは、口を抑えながら笑っていた。
それにより、俺の羞恥心は先程よりワンランクレベルアップし、顔を真っ赤にすることになった。




「なんで自殺なんかしようとしたの?」

水野さんは、笑い終えると、急に真面目な顔になり、病室にきた要件を聞いてきた。

しかし、なんてつまらない質問だろうか?
なんで死にたいのかなんて、なんで生きたいのかと同義じゃないか。
生きたいから生きる。

死にたいから死ぬ。
ただそれだけ。

「君は、死にたいと思ったことはある?」

「え?」

「俺は、毎日思ってる、なんで生きてるんだろうって……なんでこんなに生きるのって辛いんだろうって……その内感覚が麻痺してきて、昨日明確に死のうって思った」

今の俺は無表情だろうか、それとも愉悦に唇を曲がらせているだろうか。
それとも……

「泣いているの?」
そう言われて初めて俺は泣いていることに気づいた。

「ああ、泣いてるよ、何もないから泣くしかないんだ、何もできないから泣くしかないんだ」
俺と赤ちゃんに違いはない。
いくら俺の方が腕力が優れていたとしても、いくら俺の方が頭が良くても、結局は何もできやしないんだから。
「あんたには、水野さんには理解できないよ」
そう言って、俺は悲しく微笑んだ。

「何それ……」
気づくと、水野さんは、うつむいて、手を真っ赤に握りしめていた。
「あんたそれでいいの?人生をつまらないまま終わらしていいの?なんで頑張れないの?なんで……なんで……」

最後にはか細い声だけが残り、水野さんは涙を一筋流していた。

「……頑張り方が分からないんだ、何をどうすればいいのか分からない、どうやっていきれば楽しいのか……人生にマニュアルがあればいいのに……」

俺は、自分の思いを吐き出す。
人生のマニュアル。それは、俺が一番求めていたものだった。
マニュアルさえあれば、何も考えずに、悩まずに生きていける。
でも、そんな都合のいいものなんてありはしない。
だから、俺はひたすら孤立していく。
そして、俺よりも底辺にいるやつがいる……そう自分を慰めていく内に自分自身が一番の底辺になっていった。

だけど、諦められなかった。
諦めることは、享受することだ。今の現実を享受することなんて俺にはできない。
だから、俺は、死という甘美な逃避を選んだ。

けれど、俺は死ねなかった。
だから享受するしかない。
この苦痛な現実を。そして生きていくのだ。いくら辛くても、もう死ぬことなんてできないのだから。



「分かったわ」

ふいに水野さんが言った。
「私があんたに、生き方を教えてあげる!」

     




あの日から一週間が経った。

あの日、あの後何かあったのかというと、特に何もなかった。
あのとんでも発言をしたあと、水野さんはすぐに帰ってしまった。

しかし、生き方を教えてやるとは、どういうことだろうか?
文字通り、生き方を教えてくれるということなのは間違いないのだろうが、その方法が検討つかない。

しかし、この五年間程、人生の道を脱線していた俺が今更戻れるのだろうか?


……ばかばかしい。
なんで俺は期待なんかしてるのだろう。今更どうにかなるはずない。失敗するに決まっている。

期待を裏切られた時のショックを俺は知っている筈だ。
だから、何も期待せず、関わらず……。


それでこんな人生になったんじゃないか……。
期待もせず関わらず、世間から離れ、最終的に自殺未遂までした。
こんなんじゃいけないって、思ってたじゃないか。
なのに、なんで期待しない!関わろうとしない!
変わりたいんだろう?
だったら水野さんにかけてみようじゃないか!
どうせ失敗したって堕ちるところなんかない。


あとは……上がるだけなんだ。



退院した俺は、次の日からさっそく学校へと向かった。
学校へ行くと、まず水野さんの席を見た。
水野さんの席はあいている。
どうやらまだ登校してないようだ。
……ああ、なんだかそわそわする。
なんだろう、この胸の高揚感。
久しぶりに心臓が必要以上に働いている。

早く水野さんが来て欲しいような、来てほしくないような……そんな気持ち。



それから10分程すると水野さんがきた。
水野さんは、女友達と挨拶を交わした後、俺の方へと向かってきた。

「おはよう!」
とびきりの笑顔で言ってきた。
クラスの視線が一気に俺に集まり、俺の顔は真っ赤に染まった。

それはそれは見事な朱色だった。

     



