Neetel Inside ニートノベル
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速筆百物語
013_マミちゃんと僕

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マミちゃんと僕

 あれは僕が幼稚園の年長組だった頃だ。当時、僕には仲のよい女の子がいた。名前はマミちゃんといって、すぐに積み木(それも三角のやつ)を投げつけてくるような、ちょっと乱暴な女の子だった。どうしてそんな女の子と仲がよかったかというと、マミちゃんは、頭のてっぺんで髪の毛をちょんまげにしていたからだ。ふさふさとしたかわいいゴムのわっかから、ひとまとまりの髪の毛がぽよんと飛び出しているところが、すごくすごく好きだったせいで、僕はマミちゃんのことも好きになってしまったんだと思う。
 あの日は雪がたくさん積もっていて幼稚園も休みだった。僕は朝からいつものしょぼくれた神社でマミちゃんと一緒に遊んでいた。誰も踏んでいないところを二人で駆け回ったり、僕が雪におしっこで『バカ』って書いたり、雪だまをぶつけあったりしていた。
 二人でやった雪合戦はびっくりするくらい盛り上がって、はじめはただ雪だまをぶつけ合うだけだったのが、そのうち石灯篭とかさいせん箱のかげに隠れて、雪だまをためるという作戦を立てるようになった。僕はマミちゃんをやっつけてやろうと思って、雪だまの中に石を入れた『ミラクルデストロイヤー1~6号』を作って、マミちゃんが飛び出してくるのを待ち伏せていた。
 しばらくして、雪だまを抱えて突進してきたマミちゃんに、僕は用意していたミラクルデストロイヤーを思いっきり投げつけた。ほとんどが外れたけど、マミちゃんのおでこにミラクルデストロイヤー5号がきれいに当たり、マミちゃんは走っていた勢いのまま、積もった雪のなかにばったりと倒れてしまった。
 慌てて駆け寄った僕は、マミちゃんのおでこからだらだらと流れている血を見て怖くなり、泣きながら家に逃げ帰った。激しく泣く僕に、両親は何があったのかと聞いてきた。あとでばれるよりは、いま白状してしまった方が怒られないと思って、僕はちょっと大げさに泣きながら、神社であったことを話した。
 マミちゃんをほったらかしてきたことにげんこつをひとつもらい、僕と両親は神社へと向かった。そこにはマミちゃんの姿はなく、その時はじめて(よかった、死んでなかった)と思った。
 マミちゃんは家に戻っていた。マミちゃんのお父さんとお母さんは少し怒っている感じだったけど、謝りにいった僕たちに、子どものしたことだから、と何度も言っていた。どうやら僕は、大人たちからは許してもらえたようだった。
 だけど、寝ているからという理由で、マミちゃんとは会えなかった。僕は大人たちよりもマミちゃんの方が怖かったから、たくさんの大人がいるところで、さっさとマミちゃんに謝ってしまいたかった。
 でも、それはできなくて、マミちゃんに会えたのは、次の日に幼稚園へ行ってからになってしまった。マミちゃんは朝からすごく怒っていて、怖くて近づけなかった。だから休み時間はずっとトイレに隠れていたんだけど、幼稚園が終わって帰る時、僕はマミちゃんに捕まってしまった。何枚も重ねたガーゼをおでこに貼り付けて睨んでくるマミちゃんは、僕の腕をつかんで「行くよ」とだけ言った。僕は黙ってマミちゃんについていくしかなかった。

 マミちゃんが向かったのは、あのしょぼくれた神社だった。この神社は幼稚園にいく道から外れていて、大人を見かけることもほとんどない。そういう秘密の場所っぽいとこがいいんだけど、今日はぜんぜん違った感じがした。あちこちにある木のせいで薄暗いし、僕たちが雪を踏む、ぎゅ、ぎゅ、という音以外は、なんにも聞こえてこない。入っちゃ駄目って言われてる神社の奥の松林は、いつもよりずっと暗くて、死んでるのに動きだす人とか、地面から生える手とかがありそうだった。
 マミちゃんは、昨日たおれたあたりで立ち止まり、腕を組んで僕をふり返った。情けないほどに怯えていた僕は、マミちゃんから目をそらして、自分の靴の先をじっと見つめていた。

「す・ご・く、いたいんですけど」

 マミちゃんの声にどきっとして、僕はちょっとジャンプしてしまった。恐る恐る顔をあげると、マミちゃんはまっすぐ僕をにらんでいて、その瞬間に、僕がマミちゃんよりも下の人間なんだとわかってしまった。すぐにまたうつむいた僕に、マミちゃんは身体を近づけてきて言った。

