Neetel Inside ニートノベル
表紙

静崎さん
しずさきさん2

見開き   最大化      

思ったより低かった、というのは少し嫌味っぽいか。島田から渡された結果表を見て僕は内心、少しだけ満足した。
席に着くなり、待ち構えていた綾原が僕の手から結果表をひったくった。…こいつ、成績なんて気にするようなキャラだったっけ?
先程はなんとも得意げな顔で僕に結果表を見せつけてきた綾原だが、
「…は?いやいや、お前、…は?マジかよおい、くそっ!」
表を見るなり顔からは憎らしい笑みが消え、どんどん怒りの色に染まっていく。僕もまだ詳しく見てないんで早く返して欲しい。
「平均…88?へ、へー頭良い方じゃん」
さっき見せられた綾原の結果表には、確か平均78…と書かれていた気がする。そんな点数であんなに得意げになっていたのか。


中間テストの結果表を返却する日が来た。
HR後に担任から一人ずつ呼び出されて、歓喜やら絶望やら憤怒やらが詰まった紙ペラを渡されるのだ。
「今回は簡単だったね。クラス平均も高かったし、これくらいで80切るようじゃ進学できないよ」
僕はなるべく無感情を装って言った。そのほうがあたかも当然のように聞こえるので、余計やるせないだろうと思ったからだ。
一瞬だけ拗ねた顔をした後、綾原は力無く笑いながら僕の机の上にポトリと結果表を落とした。まぁ、想像以上に綾原の点数が悪くなかったんで僕も少し驚いているんだが。
「青野と本間さんはどうなんだろう?本間さんは優秀って聞いたけど」
「は、は、は。本間は確か平均90超えてるよ。返却されたテストでもう結果が出てる。青野は俺より少し低いくらいだったな」
「平均90か…優秀だなぁ。青野も本間さんに教えてもらえばいいのに。いや、もしや教えてもらってその点数なのかな」
「あいつ、テスト前日までずっとランニングしてたらしいぜ。剣道バカめ」
部活動に熱心なのは良い事だが、テスト前くらいは控えるべきだろう。勉強をろくにしなくても綾原に近い点数を取れるなら、なおさらだ。
クラス中が渡された結果表に一喜一憂している。どうせ中間なんだし、という楽観的な声もちらほら耳に届いてくる。ある程度取れてる立場だからか、今点数取れない奴が期末で頑張れるのだろうか、などと若干上から目線に捕らえてしまう自分がちょっと嫌だ。
「静崎さーん、結果発表しましょう」
ちょうど結果表を渡された宮野さんが、机の間を縫ってこちらに向かってくる。少し声が弾んでいるように聞こえるのは、相当な自信の表れからだろう。
静崎さんは水城さんと多嶋と談笑していたが、宮野さんの姿を確認して神妙な顔つきになった。そして会話を中断し、机の上に結果表を出した。
「せーので同時に開きましょ?」
「はいはい、とっとと見せろよ」
「…。せーの、」
綾原、多嶋、水城さんが顔を伸ばして二人の結果を覗き見る。僕も綾原の肩越しに結果を見た。左下に記載されている平均点の欄に視線が集中する。
宮野 静香 平均97.5
静崎 涼奈 平均99.9
何度も見直す。
何回見ても、平均99.9だ。僕の横で綾原が「マジかよ」と呟いた。多嶋と水城さんも驚いているようだ。
こんなの、アリ?
「え。え、ま、待って。なにこれ」
静香さんの声が少し震えている。…当然だ。これはカンニングなどしても実現不可能な点数だ。まさか負けるとは思ってなかっただろう、思考が真っ白になっているのが見ていて感じ取れる。
「あっれ?宮野さん、どうしちゃったの?…あは!そんなにビビんなよ~」
急に静崎さんが顔を突き出したので、宮野さんがびくっと身を引く。そのケがある人なら反応するような表情で追撃。
「勝負に負けたら、なんだっけ?土下座だっけ?靴をなめてくれるんだっけ?顔真っ赤にしちゃって、私に惚れちゃった?」
「…ぐっ、し、ずさき、さん」
まさしく水を得た魚。ここぞとばかりに、静崎さんが宮野さんを攻め立てる。
ポンポンと頭を撫でられて、宮野さんは俯いてしまった。よほど混乱しているのだろう、先週の勝気な姿勢からは想像もつかないくらい動揺している。拳を握り締めて屈辱に耐える姿は、静崎さんでなくとも嗜虐心をそそられるだろう。…多分。
多嶋&水城ペアはニヤニヤ、綾原も少しニヤけながら二人の挙動を食い入るように見つめている。こいつに限っては、なんだか考えていることが違う気がする。それが何かはあえて考えないが。
「で、どうするの?」
ひとしきりからかった後、宮野さんの顔を覗き込んで静原さんが問いかける。ひどく冷たい声で。
「…や、約束は守るわ。明日から学食で食べるのに必要な分だけお金を渡すわ。だから、」
「ちげーよ。そういう話じゃなくて」
「え?」
宮野さんが顔を上げる。なんだか嫌な予感。
「あんだけ自信満々に挑んどいてあっさり負けられちゃ、こっちは面白くないんだよ。けじめとしてさぁ、アンタは追加で罰ゲームね」
ガッシリと宮野さんの肩を掴んで、満面の笑みの静崎さん。何故か「笑うという行為は~」というフレーズが浮かんできた。
「は、え?え?」
「アタシらも罰ゲームに付き合ってあげるから!…ツラ貸してね」
「え、あ…ちょ、ちょっと!話が違うじゃない!!」
「あー、うざい」
ガバッと静崎さんが腕を広げ、宮野さんと肩を組むようにして腕を巻きつけた。不完全なチョークスリーパーのようだ。
「なになに?え、待って!」
「はいはい、そこどいてどいて~」
慌てて逃げようとする宮野さんをガッシリと片手で抱きしめながら、二人は教室を出て行ってしまった。
呆然と見送る僕と綾原。目の前で急にイベントが起きると、なかなか思考と体が働いてくれないものである。
「行くよ多嶋ー」
「あいよ」
多嶋と水城さんも立ち上がる。多嶋は宮野さんの席から取ってきた彼女のカバンを、水城さんは静崎さんのカバンをそれぞれ持って教室を出て行ってしまった。ちなみに二人とも勉強道具は学校に置きっぱなしなので、体育の日以外は手ブラで登校してくる。
「手際良いな、あいつら」
いや、そこじゃないんだ綾原。
「このまま放っといて大丈夫なの?」
「まぁ、死にはしないだろう。俺たちも見るもん見たし、とっとと帰るか」
本当に興味無さそうに言って、綾原は帰りの準備をしだした。事なかれ主義というより他人に興味が向かない性格なのだろう。そこに恋愛等が絡まなければ。
今、声を掛けていたら止められただろうか。止めるべきだっただろうか。止めてどうすればいいんだろうか。
静崎さんの楽しそうな顔を見ると、おふざけの延長に見える。あのテンションでどこか暗い部屋に連れ込んでリンチするなんて考えられないが。
少し不安になったが、今から彼女達を探す気にもならない。
僕はこのまま綾原と帰ることにした。





