Neetel Inside ニートノベル
表紙

銀色の魔王
四章 戦う婦警さん

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四章 戦う婦警さん

 ぐしゃ。
―ちっ、さすがに目立つよなぁ。
〝足りぬ〟
―うるせぇよ。やっぱ止めだ。さすがに昼間っからってのは無理がある。
〝足りぬ……〟
―うるさいって言ってるだろ。急がなくてもやってやるさ。
〝称えろ〟
―ああもう。あんたもう少しボキャブラリーとか増やした方がいいぜ?馬鹿みてぇだ。
〝称えろ…〟
―言われなくてもわかってるってよ。
―ふぅ。なんだかあっちは楽しそうだってのに、俺はあんたの愚痴ばっか聞かされるってのは不公平なんじゃないか?まったくよ。
―まあ、いいさ。こっちはこっちで楽しむからよ。あれなら帰ってくるには、もう少し時間がかかるだろうからな。もう一仕事ぐらいはできるだろ。


「ええと、あの……く、蔵岡さん?」
「動かないでください。下手に刺激すればバディが腕を食いちぎりますよ。彼はそう見えても、訓練されたメル・デスナレイ種族です。その恐ろしさぐらいは聞いた事があるでしょう?」
 蔵岡さんは銃を構えたまま、怖い目で言う。
 何なんだろう、そのメルなんとかっていうのは。さっぱりなんだが。とにかく、俺は恐る恐る口を開いた。
「その、ごめん。少し俺も悪乗りがすぎたよ。君が怒るのももっともだ。だけど、そんな殺人兵器で狙う程、怒る事もないと思うんだけど」
「悪乗りがすぎた?貴方達は自分のしている事に自覚が無さ過ぎます!それで許される事ですか!確かに未開の惑星の住人達は、私達から見れば下等な存在に映るかもしれません!しかしそれはただの私達の思いあがりにすぎないんです!彼らだってちゃんと独自の文化体系を形成し、私達になんら劣らない世界の中で生きている!その文化の中には、私たちが失ってしまった様な素晴らしいものが含まれている事も少なくありません!決して私達がくだらない征服欲の為に壊していものじゃないんです!」
 彼女は一気に怒鳴りたて俺を睨む。よくはわからないが、さすが詩織さんの友であれる人である。恐るべき威圧感と訳のわからなさを同居させている。これなら詩織にひけをとらない事だろう。
「動かないで!私はこれでも正規の訓練を受けたギャラクシーポリスの刑事です!この距離なら絶対に外しませんよ!不信な動きはしない方が身の為です!」
頭を掻こうとした俺に、彼女は銃をがちゃりとして言い放つ。そう言われると余計に痒くなってくるのが人情だが、彼女が怖いので止めておく。だってあの目は本気だ。
「う、えーと……も、もしかして、君も実は宇宙人だったりとかするのかな?話聞いてるとなんだかそんな感じがするんだけど。それで刑事さんなのかい?」
俺は冷や汗をかきつつ尋ねる。蔵岡さんは首を縦に振って、再び先程の警察手帳っぽいやつを取り出した。
「ギャラクシー・ポリス二級捜査官、蔵岡恵美です。この未開惑星Bの9、C型恒星第三位の侵入捜査を命じられています。この星の人間側の視点から監視・観察する事により、迅速に貴方の様な未開の星へ干渉者を発見・排除するのが目的です」
 なんて事だろう。
 冗談で自分が悪の宇宙人と言ってみたら、その相手が実は悪の宇宙人を捕らえる宇宙のおまわりさんで、銃をつきつけて逮捕しようとしてくれるとは。
 こんな素晴らしい出来事には、滅多に出会えるものじゃない気がする。
「その、実は嘘なんだけど。俺が宇宙人なのって」
「この後に及んでくだらない嘘は止めてください!この星の民には、貴方の様な肉体変化能力や、それを補う様な改造技術はありませんっ!あれは明らかに、マイラ星の合成獣技術によるものでした!」
 …しかもでまかせに言ったマイラ星なんてものが、実は本当にあったりするのだろうか?
 しかも変化している俺の左手が何か余計に話をややこしくしているらしい。
「バディ、もういいわ。確かマイラ星の合成獣には自爆機能もついているはずよ。危険だから離れて」
バディ君はそこでようやく俺の右手を開放し、わんっと吠えて蔵岡さんの足元に駆けて行く。それにしても俺には自爆機能がついてるなんて初耳だ。
 さて。それはそれとして俺はこれからどうするべきか。
 まずは二つの可能性が在る。
 一つは、彼女が主張する通り本当に宇宙の婦警さんで、潜入捜査中にとっても不信な俺を拘束してしまっている、というスタンダートな考え。それなら彼女の言動や、その手の破壊レーザー兵器などなどについて、一応は納得がいくものになる。
 もう一つは、彼女が俺に脅された憤慨から、逆に俺を脅し返そうとして、適当に作った嘘を並べているだけという可能性。何せ彼女はあの椎崎詩織さんの友達だ。そのくらいの事はやってみせそうな気がするじゃないか。それならあのくらいのレーザー光線も、自作していたんだろうというので納得できてしまう。何せ詩織の友達だ。
 どちらの説にしても、共通するのは彼女は危険だという事。要は前者なら本気で俺を銃で狙っている訳だし、後者でもやっぱり本気で狙っているだろう。結局は状況は変わらない。
「あ、あのさ蔵岡さん……」
 俺は出来るだけ彼女を刺激しないよう、手をあげて口を開く。
「もし君が宇宙人なのなら、外見も名前も純日本風なのはちょっとおかしい気がするんだけど」
「私は惑星アクレリアの生まれです。あそこの文化や生態が、この星の、とくにこの国と極めて酷似しているのは知っていますか?私がここの捜査官に選ばれた理由の一つにはそれがあります」
 ぬぅ。相手は詩織の親友。このくらいの質問に瞬間的にもっともらしい事を並べるなど朝飯前のはずな気がするが―やはりあの目は嘘を言ってない目だろう。本当に…うつーじんなのらしい。あんまり信じたくないが。さすが詩織の友達。
「その、参考までに聞きたいんだけど、仮にこのまま捕らえられたとしたら、俺は一体どうなるのかな?命は保証されるとか言ってたけど」
 不安になってきた俺がそう言うと、倉岡さんは懐から無言でさっきの手帳を取りだして、めくってみせた。
「貴方は特級犯罪にあたる〝未開の惑星への侵攻〟を自らの意思で犯していた事になります。よくて亜空間への投獄、最悪の場合は人格変更プログラムの摂氏による基本的人格の永久封印が適用される事になります。私達の捜査に協力するというのなら、多少は罪が軽くなる可能性もありますが」
 何だか単語を聞くだけで眩暈がしてきそうである。亜空間ってどんな世界なのかとか、人格の永久封印って何か格好いいな、という思いが俺の頭の中を意味も無く駆け巡った。とにかくでた結論。絶対捕まるのはいやだ。
「正直、貴方には同情します。先程私を救ってくれた事や、私に正体を明かしながらも命を奪おうとまではしなかった事から見ても、恐らく自らの意思で働いてるのではないのでしょう?マイラ星は従わない者には死を、という独裁主義ですからね。しかし、犯罪は犯罪です。見逃す訳にはいきません」
 やっぱり本当にあるのかマイラ星!?
「……ええと、もう一つ質問」
 俺は手を大きくあげ、ちょっと汗をかきつつそれを言った。
「実は本当に俺は生粋の日本人なんだけど、どうしたら信用してもらえるんでしょうか?」
 ばびゅん。
「女だからって舐めないでください。私はこれでも、正規の訓練を受けていると言ったでしょう?あんまりふざけた態度をとる様なら、こちらにも考えがありますよ」
 ぼん。
 俺の頭上をかすめて跳んで行ったレーザー光線が、後ろの木に当たってそれを炎上させる。これで一つだけはっきりした。やはりあの兵器は本物だ。怖いほどに。
「でも、自然破壊はいけないと思うんだけど。人の星で勝手に」
「自分が先にそれをしておいて説教ですか?たいした人ですね」
 俺の足元には先程俺が割った割れた木の破片が転がっていたりして、俺は無言で汗をかく。さすが詩織さんの友。口では勝てそうに無い。
「ふぅん。人がしたなら、自分もしてもいいというのかい?それを認めるなら世界は犯罪者だらけになってしまうと思うんだけれど、どう思うおまわりさんな蔵岡さん?」
 しかし、勝てそうにない事にあえて挑戦するのが俺の美学だった。俺は対詩織口調で彼女に言葉を送る。詩織さんとの言い合いを何時もこの形式で行っている為か、この形式だとすらすら相手の痛みをつく言葉が流れてくれるのだ。
「黙りなさい!むやみな発言な行動は反抗の意思ととって射撃しますよ!」
「ああ、都合が悪くなると銃で脅して黙らせるのかい?なんとも素敵なおまわりさんだ」
 俺は目を閉じて首を振る。と―。
 ばしゅん。
「警告はしましたよ」
彼女は本当に撃ってきた。俺の下腹部に、異様な熱さと痛みが走る。後ちょっと焦げた様な匂い。とにかく泣くほど痛かった。
「何て事だ。罪の無い一般市民を銃で撃つなんて、本当におまわりさんのする事なのかい?こんなに大きく両手を上げてる僕の、一体何処に反抗の意思があるなんて―」
 ばしゅん。
「言う―」
 ばしゅん。
「って―」
 ばしゅん。
 ばしゅん。
「気がすみましたか?」
 倉岡さんは冷たく言った。俺の腹辺りが火事になっているというのに、この冷たさ。この人なんか大樹並みに冷たい人だ。俺はごふっと血を吐いて倒れこんだ。だって本気で死ぬほど痛かったし。
「安心してください。急所は外してあります。それにすぐに本部の船が来ますから、最高レベルでの治療が受けられますよ。例え虫の息でも蘇生は可能です」
「…だからって、何も本当に虫の息にしようとする事はないんじゃないかな?」
 俺は口の血をぬぐいながら立ちあがる。この時頭の辺りの血管が少しひくひくしていたのは、正直に認めようと思う。だって痛かったのだ。かなり。
「え…………?」
 立ちあがった俺を見て、倉岡さんは明らかに動揺した声を上げる。どうしたのかは知らないが、俺は燃え上がる服の火を消すのに必死で、そんな事にかまっていられなかった事だけは確かである。
「そんな…本部から給与されたばかりの、最新式の光線銃よ?いくらマイラの合成獣でも、5発も食らって立てるはずが……」
 俺は自慢じゃないがかなりの地獄耳である。少し小さな声での蔵岡さんの不安げな呟きをもらさずキャッチし、俺はにやりとほくそ笑んだ。
「はっはっは、こうみえても僕はマイラの技術をすべて積みこんで作られた最新合成獣。この程度の攻撃など効きはしないのさ」
 俺は咄嗟に思い浮かんだ脅しを言いながら、笑って蔵岡さんに向けて足を踏み出す。彼女は咄嗟に銃を撃ってくるが、これがたいした威力はないのである。どうやら俺はそのマイラ星人さんより多少頑丈にできているらしい。最初は衝撃に多少驚いたが、慣れてしまえば結構たいした事はない。あえていうなら、詩織のなんじゃらレインの十分の一ぐらいの威力しかない。俺は銃が乱射される中、結構平気で彼女に歩み寄って行く。泣きそうになって連射する彼女に、余裕で歩み寄って行く自分。これで思わず不敵な笑みを浮かべなければ嘘というものだ。俺は優越感にひたって彼女の前に辿り着いた。