「もう!なんで逃げるのよ」

水野さんは、息を弾ませながら俺に非難するように言った。

「……仕方ないだろ、あんなに視線が俺にきてたら」

俺は、水野さんに挨拶されたあと、すぐに教室から駆け出ることになった。
なぜなら、あの一瞬、俺への視線はインフレを起こし、俺の羞恥心が限界を越えたからだ。
自分に自信がなくなって以来、初めてあんなに視線を浴びたのだから仕方のないことだ。
しかし、最悪だ……。
格好悪いことこの上ない。
女の子に挨拶され、教室を駆け出る少年……どこの純情ボーイだよ……。
今時、そんなヘタレなシーン、ドラマや漫画でさえない。
もう、放っておいてくれと言わんばかりに、屋上前のスペースに体育座りでうずくまっていると、先ほどのように水野さんが話しかけてきたのだ。

「仕方ないって!あんた馬鹿?あそこは、私にちゃんと挨拶しかえしなさいよ!」
馬鹿って……。
ちょっと俺はムッとしてしまった。
確かに、俺が逃げ出したのは悪いけど、そんな、あんた馬鹿?なんて若干何かを彷彿とさせるような悪口を言われるなんて心外だ。
まぁ結局……。
「ごめんなさい」
謝るしか、俺には選択肢はないんだけどね。
「はぁ……まぁ、しょうがないわね」
水野さんは、深く溜め息を吐き、わざとらしく肩を竦めた。
「とにかく、次からは私が話しかけても逃げないこと!」
「はい……了解です」
俺は、身を縮めながら、頷いた。
その後、水野さんから、今日の目標を言われた。
「今日の目標は、みんなに顔と名前を一致させてもらえるようにすること!」

「無理ですよっ!」

思わず俺は、叫んでしまった。
俺みたいな地味なやつが1日ぽっちで名前を覚えてもらえるとは思えない。
「なーに言ってるのよ、私がいるんだから大丈夫よ」

そう言って、水野さんは、ニヤリと笑った。
俺は、その笑みをみて、ただひたすら冷や汗を流した。

     




教室に戻った後、俺に向けられていた奇異の視線は消えていた。
もちろん、これは俺にとっては幸いなことだ。

しかし、クラスの視線が集まったくらいでファビョるなんて、俺もとことん根暗なやつだなぁ、なんてしみじみ思ったりして、鬱になった。
それからは今までの意気込みは何だったの?ってくらい何も起こらず、今までの最低な時間が続いた。
もしかしたら、授業中に水野さんが俺に向かって、何かするんじゃないかとか、昼休みに一緒に飯食べようなんて無謀なこと言うんじゃないかと、ひやひやしてると、あっと言う間に放課後になった。
俺の授業中のドキドキは見事に無に返された。
俺はため息をつき、鞄を持って、帰ろうとした。
すると、


「何勝手に帰ろうとしてるのよ」
水野さんが俺の目の前で目をつり上げ仁王立ちをしていた。

俺は、その威厳にびびり、ひたすら謝ることを選択した。
「すいません、ごめんなさい、あいむそーりー」

「あんたふざけてない?」
最後の言葉が余計だったようで、水野さんは怒り笑いという奇妙かつ迫力満点の顔をつくりだした。
それにたいして、俺は「ひーっ」という、どこの漫画のいじめられっこですか?というような情けない悲鳴を上げたのだった。

「まぁ、いいわ」
水野さんは、俺の情けない顔を見て、毒気が抜かれたのか、しょうがないわね、といった感じに怒りを沈めてくれた。

「で、何か……?」
俺は恐る恐る、要件を聞いた。
嫌な予感がひしひしとしたが、聞かなければ、俺は帰れそうになかったのだ。

「みんなと今からカラオケ行くわよ!」

WHAT?

「もう行くメンバー決まってるから、あとは、あんたが了承するだけ……もちろん、拒否権はないわよ?」

「それじゃあ、俺に了承聞く必要ないんじゃあ?……ていうか、カラオケなんて無理ですよぉ、俺歌えませんて」
なんで知らない人(クラスメート)とカラオケなんか行かにゃならんのですか?
無理ですハードル高すぎます!
ハードル走なのに間違って高飛びのやつ用意しちゃったくらい無謀ですよ!

「あああああ、うだうだ言ってないで、早く来なさい」

俺はドナドナの牛の気分で水野さんに引っ張られていった。

       

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Neetsha