Neetel Inside ニートノベル
表紙

静崎さん
幕間劇「福乃くん」

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僕の家から1、2キロ程歩いたところに廃工場がある。
一昨年から放置してあり、完全に放置されていて中は荒れている。…かと言えばそうでもない。元々電線を作る工場だったのだが、潰れてから妙な噂が流れ始めたのだ。
噂の内容は聞く人によってマチマチで、社長が自殺したとか、連続殺人犯の隠れ家だとか、入った者はしばらく悪夢にうなされるだとか、どれもこの工場が舞台である必要性があまり無い。不気味な外観から予想できる怖い話を、子供が近寄らないように地域に人が吹聴しているような気がするが。生憎、ちょいと駅前にいけば娯楽施設はそれなりにあるため、こんな町はずれにある廃墟まで足を運ぶ暇人が居ないのが現実である。
どちらにせよ、不気味な廃れっぷりに噂も相まってか近づく人は皆無である。故に中も荒らされていない。
だから、この工場は僕のお気に入りの一つなのだ。



目の前に広がる田んぼから虫とカエルの合唱が盛大に聞こえる。車もほとんど通らない道を、200メートルほど間隔を開けて街灯が照らしている。
錆びた鉄門の前で、僕は工場をの入口を観察していた。…こうして見ると、工場の門の錆びれ具合も中々である。
「立入禁止」の看板が下がった門をよじ登って僕は工場の敷地内に降り立った。同時に、門を囲むように設置された工場、その全ての割れた窓から気配を感じる。
いきている。この工場の死んでいる状態こそが、「活きている」。
僕は身震いした。
何度尋ねても、この瞬間の身震いに慣れない。少し気持ちいい。
今日はどこから巡回しようか。
適当にぶらつきつつ、僕が異性に興味を持てないことに納得した。今感じているこの感覚はまさに「恋」と言えるだろう。



この廃墟めぐりを知ったのは3年前の中学に入学したばかりの時だ。
親の車でどこかへ向かっている途中、この道を通った。そして車中から流れていく背景を目で追っていた時に、この工場が目に留まった。
衝撃を受けた僕は、その日の夜にこっそり家を抜け出してここへ来た。それが始まりだ。
それからも、心地よい夜の空気や満月を見たりするとその日の気分によって廃墟に侵入するようになった。昼間でも突発的にムラムラと夜の廃墟を欲する時があったりしたが、最近はそんなに恋しくはなくなった。
若気の至りだったのだろうか。1回夜に抜け出すところを親に見つかって、こっぴどく怒られたからかもしれない。
高校に入ってからは、親元を少しだけ離れて山の麓に住んでいる父方の実家から通うようになったため、夜の出入りが楽になった。独りで寂しがっている祖母を気遣っての提案だったが、それは口実にすぎない。本音は、祖母は放任主義なのであまり僕の生活に口出ししてこないことに魅力を感じたからだ。
目論見どおり、こうして僕は好きに行動できるようになった。時間の許す限り、好きなだけ廃墟を探索出来るようになった。
しかし、一方で不安なこともある。
中学時代と比べると幾らかマシになったが、どうやら僕の廃墟に対する慈愛の心は人間に向けにくいもののようだ。「友達」や「恋人」に興味や関心が持てない。居ないよりはいい、くらいの考えだ。損得でしか物事を考えられないのは自分でもどうかと思う。
年上受けが良いのか、中学時代に何回か先輩や、なんと担任の女教師に告白されたことがあったが全て断ってしまった。当時の僕は本気で廃墟に恋していた。今でこそ異常だと思えるようになったが、恋は盲目である。
高校生にもなって廃墟巡りが趣味なのは、よろしくない。…いや、僕としては全然宜しいのだが、客観的に見ると宜しくなさすぎる。
そろそろ、ちゃんと自分と向き合うべきなのだろうか…。


パリンとガラスを踏み砕く音で、僕は我に帰った。無意識に、社員食堂だった場所に来ていたようだ。
…今だけは、僕の思うままに進もう。
もうしばらく建物の観察を続けることにして、僕は次の部屋へと進んだ。

       

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