「っ……!そんな馬鹿な事が……!」
「事実は小説より奇なり、てね。目にしたものだけが真実だ」
俺は片目をつぶり、彼女の手から銃を奪い取る。そしてそれをぐしゃりと握り潰すと、実は結構やせ我慢も入っていたのでごふっと吐血した。痛いもんは慣れてもやっぱり痛い。本当は泣いて転がりたい気分だったのだが、でも俺は頑張って耐えた。だって恥ずかしいじゃないか。人の前で泣いて転がるのは。
「さて、と。形成逆転てところだね。あれ程の真似を僕にしてくれたんだ。当然覚悟はできてるんだろうね?自慢じゃないが僕は今、死んだ親父の顔が少し見えた気がしたよ」
 俺はそう言って彼女の手を鷲づかみにする。誤解してはいけないぞ。俺は紳士だから、いくら酷い真似をされたからといって女の人に手をあげる様な真似はしない。ただ変わりに死ぬほどの恐怖でも与えてやろうと思っているだけだ。
「い、今更抵抗したところで無駄ですよ!もう本部の戦艦が着く頃です!どうせ逃げられはしません!私を殺したところで、ただ罪が重くなるだけですっ!」
 倉岡さんは後ずさりながらも、健気に声を張り上げる。
「ふむ。でもどうせこれ以上無いほど思い罪を背負う訳だしね。今更警官の一人や二人殺したところで、たいして変わりはしないんじゃないかと思うんだよ」
 俺の言葉にひぃっと涙目になって悲鳴を上げる倉岡さん。
 ああ、楽しい。何と言うか、もうこの反応だけで先程の攻撃を忘れてあげてもいいぐらいに思える。それ程素敵な反応である。しかし俺は意外にしつこい奴なので、そこで追い討ちに意味ありげな笑みを浮かべて言う。
「しかし本部の戦艦、ねぇ。随分それを当てにしてるみたいだけど、そんなに当てにしてていいのかな?」
「ど、どういう意味ですっ!?」
 俺の完全のはったりの言葉に、彼女はぴくりと反応する。ここで完全に悟ったが、彼女が宇宙の警察さんだというのは、演技でなく本当なのらしい。嘘を着いている様には見えないし、それどころかよく観察すれば嘘をあんまり付けないタイプの性格をしている人みたいだ。きっと詩織とは友達というより、太郎みたいに食い物にされている関係なのだろう。
「あくまで例えばなんだけど、君がここで潜入捜査をしている事が、実は筒抜けだったりしたらどうかなぁ?
 そして僕が君に接近してわざと正体を見せてみせ、作戦の一部を漏らして本部の船を呼ばせたりする。そこで罠を航路へしかけて、船ごと一気にぼん、てね。未開の星への文化干渉を嫌う彼らはこの星の連中に気づかれない様な航路を取るはずだろうからね。その航路を予想するのは決して難しい話じゃない訳さ。やり手のお偉いさん達の乗った本部の船が沈めば、残りの輩なんてただの烏合の衆。混乱に応じて我がマイラ星がすべての銀河を牛耳る事も可能になる、てのはどうだろう?実はこの星での動きは実はただの陽動にすぎない、とか。
 ああ、どうしたんだい? 青い顔をして。あと一つ突け加えておくなら、今頃は主力が出撃中で手薄なポリスの本拠地に、僕の仲間達が向かっているまっ最中―」
「ぶっ、部長ですか!?すぐに引き返してくださいっ!今の会話聞こえ―はいっ!罠が―はいっ!私の事はいいですからっ!早くっ!銀河大戦になりかね―」
 必死で通信機みたいのに怒鳴る倉岡さん。本気で蒼白な顔をしてくれていたりして、俺はさすがに少し良心が痛んだ。何せ、何から何まで完全無欠に嘘だし。
 対詩織モードの対応だと、嘘まででかくなってしまうのが困りものだ。
「ええと……その、倉岡さん、そんなに慌てなくても…」
「ち、近寄らないで!」
 倉岡さんは甲高い声をあげて後ずさる。本気で心の底から怯えた目で俺を見て。これは一体どうしたものたろうか。いくらなんでもやりすぎた気がする。
「いや、だから全部嘘で、俺は本当は日本人」
「いやぁぁぁぁっ!それ以上こっちに来たら舌を噛み切って死んでやるから!捕まって死ぬ程凌辱されて、あげくの果てに薬漬けにされて売り飛ばされるぐらいなら、このまま死んだ方がよっぽどマシよっ!」
「いや、そんな劇的な展開を勝手に予想されて暴れられても困るんだけど」
「こんな事なら田中君にちゃんと告白しとくんだった!私のバカっ!私のバカぁぁ!何で昨日田中君から顔をそらしてしまったのよぉぉっ!せっかく二人っきりになれたのになれたのにっ!私の意気地なしぃぃ!」
 泣いてイヤイヤをする倉岡さん。何やらもう俺の言葉の届かない領域へ突入しているらしい。
「ええと、あの……」
「近づかないで獣!貴方みたいな犯罪者の考えてる事なんてみんな同じよ!子供はさらって女は犯して!男と老人は皆殺し!」
「いや、そのね」
「どうせ私もその汚らわしい手で陵辱するつもりなんでしょう!?ええそうよ!確かに本部の戦艦は帰ったし、この区域の担当のポリスは私だけ!おまけにさっき人払いのフィルードを張ったから、誰も助けになんて来やしないわよ!好きにすればいいわ!」
「だから俺は」
「許して田中君!私は汚れてしまうわ!マイラ星人好みの汚らしい肉体に変えられてしまうの!もう二度と貴方と顔を合わせる資格なんて失ってしまうの!」
「その、盛り上がっているところ悪いんだけど」
 俺は頭を掻きながら、困りきって彼女に歩み寄る。途端に目を閉じて、何故か観念した仕草を見せる倉岡さん。俺はもう本当に困りきって彼女に手を伸ばしたのだが―
 ぐぉぉぉぉぉぉぉんっ。
 いきなり現れた巨大な影が、その手に食らいついのは、それと同時だった。

     

 俺は、かなり悩んでいた。とても汗をかいていた。
 いきなり現れた巨大な黒い影が、なんと俺の右手に食いついてきたのである。これでびびらなくて、一体どんな時にびびれというのだろう?
「うわぁぁぁぁ!?」
 俺は叫び声を上げて手をぶんぶん振る。するとその影はふっと俺の手から消え―そう。完全無欠に消えて、そして少し後で思い出したかの様に俺の右手から血が吹き出す。そして俺の前にわんっと吠えて現れたのは、先程まで俺の右手にぶら下がっていた愛らしいバディ君。彼はまるで倉岡さんに手を出すなとでも言いたげに、うーうー唸って俺を睨んでくる。
 そう言えば先程、バディ君はこう見えても訓練された何とか種族だと、蔵岡さんが言っていた気もする。今のは彼の仕業なのだろうか?まあ、地球人にさえ俺みたいに変身する奴がいるのだ。この広い宇宙に、いきなり黒い巨大な影を出現させて俺の腕に食いつかせる様な種族が居ても、何の不思議も無いだろう。幸い、出血は激しいがそれ程傷は深くない。これなら大丈夫―と、相変わらずこういう自体になると、何故か逆に冷静に状況分析ができる俺。何だかとても素敵な奴だ。自分ながら。
「バ、バディ…?私を、助けてくれるの……?あんなに嫌っていた、私の事を…?」
 蔵岡さんは驚いた顔でバディ君に言う。バディ君は少しだけ彼女に振り向いて、今のうちに逃げろ、という感じでわんっと吠えた。やはり犬の様な外見だけに、半分は狼な俺とは何処か通じるものがある様で、俺にはバディ君のいう事がなんとなく理解できてしまうらしい。
「だ、駄目っ!でも逃げて!相手は最新式レーザーさえ通用しない様なマイラの最新合成獣よ!いくら貴方でも勝ち目はないわ!」
〝いいから逃げろ!〟とバディ君は振り向かずに吠え、敵意むきだしで俺を睨む。バディ君はその愛くるしい外見とは裏腹に、とても男らしい性格をした人の様だ。いや、人じゃないか。
「ぐぉぉぉぉぉんっ!」
 バディ君が吠えると同時に、彼の体から黒いもやの様なものが放出される。それは集まって巨大な牙を持った怪獣となり、俺に襲いかかってくる。
「うわっ!?」
 俺は飛びのいて逃げようとするが、足が動かない。見れば地面から生えた黒い手が、俺の足をしっかり捕まえて固定している。これもバディ君が―と思う間もなく、前の影が俺に襲い来る。いや、思う暇はあったか。思ってるし。とか馬鹿な事を考えていたのがまずかった。
 さざんっ!
 俺はその黒い影に思いっきり噛みつかれ、血しぶきをあげてのぞけった。何なのか知らないが、とてつもなく痛い事だけは確かな攻撃である。
「わんっ!わんわんっ!」
 バディ君は愛らしい声で吠える。まるで〝恵美に手を出すなら、殺す!死にたくなければ今の内にされ〟とでも言っているかの様だ。何と言うか、〝漢〟な子犬君である。
「バ、バディ……」
 後ろで倉岡さんが不安そうに呟く。バディ君は後ろを向いてわんっと愛らしく吠えた。〝ここは俺にまかせろ。それより早く逃げるんだ〟とばかりに。
「……いいえ、貴方が戦っているのに、私だけ逃げる訳にはいかないわ。そう、そうよ。戦う前から諦めるなんて、刑事として失格だわ。私は曲がりなりにも全宇宙に名だたる、ギャラクシーポリスの刑事なんだから。例えどんな絶望的な状況に置いても―」
 倉岡さんは逃げろというバディ君に、目を閉じて首をふる。そして彼女は拳大の棒の様なものを取り出し、ざんっとそれを握ると目を開ける。
「悪党を前にして、諦めたりしてはいけないものなのよね!」
彼女は先程より一回り成長した目を見せ、その棒を光る剣の様な形状に変化させ、俺に構えたのだった。

「あ、あのぅ倉岡さん、バディ君……?」
「いくわよ、バディ!え?バカにしないでよ。こう見えても、アクレリア生まれなんだから!剣の扱いなんてお手のものよ!」
 倉岡さんは困りきって頭をかいている俺にはお構いなしに、光る剣を掲げて俺に駆けてくる。
「わんっ!」
 バディ君も、〝けっ、足手まといなんだよ、馬鹿が〟と照れくさそうに言いながら俺に向かって可愛らしい仕草で駆けてくる。
「烈風漸!」
 倉岡さんは格好いい技の名前を叫んで、剣を振り上げた。下から振り上げて、それを交わしたところを重力の加速で先程より威力のある振り下ろしの剣で狙おうという、理に適った技である。しかし、俺は危なげなくそれをかわして避ける。彼女の名誉の為に言っておくが、まぎれもなく達人レベルの技ではあったと思う。ただ、俺の反射神経とかその他もろもろの前には通用するレベルではなかったのだ。ふっ、さすがだ俺。素敵に凄いぜ。
 …いや、いきなり全力で斬りつけられてしまったのだ。思わずそんな事を考えて現実逃避した俺をせめないで欲しい。倉岡さん、本気で目がいっちゃってるんだもん。
「がおぉぉぉぉぉんっ!」
 と俺が色々思考に陥っていた隙をついて、バディ君が例の黒い影を出現させる。こちらはまぎれもなく速い。油断していた俺は、避けきれずに肩をざくんと引き裂かれる。
「せいっ!」
 そこに襲いかかる倉岡さんの光の剣の突き。俺は喉笛を思いっきり突かれて後ろに吹き飛んだ。怖いくらい息のあったコンビネーションである。突かれた喉がじゅうじゅう音を立てて焼ける。何なんだよあの剣。痛々熱いぞ。俺は少し泣きながら手を振って蔵岡さんに呼びかけた。
「あのさ、少しだけ休戦して俺の話を聞いてくれないかな?そしたら色々な誤解が解けて、二人とも幸せになれたりするんだけど」
「治癒の為の時間稼ぎですか?そんなの引っかかるほど私はおっちょこちょいじゃありません!」
 彼女はそう叫んで、だんっと駆けて剣を繰り出す。避けようとした俺は、足を何かに取られた様な感覚をしてぎょっと足元を見やる。バディ君が先程の様に、地面を伝えて黒い影の手を出現させて―。
 ざんっ。
 俺の胸から派手な血しぶきがあがった。熱いうえに切れ味抜群。凄く嫌な剣だ。倉岡さんは俺の胸を切り裂いたその剣を返し、それを両手で握り締める。
「突っ!」
 彼女の懇親の突きが俺のわき腹に炸裂する。その剣はじゅうっと俺の肉を焼き突き刺さる。また吐血する俺。そして―
「がぉぉぉぉぉぉぉんっ!」
 ほぼ同時にバディ君の影が、巨大化してその巨大な腕で俺を殴りつける。
 俺は為す術なく宙を舞い、次の瞬間には地面に叩きつけられ血反吐を吐いていた。
「やったわ!」
「わんっわんっ!」
 倉岡さんとバディ君が歓喜の声をあげる。こちらは血反吐を吐いて倒れているというのに、何とも不公平な状況である。
「わんっ」
「ふふっ、そんな事ないわ。貴方が助けてくれたおかげよ」
 バディ君と倉岡さんは一仕事終えた後の爽快感で満ちた顔で語り合う。
(うーむ。俺が気を失ったものと信じているみたいだな。実は物凄く意識ははっきりしている訳だが、あの爽快な笑顔で語り合う彼らの時間を潰す権利は俺にあるだろうか?このまま気絶したフリを続けるのがベターと見た)
「わんっわんわん!」
「ええ、そうね。今のうちに亜空間に捕らえておく事にしましょう。レーザーも効かない様な化け物ですもの。用心に超しておく事はないわね。今のも半ば不意打ちの形だったから何とかなった様なものだし―」
 がばっ。
 思わず立ちあがってしまった俺を責めないで欲しい。
 だって亜空間である。名前からして絶対閉じ込められたなさそうというよりは、何か一度閉じ込められたら二度と出られそうなネーミングである。つーか絶対捕らえられたくない。
「っ!そんな……!あれだけの攻撃をまともに食らって……!?威力だけなら、ソードは銃の数倍もあるはずなのよ?いくらなんでも―」
「う~~~~~っ!」
 途端に彼女達は戦闘態勢に入り、俺に向き直る。俺は少し汗を掻いて彼女達を見やった。
 やられたフリは亜空間が怖いので却下。同じ理由でわざとやられるのも却下。俺の話なんてあっちが却下して聞いてくれない。となれば―もうとれる方法は一つしかない。
「……近くに人の気配はないよな…。理屈はわかんねぇけど、人払いのフィルードを張ったとか言ってたのはこういうことか。まあ、そういう事なら心配ねぇ」
 俺はそう言って、静かに息を吐く。どくん。心臓の鼓動が激しくなり、心地よい興奮が俺を満たす。俺はにぃっと口を吊り上げて笑った。
「―悪いけど、俺も少し本気にならせてもらうぜ」
 ぐきょ。ぼきぼき。どばっ。自分でいうのも何だが、かなり嫌な音を立てて俺の体が変化していく。もう辺りは少し薄暗い。俺の力の源たる光は、俺の頭上で半円ながらも輝いていたのだ。いくら傷を負っていようと、これだけ〝月の光〟があればものでもない。
「アォォォォォォォォォォォン!」
 俺は淡く輝く月の下、その体を銀の毛で覆われた獣の姿へと変貌をとげた―。
 関係無いが、この変身すると無意味に咆えてしまう癖を治したいと思う今日この頃。