     

入学以後、何度目になるだろうか。綾原との帰り道。
たいして会話が弾まないのは、僕の提供する話題が綾原に合わないからなのだろうか。
静崎さんの結果表の話題は流石に乗ってくれると思ったのだが、相変わらず綾原は素っ気無い返事でその手の話を避ける。
「いつも寝てるのに、凄いよね静崎さん。家で勉強してる姿なんか想像つかないし」
「…そうだな。凄いよな」
「やっぱりカンニングでもしてるのかな?でもそれどころじゃない点数だしなぁ」
「そうだな。お、可愛い子発見!」
「…。綾原、静崎さんとなんかあった?」
なんだか無視されている気がして、なんとなく違う反応を期待して聞いてみた。それだけだったのだが。
「は!?…いやいや、おいおい。誰かからそう聞いたのか?」
急に振り返ったので驚いて立ち止まってしまった。あまり見掛けない険しい顔に若干ビビる。なんだ、この分かりやすい反応は。
「聞いてないけど…。その様子だとなんかあったっぽいね」
「いや無いから。うん、無いぜ。あったとしても気にするな」
「へー。そっかそっか」
訝しげに僕をジーッと見て、舌打ちをして移動速度を上げる綾原。僕も小走り気味に付いていく。表情に出てしまったかな?
しかし、そういうことだったとは。どうりで静崎さんに関する話題には反応が悪いわけだ。今度からその話題を避けよう。内容に興味があるが、こういうことにはあまり深入りしないほうがいい。
帰り道が分岐するところに着くまで、綾原はムッツリと黙り込んでいた。どうやら僕はなかなかのサイズの地雷を踏んでしまったらしい。
でも、僕が一方的に別れの挨拶を告げて去っていく途中、背後から微かに「じゃあな」と声が聞こえたので少し安心した。




