Neetel Inside 文芸新都
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 ヒウロ達はクラフトの屋敷に泊まり、訓練の疲れを癒した。そして、朝を迎えた。
「では、クラフトさん」
 門前。別れの挨拶だ。世話になった。ヒウロとオリアーは特にそうだ。新たな力、武器。ここスレルミアで得たものは大きい。
「旅のご無事を祈っていますよ」
 クラフトが二コリと笑う。それに対して、三人は頭を下げた。
「おっと、そうでした。あなた方に話しておく事が一つあります」
「……? なんでしょう」
「エクスカリバーに関する事なのですが、実はオリアーさん以外に一人だけ、あの部屋に入る事が出来た人物が居ます」
 あの部屋。エクスカリバーが封印されていた部屋だ。ヒウロとメイジもその部屋に入ろうとしたが、何らかの力で身体が押し返された。部屋に入る事が出来なかったのである。エクスカリバーが封印されていた部屋に入るには、ある資格が必要だった。それは、クラフト一族である事かエクスカリバーと対面するにふさわしい者である事、この二通りのどちらかの資格を持つ人間だけだった。
「僕以外に、ですか」
「はい。名前はセシル。魔法剣士です」
 魔法剣士。剣と魔法の才を持ち、その両方に秀でている人間。魔力を実体化し、剣としたもの、つまりは魔法剣が使える人間だ。だが、誰にでも出来るわけではない。多大な魔力と剣の才能が必要だからだ。そのせいか現在、魔法剣士の数はごく僅かになっていた。
「この方はエクスカリバーに触れる事は出来ませんでしたが、部屋に入る事は出来ました。そしておそらく、あなた方と会う時が来るはずです」
 クラフトの口調は強かった。おそらく、とは言っているが、確信に近いものを持っている。三人はそう感じた。
「セシルさんの異名は音速の剣士。覚えておいて、損はないでしょう。そして、あなた方の力となってくれる。私は、そう感じています」
 こうして、三人はスレルミアの町を出た。目指すはルミナスである。スレルミアからルミナスへ行くには、リデルタ山脈を越える必要があった。この山脈の道のりは決して楽ではない。魔物の強さは増し、駆け出しの冒険者では簡単に命を落としてしまう難所だ。
「ここを越えれば、ルミナスだな、ヒウロ」
 リデルタ山脈の地面を踏み締めながら、メイジが言う。強い日差しと風。草木はそれほど生えてはおらず、所々で山は地肌を覗かせていた。
「はい。当初の目的とは事情が少し変わってるけど、ルミナスに辿り着きます」
 そう。最初は故郷の村の現状を、ルミナス王に報告するために旅に出た。村一番の魔法使いメイジと、剣士オリアーとだ。そして様々な経験をした。魔族との交戦。ライデイン。四柱神との遭遇。命も落としかけた。だが、ヒウロは不思議と旅をやめようとは思わなかった。使命感だった。自分がやれる事を考える。魔族を倒す。何故。そこにはまともな論理などなかった。自分がやる。ヒウロはそう思っただけだ。
 ヒウロに両親は居なかった。まだ赤子の頃、村の外に投げ捨てられていたのだ。それを村長が育てた。そして、不思議な声。ヒウロの事を勇者アレクの子孫、と言っていた。ヒウロがアレクの子孫なら、その親もアレクの子孫という事になる。
 自分の父と母。顔も声も温もりも知らない。それに対して、ヒウロは不満だとか恨みだとかは持っていなかった。しかし、何故自分の前から消えたのか。それを知りたかった。
「ルミナスへ行けば」
 何か分かるかもしれない。何と言っても、大陸最大の王国なのだ。人口も町も情報も、全てが最大規模のはずだ。自分の両親の事だけではない。魔族の事、勇者アレクの事、そしてその仲間達の事。様々な情報がルミナスにはあるはずだ。
「しかし、音速の剣士ですか」
 オリアーが言った。クラフトの言っていた人物だ。エクスカリバーが封印されている部屋に入れたと言う。
「メチャクチャな異名だな」
 メイジが笑った。
「えぇ。しかし、異名が付くぐらいですよ」
 つまり、有名だという事だ。何か突出した人間が現れると、それにちなんだ異名を付けたがる。民衆とはそういうものだ。
「異名から察するに、音速のように素早いって事なんじゃないかな」
 ヒウロが言う。最も有り得る。
「クラフトさんは、その方と会う時が来る、と言っていました。だからじゃないですが、僕は少し楽しみですよ」
 オリアーが微笑んでいた。

       

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