「こういうとき、なんていうの?」

 マミちゃんの息が耳に当たる。僕はぞわぞわしてしまった。

「……ごめん」
「ごめんですむなら、警察いらない」
「……」

 僕は涙が出そうになるのを、パチパチまばたきをして耐えた。女に泣かされてしまったら人生おしまいだ。それだけは絶対に嫌だと思った。
 でもマミちゃんはそんな僕をどんどん追い詰めていく。マミちゃんは僕が逃げ出さないように身体をぴったりとくっつけて、僕の服の、腰のあたりをぎゅっと握った。ぶるぶる震える足の間にマミちゃんの右足が入ってきて、僕のちんちんはマミちゃんのももに押し付けられた。僕たちは大人のひとみたいに、抱き合っているみたいだった。
 目の前にマミちゃんの顔がある。丸いおにぎりみたいで、ぜんぜん可愛くないし、僕を細い目でじろじろ見て、にやにやしているからすごく怖い。マミちゃんはすごく意地悪な喋り方で僕に言った。

「ねえ、どろぼうとかひとごろしって、警察につかまったらどうなるかしってる?」
「しらない」
「『しけい』になってころされちゃうんだよー!」

 「しけい」は、マミちゃんの大好きなことばだ。蟻をふみつぶしたり、ミミズをスコップでせつだんしたり、僕を叩いたりする時に、しけい! しけい! となんども叫ぶ。いまもマミちゃんは僕にくっついたまま、嬉しそうに身体を揺らしていた。僕は、マミちゃんの足に当たっているちんちんがこすれて、むずむずしてくるのが気持ち悪くてしょうがなかった。

「こっちきて」

 マミちゃんは急にからだを離し、僕の手を取ると、神社の奥にある薄暗い松林の中へと引っ張っていった。誰も踏んでいない雪にひとつ足跡をつけるたび、ほんとうに殺されちゃうような気がして、僕は思わず後ろをふりかえった。さっきまでいた神社は、ぐにゃぐにゃした松の木の向こうに隠れてしまっていて、もう帰れないんだと思った。僕はマミちゃんの手を強く握り直した。
 神社がすっかり見えなくなってしまうほど奥深くまで行ったところに、腐った松の大木があった。途中から上はなくなってしまっていて、折れた鉛筆を突き刺したみたいに、てっぺんがぎざぎざしている。幹はじっとりと濡れていて、ちょっと触っただけで皮がぼろぼろ剥がれ落ちそうだった。

「これから、しけいをはじめます!」

 マミちゃんは、腐った松の根元で高らかに声を上げ、ズボンのポケットから、薄くて四角いものを取り出すと、パチン、と音を立てて開いた。なかには、縫い針とまち針と小さなはさみが入っていて、マミちゃんはそこからはさみを取り出した。

「うごいちゃだめだからね」

 そう言って、マミちゃんは僕の左手をつかみ、手のひらを上に向けた。いつもはさらさらしているマミちゃんの手がじっとりと湿り、鼻息もうるさいくらいに荒くなっていた。
 縦にひらいたはさみの先が、ひとさし指と中指のあいだをゆっくりと進んできて、水かきみたいになっているところをそっとつまんだ。刃のさきっぽが肉をつかまえて、はさみがだんだん閉じてくる。
 心臓がどくどくどくどく、どんどん早くなって、走ったわけでもないのに息が切れて、なんだか地面から浮いている感じになってきた。またちんちんがむずむずしてきて、こんどはかちかちになっていたので、あいている手でぎゅっと握った。

「し・け・いいいいぃぃぃぃーーーーっ!」

 じょりぃ、と肉の切れる音がして、背中がぞくぞくっとした。僕は目をつぶって、力いっぱいちんちんを握った。変な感じが、からだにじわーっと広がって、ゆっくりゆっくり消えていく。ぼんやり目をあけると、マミちゃんが僕の顔を不思議そうに見ていた。

「しけいは、まだおわってないよ」
「……うん」
「ほかのところもきるよ!」
「…………うん」

 僕は血の出ているところを見ながら、肉が切れた時の、からだじゅうがビリビリした感じを思い出していた。思い出すだけでもぞくぞくするんだけど、やっぱり本当に切った時の方が、もっとずっとぞくぞくした。
 だからもういちど切ってほしかったんだけど、マミちゃんは顔を赤くして、すごく怒った感じになって、はさみをしまってしまった。

「ちがうしけいにする!」

 そう叫んで、こんどはお尻に赤い玉のついたまち針を出した。

「これをさします!」

 まち針を突き出してくるマミちゃんに、僕はこくりとうなずいた。なぜかマミちゃんはますます機嫌が悪くなって、僕の手のひらをまち針でちくちくと押してきた。まち針で押されたところは、アリジゴクの巣みたいに肉が引っこんだ。

「ほら! さすよ! さしちゃうよ!」

 やるなら早くやればいいのに、マミちゃんは口ばっかりで、刺そうとしなかった。だから僕は、まち針の押し付けられている左手をぐっと押し上げた。その動きにびっくりしたのか、マミちゃんはまち針と僕の左手を放してしまい、支えのなくなったまち針は雪の上にぽそっと落ちた。
 僕はがっかりして、さっき切られたところをじっと見つめた。まだちょっとだけ、さっきの感じがからだのなかに残っていた。

「どうしてちんちんいじってるの!」

 激しく怒るマミちゃんに言われて、僕はちんちんから慌てて手をどけた。マミちゃんはそんな僕を見て、ぱあっと笑顔になった。

「ねぇ、どうしてちんちんいじってたの? ねぇ、どうして?」
「いじってないよ」
「うっそ、いじってた。ねぇ、どうして? どうして?」
「いじってないってば! うるさい!!」

 僕はしつこいマミちゃんにどなった。マミちゃんをどなるなんてはじめてのことだ。マミちゃんはしばらく固まっていたけど、とつぜんぐわっと目を見開いて、僕にビンタをしてきた。耳の奥がじーん、として、そんなにいたくなかったのに、涙をとめられなかった。僕はマミちゃんに泣かされてしまったのだ。

「こんどはちゃんと、しけいにしてころす」

 マミちゃんは怒りに声を震わせて、めそめそ泣いている僕のズボンとパンツを一気に下ろした。ぴんとなったちんちんが、マミちゃんの顔と向かい合う。マミちゃんはちょっと不思議そうな顔をして、僕のちんちんのまん中あたりをつまみ、お尻にみどり色の玉がついた新しいまち針を近づけてきた。

 ちんちん、さされちゃう。

 そう思うと、またさっきのぞくぞくがやってきた。はさみで切られた時より、もっとすごいぞくぞくだった。しゃがんでちんちんを見ているマミちゃんを僕はみおろしている。ゆらゆら揺れるちょんまげは大好きで、ちんちんを刺されるのにどきどきしていて、でも僕はめそめそ泣いている。僕はなんだかぐちゃぐちゃだった。
 マミちゃんがちんちんをぎゅっと握る。刺される! と思って、僕は目を細めながらも、マミちゃんの手元をじっと見ていた。
 でも、いつまでたってもマミちゃんは、ちんちんにまち針をささなかった。僕は催促するみたいに、ちんちんをちょっとつき出したつもりだったんだけど、どきどきしていたせいでやりすぎてしまい、マミちゃんの鼻にちんちんを当ててしまった。
 マミちゃんはびっくりして僕を見上げた。マミちゃんは、怯えていて、困っていて、なんだかいらいらするような顔をしていた。
 マミちゃんには無理だ。それなら僕がやろう。そう思った時には、もう手が動いていた。
 僕はマミちゃんの手を取った。僕のちんちんを握っている手と、まち針を持った手。僕はウインナーにつまようじを刺すように、マミちゃんの持つまち針をちんちんに突き刺した。

「あーーーーーーーーーー!!!あーーーーーーーーーーーーー!!!」

 僕は叫んだ。ものすごく痛かったのだ。でも振りほどこうとするマミちゃんの手をぎゅっと握って、そのまま、まち針をちんちんに押し込んでいった。僕はみどりの玉のところまで、まち針をちんちんに押し込んだ。

「あーーーーーーーーーーーーーー!!!あーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 僕はマミちゃんを突き飛ばして雪の上に転がり、人間じゃないみたいに泣き叫んだ。ちんちんがどくんどくんと脈を打つ。それに合わせてちんちんから、どかんどかんとものすごい痛みが僕に襲い掛かってきた。
 叫び続ける僕を置いて、マミちゃんが逃げていくのが見えた。ちんちんが痛すぎて、僕がちんちんになってしまったんじゃないかと思った。

 それから何が起こったのか、僕の記憶はあやふやになる。気がついたら僕は病院のベッドにいて、しばらくの入院生活を余儀なくされた。
 幸いにも僕のちんちんは無事に回復した。けれど、なぜあんなことをしようと思ったのかは、もうどんなに考えてもわからなかった。
 そして、この事件以来、マミちゃんと僕は二度と話すことはなかった。幼稚園で見るマミちゃんのちょんまげも、まったく可愛いと思わなくなってしまった。

       

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