綾原と別れた後、僕は静崎さんのことを考えていた。
本間さんの言っていたことを思い出す。
「そういえば『ウサギとカメ』って話あるよね。あの話ってさ、ウサギさんがゴール手前で寝ていたから負けちゃったんだよね」
静崎ウサギはゴール手前どころかスタート時点で寝ていたが。
本当に全く勉強していない状態で満点近くを叩き出すなんて、そんな非現実的なことが有り得るだろうか。いくら頭が良くても、全く何もしていなければまともにテストも受けられないはずだ。
となると、不正行為を働いたとしか考えられない。
しかしクラス、いやもしかしたら学年で一番かもしれない点数ではカンニングの線はまずない。考えられるのは、彼女がなんらかの手段でテストの模範解答を入手した場合だ。
それでも、夜の学校は校内にセキュリティセンサーが張り巡らされ、昼に職員室に忍び込むにしては風貌が目立ちすぎる。直接模範解答を盗むのは至難の業だ。
だとしたら人づてに入手したのだろうか。同級生には怖がられ、親しい先輩も居る気配が無い彼女に、そんなことが出来る知り合いが居るのか?
…可能だ。水城さんや多嶋と手を組むより、知り合いの泥棒に依頼するより確実な方法がある。

教師を使うのだ。

確か、先週の数学の時間に木田と静崎さんが口論になっていた。そして、木田の怒りが頂点に達して静崎さんに体罰を与える一歩手前までいったとき。
彼女の一言で、木田は態度を豹変させた。見えない防壁が彼女を包んだかのように、それ以上手を出せなくなった。
僕の予想では、その防壁の正体は「弱み」だ。
静崎さんは木田の弱みを握っていて、それをちらつかせることで身を守ったのだ。他人の弱みはその人を利用する口実になる。相手の立場が上なら尚更だ。
恐らく彼女は、木田を使って今回の中間試験の模範解答を手に入れたのだろう。同じ教職員なら、いくらでも解答を手に入れるチャンスはある。木田自身、テストを作成する側だ。
憶測の域を出ないが、この推理にはかなり自信があった。考えれば考えるほど、話が繋がっていく。
…僕の中で全てのピースが繋がった時、同時にある感情が浮かんだ。

裏切り

この行為は宮野さんに対する裏切りであり、侮辱だ。正々堂々と勝負した彼女に対して、このような手口を使うなんて。
今、宮野さんはどこかであの三人に罰ゲームという名目で辱められているのだろう。少なくとも仲良くショッピングには行ってないはずだ。
そう考えると怒りの感情が湧きあがってくる。
卑劣な手で彼女の努力を踏みにじったのみならず、それを自力で勝ち取った勝利と勘違いして彼女を嘲る。そして約束にかこつけて金を毟り取る。
先週は軽い気持ちで彼女の勝利を望んでいた。なんとなく、あまりに勝ち目の無い勝負だったので不利な側の大逆転を望んでしまったのだ。
それがこんなに理不尽な結果を生み出すとは、全く思いもしなかった。…本間さんはどこまで知っていたのだろうか。あれは冗談だったのだろうか。

考えるほどに他人が疑わしくなる。僕の心が汚された気分になる。
「これは邪推で、静崎さんは実力であの結果を得た」という可能性はもはや皆無であった。あの普段からの態度では、不正でも働かないとこんな点数は取れまい。
勝手に妄想して落ち込んでいる自分に対し、更に自己嫌悪に陥りながら、僕は重い足取りで歩を進めた。

       

表紙

りょーな 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha