Neetel Inside ニートノベル
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 霧は分断され銀色の閃光も消える。
 長らく霧に満たされていた山頂は光を取り戻した。
 が、剣を手にして立つハンダルはその黒い霧を一手に引き受けたかのようにどす黒い気を纏っているように見え、ラダは女の後に隠れると全身を緊張させた。
 重い物が移動するような音を立ててハンダルが近づいてくる。
 手には鞘に収められた剣が握られていた。
 もう一歩動けば間合いに入るというところで女が細身の剣を引き抜き、ハンダルの足を止める。
「どんな気分だ?」
 うっすらと笑みを浮かべながら女が尋ねた。
 ハンダルは血走ったような赤い眼を女に向けただけで言葉を発しない。
「バケモノになって言葉を忘れたか?」
「――馬鹿言うな」
「助かる。意思疎通が出来ないのは困るからな。で、どんな気分だ?」
「別に。変わらん」
 へえ、と女は剣を収めてから興味深げにハンダルの周りを歩いて頭のてっぺんから足の先、前も後もじっくり見てから、
「刻印は服の下か」
「見せてやろうか?」
「粗末なカラダは見たくない」
 鼻先で笑う女の前でハンダルは足元に剣を置くとマントを脱ぎ始めた。
「見たくないと言ったが?」
「見せてやる」
 上着を脱ぎ、薄汚れたシャツを脱ぐと右肩から背中にかけて火傷の痕のようなものが広がっていた。
「……なに? それ」
「バケモノになった証だ」
 女が教えると問ったラダが背中を凝視した。
 と、急に叫び声を上げる。
 火傷の痕が、悪魔が笑っている形に見えてしまったからだ。
「大丈夫だ。こいつが死なない限り悪魔は出て来ない」
「刻印って悪魔になった刻印?」
「いや。悪魔を封印した刻印だ。身体の中にな」
「身体の中に? じゃあ死んだら?」
「そして死なない」
「どうして?」
「悪魔が守るからだ。封印されたまま宿主が死ねば一緒に滅びるからだ」
「……じゃあハンダルって不死身?」
「まあな。弱点はあるが」
「何? その弱点って!」
「誰も知らない。本人もな」
「問題は弱点をつかれることではなく、こいつが悪魔の誘惑に勝ち続けられるか、ということだ」
「誘惑?」
「世界を滅ぼそうという誘惑さ」
 そういって女はハンダルを見やる。
「滅ぼしたら王様になれないだろ?」
 シャツを着ながらハンダルはラダに話しかける。
 そうだ、ハンダルは宝を手に入れて王になると言っていたのだ。
「でも……悪魔の王様なんて、ヤだよ」
「そうだなあ。まあそれは王様になってから考えるさ。それに今の王も充分悪魔じゃないか」
 マントを身につけ剣を腰にさしたハンダルは遙か王都の方向を見る。
「そんな行き当たりばったりの王様も迷惑だな」
 ぽつりとラダが言うと、女はカラカラと笑い出した。
「お前に相応しい言葉だな」
「はいはい。それでお前はご主人様に報告しに行くのか?」
「そうさ。その剣の持ち主が現れたと占い婆から聞いて、見届けろと言われてきたんだからね」
「自分で来ればいいのになあ」
「お頭は忙しいんだよ」
「おかしら?」
 何のことだとラダが尋ねる。
「あたしの名前はミラータ。盗賊団バイターの女だ」
 掴んでいたミラータの腕からラダはパッと離れる。
「バイターの……」
 そう言ったきりラダは黙り込んでしまった。
「まずはメシだ。腹が減った。ラダ、お前の村に宿屋はあるか?」
 ラダは無言で頷く。
「よし決まりだ」
「あたしも行くよ」
「報告に行かないのか?」
「もう行ってるさ。一人で来るはずないだろう? あんたには貸しを返してもらわないとね」
 そう言ってミラータはチラとラダを見やった。この子供を助けたのは自分だと主張するように。

       

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