「なっ、何よこれ……?合成による肉体強化は局部が限界のはずよ!?全身を合成獣と変える技術なんて、いくらマイラでもあるはずないわ!」
「いや、だからさっきから違うって言ってるんだけどなぁ」
 俺は少し困って頭をかく。それだけの動作でも、爪がかなり鋭くなっているので気をつける必要がある。便利な様な、不便な様な。
「とにかく―」
 俺はひゅんっと跳んで彼女の後ろに回りこむ。今なら、人間の形態を保っていた時とは比べ物にならない速度が出せる。当然彼女は反応もできていない。
「えいっと気絶させてちょっと縛ったりして無理矢理にでも落ち着けてから話を聞いてもらう事にする!ああ変身してもなんて紳士的なんだ俺!」
 と手刀をつく手を振り上げる俺だったが―
「がぉんっ!」
 どどん。
 バディ君が例の黒い影で、俺の手刃を受け止める。この速さに反応されるとはさすがに予想外である。俺は思わず後ろに飛んで距離を取る。
「い、何時の間に……!?」
 ようやく後ろの俺に気づいて振り向く倉岡さん。しかしその間も俺を睨むバディ君の注意はそれる事はなく、少しでも隙を見せればやられかねないといった状況で俺は手に汗を握って対峙していた。
「わんっ!」
〝へっ、何だか知らねぇが、その程度の速さじゃ俺には勝てないぜ〟
 バディ君はその愛らしい外見で愛らしく吠えながら、俺を脅してくる。おそるべし。
「ふっ、言うね。だが今のは本気ではないぞバディ君。俺の全力の三分の一程の速さだ」
 俺は不敵に笑って言ってやる。バディ君は少し虚をつかれた様な表情を見せ、その後でうーと唸ってわんっと鳴いた。訳すと〝はったりを言うんじゃねぇこの野郎〟というところか。
「さあ、そいつはどうかなバディ君。本当かどうかは君自身が確かめてみるがいい」
「っ!バ、バディの言葉が理解できるの!?そんな、メル・デスナレイ種族との通訳技術はポリスの最高機密の一つよ!?一体マイラはどうなってるって言うの!?」
「いや、その、いい加減そのマイラ星人説からは離れて欲しいんだけどね」
「がぉぉぉぉぉんっ!」
 俺が少しくだけた隙をつき、バディ君が吠える。俺に襲い来る黒い影。しかし俺はふっと笑って目を閉じた。
「遅い、な」
「ぐぎゃんっ!」
 次の瞬間には、俺は一発入れて気絶させたバディ君を片手にたたずんでいた。こんな愛くるしい子犬さんに手を出すなど、動物愛護協会に訴えられそうな行為だが、まあ非常事態だ。神様も許してくれるに違いない。俺はふぅと一息ついてバディ君を地面に置いた。
 どどん。そこでようやくバディ君の放った黒い影が、俺が先程まで立っていた地面をえぐり音をたてる。そこらへんでやっと蔵岡さんはバディ君の変化に気づいたようだった。
「………っ!バディっ!バディぃぃっ!?」
 顔色を変えて倉岡さんは地面のバディ君に駆け寄った。俺の姿が目に入ってくれてない。先程の戦いでの見事なコンビネーションといい、きっと彼と彼女は厚い友情で結ばれた盟友なのだろう。何だかほろりとしてしまう場面だ。
「まあ、でも油断は禁物ってことで」
 俺はそう言って、無情にも手刀を彼女の首筋に振り下ろした。
 そしてすぐに変身を解く俺。
 最近では詩織さんの〝人狼捜し〟は目に見えて酷くなってきている。用心にこした事はないと思うのだ。だって彼女は、〝ふふふ。やっぱり殺すだけじゃ気がすみそうにないわねぇ。イビル・アイで生きたままゾンビにして、そんでもって―〟とかたまにいってしまった目で囁いたりしてる事があるのだ。俺のこの用心深さは当然の事だと思うのだよ、ワチョポン君。(ワチョポンって誰だ)

「……本当だわ。この血液の成分は、間違いなく…地球人……です…」
「ふっ、だから言ったでしょう。全部冗談だったんですよ、何から何まで」
 俺は血液検査機やらを片手に青い顔でうめく倉岡さんに、目を閉じた不敵な笑みで答えていた。
「マイラって名前も適当に言っただけで、本当にあるなんて知らなかった、と。それで変身できるのは妖怪の血を引いているから…という訳です……か…」
 ふるふると震えながら、彼女はその機械を鞄にしまった。バディ君は〝けっ、勝ったと思うなよ〟とでも言いたげに愛らしい瞳で俺を見上げている。
「う、嘘調査機にもまったく反応無いですし、し、信じるしかありませんね。なんだか、す、 少し頭が痛くなってきましたけど…」
「嘘発見機とかあるんだったら、最初の〝俺は宇宙人だ〟ってところで使っといてもらえたら、 こんな大事にはならなかったと思うんだけど」
「ひっ、久しぶりの大きな事件だったんですもん!緊張してそれどころじゃなかったんですよ!」
「わんっ」
 横のバディ君が可愛く吼える。
 訳。〝このおっちょこちょいめ〟
『…恵美さん、状況をまとめたなら早く報告してくれないかしら?何だかとっても素敵な会話が通信機から漏れてくるんで、気になって仕方がないんですけどね』
 後ろの機械から半透明に浮かび上がっている女の人が、ごほんと喉をならす。倉岡さんの上司の部長さんらしい。しかしあの立体映像通信機というやつ、やたら格好よすぎる。欲しい。けどさっきあの部長さんにその旨を伝えてみたら、〝ふざけんな未開人。舐めた事言っとったらしばくぞ〟と怒られてしまったので入手不可とあいなっている。残念。というよりあの部長さん怖いぞ。不良だ。
「あ、あの、その部長……」
『そうそう。私、今何処に居ると思う?マイラからの帰路の最中よ。実は私の部下が送ってきたエデンでのマイラの工作員の証言をもとにね、今マイラを制圧に行って来たところなの』
「え?」
 思わずぽかんと口を開ける倉岡さんに構わず、部長さんは微笑んだまま続けた。
『何せ、全銀河の掌握を企んでいる、などと聞かされては黙っていられませんでしたからね。エデンのマイラ人達を押さえられないのなら、マイラ星そのものを押さえておこうという事なったのよ。当然マイラの抵抗は予想されたから、最高装備で制圧に向かったんだけど、何故だかあちらさんは情報によるとポリスへの反乱まで企んでいたはずなのに、まったく何の準備もできてなくて油断していましてね。さしたる被害もなく、ポリスはマイラを完全に制圧する事に成功しました。あら?どうしたの恵美さん。顔色が悪いわよ?』
部長さんはそう言ってにっこりと微笑む。ただ目が笑っていなさすぎたが。倉岡さんはその笑みの迫力にうっとうめいて後ずさり、転がっていた空き缶を踏んで派手に転ぶ。そして立ちあがろうとして、また同じ空き缶を踏んで今度は前のめりに転んでへぶしと叫び声をあげた。そして哀れな程鼻を赤くして立ちあがる倉岡さんに、部長さんは更に漫然の微笑みで告げた。
『大手柄ね、恵美さん。貴方のとってきた情報が、全銀河を救ったのよ』
 笑顔で。くどいようだがこれ以上ない程の笑顔で。さっきの俺達の会話を横で聞いていたくせに、笑顔で。
 鬼だ。
『もしも、ですけど、もしも先程の情報が何かの間違いで、これが完全に誤解からであるとなると、一体どうなるのか見当もつかないわよねぇ。まあそんな訳はないけれど。いくらなんでも、そんな馬鹿な状況を作り出せる無能が私の部下に存在してる訳はないもの。もしそんな無能が部下にいたら私、きっとそいつを殺すと思うの。全力であらゆる手段を持って殺すわね。そいつ、未開の星に左遷してやってみてもまだ問題ばかり起こすんで、前から殺したくて殺したくて仕方なかったの。死ね無能。本当に何しに生きてんのよこの無能―あ、話がそれたわよね。ええと、確かそのマイラの工作員から聞き出した話をまとめて報告してもらってるとこだったわよね。さ、報告して恵美さん。早く。時間がないの。この後きっと色々死ヌ程問題が起きて、くさる程忙しくなりそうな気がするから』
 微笑む部長さん。もう鬼の微笑みと呼ぼう。倉岡さんはそれっきり黙ってしまった部長さんに、ううっと汗を掻く。言えとっているのだ。こんな言い出しにくい雰囲気を作り上げて、そこで言えと。間違いだったと言えと。本物の鬼である。俺とバディ君はもう何も言えずにただ汗をかいてたたずむしかなかった。
「……すいません。ま、間違いで、ご、誤解で、か、完全に間違いの……情報…でした。マ、マイラは……潔白……です」
 俺はそれを言えた倉岡さんに拍手を送りたい。事実、バディ君などその愛らしい手をぱふぱふ鳴らして本当に拍手していた。そこで部長さんは優しく微笑み―
『いい加減にしとけよ。クビ切るぞこの無能』
 そして問答無用でぷちんと切れる通信機。
 あとに残されたのは、どうしようもなくたたずむ倉岡さんだけであった。
 バディ君はわふっと可愛らしく鳴いて、〝哀れな……〟と渋く語っていた。

「ああ……殺されるわ。部長のあの目は殺ス時の目だったもの……。もう終わりよ、私。きっと死んだ方がマシだと思うくらい色々な目に合わされるに決まってるわ」
 泣いてベンチに倒れこむ彼女に、バディ君は可愛くわんっと吠えた。
 訳。〝あの部長って、本気でおまえに殺意抱いてるよな。多分〟
「それもこれもすべて貴方のせいですよっ!どうしてくれるんです!?妖怪だか狼男だか知りませんが、何故そうならそうと正直に言わないんです!?なんでよりによってマイラ人を語るんです!?そんなに私をあの部長の毒牙にかけたいんですか!?殺したいんですか!?」
「わんわんっ。わん。わんわんわん」
 訳。〝今回の罰則は何シリーズか今から楽しみだな。ちなみに前回のわさび地獄を生き抜いたおまえの精神力には感服したが〟
「あああいやぁぁぁ!言わないでっ!あの時の事は思い出したくないのよぉぉっ!なんで私ばっかりこんな目にぃぃ!悪いのは全部全部全部っこの人なのにぃぃっ!」
「ええとさ、事情が事情だけに、まあ悪かったとは思うんだけど、俺もほら、君達に思いっきり死にそうになる程攻撃された訳で、あいこじゃないのかな」
「何処が死にそうですか!怪我一つ残ってないじゃないですかっ!」
「はっはっは。文句は俺の傷をすぐに癒してしまうお月さんに言っておくれ」
「その妙なものの喋り方は止めてください!大嫌いな知り合いの人と話しているみたいで、聞いてると頭が痛くなってくるんです!」
 彼女はそう言って俺に怒鳴りかかってくる。なんか、その大嫌いな知り合いの人というのが誰の事なのかすぐに予想がついてしまうのが不思議だ。比較的悪口などとは無縁そうな彼女にここまで言わすとは、さすが我が盟友詩織殿。
「ああっ!もう嫌っ!どうして私ばかりがこんな目にっ!」
 と今度はいきなり泣いてイヤイヤをする倉岡さん。かなり精神的に追い詰められているようだ。まあさっきの部長さんとの会話を聞いてしまっている俺としては、何も言えないところだが。だってあの人怒らせたりしたらやたら怖そうだし。というより実際怒ってて怖かったし。
「わんわん」
 訳。〝はぁ。また減棒だなこりゃ〟
「わんわんわん」
 訳。〝お願いだから少しは成長してくれよ、この無能女〟
「なによなによっ!この前のなんかバディが全部悪いんじゃない!そりゃ、あのパンダがククアリス星人そっくりだったのは認めるけど、いきなり襲っちゃう事ないでしょ!?後始末の為に私がどれだけ苦労したと思ってるのよ!」
「わんっ」
 訳。〝生意気抜かすな、この小娘〟
「なによなによぉっ!」
「わんわんっ」
 訳。〝どうでもいいが、あの狼野郎がこっそり逃げようとしてるぞ。いいのか無能?〟
 ちっ、バディ君め余計な事を。何か怖いから今のうちに逃げとこうと思ってたのに。俺は仕方なく後ろを向いて、しらじらしく咳をした。
「そうよぉぉっ!みんな貴方が悪いんだからぁぁぁぁっ!貴方がっ!貴方がぁぁぁ!誰が逃がすもんですかぁぁぁぁぁ!」
 と同時に倉岡さんに泣いて首を締められる。俺はちょっと息苦しいのを我慢して、なんとか口を開く。
「今頃、田中太郎君は何をしているだろう?」
 ぴくり。俺の最後の手段たる言葉を聞いて、彼女は動きを停止する。やはり、か。彼女と太郎はクラスが同じなはずだからな。俺は力の抜けきった彼女の手を振り払い、おもむろにかぶりを振った。
「田中君に告白しておけばよかった、か。あの時の君の叫びは僕の胸にずっしりと息づいているよ。ああ、種族の違いを超えての恋か。こいつは何とも素敵じゃないか。さっき必死で悔やんでたみたいだけど、よかったね蔵岡さん。とりあえず事件は収まった。明日は迷うことなく実行できるじゃないか、その告白を。でも残念だね。僕ら地球人は、とっても心が狭いんだ。もし君が地球人じゃない事を彼が知ったら、この恋は成就しないかもしれないよ。ちなみに、僕は彼とは隠し事なしで語り合える間柄なのだけれど、どうしたらいいと思う、宇宙人さんな倉岡さん?」
 俺の言葉を聞いて後ずさる倉岡さん。俺の顔に怖い笑みが浮かんでいる事に気づいてしまったのだろう。
「わんっ」
 訳。〝田中って誰だ?〟
「王森高校1年C組、出席番号二十五番とだけ言わせてもらおうかバディ君。後は自分で調べてみたまえ。その方が楽しみが倍増するだろうからね」
「わんわんっ」
 訳。〝おお、狼野郎。てめぇ案外おもしれぇ奴じゃねぇか〟
「はっはっは、それ程でも。ちなみにとりあえず太郎君に彼女は居ないようだよバディ君」
「わんわんわんっ!」
 訳。〝ちっ。個人的には居た方がおもしろかったんだがな〟
「いやいや、それは少し酷いよバディ君。見たまえ。彼女はあんなに顔を青くしているよ?」
「わんわんっ」
 訳。〝気にすんな、いつもあんなもんだあいつは〟
「ほほぅ。何だか君とはいい友達になれそうだよバディ君。これからは仲良くやっていこうじゃないか」
「わんわんわん」
 訳。〝へっ、狼野郎が生意気に。まあ、よろしく頼むぜ〟
「はっはっは、まかせてくれ。さっそく明日辺り、君の同僚の恋の手助けでもしようかと思っているところだ。君も明日学校に来るといい。とっても楽しい時間を約束しよう」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!どうしてこの人詩織さんと同じ様な事ばかり言うの!?何で翻訳機なしでバディと普通に会話できてるのっ!?なんなのこの人ぉぉぉぉ!」
「ふっ、ここで詩織君とは実は親友である事をばらしてみようと思うけれどどうだろう?」
「何か納得できてもっといやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「わんわんわんっ」
 訳。〝詩織ってあの目つきの悪ぃよく無意味に高笑いしてる女か?あんなのとよく親友でいられるな〟
「いや、それよりも君の同僚が泣いて頭を抱えているけれど、助けてあげなくていいのかい?」
「わん」
 訳。〝いい〟

 彼の名誉の為に付け加えておこう。バディ君はその毒舌三昧を披露しながらも、その愛くるしさを決して一瞬たりともそこないはしなかった。
 本当に彼とは親友になれそうだ。

「ああ、見てくれよ、倉岡さん。お星様があんなに綺麗だ。あんな綺麗なお星様が存在しているこの世の中。たいていの事は許されるんじゃないかと思うんだ」
「その星はスレイグドルといって、二千年前に量子性戦争で滅びた宇宙でもっとも醜い星として有名な星ですっ!全然綺麗なんかじゃありませんっ!それより約束してください!今日の事は絶対に秘密にするって!田中君には何も言わないって!」
 まあ最後辺りには、俺は倉岡さんに首をしめられてそう叫ばれる事になっていて。
 そしてあんまり蔵岡さんが必死で首を締めるもので、俺達は今日の事はお互いに秘密にしあおうと約束し、お互いににこやかに笑ってわかれる事になった。
 笑っていたのは、実は俺とバディ君だけだったという説もあるが。

 ともあれ、その上でお月様だけは、何時も通りさんさんと輝いていた。
 だって俺、ちょっと帰り道に変身しそうになったし。

       

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Neetsha